やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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秀知院は体育祭

 "参加することに意義がある"。

 

 近代オリンピックの父、ピエール・ド・クーベルタン男爵が演説で取り上げ、広く知られた言葉だが、この言葉はしばしば誤用され、強制参加のための脅迫文句となっている節がある。世の中、往くだけ無駄だったなんてもんは腐るほどあるだろうに。

 

 参加することに意義があるのなら、参加しない勢力に参加することにも意義があるはずであり、何事も経験だと言うのであれば、経験をしない経験にだって価値はあるはずだ。

 

 むしろ、誰もが経験することをしないと言うのは、逆に貴重と言える。

 

「…はああぁぁ…」

 

 要するに体育祭なんてクソくらえってことだ。インドアで孤高の道を歩む俺にとって、集団行動なんてやってられない。

 

 誰かがミスれば一斉にミスったやつのせいにするし、みんな仲良く体育祭なんてのは幻想でしかない。たかだか学校行事。個人的な意見で言うならば、試験の方が将来的に価値がある。

 

「…すんごい目腐ってるけど。大丈夫?」

 

 同じクラスで同じ白組の早坂がこちらを覗き見る。

 

「…いや本当。体育祭なんて爆散すればいいのに」

 

「ここら一帯更地になるようなこと言わないでよ。…そんなに嫌なんだ」

 

「嫌だよマジ嫌。特にクラス対抗リレー。クラスメイトが抜かれると舌打ちして、マジギレするサッカー部の長山」

 

「長山誰だし」

 

 俺が嫌いなサッカー部の一人だ。まぁあっちも俺のこと嫌いだったと思うけどな。

 

「後、バトンを受け取る時嫌がる女子な。なんでわざわざ俺の前で"マジあり得ないんだけど"とか言うの?ツンデレかよ」

 

「それガチ嫌いじゃん。何したらそうなるの?」

 

「知らんわ。俺が聞きたいわそんなもん」

 

 小さい頃から周囲から嫌われていたんだから。理由もなしに、ただただ暗いだの大人しいだの名前が変だので。

 

『次はプログラム5番、2年生によるソーラン節です。2年生は入場門に集まってください』

 

「そろそろ集合しないといけないね」

 

「…だな」

 

 5年生以来だ。ソーラン節も法被を着るのも。なんだか懐かしいな。別に楽しかった記憶はないのにな。

 

「さ、行こ」

 

「おう」

 

 1年生の玉入れの次に、2年生のソーラン節が行われた。

 体育で習ったように、それなりに真似で動いて踊る。それなりにハードな踊りであるので、少し汗をかいた。

 

「…疲れた」

 

 ソーラン節の描写はカットしよう。ソーラン節なんて大体どんなもんか分かるだろうし。知らんならググれば動画くらい出るだろう。

 

「次に比企谷くんが出るのは…」

 

「…200m走だ」

 

 学年種目以外に、絶対一人一つの種目に出場しなければならないのが体育祭。別に出たい種目があるわけじゃないが、まさか寝てる間に決められていたとは。

 

「確か、あのD組の"しんどう"くんも出るって話だよ」

 

「しんどう誰だ」

 

 何、そんな有名人?進藤って言われてもヒカルの碁しか知らないよ?それとも新堂?ヒロアカで出てくるあの腹黒イケメン?

 

「知らないの?渡部神童(わたべ しんどう)くん。サッカー部のエースだよ」

 

「だから誰なんだって」

 

 しかも結構大層な名前だなおい。サッカーで神童って。神のタクトでも使うのん?化身とか出せるのん?

 

「あ〜、比企谷くんだ〜」

 

 …ちょっと待て。今平日だろ。なんで体育祭見に来てんの?

