「うっす」
昼休み。生徒会室の扉を開けて、先にいる白銀達に挨拶する。
「おぉ、比企谷か。珍しいな、お前が昼休みに生徒会室に来るなんて」
「…俺のベストプレイスは擬人化したモンスーンが発生してるから。ちょっと今日からここで食べることにしたんだよ」
「何を言っているのですか?」
「いや、俺にもよく分からん」
あそこのベストプレイスでいつも通りな時間を過ごしていれば、伊井野とそのお供の大仏がやってくる。別に来なくていいのに、彼女と関わり始めてから毎日毎日来るようになった。
「あ、あれ!?比企谷先輩はどこ!?」
「今日は別のところで食べてるんじゃないの?」
今頃、俺がいない伊井野は慌てているに違いない。俺のことを忘れるくらいになったら、またベストプレイスに戻ろう。
「しかし比企谷。時々お前とお昼を一緒にするが、パン二つとその缶コーヒーだけで足りるのか?別にお前の弁当くらい作ってやるぞ?」
「今までずっとこうだったしな。さして問題はない。それに、このマッカンがあれば大体は事足りる」
「それ、相当なカロリー量でしたよね?」
「あぁ。およそご飯一杯分のカロリーだ。つまり、パン二つに合わせて、実質ご飯一杯を食べていることになる。なんの問題もない」
「そうか…いや、それならいいのだが」
白銀は、風呂敷に包まれた弁当箱を取り出す。
「会長、今日は手弁当ですか?」
「あぁ。田舎の爺様が野菜を大量に送ってきてくれてな。これでも料理には自信があるんだぞ」
そういえば、こいつの作る料理って美味いんだよな。何度かこいつの手料理を食わせてもらった覚えがある。
というのも、俺もこいつも同じアパートに住んでいるのだ。理由は一つ。実家から秀知院まで通うには距離がある。だから秀知院に通える距離で、借りることが出来るアパートを探したのだ。結果、隣がまさかの白銀家。
一応、毎月お金を仕送りしてくれるので、不便は特にない。なんだかんだで、俺の親は優しかったりするのだ……多分。
話を戻そう。
今まで料理は小町が作っていたのだが、その小町はいない。簡単な料理も作れるっちゃ作れるが、作るのが面倒くさく感じた俺は、栄養を考えて、コンビニで買い済ますことにしてる。
そのことを知った白銀は、善意か何かで、時々手料理を振る舞ってくれる。
「お昼っ、お昼〜」
「会長、今日はお昼お弁当ですか?」
「ん?あぁ、そうだ」
「いいなぁ〜、一口分けてくださいよ」
「あぁ、構わんぞ。ではこのハンバーグをやろう」
「やったぁ!」
藤原は白銀のおかずのハンバーグをもらい、パクっと食べる。その瞬間、どこぞの料理アニメみたいなリアクションを取る。
「冷凍ハンバーグとか冷凍唐揚げって、冷めてるけど熱々とはまた違う美味しさみたいなところあるよな。弁当独特の味っつーか」
「分かります分かります!味を全部閉じ込めちゃった!って感じがしてまたいいですよね!」
「よし、ならこのタコさんウィンナーも食べていいぞ」
「わーい!」
藤原って、たまに精神年齢が小学生並みに下がることがあるよな。いい意味でも悪い意味でも。
「四宮は昼飯食べなッ……!?」
何あのめっちゃ軽蔑し切った目。藤原お前何した?知らんうちに四宮に何かしたのか?
そんな四宮の様子を、白銀も感じ取れたようだ。白銀は小さい声で、俺に尋ねる。
「な、なぁ比企谷。四宮のあの表情って……」
「あぁ、完全に軽蔑してる。終わったな(藤原が)」
「そ、そんなにか…!?(俺の弁当ってそんなに底辺なの!?)」
藤原、お前の命日は今日かも知れない。終わったな。今までありがとう、藤原。南無阿弥陀。
すると突然、白銀は勢いよくコップ付きの黒い水筒を取り出す。コップを捻り取り、水筒の中から熱々の味噌汁を注ぐ。
「味噌汁まで持ってきてたのか」
「あぁ。この味噌汁は米用のために持ってきている。弁当の米は冷えて固くなってしまい、食べにくくなるが…」
「…成る程。茶漬けの要領か」
「そういうことだ。藤原書記、米と味噌汁を一緒にして食べてみろ」
藤原は白銀の弁当から米をまず口に含み、その直後、コップに注がれた味噌汁を飲む。
「わぁっ!お米が…お米が口の中でほろほろ解けていきます!」
「確かに、冷たい飯と熱い汁物は相性が抜群だよな」
「どうだ?比企谷も食べてみるか?」
「あ、いや、いいです」
そんなことしたら、藤原と間接キスしちゃうことになるでしょうよ。味とか分からんくなるだろ。
後ついでに、藤原と間接キスしてるからね君も。
「ええ勿体ない!こんなにも美味しいんですよ!比企谷くんも食べてみてください!ほら!」
ぐいぐいと藤原が勧めてくる。
なんでこいつは気にしないの?まさかの鈍感系ヒロイン?変なとこ鋭いくせにどこ鈍くしてるんだよ。
ええいもう知らん。気にした方が負けだ。
「…分かった。分かったから少し離れろ」
小町。初めての間接キスの相手は、分類不能のダークマターさんでした。
俺は米を含み、同時に味噌汁を飲む。その瞬間、口内で固まっていた米が爆散する。
「美味いな」
「…なんでそんな顔が赤いんですか?」
「…春にしては少し暑いなって思っただけだ」
気付け馬鹿野郎。いや美味いよ?美味いんだけれども、なんかもう味が分からんくなった気がする。
「それにしても、会長は天才ですよ!」
「ハハハっ、やめいやめい」
そんな和やかにしてる場合じゃないと思うんだけど。
見てみろ。更に藤原を蔑み始めたぞ。なんでもいいけど藤原早く謝れって。本当に思いがけないところから射殺されるぞ。
そんな彼女の事情も分からぬまま、翌日のお昼時。
「やり過ぎだろ」
何この弁当。俺が知ってる弁当箱じゃねぇ。およそ昼時に和気藹々と楽しみながら食す弁当じゃねぇよ。
おせちに使いそうな容器に、詰め込まれているのはいずれも最高食品っぽいやつばかり。金持ちの昼飯っていつもこんなのなのん?
