俺達は生徒会室の中の物を整理、不必要になったものは持っていくという作業を行なっていた。その理由は一つ。
今日で、この生徒会は解散するからである。
「1年ってあっという間ですよね〜」
「僕は実質半年くらいですから、余計にそう感じます」
「でもこの生徒会には二年くらい居た気もしてくるから不思議だよな」
長かったような、短かったような。
思い返せば長いような気もするが、一瞬にして終わった気もする。それだけ、濃い一年を過ごしたということなんだろう。
「あ!この看板懐かしいですよね!」
藤原が大きい看板を取り出す。
「それ、フランス校の交流会のやつだな。懐いな」
「急に校長が言い出したやつな。あれが一番忙しかったな」
「ですね…」
事前の準備も忙しかったが、フランス校の生徒と話すのも苦労した。それっぽい単語を次から次に並べて、文法が無茶苦茶になったのはいい思い出だ。
それでなんでか知らんけど、薔薇の折り紙も貰ったな。捨てるのもなんだから、一応置いていたりするんだが。
「まぁまた使うかも知れねぇし、一応置いといていいんじゃねぇの?」
「だな」
「ゲームも持って行かなくちゃですよね」
藤原がケースに入ったトランプを持って呟いた。
「あ。そのトランプ」
石上が藤原のトランプを見て呟くと、藤原はバツが悪そうな表情に変える。
「なんかあったのか?」
「えぇまぁ。比企谷先輩と四宮先輩がいなかった時にしてたんですけど。自信満々に神経衰弱を振っておきながら一度目はイカサマトランプ持ち出して、二度目は普通にやってると思いきやさりげなくイカサマした結果、会長にバレて利用されて敗北したんですよ」
「えぇ…」
つまりあれか。策士策に溺れるってやつか。藤原って結構狡いことするよな。
「本当に藤原さんはすぐにゲームしたがるから」
「色んなゲームやったなぁ」
藤原単体で言えば、ポケモンGOしながらリボンを失くしたという記憶も懐かしい。
「これもやりましたよね〜!」
藤原が単語帳の一枚を俺達に見せる。そこには「好き♡」と書かれている。
「なんだっけ、それ」
「また懐かしいもん引っ張り出してくるな…」
「どうやら比企谷くんは思い出したようですね。では……」
藤原が一度咳払いし、息を吸い込んで。
「ドーンだYO!」
「うわあったなそれ!」
そう。藤原が無双したNGワードゲームで使った単語帳の一枚である。あれに負けてフランス校との交流会で伊達眼鏡したんだっけか。
「一体どういう状況ですかそれ…」
「石上くんが仕事を持ち帰りしてた頃の話ですから知らないですよね。交流会の買い出し担当を決めるゲームでの一幕ですよ」
「あっ!後これもありましたよね〜」
藤原がまた何か取り出す。取り出した物を、白銀の頭に装着させる。
「に、似合うな……くく……」
白銀の頭に装着されたのは、猫耳のカチューシャである。これもフランス校との交流会で使おうとしたやつだったっけ。結局あの時、白銀と四宮が猫耳カチューシャに洗脳されて使用禁止になったんだよな。
「…全く。真面目にやれとは言わないが、人の邪魔すんなよ」
「えへへ〜。ごめんなさい〜」
なんだか少し楽しい気がする。家の大掃除で懐かしい物が出てきた時もこんな感じだったな。
「えっと、他にも…」
「あっ!それ知ってる!」
藤原は今度、ハリセンを取り出した。それを見た石上が素早く反応する。
「藤原先輩の巨乳が邪魔って話をした時、僕を引っ叩いたやつ!」
と、意気揚々に言った瞬間。
「んんんッ!んんッ!!んんんんッ!!」
「そう!こんな感じ!」
藤原は怒り狂いながら、石上の頭に何発もハリセンを叩き込んでいく。
「強くなったよな石上。昔は何かあったらすぐ帰って死のうとしてたのに。…そうか。人は成長する生き物だったな」
「成長してますか?これ」
多分そんな成長してない。なんなら何も変わってないまである。
「四宮だってそうだろう。前は初体験をキスだと思ってて」
「揶揄おうったってそうはいきませんよ。昔の話です」
そういえばそんなこともあったな。
あの時は四宮の狂気が異常過ぎて早坂にヘルプ求めたかったレベル。マジで焦ったわ。
「あっこれも懐かしい〜!」