 

「おね〜ちゃん講義サボって来ちゃった〜」

 

「藤原の…お姉さん…」

 

「この人が書紀ちゃんの…?」

 

 藤原豊美…だったっけ。おっとりした雰囲気であるが、その実ビッチ紛いの行動する女性。藤原家特有の強力な遺伝子を持っている。ついでに言うなら俺の苦手な人だ。

 

「藤原なら赤組の方にいると思いますけど」

 

「千花はまた後で〜。それよりぃ〜」

 

 藤原姉は俺の腕を引っ張って引き寄せ、密着させる。左腕に柔らかいのが当たっとる当たっとる。

 

「はい、ち〜ず」

 

 パシャっとシャッター音が鳴る。藤原姉が強引に引き寄せ、密着させた上でツーショット写真を撮ったのだ。

 

「比企谷くんとのツーショットゲット〜」

 

「あ、あんた強引過ぎだろ…」

 

 敵だ。思春期男子の敵だこの人は。

 

「じゃあ、私千花のところに行くから〜。頑張って〜」

 

 藤原姉は嵐のように現れて、嵐のように去った。

 

「書紀ちゃんのお姉様と随分仲が良いんだね」

 

 だが、嵐が去った後というのはなかなか大変なものである。

 一部始終、俺と藤原姉のやり取りを見ていた早坂が、こちらを冷めた目で見ている。声色も低いしこっわ。

 

「仲が良いっつか、単に揶揄ってるだけだろ。なんなら俺あの人苦手だし」

 

「ふうん。でも苦手とか言う割にはデレデレしてたように見えたんだけど。…本当、男子って好きだよね。おっぱい」

 

 で、デレデレなんてしてないんだからねっ!ちょっと柔らかいなって思っただけなんだからね!

 

「ちっ」

 

「え舌打ちした今?」

 

「してない」

 

「じゃあ何今の」

 

「舌鼓」

 

「何食べてんだよ」

 

 どう考えても舌打ちっぽかったんだけど。怖いよ。早坂怒ってて怖いよ。

 

『借り物競走に出場する生徒は、入場門に集合してください』

 

「あ、かぐや様の出番だ」

 

「…これ終わったら、昼飯か」

 

 午前はソーラン節で済んだが、午後は棒引きに200m走もある。それに200m走には神童が出てくるらしい。いや本当誰だよ神童。

 午後の種目に対して憂鬱な気分になる。そんな気分で借り物競走を見ているとあっという間に終わり、昼食時間となる。

 

 俺は一人、いつも居座るベストプレイスへと向かった。が、その途中。

 

「お前どした」

 

 ベストプレイスに向かう途中で石上と出会った。のは良いのだが、何故か石上は女装している。

 

「応援団の服装で……男は女装、女は男装っていう意味の分からないことになってしまって」

 

 なんで応援団に入ったのかは、この際聞かないでおこう。石上に何か考えがあって動いた結果に違いない。石上の人格ならば、陽キャが集まる応援団にわざわざ入りたいとは思わない筈だ。

 

 とはいえ。

 

「くくっ…」

 

「比企谷先輩他人事だからって笑わないでくださいよ」

 

 いや笑うだろ流石に。石上が女装とかガチャで言うところのSSRだぞ。最早インスタ映えするんじゃねぇか。

 

「まぁあれだ。頑張れよ。くくっ」

 

「…出来る限りのことはしますよ」

 

 そう揶揄って、石上と別れる。

 普段のベストプレイスに向かうと、体育祭の開催により近辺が静かである。大体は観客席で食べているか食堂かの2択だろう。

 

 そんな静かなベストプレイスでパンを頬張りながら、俺はプログラム表を見ていた。

 

「次は応援合戦か…」

 

 いつもの俺なら応援合戦なんて興味も無かっただろうが、あの石上が応援団にいるなら話は別だ。存分に見せてもらおうではないか。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「えっ、もしかして」

 

「うちら」

 

「「入れ替わってる〜!?」」

 

 赤組の応援合戦が始まった。のっけからパロディネタかよ。ていうか団長の絵面きっちぃな。

 

「つばめせんぱーい!」

 

「団長可愛い〜!!」

 

 今の高校生ってこんなんにウケんの?俺今のところ石上の女装姿しかウケるとこ無いんだけど。

 

「風林火山!」

 

「最the高!マジ卍!」

 

「「マジ卍!!」」

 

「インスタ映え!」

 

「「インスタ映え!!」」

 

 さっきから団員は何を言ってるの?風林火山だのマジ卍だのインスタ映えだの。

 何、これまさか赤組のスローガン的なやつ?だとしたらもっと良いの無かったのかよ。なんだよこのとりあえず世間的に使われてる単語をミックスしたスローガンは。

 

