今日は休日。
普段ならば家で引きこもる俺だが、今日の俺は違う。あの"やはり俺の青春ラブコメは間違っている"の最新巻が発売されたので、それを買いに行っていたのだ。
誕生日に四宮から最終巻まで貰ったのだが、つい最近その作品のIFにあたる"やはり俺の青春ラブコメは間違っている。結"の第一巻が発売された。
新しく購入した本やゲームって、なんだかワクワクして仕方がない。さっさと帰って読んでしまおう。誰にも出会さずに帰れたらそれがベスト。
「あっ、比企谷くんじゃないですか〜!」
神よ。俺の願いを聞き入れてくれないとはどういうことでしょうか。
俺は誰にも出会さずに帰りたかった。出会すにしても、百歩譲って石上や早坂などならまだ良かった。
だがしかし。
「休日に奇遇ですね〜!どこ行ってたんですか〜?」
よりによって藤原と出会うだなんて。今年一の不運じゃないだろうか。誰だ俺にボンビーを擦りつけたのは。
「本買いに行ってたんだよ。つか、お前こそ一人で何してんだよ」
「一人じゃないですよ〜?」
一人じゃない?四宮と一緒なのだろうか。
「姉様、早いってば〜」
ん?姉様?
「あら〜?誰か一緒にいるけれど」
藤原の背後から藤原と同じ髪色をした人が現れる。しかもどこか、藤原と似ている。
「…藤原。お前の後ろにいるのは…」
「はい。私の妹と姉です」
藤原に姉と妹がいたのか。確かに、言われてみれば姉妹と見えるっちゃ見える。
顔付きとか、おっ……と危ねぇ。後二文字言ってたら間違いなくアウトでした。
「初めましてー。姉の
秋だと言うのに、露出度が少し高めの服を着た女性が藤原姉。ということは、こっちの四条の色違いが藤原妹か。
「こんにちは!妹の
「…どうも。比企谷八幡です」
軽めに挨拶し、軽めに会釈する。
挨拶程度でしか言葉を交わしていないが、どうにも彼女達を好きになれない。というより、苦手意識が何故か芽生えてしまっている。なんとなく、としか言いようがないが。
だって。
「うふふ…」
「ふむふむ…」
すっげえ見てくんだもん。怖ぇよ。何見てんだコラ。
「比企谷さんの眼って、なんでそんなに腐ってるんですか?」
突然のディス。なんだこの妹。
「知らん。気が付いたらこうなってた」
「一度、その眼球くり抜いてホルマリン漬けにして観察してみたいです!」
「え」
ちょっと待ってこの妹怖い。
初対面の人の眼球をホルマリン漬けにしようとするとかなかなかサイコ過ぎてヤベぇ。言葉だけ聞いたら犯罪係数オーバー300の案件だぞ。
「魚の眼って、確かDHAが豊富なんですよね。比企谷さんの眼も食べたら、頭が良くなったりするのかな?」
「怖い怖い怖い」
なんでさっきから俺の眼を狙おうとしてんだよ。というか遠回しに俺の眼が魚と同義だって言ってる?
「比企谷さんの怯えた顔、すっごく好きだなぁ」
「藤原。俺帰る。死にたくない」
俺はそれだけ告げて颯爽と帰ろうとすると、袋を持った俺の手を誰かが掴む。
「千花のお友達なんでしょー?ならお家に上がってもらいましょうよ〜」
「え」
「それいいかもです!比企谷くん、もし良かったら私達の家に来ませんか?」
「嫌です」
「さぁ行きましょう比企谷さん!」
「死にたくない」
俺は藤原三姉妹に強制的に、藤原のお家へと連行されてしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「何して遊びましょうかぁ〜…」
藤原の両親は今いないようで、この家にいるのは三姉妹と俺だけ。とんだ地獄じゃねぇかこれ。
「あっ、じゃああれしましょう!この間テーブルゲーム部で作った、リアル人生ゲーム!」
「何そのエグい予想が付きやすそうなゲームは」
藤原は一度部屋から出て行き、すぐさまボードを持って帰って来た。ボードには沢山のマス、そしてそのマスには何かしらの効果が書かれている。
「ルールは簡単。マス目に書かれた効果に従うだけです。金のやり取り一切無し!運が良ければ擦り傷で済みますが、運が悪ければ重傷で病むことになるでしょう〜!」
「…因みに聞くけど、このマス目に書かれてる効果を考えたのは?」
「もち私です!」
もう悪い予感しかしねぇ。生きて帰れるかすら分からない。
「そして一度だけ、自分のサイコロの出目を二倍にする権利があります!どのタイミングで使うかは自分次第です!」
「…やっぱ俺帰っていい?ちょっと用事が…」
「因みに敵前逃亡すると」
「…すると?」
「…ちょっと思いついてませんけどなんかヤバいことになりますのでご注意くださ〜い!」
