夏休みが終わり、再び生徒会の仕事に追われる日々が始まった。
もうこの生徒会が解散する日も遠くない。やっと仕事に追われる日々から解放されると思うと、少し胸の重りが軽くなる。
そんなことを考えながら仕事をしていると。
「恋愛相談?」
ちょっと待てその入り方はもういいんだ。この入り方俺一体何回聞いたと思ってんだ。
「うっす。なんてーか、こういう時の会長かなって。俺にとっての恋愛の師匠は会長っていうか、なんかいいアドバイスくれるんじゃないかなーっつって」
なんだこいつは。誰だこいつは。
いきなり生徒会に訪ねてきたのは、なかなかのチャラ男である。茶髪にピアスに着崩した制服。
「それはいいんだが……。うん、なんだ、その……」
白銀は歯切れを悪くする。そして。
「どうしたお前!チャラい!」
目の前にいるチャラ男。話し方や髪色で疑ったが、目元や声ですぐ分かった。
このチャラ男、柏木さんと付き合っている男子Aなのだ。名前は確か、翼くん、だった。
「何お前、どうしたの。もうなんか色々はっちゃけてるけど」
衝撃ビフォーアフター過ぎる。伊井野がこんなん見たらまず間違いなく捕獲して連行することだろう。
「いやまぁその辺もコミコミで相談に乗って欲しいっていうか…」
「いやまぁそれは構わんけれど…」
「あ、相談事なら僕席外しますけど…」
「あー気にしないで!相談って言っても全然重いやつじゃないし。むしろ君も聞いてよ!」
こうしてチャラ男に生まれ変わった男子Aこと翼くんは、ソファに腰掛ける。
「…で、どうしたというんだ?」
「まぁ今回も渚……彼女のことなんですけど」
こいつ今ナチュラルに名前呼びしやがった。いやまぁ恋人同士だからそれは全然構わんけど。構わんけど、なんかイラつくな。
「夏休みも二人で遊んでたんだろ?上手くいってるんじゃないのか?」
「ん〜?上手く〜?上手くってなんですか〜。はっはっは。いや〜、まぁまぁっすね〜」
と、笑いながらそう返したのだが。
「…会長……なんなんですかこの人…!全然まぁまぁな顔してませんよ…!?こんなに順調でいいの〜?って顔ですよこれェ…!」
「間違いない。こいつ絶対相談風自慢しに来た」
あーこういうやつ見てるとマジでイライラするんだよ。リア充砕け散れよ。何青春謳歌しちゃってんだよ。しかも謳歌してるだけじゃ飽き足らず、謳歌してることを相談の話に絡めて自慢してきてる。
不器用ながらひたむきな姿勢にちょっと敬服していたのだが、もうこいつは俺の敵だ。近いうちにお前を暗殺してやるから覚悟しろよ。
「ははは、まさかまさか。この後大事な話が来るに決まってるだろう…」
「なんていうか〜。夏ちょっとアゲ過ぎちゃったな〜って自覚があって〜。夏休み明けてこのテンション保てるのかちょっとマズいっていうか〜。こんなにラブラブでこの先どうすりゃ?ってなもんで、どしたらいいっすかねぇ〜?」
石上は我慢の限界なのか、その辺にあったトイレットペーパーを持って翼くんに殺意を向けている。
「落ち着け石上!そのトイレットペーパーでどうするつもりだ!」
いやそのまま捕獲していいと思う。そのまま風紀委員に連行しよう。風紀委員には絶対的な力を持つ伊井野がいる。伊井野にこいつを引き渡して、なんならカップル解消させてしまおう。
「つまり、次のステップへと進むために何かしらのきっかけが欲しいと?」
「えーっと…まぁ大体そんな感じっていうか」