 …でも。

 

「…青春、謳歌してんじゃねぇの」

 

 必死に動いている石上の表情は、どこか楽しそうに見える。もしかして、応援団に参加したのは案外良かったのかもな。

 

「「フレッフレッ赤組フレッフレッ赤組!!」」

 

 赤組による応援合戦は終了した。どうやらウケは良かったようだ。

 後輩がガラにも無いことを頑張った。お疲れの一言ぐらい言ってやろうと、俺は石上のところに向かおうとしたのだが。

 

「石上くん」

 

 他校の制服を着た女子が石上に近づき話しかける。

 遠目から見て分かった。あれは石上の幼馴染とか昔仲良かった知り合いとかじゃない。

 

 石上にとっての、モンスター。

 

「随分楽しそうにやってるんだね。石上くん」

 

 女は石上から離れて、仲の良さげな秀知院の女生徒のところに戻る。

 

 間違いない。あれは。

 

「…大友…京子(おおとも きょうこ)…」

 

 過去に秀知院にいた人物で、石上のクラスメイト。

 直接話したことはない。だが、あいつがのうのうと来ているだけで反吐が出そうな気分になる。

 

 それぐらい俺は嫌いだ。

 

「石上…」

 

 さっきと明らかに様子がおかしい。何かに怯えているような様子だ。

 そんな石上に、同じ赤組の応援団の金髪の女生徒がどこかへと連れて行った。

 

 今の俺ならあいつを言葉だけで潰すくらい出来るだろう。だが、それでは石上が守ったものを壊すことになる。あいつが身体張って守ったものを。

 

 石上がどうして周りに怯えるのか。何故周りは石上を嫌うのか。大友京子とは一体何者なのか。

 

 これはまだ、石上も伊井野も秀知院高等部にいない時の話。つまり、俺がまだ1年生の時の話だ。

 生徒会に無理矢理に入って時間が経ったその時、中等部でとある事件が起きたという情報が入った。

 

 曰く、石上優が大友京子をストーキングし、剰え荻野コウを殴ったと。

 

 中等部のことなんて、外部から入学した俺には一切分からない。見舞いついでに伊井野が話してくれたぐらいで。

 

『…普通に考えたら、石上ってやつが悪いんだろうが…。…何か裏がありそうだな』

 

『あぁ。もしこの話に裏があるのなら、事件自体が覆ることになる』

 

『では荻野コウ、並びに大友京子の身辺調査は私が行いましょう。四宮家の力を使って』

 

 あらゆる手を使って、事件の真相を掘り下げた。結果的に、埃のようにどんどん出てきたのだ。

 

 真相、というより俺達が導いた推論はこうだ。

 

 荻野コウと大友京子は恋人同士だったが、荻野コウは大友京子を使って良からぬことを企んでいた。石上はそれに気付き、荻野コウを止めようとした。

 だが、スクールカースト故に荻野は助かり、逆に止めようとした石上はストーカーと間違われてしまい、周りからも嫌われた。先生も擁護することなく、石上を停学処分にした。

 

 その後の追跡調査では、数日後に荻野と大友は破局。どちらも秀知院とは関係のない高校に進学。変な噂が立っていないし、別の高校で楽しそうにしてるそうだ。

 

 これが、石上優に纏わる過去。

 要するに石上は大友を助けようとしたが結果的に嫌われた。告発することも出来たのに。仕返しや真相を広めることだって出来たのに、それをしなかったのは、大友を守ろうとしたということなのだ。

 

 石上のやり方は、決して間違っちゃいない。正しい、とも一概に言えないが。それでも、結果的に守りたい人間を守ったのであれば、それは石上にとって間違っていないことになる。

 

 だから、あいつが今も大友の影に怯える必要がない。

 既に時は過ぎている。今更タラレバを言ったところでどうにもならない。

 

 生徒会の、そして人生の少し先を歩んだ先輩として、俺が石上に言えることは。

 

「石上!! 」

 

「ッ……」

 

 種目は今、部活動と委員会がごちゃ混ぜになった対抗リレー。赤組応援団のアンカーとして、石上が出場している。

 俺は周りの歓声に負けないように、声を張って石上に伝える。

 