めっちゃアバウトな脅しなのに、素直に従いたくなるのはなんなんだろうか。
「安心してください!流石にR-18になるような効果はありませんから」
「…まぁそれなら良かった…のか?」
ゲーム好きの藤原が考えた効果だ。R-18指定にならないとはいえ、絶対ヤバい効果があるに決まってる。
「大まかなルールはこんな感じです。では最初に、サイコロで順番を決めましょう」
サイコロで順番を決めた結果、藤原妹、藤原、俺、藤原姉の順番となった。
「萌葉からだ。えい」
藤原妹はサイコロを転がした。出た目は3。
スタート地点から3マス進む。そこに書かれていた効果は。
『景気付けに親父ギャグをかましてください』
「えぇ〜!なんだか恥ずかしいよ〜!」
まぁこの程度の効果ならば、まだ許容範囲だ。
「ん〜……チョコをちょこっと食べたいな!…なーんて」
良かった。なんだか安全性のあるゲームで助かった。絵面的にはスベったが、ありがとう。心に余裕が持てた。
「次は私ですね〜!そいっ」
藤原がサイコロを転がす。出た目は。
「2!2は……」
『貴方はロケット団のニャースです。ゲーム終了時まで、語尾に"にゃ"を付ける。※猫耳カチューシャと小判があれば尚良い』
「自分で作っておきながら恥ずかしいの引いちゃいましたにゃ〜」
"にゃ"を付けるだけでめっちゃあざとく感じるんだが。
とはいえ、容姿だけ見れば藤原は可愛い部類に入る。"にゃ"という語尾は、もしかしたら需要があるのかも知れない。
「次は比企谷くんの番ですにゃ〜」
俺はサイコロを手に取って転がす。出た目は。
「5か」
5マス目の効果は一体……。
『目の前のプレイヤーが好きでたまりません。愛が溢れてしまいそうなので、前の番の人に"愛してる"と囁くこと』
「……はあっ!?」
ちょっと待て俺の初手パンチ強過ぎるだろ。しかも前の順番って…。
「あ、あはは〜…」
やっぱこのゲーム、安全性が何一つなかった。つーかこんな効果作るんじゃねぇよ。作った本人戸惑ってるじゃねぇか。
「あららー、面白いマスに止まっちゃったね〜」
初手からこれは流石にキツい。中断してさっさと帰りたいところだが、後でどういう仕打ちを受けるか分からない。本気で眼球狙われたりしそうだし。
「…ちょっと我慢しろよ藤原」
「は、はい…」
これは謂わば偽告白。俺が嫌う告白だ。ただ、これは互いにゲームでの一環だと分かっているため、勘違いすることもない。
とはいえ、小町以外にこんなセリフはなかなかキツい。
「藤原、愛し…」
「それじゃあダメだよ〜、比企谷くん」
「へ?」
「言うんじゃなくてぇ、囁くんだよー?囁くって言葉知ってる〜?」
この姉さっきからなんなんだ鬱陶しい。妹なんてスマホ向けて動画撮ろうとしてるし。
こんなクソゲーやってられるか。さっさと上がって終わらせる。今から囁くのはそのためだ。それ以外に何もない。
俺は恥を捨て、藤原に近づく。次第に彼女の顔が近くなり、ポイントとなる彼女の耳元まで顔を近づけた。
めっちゃ良い匂いするんだけど。
「藤原」
「は、はい!」
「…あ、愛してる」
「ひ、ひゃああぁぁ〜……」
俺も藤原も顔が真っ赤になる。
囁いた途端、俺は藤原から離れて心を落ち着かせようとする。
「萌葉ぁー、撮れたー?」
「撮れましたよ〜!」
撮るんじゃねぇよ。
あのサイコ妹がデータを持ってたらどういう風に悪用されるか分からん。ツイッターとかインスタで上げられたら終わりだぞ。
「じゃあ次はお姉ちゃ〜ん」
藤原姉がサイコロを振る。出た目の数はいくらか。
「6ね〜。6はぁ……」
『目の前に抱き心地抜群の人型のぬいぐるみがありました。次に自分の番が回ってくる間、誰か一人に抱きつくこと』
良かった俺このマス出さなくて。…って待て待て。これ以上口走ったら間違いなくフラグが立つ。
今回は指名制だ。さっきの俺と違って、誰かが決められてるわけじゃない。いくら藤原姉の露出度が高いからと言って、流石にほぼ初対面に近い俺を選ぶとは思えない。
そんなことするならば、藤原姉はビッチである。
「じゃあ比企谷くんにぎゅう〜」
ビッチだった。
藤原姉は後ろから強く抱きついてくる。俺の背中には巨大で柔らかいあれがめっちゃ当たる。
「うっわ比企谷くん鼻の下伸ばし過ぎてキモいですにゃ」
クッソ言い返せねぇ。
「うふふ、照れちゃうなんて可愛いなぁ〜。…ふぅっ」
「ふぁっ!?」
「変な声出しちゃって、可愛い〜」
あろうことかこの姉、耳に息を吹きかけてきた。俺の反応に藤原姉は笑っていやがる。
「いいなぁ姉様。私も比企谷さん
今「で」って言わなかった?「と」の間違いじゃないの?