「もうこの人次のステップとかないんじゃないんですか…!?行くとこまで行ってるんじゃないですか…!?」
「Cは済ませてると見ていい」
「いやいやまさかまさか。あいつら付き合ってまだ4ヶ月でそんな神聖な行いを…」
「いや神ってる…神ってますよあの感じ!」
確か夏休みディスティニーのホテルも予約していたって前に四条が言っていたが、男女が同じ部屋に泊まって何もないわけがない。絶対にヤってる。
このままだと神々の世界について延々と御神託を受けることになる。やはり傷が浅いうちに処した方がいいんじゃないのか。
「いやぁ夏休みって最高ですよね〜。学校なんて永遠に始まらなければ良かったのに」
「そ、そうか…」
「会長も夏休みエンジョイしたんですよね?どうでしたー?色々聞かせてくださいよ〜」
「俺はひたすら勉強とバイトの毎日だったよ。まぁ比企谷の誕生日祝ったり夏休み最後に生徒会のみんなで花火したけど…」
「え?それだけ?」
「それだけ」
「女の子とデートしたり」
「してない」
「うっへー!なんかすんません!」
その翼くんの態度が気に食わなかったのか、今度は白銀がトイレットペーパーを持って殺意を向けている。
「比企谷くんは?出かけたりしてないの?」
「俺は……」
いや待て。夏休み、誕生日祝ってもらったり花火したりしたけど、俺それだけじゃねぇや。そういや伊井野とか四条とかと出かけちゃってた。四条のはあっちから付いてきただけなんだけど。
「……何もなかったよ?」
「比企谷先輩なんですか今の間は。もしかしてですけど、僕らに黙って女子と二人で出かけたりしたんじゃ…!」
「何…!?本当かそれは…!」
ほらこういうことになると石上鋭いんだから。敏感で過敏だから、すぐバレちゃう。
後、俺を挟んで殺意向けるのやめてくんない?何この物理的な板挟みは。
すると、生徒会室に2回ほどのノック音。扉を開き、現れたのは。
「あっ、ここにいた」
「おー渚ー」
翼くんの彼女、柏木渚である。
「渚も生徒会に用事?」
「うん。かぐやさんにちょっと話があって…」
と、そう答える彼女の様子はなんだか艶かしく見えた。
「柏木さんってあんな色っぽかったか?」
「なんかエロい…!」
「ば、バカ…!そういう目で見るからそう見えるんだ…!あの二人はそこまで行ってない!ただの勘繰りだから!」
「だったら調べてみましょう」
「調べる?どうやって…?」
とりあえず石上の言う通りに従い、俺達はソファから腰を上げて生徒会室の扉を開ける。
「僕ら少し生徒会室空けるんで、掛けて待っててください」
「あ、はーい」
と、俺達は生徒会室から退出する。そして、彼らに見つからないように扉のそばで彼らの動向を扉の隙間から覗き始める。
「いいですか。神ってるカップルってのはですね、二人きりで密室に放り込んでおけばそれなりにアホな行動を取るんです」
「これやってること覗きと変わらんけどな」
「あの、そこ通してくれませんか?」
彼らの動向を覗いていると、四宮と藤原が遅れてやってきた。
「何やってるんですか?」
「あの2人が神ってるかどうか観察して調べてるんです」
「あの2人そこまで!?」
「なんで今ので伝わるんだよ」
藤原は顔を真っ赤にしている傍ら、四宮は理解が及ばず、首を傾げている。
「神ってるってなんですか?」
「おそらくこの場では神聖なる行いを指してて……ごにょごにょ…」
「セッ…!?」
藤原から説明を受けた四宮もようやく理解し、顔を赤くする。後なんでこういう時の察しの良さ完璧なの?