「1年ちょい早く生まれた先輩が教えてやる!よく聞け石上!」

 

「……?」

 

 今まであいつは前を向かなかった。前を向けなかった。

 

「過去なんて振り返れば死にたくなるし、未来なんて考えたら不安で鬱になるんだよ!」

 

「っ…!」

 

「お前が今見なきゃならないものを教えてやる!それは…!」

 

 お前は今、未来も過去も見なくていい。

 

「前だよ石上!前なんだ!!」

 

 自分で小っ恥ずかしい事言ってるのは百も承知。石上が応援団に入ったように、柄にもないことをしてるのも自覚してる。

 

 だが。

 

『比企谷先輩、このゲーム知ってます?』

 

『あ、この漫画面白いですよね。僕も結構ハマって…』

 

『助けてください比企谷先輩。四宮先輩に殺されかけたんです』

 

『比企谷先輩』

 

 あれだけ酷く優しい後輩が、今にも崩れ落ちそうになっている。そんな後輩を見捨てるほどの鬼畜さは持ってないんだよ。

 

 石上がこちらを驚いた目で見ていると、今度は生徒会代表で走る白銀が石上に声を掛ける。白銀は自身の赤色の鉢巻を石上の頭に巻きつけた。そして白銀が石上の背中を押し、何か声を掛けた。

 対して石上は、静かに笑みを溢す。先程の絶望的な表情が嘘のようで、今ではまるで楽しそうに笑う。

 

「顔からコケちゃえ!!」

 

 そんな石上に、またもや大友が邪魔をする。

 

「あんたが変なことしたからフラれたんだからね!全部あんたのせいだ!」

 

 ここまで滑稽だと、笑いを通り越して痛々しく見える。

 

「私、結構根に持つタイプなんだから!何楽しそうにしてんのよ!あんたにそんな権利ないんだから!!」

 

 耳障りな声。ストレスが溜まる一方だ。俺が大友にそんな嫌悪感を剥き出しにしていると。

 

「うるせぇばーか」

 

 鉢巻の位置を直しながら発した石上のセリフ。大友だけじゃなく、俺にもそれははっきりと聞こえた。

 

「…ふっ」

 

 なんだよお前。カッコいいじゃねぇか。

 

 バトンは石上に繋がり、ただ目先だけに向かって走り続ける。得意の足の速さは伊達ではなく、ぐんぐんと一位との距離を詰める。

 

「石上!!」

 

 詰めて詰めて詰めて。そして。

 

『ゴール!僅差で白組の勝利です!』

 

 …惜しくも、一位には届かなかった。

 膝に手を着いて、悔しそうに肩で息を切らす石上。もしかすれば今の結果で、石上が悲観的になってしまう可能性が…。

 

「優くん優くん!惜しかったね優ぐ〜ん!!」

 

「石上、いい走りだったぞ!本当に惜しかった」

 

「あんま気にすんなよ。元々リードされてたんだし」

 

 …とんだ杞憂だったな。石上の周りには、自分を見てくれる人間が出来たんだ。

 

「…良かったな」

 

 石上も、これを機に色んなものを見ることが出来たらいいな。

 

『200m走に出場する生徒は、入場門に集合してください』

 

 さて、と。

 無理矢理出場することになった200m走がいよいよ始まる。念入りにストレッチを行い、靴紐をキツく結ぶ。

 

「行くか」

 

 入場門に向かい、列に並んで待機している。

 そして前の種目が終わり、退場を終えると、200m走に出場による生徒の入場が始まる。

 

 普通に考えて、帰宅部擬きの俺が一位とか二位を取れるわけないんだけども。

 石上が殻を破ったところを見せたんだ。それなりに上位に食い込まねぇと。最下位なんてなったらゴミみたいな目で見られそうで怖いからな。

 

 ところで。

 

「神童って誰だ…?」

 

「俺に何か用か?」

 

「え」

 

 俺がそう独り言を呟くと、隣から返ってきた。

 隣を振り向くと、神童という名前に反応した人物は、めちゃくちゃ渋い顔の濃いやつだった。

 

 えっこれが神童?名前凄いのに何このモブ感漂う人物は。なんかもうちょい優男イケメンみたいな感じをイメージしてたのに。別人じゃない?