「うふ。どうも料理人の興が乗ってしまったようで、旬の食材の中でも最高級のものを産地直送で調理したものです」
「普通に美味そうだな…」
昨日から本当四宮どうした。藤原に殺意を向けるわ、何故か高級弁当を持ってくるわ。今のお前、藤原以上のダークマター的存在だぞ。
「俺らも食うか」
「そうだな」
「ですね」
そんな彼女の弁当を見た俺達も、各々自分の昼飯を取り出す。今日もパンとマッカン。変わらない俺の昼飯。白銀や藤原も、なんら変わりない普通のお弁当だ。
「あっ、今日もタコさんウィンナーですか?」
「おう、定番だからな」
「そういう弁当って、決まってウィンナーとかだし巻き卵とか、家庭によって絶対欠かせない具材ってのはあるよな」
「それな。逆にいつもある具がない日って、何か違和感があったり、寂しかったりするんだよ」
「いいなぁいいなぁ。毎日タコさんウィンナーが入ってるなんて。タコさんウィンナーって可愛いし美味いし最強ですよ!」
「最強は言い過ぎじゃないか?」
「私にとっては最強なんです!」
「ハハハっ、分かった分かっ…」
「会長」
そんなやり取りを二人がしていると、横から謎の負のオーラを放つ四宮が白銀を呼ぶ。
一見、屈託のない笑みではあるが、謎の負のオーラが身体から溢れ出している。
「確か会長、牡蠣が好物でしたよね?」
いや怖ぇよ。負のオーラを放ちながら意味もなく高級食材を出されたら、俺なら逃げの一手を使う。こういう時の四宮は絶対何か企んでいるのだ。
それがきっと、昨日から続く藤原への殺意に直結するはずだ。
なんだ……何が原因だ。
昨日からあった出来事……俺がいない間に何かあったならお手上げだが、そうではなかった場合。
『会長、今日は手弁当ですか?』
『これでも料理には自信がある』
『いいなぁ〜、一口分けてくださいよ』
『このタコさんウィンナーも食べていいぞ』
既にあの時から、四宮は藤原に対して殺意を向けていた。その後、米と味噌汁の合わせ技を見せたものの、更に藤原に対して軽蔑度が上がった。
…まさか。
「そんな高級な物を譲られても、返せる物がない!」
四宮が牡蠣を白銀に譲ろうとするも、白銀ははっきり拒否する。その瞬間、四宮は思いっきり机に頭をぶつける。
「かぐやさん痛くない!?頭大丈夫!?」
なんか嫌味のように聞こえるのは俺の気のせいだろうか。
「…というより、なんですかそれ」
四宮は額を赤くしながら、藤原の弁当箱を指差す。
「あぁ、これですか?会長が私の分も作ってくれたんですよ」
「え」
「一人分も二人分も変わらんからな」
その瞬間、四宮の藤原への軽蔑度が再び上がる。もはや今すぐ殺しそうな勢いだ。
しかし、今ので多分分かった。
四宮はおそらく、白銀の作った弁当を食べたいのだろう。だから白銀が藤原におかずを譲った時、藤原を軽蔑するようになったんだ。牡蠣を白銀に譲ろうとしたのも、白銀の弁当のおかずと交換したかったんだろう。
今こうやって藤原に殺意を向けているのは、白銀が藤原に弁当を作ってきたという事実に対して、嫉妬しているのだ。
四宮ってもしかしてヤンデレ属性?
問題は、白銀がそれに気づいているかなのだが。
「(四宮が暗殺者のような目をしている!?)」
あっこれ気づいてねぇな。ていうか気づいていたなら、白銀のことだから遠慮なくあげそうなもんだが。
「しまった!今日は部活練の会合の日ではないか!急いで食べないと!」
白銀はマッハの如くスピードで弁当を平らげる。そして平らげた白銀は急いで生徒会室を後にする。
「…藤原」
「はい?」
「そのタコさんウィンナー、ちょっとくれ」
「へ?いいですけど……」
俺は爪楊枝が刺さったタコさんウィンナーを摘み持ち、それを跪いた四宮に渡そうとする。
「こ、これは…」
「…タコさんウィンナーだ。あれだけアピってりゃなんとなく分かる。ほれ」
四宮はタコさんウィンナーを受け取り、それをパクッと含む。
「…そろそろ教室に戻るわ。四宮と一緒に食っててくれ」
「分かりました!かぐやさん、お昼食べましょ!もう一つ、タコさんウィンナーあげますよ!」
俺は生徒会室を出ていき、自分の教室への廊下をゆっくり歩いていく。なんであの二人は頭がいいのに、あんなクソ面倒なやつらなんだろうか。
「…ハッ」
まぁ、面倒な性格してるのは互い様だな。