「それじゃ失礼しまーす」
イチャイチャしながら出て行く柏木さんと男子Aくん。より最近イチャイチャ度が増えたというか、ついこの間も。
『あいつら廊下で思っ切りディープキスしてたのよ!』
『え』
四条が泣きながら話した内容が衝撃的過ぎて、固まってしまったぐらいだ。
『わざとダサいネックレス勧めたのにぃ!』
話は少し前に巻き戻る。
四条がまさかの男子Aくん、つまり翼くんと二人でお出かけすることが可能になったらしい。
翼くんが柏木さんに記念日のプレゼントを贈るために、女子の意見が欲しかったから、仲のいい四条と出かけたそうだ。
しかし、最近翼くんが四条と仲がいいのを嫉妬した柏木さんが、それを許さなかったそうだ。彼氏が浮気しているかも知れないと、四宮と伊井野に相談したほど。しかも、探偵まで雇って翼くんの動向を探っていたらしい。
俺はその瞬間、柏木さんに対して「ガチでヤバいやつ」だという認識になってしまった。
まぁそんなことはさておき、翼くんが他の女子と仲良くしていたことが許せない柏木さんは翼くんを問い詰めることに。納得のいく答えが返って来なければ、別れるつもりだったそうだ。
だが、それは杞憂に終わる。
柏木さんが問い詰めた結果、四条と出かけたのは柏木さんにプレゼントするためだと主張。と、共に四条が選んだダサいネックレスを首に飾ったそうだ。
そのことが嬉しくて堪らないのか、相談を受けた四宮と伊井野、途中合流した白銀達の目の前でディープなキスをしたそうだ。
因みに、ハートのネックレスを贈ったそうだ。
あまり人に贈りものをしない俺からすれば、ハートも月もよく分からんセンスしてるとは思うけど。
ダサいネックレスを勧めた結果、彼らの仲をより深くしてしまった。挙げ句の果てが眼前でディープキス。それは四条にとって、色々とメンタルにクるものがあった。
わーわーと泣き叫ぶ彼女の愚痴を聞いた、比企谷八幡でした。
そんな柏木さんと翼くんが生徒会室から出て行ったのを確認した石上が、突然。
「死ね死ねビーム!!」
と、彼らに向かって謎の技名を叫ぶ。
馬が合う石上だが、時々よく分からん奇行を起こすところはちょっと理解出来ない。なんならちょっと怖い。後怖い。
「急に怖ぇよ…」
「なんですか、死ね死ねビームって」
「食らうとカップルが別れるビームです」
「死ぬ要素ないのかよ」
もし人を殺せるなら小町に近づく輩のために習得しようかなと思ったんだが。
ん?俺の方が怖い?そんなことないだろ。
「人の幸せを妬むものじゃありませんよ」
「別に妬んじゃいません。高校生は勉学に集中すべきなんです!恋愛に
「ゲームしながらじゃ無けりゃ説得力あったんだけどな」
ここまで開き直るのもある意味才能なのかも知れん。
「じゃあ何かしら。石上くんは勉学に集中するため彼女は作らないの?」
「当然ですよ。第一彼女なんかいりませんし」
石上、それは彼女欲しいやつの常套句だ。
とはいえ、いるいらないはさておき、今の石上の現状じゃあ作るのは難しいかも知れない。
石上が女子から嫌われているという事実は変わっていないからだ。
おそらく石上の見る目をちょっとでも変えたのは、体育祭で関わった応援団辺りだろう。
「こんにちは!文化祭の出展書類を持って来ました!」
バカップルの次に生徒会室にやって来たのは、応援団のメンバーにいた女生徒だ。
「つつつっつ、つ、つばめ先輩!?」
うわすっごい反応。「急に好きな先輩が来た」みたいな反応してる。
「やっほー優くん!」
「どどど、どうしたんですか!?」
「だから書類を出しに来たんだって。うちらね、新体操と演劇を混ぜた舞台やりたいんだ。皆頑張ってるし、ステージ良い時間帯にして欲しいなぁ。あ、そうだ」
すると、つばめ先輩とやらは石上の背後からしがみつき。
「媚び売っとこ!」
頭を撫でる。不意打ちを食らった石上は、それはもう声が出せずにいる。
「じゃまたね!かぐやちゃん、優くん!」
気が済んだのか、彼女は手を振って生徒会室から出て行く。まるで、嵐のような人だった。
まぁそれはさておき。
「…へぇ。そういうこと」
先程のやり取りを見てなんとなく察した四宮は、石上を見てニヤニヤする。
「なんですかそういうことって。先輩達変な勘違いしてませんか?」
「先輩とやらが来た時の明らかな動揺と、背後からハグされて魅了された反応を見せられたのが勘違いだって言うのか?」
「僕がつばめ先輩のこと好きとかって勘違いしてるんでしょうけど、急に来たからびっくりしただけです。見当違いも甚だしいですよ」
石上は頑なに認めようとしない。思春期だなぁ。
「そうでしたか……てっきり、彼女のことが好きなのかと思いましたよ。何しろ彼女に熱を上げる男子がうちの学校に大勢いると聞き込んだもので。石上くんもそのうちの一人かと」