 

「神童ーっ!」

 

「神童くーん!!」

 

 歓声の所々から神童コールが飛ぶと、神童?は手を振り返す。

 

 あっこいつ神童だわ。渡部神童だわ。

 いや本当誰だよ。これサッカー部のエースかよ。

 

「…それで、俺に何か用なのか?」

 

「え、あ、いや。なんもない」

 

「そうか。…そういえばお前は確か、生徒会選挙の…」

 

 どうやら俺はサッカー部のエース様にでさえ、認知されているようだ。まぁあれだけの舞台でやらかせば、覚えてるやつもいるか。

 

「まあ今回の200m走に評判は関係ない。ゴールした人間が優れているだけだ。いくらお前が悪い人間であろうが、走り始めたらそんなものは関係ない。負けるつもりはないからな」

 

「お、おう…」

 

 えっ何こいつめっちゃイケメン。今びっくりするぐらいイケメンだったんだけど。そら人気者になるわこれ。顔と中身のギャップが凄ぇよ。

 

 そんな驚きを隠しつつ、いよいよ俺の出番が回ってきた。五人が位置に着き、クラウチングスタートの構えに入る。

 

「位置に着いて!よーい……」

 

 スターターピストルを放ち、戦いの火蓋は切って落とされた。

 俺は全速力で走り、ゴールを目指す。だがコーナー辺りで、渡部に抜かれてしまう。速いなあいつ。

 

「くッ!」

 

 渡部の背中を追いかけて、加速させていく。

 

「速いなッ…!」

 

「徒歩通学舐めんなよ…!」

 

 徒歩通学で良かった。じゃないとろくすっぽ走れねぇよこれ。

 

 ゴールが徐々に近づき、最後のレーンに差し掛かる。渡部の背中を追っていたのが、今ではほぼ真横にいる。

 

「比企谷くん!」

 

「比企谷先輩っ!頑張れっ!!」

 

 ゴールイン。

 俺と渡部、ほぼ同じタイミングでゴールだった。本当にギリギリだったため、審判はカメラの巻き戻しを使って判定していた。

 

 その結果。

 

『一位にゴールしたのは白組!あの神童くんを抑えてゴールしましたーッ!!』

 

「……ふぅ…」

 

 俺は全速力で走った反動で、その場にへたり込む。そんな俺に、渡部がこちらにやってくる。

 

「まさか、お前がここまでの力を持っていたとはな。敬服するよ」

 

「あ、おう」

 

 二位になっても渡部カッコいいんだけど。なんかそれ納得いかない。

 とはいえ、一位は一位。まさか200m走でサッカー部のエースを抑えて一位取るとは思わなかったが、これならゴミみたいな目で見られることはないだろう。

 

「…疲れた」

 

 200m走は終了し、選手達は一気に退場していく。退場門を潜り、自分の観客席に戻って行く途中。

 

「比企谷先輩っ、凄かったです!」

 

 伊井野が興奮した状態で賞賛してくる。

 

「最後のコーナーで追いついたところなんてすっごくカッコ良くてっ…」

 

「おう。ありがとな…」

 

 俺は観客席に戻り、席に着くと。

 

「お疲れ、比企谷くん」

 

「…おう」

 

 早坂が労りの声を掛けてくる。しかし疲れのせいか、適当な返事しか返すことが出来ない。

 

「カッコ良かったよ」

 

「そらどうも。……ふぁっ!?」

 

 なんかさっきからカッコ良かったって聞こえてきたんだけど。まさかの幻聴?難聴系主人公じゃないんだよ俺。まさか、かけっこ一位はモテる説が立証されるのか?

 

 そんな説が本当に存在するのかと思いつつ、残りの体育祭のプログラムを消化されていく。

 

 そして、優勝に輝いた組は。

 

『赤組の優勝です!!』

 

 結果、白組敗北。赤組が優勝した。

 とはいえ、別に悔しいなんて感情はない。いつものことである。ただ、いつも感じないことがあるとするのならば。

 

 今日の体育祭、例年と違い思い出深かったということぐらいだ。

 本当に、今日は色々あった。が、悪くない一日だったと言えるだろう。

 


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