すると、彼らは動き始めた。
翼くんが柏木さんの、柏木さんが翼くんの指を自身の指で絡めていた。
「恋人繋ぎ……!これはどうでしょう…!」
「いや、恋人繋ぎぐらい初デートでもするだろう…!」
まだパンチが弱いな。これでは単なる恋人同士のやり取りである。
すると次は、柏木さんが翼くんの頬に唇を付けた。
「あー!ちゅーした!ちゅーしましたよ!これは神じゃないですか!?」
「いやまだだ!ちゅーくらい3回目のデートでするだろう!」
なんでさっきからちょっと具体的なんだろうか。
彼らのイチャイチャはこれだけでは収まらず、今度は翼くんが柏木さんの首筋に唇を付けた。
「あ、あぁー!首筋に、キッスしてます!これは!?これはどっちですか!?」
「もはやこれは現在進行形で神ってると言ってもいいんじゃないですか!?」
「いや!これくらい4回目のデートでする!」
「じゃあ何回目でヤるんですか!?」
「5回目だよ!!」
すると突然、四宮は倒れだした。
「し、四宮!?」
「一体どう…」
「なーんちゃって」
扉の隙間から、悪戯が成功したような笑みを浮かべた柏木さんが現れた。
「柏木っ!こ、これはだな…!」
「ごめんなさい。ちょっと悪戯させていただきました」
悪戯で済むようなイチャイチャ度合いじゃなかったけどね、あれ。
「そんな大勢で扉の前にいらっしゃれば嫌でも気付きますよ」
まぁそれ以前に結構なボリュームで騒いでたし、バレて当然っちゃ当然だったな。
「いやその、色々心配でな…!」
「勿論分かってますよ。…彼がちょっと変わったのは、私がポロッと強気でワイルドな人が好みって言って合わせてくれただけなんです」
「…そういうこと。マジで夏休みはっちゃけ過ぎた衝動でああなったのかって思ってたわ」
彼女の好みに合わせた結果の様変わり。まぁ素直なところは変わっていないのだろう。
ただ、強気でワイルドになった結果があんな高校デビューしたての容姿なのは、ちょっとよく分からんけど。
「違いますよ。皆さんの考えてるようなことはまだ致してませんよ」
「そ、そうだよな。そんなのまだ…」
柏木さんは再び、妖艶な表情を見せて。
「えぇ。勿論」
と、言い切る。
いやこれもう絶対ヤったやつだろ。
性行為をした次の日辺りに、女性が妙に大人っぽく、色っぽく見えてしまうとよく聞くが、まさしくそれだ。絶対こいつら、相談風自慢しに来ただけだろ。
リア充なんて砕け散ればいいのに。
彼らのイチャイチャを見せられ、気分が憂鬱になった。石上なんて翼くんのこと完全に敵視しちゃってるし、四宮は顔真っ赤で何やらボソボソ呟いていた。
要するに、ちょっと気まずかった。
そんな生徒会が終わり、俺は帰る前に自動販売機で缶コーヒーを買おうとしていると。
「うぐっ……う、うぅっ…」
近くで見覚えのある女子が泣きながら倒れていた。
俺は面倒くさくなりそうだと思い、その場から離れようとしたのだが。
「…何どっか行こうとしてるのよぉ……うぅ……うっ、うっ…」
「…足を掴むなよ。離せ四条」
そう。泣きながら地面に倒れ込み、逃げようとした俺の右足を掴んだのは、四宮の遠い親戚の四条であった。
四宮も四宮家の関係者も、そして四条の家族も、四条がこんな醜く泣き散らしていることは知らないんだろうな。
「……なんか奢るからはよ離せ」
「…うん」
そんでこういう時だけ素直に言うこと聞くのちょっと可愛い。こいつあざとくない?
俺は彼女に紅茶を奢り、話を聞いた。
その内容とは。
「あの2人人目を憚らずイチャイチャして!今日だってあの2人チュッチュチュッチュしてたし!」
どうやら彼らのイチャイチャは日常茶飯事らしい。まぁ好きじゃなくてもあんなの見せつけられたらイラつくわな。俺なら間違いなく射殺する。
「もうやだぁ…」
こればっかりは四条に同情せざるを得ない。なんかもう、色々ドンマイ。
結局、最終下校時間まで四条の愚痴やら泣き言やらを聞く羽目になりました。