また藤原が何かを取り出す。
「キューバリファカチンモです!」
「何それ!?」
「げっ、それは…」
「比企谷知ってるのか!?」
逆に忘れようったって忘れられねぇよ。謎の塊につぶらな目が一つ、ムキムキの人間の生足が生え、意味深な4つの旗をぶっ挿している奇妙で奇想天外な何かである。
「会長分からないんですか!?去年のバレンタインかぐやさんが…」
と言いかけた瞬間、藤原の肩を掴んで全力で首を横に振る。
まぁバラされたくない気持ちは分からないでもない。早坂が自己防衛で記憶を抹消するほど壮絶なものなのだ。
「あ!この飾り付けもちょっと懐かしいですね〜」
「…そうだな」
藤原が取り出したのは、俺の誕生日の際に生徒会室を鮮やかにした飾り付け。まぁ1ヶ月前の話だし、懐かしいという感じにはならないが。
…本当この一年、生徒会で色々なことがあった。
白銀に誘われて生徒会に参加。暗殺者の四宮とダークマターの藤原がいた異質な空間。俺達が二年になってから、入学してきた石上が加入。
柏木さんと翼くんが様々な恋愛相談を持ちかけてきたり、フランス校と交流会をしたり。バレーや音楽では白銀に迷惑をかけられた。俺や白銀の誕生日、それに夏休みでの花火大会。振り返れば、様々な出来事を思い出す。
本当に、濃い一年だった。
「…こんなもんかな。探してない場所はないか?」
あらかた生徒会室にある物を整理し終えた。白銀が確認を尋ねると。
「あ、1ヶ所探してない場所ありました」
石上が食器棚を横にスライドすると、そこには上に続く階段が現れた。そのことに対して、白銀と藤原は驚きを隠せない。
「そんなんあったん!?」
「えっ、気づいてなかったんですか?」
「知らん!これっぽっちも気付かなかった!」
「学生運動の時にここが拠点となったそうなので、その時作られた隠し部屋ですかね」
「初めて見た時は異世界でも繋がってんのかって思ったわ」
最後の最後で、謎が出現した。
結局中には入らず、食器棚を元に戻して生徒会室から退出する。
「じゃあ、今度こそ忘れものはないか?」
こうして、俺達は生徒会室から離れていく。一歩、また一歩と進む度、思い出深い生徒会室の入り口が小さく見えてしまう。
「どうします?ファミレスで打ち上げでもします?」
「それもいいかもなぁ」
背後から、生徒会室の扉がゆっくりと閉まる音がした。刹那、藤原が歩みを止める。
「藤原?」
どうしたんだと聞こうとすると、彼女の瞳から涙が溢れ始めていた。
「うっ…ううっ……ひぐっ……」
「あ…」
藤原の涙が、生徒会での思い出がとても良いものだと証明していた。
始まりがあれば、当然終わりがある。それが世界の理だからである。
それでも、この生徒会がもう少し続けばいいなと、今になって少し思う。
「…もう。そんなのズルいわ」
藤原の涙が影響したのか、四宮はもらい泣きしてしまう。四宮が藤原を抱きしめ、藤原は四宮に抱きつく。
「…みんな、お疲れ様。本当に、ありがとうございました」
白銀が生徒会室に向かって頭を下げ、石上と俺も続けて頭を下げる。四宮と藤原は涙を拭いて、同じく生徒会室に向かって頭を下げる。
今までの感謝を込めて。
こうして俺達の、第67期生徒会の全活動が終了した。
そして。
「一年間ありがとうございました」
ファミレスで打ち上げすることになり、俺達はテーブル席に着く。白銀が学ランに着けていた飾緒を、元の場所である長方形の木箱へとゆっくり戻して。
「かんぱーい!!」
その言葉を合図に、みんなが飲み物を掲げる。
「これでようやくこの暑苦しい学ランを脱ぐことが出来る」
白銀は学ラン脱いで、半袖のカッターシャツの姿になる。
「言ってる間にまた衣替えだけどな」
「それな!はぁー、肩の荷が降りた。重いんだよこの飾緒」
「まぁ金で出来てますしね」
「マジっすか」
「なんでも戦時下……戦没者の章飾から特殊な工程で金箔を集め一つの飾緒を作る。秀知院を出た将校達の間でそういう取り決めがなされていたそうで。それがこの飾緒だとか」
そりゃ重いわ。色んな意味で。
「あー本当にきつかった。こんなの1年やればもういいわ。後は優秀なのが後を継いでくれることを祈るばかりだ。この中の誰かが立候補してくれたら安心だけどな」