「萌葉の数は…」
順番が一周し、藤原妹がサイコロを振る。
「4!」
あっぶねぇ。もし3とか出してたら藤原姉と同じマス目に止まることになってた。
サイコ妹のことだ。絶対俺を指名するに決まってる。ただでさえ集中が途切れそうなほど柔らかいのが当たってるってのに。
『あなたは殺せんせーに転生してしまいました。生徒に手を出す暗殺者達が現れ、自分の武器である触手で拘束を試みます。縛りたいプレイヤーを選び、縛ってください。縛られたプレイヤーは身動きが取れず、一回休み』
ちょっと待てどう考えてもアウトなマスだろこれ。
「…あはっ」
ほーら見たことか。藤原妹俺をロックオンし始めたよ。
「ち、ちょっと待て。なぁ、考え直そうぜ?こんなパンピー縛って何が楽しいんだって話だろ?な?」
「大丈夫ですよ〜……直に縛られて良かったって思わせてあげますから」
なんだか顔を赤らめて息もはぁはぁ言ってるけど。何まさかこいつ興奮してるの?
「も、萌葉?ちょっと落ち着いて…」
藤原妹はどこからか白いロープを取り出し、こちらに近づいてくる。
「姉様、離しちゃダメですよ〜」
「分かってるわよ〜」
クッソ身動き取れねぇ!どんだけ力強いんだこの姉は!
「比企谷さんの怯えた顔、とても素敵ですよ〜」
そう言って、藤原妹は流れるような動きで俺の手足を縛ってしまう。
結果、惨めで醜い比企谷八幡の出来上がりである。そんな姿を藤原妹は。
「可愛い〜!その惨めで醜い姿、すっごく素敵です!」
嬉々とした表情でスマホをこちらに向けて連写する。
「すみませんにゃ…うちの萌葉が…」
「謝るくらいならこんなよく分からん効果作らないで?」
藤原妹と姉にこのボードゲームは火に油を注ぐような危険性があるのだ。
「つ、次は私ですにゃ〜…」
二周目、藤原のターン。サイコロが転がり、出た数は。
「6ですにゃ!一気に進んじゃいますにゃ〜!」
藤原が止まったマスの効果は一体。
『史上最強の生物、範馬勇次郎に憧れたあなたは、筋肉を付けるためにトレーニングを行います。次に自分の番が来るまで、以下の筋トレのうち一つを行なってください。※腹筋 背筋 スクワット 腕立て伏せ』
「何故にゃ!?」
「姉様ファイトー」
殺せんせーの次は範馬勇次郎かよ。さっきから最強生物ばっか登場してる。
「早く次進んでくださいにゃ!」
と、マスの指示に従う藤原。因みに彼女がやっているのは背筋トレーニングだ。うつ伏せになって、上半身を思い切りあげるやつ。
その思い切りあげた瞬間、勢いのせいで藤原のメロンが揺れるのだが。そこに目を向けてしまう俺は果たして変態なのだろうか。
「八幡くんとの触れ合いもこれで終わりね〜。なんだか寂しいなぁ…」
藤原姉がようやく俺から離れた。
あーもう死ぬかと思った。なんとか耐えたぞ俺の理性。
「私は5ぉ〜」
殺せんせー(偽)に縛られて身動きが取れない俺は一回休みなので、藤原姉がサイコロを振った。
5マス進み、合計11マス進んでいる。一番リードしているのは藤原姉だ。
『あなたは声優の小松未○子です。小松未○子のキャラクターを一つ演じてください』
「小松未○子ってだぁれ?」
「声優の人ですよ。ググったら出てきます」
藤原姉はスマホを取り出して調べ始める。
「この声優が演じたキャラクターの真似をすればいいのね〜?」
「早くしてくれませんかにゃ!?私そろそろ限界なんですけどにゃ!」
藤原は背筋をしながら藤原姉を急かす。
「じゃあ、この戸塚彩加ってキャラクターにしようかなぁ…」
戸塚彩加とは、"やはり俺の青春ラブコメは間違っている"の登場人物だ。見た目は可愛らしいボーイッシュな女の子に見えるが、その実男だというオプション付き。俺一推しのキャラクターだ。
「なるほど、こういうキャラクターなんだぁ〜…」
藤原姉はスマホで戸塚がどういう人物か、どういう話し方を調べているようだ。そしてそれも調べ終え、藤原姉は準備を始める。
「ん、んんっ。…は、八幡。僕と一緒にお出かけしよ?」
「いっ…!?」
「…どぉ?迫真の演技じゃなかったぁ〜?」
迫真の演技とかそんなレベルじゃねぇ。声だけ聞けば瓜二つもいいところだ。まさか藤原姉の中には小松未○子がいるのん?
