「十五夜!月見するぞーッ!!」
いきなりのハイテンションから話が始まったかぐや様は告らせたい。唐突に十五夜とか月見とか言うとる。
「今夜は中秋の名月!こんな日に夜空を見上げないなど人生の損失だぞ!」
「お前十五夜にどんだけ人生を懸けてんだよ」
たかだか夜空を見上げるだけだろ。そんでちょっと何かに対する思いを馳せて後から何してたんだって恥ずかしくなって黒歴史になるだけだろ。
あ、今のは俺の話じゃないからね。俺の友達の友達の話だからね。
「今日の星空指数がめっちゃいいんだよ!十五夜でこの数値出ちゃったら行くっきゃないだろ!既に準備は済ませてる!親御さんに今日は遅くなると連絡するんだ!」
寸胴に月見団子が用意されていた。用意いいな。
「でも急過ぎません?」
「…まぁいいじゃないですか。僕は乗りますよ」
白銀の意見に賛同したのは、石上である。
「もうすぐこの生徒会も解散……みんなで無茶が出来るのも、これが最後かも知れないんですよ」
「石上…」
夏休みの計画を立案する時も思ったのだが、石上は結構思い出作りを大事にしたいタイプなのか。それほどまでに、彼にとってこの生徒会は居心地の良い場所になっていたのだろう。
後輩にこんなこと言われて、嫌とは言えねぇよな。
石上の訴えでみんなが賛同し、外が完全に暗くなった頃に、屋上へと赴いた。
「意外と星が見えますね〜」
「結構綺麗だな」
「月のある東南側が東京湾だから、都会の灯りも比較的少ない。ロケーションは悪くないな」
…まぁ確かに悪くはない。とりあえず写真だけでも撮っておこう。なんなら後で小町に送ってやろうかな。
何枚か撮影して周りを見渡すと、藤原と石上が消えていた。
「藤原と石上は?」
「あの2人ならあちらに…」
「なら俺もそうするか。写真撮ったし、みんなで見てないなら俺もいいだろ」
2人は裏側にいるようらしく、俺もそちらに向かった。そこでは、寸胴で餅を煮ていた。
「あ、比企谷くんも食べますか!?」
「そうだな。夜飯食ってないし、後でちょっと貰うわ」
「分かりました!おっもちい〜っ、おっもちい〜」
俺はスマホをいじりながら、餅が煮上がるのを待っている。石上はゲームをしながら火の側で温まって、藤原は餅が煮上がるのを楽しみに待っている。
後の2人は、星を見てるのだろうか。もしかしたら、ちょっと進展するかも知れない。花火にこの間の誕生日もあったし、なんだかんだミリ単位で進展はしてるからな。
俺は裏側から顔だけ出して、彼らの動向を覗いてみると。
「冷えるだろ。俺の上着で良かったら使ってくれ」
覗いた瞬間、白銀が四宮の肩に学ランを掛けた。
えっ何してるのあいつ。いやすっごい男らしいけどさ。普段のあいつなら取らない行動だったんだけど。
「温かいお茶も用意して来たんだ」
白銀が水筒に付属しているコップに温かいお茶を注ぎ、四宮に渡した。
「あ、ありがとうございます…」
四宮は受け取り、お茶を啜っていく。啜った四宮は、そのコップを白銀に返す。白銀は受け取り、またお茶を注ぐ。そしてお構いなしに飲んでいく。
「マジで何してんのあいつ!?」
素で声が出てしまった。いや、これは出ても仕方ないと思う。
何故なら白銀は、四宮が口を付けたところに口を付けてお茶を飲んだからだ。つまり、間接キス。
あいつ人差し指を付けられただけで顔を赤くしてたくせに、間接キスに対して一切動揺していない。
どうなってんの?あいつついにぶっ壊れたか?