「うーん…会長の死にっぷりを見ててやりたいと思う人はいないと思いますよ〜?」
「まぁ立候補締め切りまで時間はあるし、考えるだけ考えてみてくれ。会長役は大変だが、それに見合ったメリットもある」
生徒会長を務めたという事実は、自身の内申に大きな影響を与える。それは、自身の将来に対する視野をもう少し広くすることが出来ることなのである。
まぁ俺専業主夫志望だから絶対やらんけど。
「石上どうだ?立候補してみないか?」
「ははは、僕が票を取れると思いますか?僕と目が合っただけで、クラスの女子は泣き出すんですよ。泣かせた女は数知れず。女を泣かせて僕も泣く。ははは、面白い話ですよね」
「ごめん」
俺をも凌駕する自虐ネタを繰り出した石上。白銀なんて謝っちゃってるよ。
「そうですね〜。私が生徒会長になったら〜」
その言葉を呟いた瞬間、笑いが巻き起こる。
藤原が生徒会長なんてしたら多分一瞬で崩壊するわ。
「比企谷はどうだ?」
「やるわけねぇだろ。つか、もう生徒会にも入らんぞ。仕事なんかやってられるか」
「まぁ石上と比企谷には結構な負担を掛けてしまったしな…」
白銀が言った通り、優秀なやつが継いでくれるのを祈るしかない。もう生徒会の業務はしんどいし。
「それで会長…」
「おいおい四宮。俺はもう会長じゃないぞ」
「あ……そうでしたね」
四宮はずっと白銀のことを会長呼びだったな。結構な間呼び続けていたし、それが癖になってるのかもな。
そういえば、会長呼びの前はなんて呼んでたんだっけ?まぁ四宮のことだし、下の名前で呼んだりするようなことは…。
「みゆき君もおかわり入りますか?」
ここで下の名前を呼ぶ者が現れる。誰であろう、藤原である。
「みゆき君はコーヒーですよね?みゆき君はホットが良いですか?アイスが良いですか?」
「じゃあアイスで」
「はーい。みゆき君はアイスで〜」
怒涛の勢いでめっちゃ名前呼ぶやん。ていうか、藤原って白銀のこと名前で呼ぶのね。俺や石上は苗字なのに。これが人徳の差ですかそうですか。
いやまぁ全然気にしてないけどさ。
「じゃあ僕もみゅー先輩と同じので」
えっ待って石上って白銀のこと渾名で呼ぶの?
石上ってそんなキャラだっただろうか。ていうか、俺に対しての渾名はないのね。これが人徳の差ですかそうですか。
いやまぁ全然いらんけどさ。ヒッキーとかヒキガエルとか比企谷菌とか呼ばれるかは無い方が全然良いんだけどさ。
「私も藤原さんと飲み物を取りに行って来ます。アイスコーヒーで良かったんですよね。み………会長」
「だからもう会長じゃないんですって」
こっちはこっちで会長呼びが抜け切らないし。しかも今こいつ、ナチュラルに名前で呼ぼうとしていたよな。今「み…」って言いかけたよな。なんならもう赤面しちゃってるし。
なんだかんだと話していると、時間が早く経つ。それぞれ会計を済ませて、藤原と石上が電車で帰るので、駅まで一緒に向かうことに。
「それじゃ」
「お疲れ様でした〜」
藤原と石上は別れ、俺達三人だけに。
「…悪い。俺ちょっと寄るとこあるから、先に帰っててくれ」
「お、そうなのか?では、またな」
「さようなら、比企谷くん」
「おう。じゃあな」
俺と白銀達は別れ、それぞれ別の帰路へ辿る。
特に用事があるわけじゃない。なんなら白銀と帰る場所は同じだ。
だが奥手で面倒でツンデレなあいつらは、生徒会という空間が無くなってしまった以上、おそらく他クラスまで行って話すとは思えない。
なら今のうちに、話したいことは話してしまった方がいい。クラスが変わっただけで人間関係はリセットされる。生徒会とて、それは変わらないだろう。
まぁあいつらの場合、互いが互いを好いているから、そんな心配もないだろうけど。
これは俺の自己満足で、余計なお世話でしかない。必要のない気遣い。
けど話せないことを後悔するなら、今のうちに話したいこと、伝えたいことを伝えるべきなのだ。
「…明日から静かになるな」
騒がしい生徒会の日常も、今日で終わり。
これからは秀知院の一般生徒の比企谷八幡として、静かに独りで過ごしていこう。
本当、騒がしい空間だったな。