「次!萌葉の番ですにゃ!早く振って早く私を楽にさせてくださいにゃ!」
「そう言われると余計に遅くしたくなるなぁ〜」
「早よ振れにゃ!」
藤原妹がサイコロを振ると、2という数が出る。
『あなたは一人の奴隷を手に入れました。まずその奴隷に立場を分からせないといけません。プレイヤーを選び、そのプレイヤーに"身も心も、全てはあなたのものです○○様"と言わせてください。Mの人は大喜びになるでしょう』
「……あはっ」
「…なぁちょっと待て。さっきから藤原妹が止まるマス目おかしくない?調教の準備始めちゃってない?」
「大丈夫ですよ〜比企谷さん。大人しく私に委ねてくれれば幸せになりますよ〜?」
いやいや無理無理。なんで縛られた上にそんな屈辱的なセリフ吐かなきゃならねぇんだよ。
「おい藤原、さっきからお前の妹が止まるマス目が…」
「うるさい早くしてくださいにゃ!こちとら勝手に範馬勇次郎に憧れることになって背筋してるんですから!にゃ!」
「…だーれも助けに来てくれませんねぇ。もう諦めた方が良いんじゃないですかー?」
藤原妹は手足を縛られて動けない俺を押し倒す。倒れた俺は身動きが取れず、なんとか辛うじてうつ伏せになる状態になる。
「さ、奴隷の比企谷さん。私に忠誠を誓うには、なんて言葉が必要でしょうか?」
「くッ…」
「もし言わなかった場合、部屋に一生閉じ込めて、ありとあらゆる調教を行い、本物の奴隷にするので!」
よし言おう。プライドなんて捨てちまえ。醜く惨めにあのマス目に従ってやろうじゃないか。
「…身も心も、全ては貴女のものです…萌葉様…」
「ひゃああぁ〜!今のすっごく良い!一生手元に置いて壊れるまで遊びたい!」
もうやだ助けて。藤原妹怖過ぎて本当に病みそう。そのうちストックホルム症候群とかになって愛着湧きそうで怖い。
「ようやっと筋トレが終わりましたにゃ!いやぁ〜疲れましたにゃ〜」
そう言って、2番目の藤原がサイコロを振る。
「5!」
藤原が5マス進む。止まったマスの効果は。
『ちょっと小腹が空きました。カップヌードルを食べて一回休憩』
「わぁやったぁ〜!ここでまともマス!丁度小腹が空いてたんですよね〜」
藤原はそうルンルンして、カップヌードルを作る準備を始めた。
「次はやっと俺か……っていうか、もう拘束外してくれない?」
「でもこっちの方が映えますよ?」
「俺はパンケーキでもタピオカでもないんだよ。早よしてくれ」
藤原妹は渋々、俺の拘束を外す。手足にはうっすら、縛った痕が付いている。
そんな痕は気にせずに、サイコロを振る。
「4か」
4マス進み、そのマスの効果を見る。
『あなたは生粋のYouTuber。次はどんな企画にしよう?そうだ!辛い食べ物の企画にしよう!というわけで、デスソースを超える辛い何かを味わってください』
「あの野郎変化球みたいなマスばっかり作りやがって」
しかし、デスソースを用意している家なんてあまり聞かない。それ以上のものとなると、もっと見当たらないだろう。
「あ。ありますよ、デスソース超えるやつ」
「え」
「確かぁ、カプサイシンって名前じゃなかった〜?」
ちょっと待て。カプサイシンって辛味成分そのものじゃねぇか。なんでそんな兵器を持ってんだよ。
「さ、味見しちゃいましょっか。カプサイシン」
藤原妹はカプサイシンを取り出し、蓋を開ける。
「なんなら一気にいってもいいですよ?」
「死ぬわボケ」
俺の死地は藤原邸なのか。休日にお出かけなんてするんじゃなかった。これからは極力、外出は自粛にしよう。もし藤原三姉妹に出会したら、真っ先に逃げるとしよう。
俺だって命は惜しいもん。