「比企谷くん?どうかしたんですか?」
餅を見ていた藤原がこちらを不思議そうに見る。
今ここで藤原があの光景を見たら間違いなく騒ぎになる。恋愛脳の藤原が何も見なかったみたいな反応をするわけがない。
「なんでもねぇよ。お前は餅見とけ餅」
「?何かあるんですか〜?」
藤原が寸胴の前から離れ、こちらに寄って来ようとする。
どうするどうするどうする。今ここで慌てても、逆に怪しまれる。変なところで鋭いやつだからな。ある意味こいつも面倒くさい人物だ。
藤原が俺を通り過ぎて、裏側から出ようとしたところを、俺は咄嗟に藤原の手を引っ張った。
「きゃっ!」
藤原は体勢を崩して、こちらに倒れ込んできた。それはまるで、抱きつくかのように。
「いったた………って……」
倒れ込んできた藤原がこちらを見る。パッと目を見開き、俺の表情を捉えていた。
倒れ込んできたことと、彼女の顔が近いことが影響したのか、一気に顔が熱くなる。同時に彼女も、頬を赤くする。
「わ、悪いッ!」
「あっ、い、いえっ」
一旦藤原と距離を離す。
互いに気まずく、顔を見れなくなっている。
「…どうしたんですか?」
そこにゲームを両手に石上が乱入。
離れたのはいいとして、なんでもないと誤魔化せるほど石上は甘くない。
ここは…。
「あ、あれだ!藤原が転けたんだが、その時こいつの……下着を見てしまったんだよ…。な、なぁ藤原?」
「は、はい!全く、比企谷くんもむっつりですね!」
「比企谷先輩ラブコメの主人公ですか?」
「ち、違ぇよ……」
「わ、私餅を見て来ますね〜」
藤原は寸胴の前に戻り、再び餅を見始めた。石上も寸胴の前に戻り、暖まろとしていた。
不可抗力とはいえ、藤原を抱きしめてしまった。
抱きしめたというか、あいつの身体と密着してしまった。藤原の特徴である二つの丘の弾力が柔らかいのを、俺は忘れられないでいる。それでいて、めっちゃいい匂いでした。
いや本当、ラブコメの主人公かよ俺は。
ダメだダメだ。一旦藤原のことは忘れろ。
とりあえず、あいつらの動向を観察しなければ。俺はそう思い、再び覗いたのだが。
「んんんんー?」
なんだあれは。俺は一体、何を見てるんだ。
「寝転んで正面に見えるのが夏の大三角だ。秋だって言うのに夏の三角の方が見つけやすい。おかしな話だよな」
いやおかしいのはお前だよ。
えっなんでそんなことナチュラルに出来るの?なんでお前は四宮の頭に手を回して身体を自分の方に寄せてるの?
それもう恋人がやるやつだよ?
しかし白銀は動じないどころか、お構いなしに説明を続けていく。この行動に四宮も撃沈。
「も、もう分かりましたから…!」
四宮は白銀の手を振り払って、座る体勢を直す。
「月と言えばかぐや姫だよな。同じ名前だし、思い入れもあるんじゃないか?」
「……勿論です」
白銀が話を振ると、四宮の表情は一転し、暗くなる。
「夜空を見上げれば愛する人を残し、月に連れ返された女の物語を想わずにはいられません。…だからこそ、月が嫌い…」
「…そうだな。かぐや姫は月に連れ帰られる際、愛した男に不死の薬を残す。だが彼女のいない世界で生き永らえるつもりはないと、男は薬を燃やしたという美談で物語は締められる」
そう。これがかぐや姫の結末。四宮がこの物語を嫌う理由も、分からないではない。思い入れがあるということは、自分を重ねたことがあるということ。
この物語の登場人物を仮に、白銀と四宮に重ねたとしよう。そしたら、白銀と四宮は離れ離れになり、報われない恋にしかならないのである。
「…でも考えてみればさ、あの性悪女が相手を想って不死の薬なんて渡すと思うか?」
ところが、白銀はかぐや姫を違う意味に捉えた。
「あの薬は、"いつか私を迎えに来て"。そんなかぐや姫なりのメッセージだったと思うんだ。人の寿命じゃ足りないくらいの時間が掛かったとしても、絶望的な距離が2人の間にあったとしても、"私はいつまでも待ち続けます"って意味を込めて不死の薬を渡したんだと思う。…だけど男は言葉の裏を読まず、美談めいたことを言って薬を燃やした。…酷い話だ」
物語に対する考察なんて、考え始めればキリがない。正しい考察なんてありはしない。けれど白銀の考察は的を射ているのではないかと、そう思ってしまうほどの説得力があった。
「俺なら絶対、かぐやを手放したりしないのに」
「……んん?」
なんだろう。白銀の考察だから、別におかしくはない。のだが、なんだろう。何この違和感。
「俺なら月まで行って奪い返す、絶対に。何十年、何百年掛かろうと……な」
あ、これヤバいやつ。
今のあいつは頭のネジがぶっ壊れてる。先程の行動が証拠である。そんなあいつが恥ずかしがることなく、四宮の名前を連呼し、挙げ句の果てには「かぐやを手放さない」とか言っている。
「…もうやめて……もう無理……」
ほら見たことか。オーバーキルにも程がある。
「これが俺達の物語だったら、言葉の裏をこれでもかと読んで、あんな結末にはならないだろうにな」
やめて!彼女のライフはとっくに0よ!
「もうやめてって言ってるでしょう!!恥ずかしいのぉ!!」
ついに四宮は爆発。白銀は何が何やらと言った顔である。
「花火大会の時といい、よ、よくそんなこと真顔で言えますね!私を殺す気ですか!?」
「?どうかしたんですか〜?」
騒ぎに気づいた藤原と石上も、裏側から出てくる。
「あーもう駄目!!私耐えきれない!!」
「かぐやさん!?」
翌日、屋上での言動、行動を振り返った白銀はあまりの恥ずかしさのあまり唸っていたとさ。
めでたしめでたし。