なんだかんだと日が経つ。気付けば、秀知院体育祭が迫っている。
赤組白組で分かれて優劣を競う。クラスによって赤組、白組と分けられるが、俺や四宮、早坂がいるクラスは白組である。白銀や藤原、四条は赤組となった。
種目は様々あるが、学年種目というものが存在する。俺達二年生はソーラン節を踊ることになっている。
小学5年生あたりでもソーラン節を踊ったが、その時とは音楽が違う。したがって踊り方も違う。とはいえ、体育で先生から教えてもらったことを見て踊れば、それなりに踊れるのだ。
約一名を除いて。
『どっこいしょ〜どっこいしょ〜♪ソーランソーラン♪』
俺は一体、何を見させられているのだろうか。
この目の前で白銀のただもがき苦しんでいるかのような舞いを見せられて、どうしろというのだろう。
「ふっ!」
音楽の終わりと同時に決め切った白銀。汗をかき、何やらドヤ顔でこちらを見て。
「良い仕上がりだろ?」
「嘘つき!!」
藤原は白銀のドヤ顔発言を一蹴。
「また私に嘘を!嘘をつきましたね!」
「嘘ってなんだよ…」
「白銀、お前自分が吐かしたセリフを思い出せ」
こいつは自信満々に俺達にこう言ったのだ。
『ソーラン節?余裕だし』
何が余裕なんだろうか。少なくとも踊りの最中の白銀に余裕の"よ"の字も感じることが出来ないほどの完成度だった。マジクソ。
「何が余裕だ。こんなのを余裕とかお前の神経どうなってんだ。壊滅的だぞ。なんでもがき苦しむ姿をわざわざ見せられにゃならんのだ」
「そうですよ!こんなのコンプレックスであるべきでしょ!ちゃんと劣等感感じてくださいよ!何のうのうと生きてるんですか!」
「俺達軽く悪魔を祓うエクソシスト気分で見てたぞ。人生で初めてだよこんなクソみたいな気分」
自信満々に誇る白銀に対し、藤原は不安しか無かった。バレーが壊滅的に出来ない上に、ジャイアンと良い勝負をする音痴を過去に備えていたのだ。
今まで、藤原が教えていたからなんとかマシにはなったのだが、あの悪夢のような苦労をまた強いられるとなると気が滅入る。
とはいえ、結局は白銀の矯正に数日付き合うことになった。藤原の教えがあり、まぁなんとか人前で見せられる程度の踊りになりはしたのが。
「どう…?俺的には及第点かなって思うんだけど」
「まだまだです!人に見せても腰を抜かすような下手さではなくなりましたが、点数を付けるなら40点といったところです!」
「めっちゃ厳しめだな」
「会長の踊りは見本の真似をしてるだけで"表現"ではないんです!」
藤原って音楽が絡んだ何かになると結構ストイックだよな。白銀には良い薬なんだろうけど。
「いいですか?ソーラン節はニシン漁の鰊馬作業唄や、水揚げの動作が元となっています。その中に込めた大漁への願い、海に生きる男達の美しさ……そういうのを動きで表現しなきゃならないんです!」
すっげぇガチだこれ。そろそろプロダンサーになれないとか言い出しそうなレベルだぞ。
「会長の踊りは綱を引いてる男を表現出来ていません!いいとこ犬の散歩です!」
「犬の散歩て」
「死力を尽くして綱を引く漁師、食われまいとする魚の気持ち……そして何より、引っ張られる網の気持ちを理解してください!」
「網の気持ちなんて分かんねーよ!!」
ごめんそこは俺も分からん。
「綱の気持ちこそソーラン節の一番重要な部分です!そんなことも分からないんじゃプロダンサーになれませんよ!」
言っちゃった。
「なんで目標がいつの間にかプロになってんだよ!俺は体育祭で恥かかない程度で問題ないわけ!」
「むっ」
「体育祭の集団ダンスに表現とかそういうレベルのは必要ないだろ。そこそこ形になってれば…」
「むううぅぅ…!!」
白銀の軽率な発言に、藤原は遂に堪忍袋の緒を切ってしまった。
「あーもう限界です!毎度毎度なんで私が会長みたいなポンコツのお世話しなきゃなんですか!本当にもうやりませんから!何かあっても私達に聞かないでくださいね!」
そう言うだけ言って、部屋から飛び出して行った。
「…まぁプロ意識はともかく、あいつはお前の力になろうって頑張ってたんだろ。そこだけは理解しとけ」
今回ばかりは白銀に原因があると言えなくもない。俺ならこんなポンコツの面倒なんざやらない。
藤原が自主的にやると言い出したとはいえ、結果的にはこいつのためになっている。にも関わらず、自分で勝手に程度を決めて妥協するのは、少なくとも今まで教えてもらってきた藤原に失礼である。
「…じゃあ俺も行くわ。藤原ほど誰かに教えれるような人間じゃないからな。最初に比べたら、形にはなってるし。妥協するならするで、それも一つの考えだからな」
俺も部屋を出て行く。廊下を歩いていると、トボトボと歩く藤原の背中が見える。さっきの白銀のセリフが、割とキたのかも知れない。
「…おい」
「…あ、比企谷くん」
流石の俺も、藤原を放置するのも気が引ける。第一通る廊下が一緒だから凄く目に付くし。
「踊りに表現は必要なんです。表現があるから観客は感動してくれる。笑顔になってくれる」
「…おう」
「私はそれを会長に伝えたかった。踊りを知らない会長に、踊りの良さを知って欲しかっただけなのに……」
藤原はギャーギャー文句は言うが、面倒見が良い。今まで白銀に付き合ってきたのがその証拠だ。彼女の頑張りは目に見張るものがある。
「まぁ素人にプロ意識を押し付けるのは流石に無理があるとは思うけどな」
「…でも、期待してしまうんです」
変に期待を押し付けんな……と言いたいところだが、今までポンコツ代表の白銀がバレーの実力や歌唱力が上がったことを鑑みれば、期待したいと思うのも無理はない。
「…なら戻って見てみるか?多分今頃、あいつ一人で練習してるかも知れないぞ」
「え?」
「あいつはそういうやつだからな。そのまま終わるとは思えない」
あいつがもし踊っているのなら、それはおそらく、藤原に頼り過ぎていたところに罪悪感を感じているから。そして、妥協するのは嫌だと思ったから。
「…私、戻って会長を見てきます。比企谷くんも来てくれますか?」
「…まぁ、別にいいけど」
断る理由もないし、たかだか白銀の踊りを傍観していればいいだけだ。
俺達は先程の部屋へと戻るが、白銀の姿が無い。ならば生徒会室では、と思い、生徒会室へと向かった。
すると、俺達が目の当たりした光景は。
「腰はここまで落とした方が格好の良い形になります」
「なるほど…」
四宮がマンツーマンで白銀に踊りを教えている場面だった。その瞬間、藤原の目から光が消え失せ、どんよりと濁った目に変わってしまう。
「え?え?ちょっとちょっと〜?んん〜?これどういう事ですか?教えてもらってるんですか?踊りを?」
「えぇ。私も踊りには多少覚えがありますので」
「あっかぐやさんは舞踏やってましたもんねぇ~。かぐやさんに教わるのは正解ですよ~」
藤原は普段白銀が使っている椅子にドカっと座り込み。
「さ、続きをどうぞ」
こっわ藤原こっわ。
「白銀、お前相当度胸あるよな」
「どういうことだよ…」
「こーんなすぐに代わりを用意する切り替えの速さには感服出来ますね。良い政治家になれると思いますよ〜?さぁ続きをどうぞ」
闇堕ち藤原の言葉を流し、四宮は白銀に引き続き踊りを教え始めた。
何故こうなったのかは簡単だ。一人で練習していた白銀のところに四宮が偶々やって来て、そのまま白銀の練習に付き合う形で教えているんだろう。今でも四宮は分かりやすく、丁寧に白銀に踊りを教えている。
「踊りは美しい動きで美しく繋げてゆくものです。観客の目に映るように、一つ一つの所作を丁寧に…」
「分かってないなぁ」
しかし、そのことに対して藤原は気に入らない様子である。四宮の教えに所々にちょっかいをかけている。
「藤原さん、何か言いましたか?」
「いえ別に」
四宮は藤原のちょっかいを気にせず、白銀に踊りを教える。
「指先の形…目線、動きのメリハリ。見本の形をしっかり覚えて忠実に真似すれば…」
「真似でいいんだぁ。ふぅ〜ん」
怖い怖いやっぱなんか怖い。
「なんですかさっきから。私の教え方に何か文句でもあるんですか?」
「いえいえ〜。ソーラン節って青臭さも味になるから教育的な踊りなんですよ。そこすら完コピって言うのはどうなのかなぁって。魂込めなきゃ違うんじゃないかなぁって思って」
「魂なんて曖昧なものは不用です。正しい振り付けをいかに効率良く体に覚えさせるかが大事なんです」
四宮の言葉が藤原を一蹴。
まぁ四宮の言いたいことも分からないではない。たかだか体育祭のプログラムの一つの踊り。そこに力を注ごうがそれなりに真似出来れば観客は湧くことだろう。
「どういう意図でどういう表現をしてるかなんてどうせ理解されません。忠実に動いておけば、観客なんて勝手に感動してくれるものなんです」
どちらの言い分も間違いじゃない。プロ意識云々はさておき、踊りを踊れるに越したことはない。ならば藤原の意識も間違っちゃいない。
「ちがうううぅぅううっ!!」
今日2回目の爆発。
「質や見栄えは大事だけれど、人の心が生み出す表現の手触り感が無ければ人の心に触れられないの!!愛のない表現は結局みんなを不幸にするの!!」
藤原は涙を流しながら熱弁し、白銀の腕を掴んで引っ張る。
「会長は私達が育てます!!」
「…ん?」
今俺まで含められてた?気のせいだよね?見るには見るけど育てはしないよ?あんな怪物手に負えねぇよ。
「わけの分からないことを言わないで!」
負けじと四宮も引っ張り返す。
「会長はやれません!」
「そうはさせません!」
「会長を取らないでーっ!!」
「貴女のものじゃないでしょ!!」
何この引っ張り合い。どこのハーレム主人公なんだろうか、この白銀は。
「まるで綱引きみたいだな」
「そんな悠長なこと言ってる場合っ……て痛い痛い痛い!!放せえええッ!!」
白銀の悲痛な叫びに、両者腕を離す。二人から離れた白銀は、何かに目覚めた表情に変わる。
「これが、網の気持ち!」
今ので分かったの?
「ふっ!」
すると、先程より洗練されたソーラン節を踊り始めた。動きのキレ、表情、全てにおいて完璧に近いソーラン節を踊っているのだ。
こんなんでキレキレのソーラン節が踊れるならば、最初から限界ギリギリまで白銀の両腕を引っ張れば良かったな。
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空は既に夕焼け色に染まり切っており、早くも街灯が点き始めている。俺はいつも通り、一人で帰っていると。
「体育祭当日、京子が来るんだって〜!」
「嘘マジ!?京子が秀知院に来るの中学以来なんじゃない?」
ガールズトークを楽しんでいるJK二人とすれ違っただけなのに、その二人が発した"京子"という名前が妙に残った。
「…まさかな」