「さっきの人、そんな有名なのか?」
確かに男子からモテそうな人ではあったけど。
「えぇまぁ。…
要するに高嶺の花的な存在なわけね。
というか毎度毎度思うけど、秀知院にいる生徒の親って凄ぇ偉人なんだな。俺とか白銀みたいな外部から入学した人間とは違って。
「…そんだけ人気だと、彼氏ぐらいいそうなもんだけどな。イケメンで優男のハイスペックの彼氏が…」
「…ね…ね…ーム…」
「ん?…ってうわっ」
「死ね死ねビーム……死ね死ねビーム…」
ぶつぶつと自分の頭に死ね死ねビームを撃ち込んでいる。怖ぇよ。後怖い。
「気味が悪いわやめなさい!」
「うわあああ!ちくしょう!死なせてください!!」
「死ね死ねビームはカップルが別れるだけなのでいくら撃っても死ねません!」
落ち着いて。
「ほら見たことですか。好きじゃなければそんなリアクションしません」
「う…」
「…どんなところが好きなんだ?」
人を見る目は確かな石上が好きになった女子。となるなら、それ相応に惹かれる部分があると言うことなんだろう。
「…まぁ応援団の時にお世話になってですね…。最初は応援団の空気を良くするために、無理して絡んで来てると思ったんです」
まぁ石上の立場なら、そう思うのも無理もないか。
「でもあの人はそうじゃないんですよ。素であれっていうか。無理せず普通に優しい人だって気付いたら……なんか、その…」
「OKよく分かった」
石上の気持ちは分かった。うん、よく分かった。
まさか白銀と四宮以外でラブコメする奴がいたとは。しかもそれが、青春アンチの石上だ。
「…でも比企谷先輩達の言う通り、無謀な恋ってやつなんですよ。相手は高嶺の花。僕みたいな何の取り柄もない奴相手にしてくれるわけがない。…いいんです。最初から諦めてますから」
この卑屈さは体育祭が終わっても変わらなかった。
俺と違い石上の卑屈さは、失敗を恐れている故からきてるもの。石上の人生は失敗した経験が多い。
「どうせまた失敗する」というマイナス思考が頭の片隅から離れないでいるんだろう。
「石上くん」
四宮は左手で石上の顎を上げて。
「どんな手段を使ってもいいわ。子安つばめを手に入れなさい」
四宮は言い切った。応援ではなく、最早脅迫に近い何か。
「いやいやどんな無理難題ですか!出来る筈無いです!」
「どんなことにも絶対は無いわ。私から見たら、今の石上くんは傷付くことを恐れて挑戦すらしない臆病者よ。"振られたらどうしよう"…"今の関係が壊れたら"…。そう思う気持ちは分かるわ。でも告らなきゃどこまでもズルズル行くわよ」
うっわすっげぇ説得力。流石、無駄な策を弄して告らせようとした結果、1年何の進展もなしの人が言う説得は違うな。
「勇気を出しなさい」
「勇気……」
「勇気っつっても、まだ体育祭から時間が経ってねぇだろ。今すぐ告るのはリスキーなんじゃないのか?」
「…一応、もし自分が告る時を想定して、成功率の高い告白方法のアイデアはあるんです」
「成功率の高い告白方法!?」
その言葉に、四宮は食いついた。
成功率の高い告白方法、ね。石上には悪いが、世の中そんなに甘くない。もしその方法が成功したのなら、恋愛経験百戦錬磨の肩書きは石上に認定するしかない。
「…一応聞くが、それどんな方法だ」
「まず、普通に告っても駄目なのは分かってます。ですが、それがウルトラロマンティックな告白だとしたら?」
ウルトラロマンティックてなんだ。第3期?
「こう、つばめ先輩の机に毎日花を添えておくんです。月曜日はアガパンサス。火曜日は
アガパンサス。
イチゴの花
シャクヤク。
テッポウユリ。
ルピナス。
「愛してる……」
「そう!これどうっすか!?」
「気色が悪い」
「引くわ」
「そう!」じゃねぇんだよ。なんで誇らしげに出来るんだよ。こんな告白黒歴史を生み出すだけだぞ。
「知らない人が自分の机に毎日毎日一輪の花を置いてくのよ?好きでもない人にそれやられるのは普通に気色悪いわ」
「悪いが、四宮と同意見だ。つうかなんで謎解きの要素入れちゃったんだよ。気付かなかったらどうすんだよ」
「だから言ったじゃないですか!普通じゃ駄目だからこう……!アウトギリギリのセーフを狙って…!」
「アウトだよリクエスト無しのアウトだよ」
なんでセーフと思ったの?誤審にも程があるだろうよ。
「じ、じゃあもう少しマイルドな案を…」
まだあるのか。石上の拗れた案より壁ダァン!の方が成功率高いんじゃないのだろうか。
「聞いたことがあるんです。女性に自分のアルバムを見せれば不思議と心を開くと」
「そうね。あると思うわ」
「だからこう、つばめ先輩に僕のアルバムをプレゼントして…」
「早速ホラーじみてるじゃない」
「最後のページにメッセージを添えてですね」
「怖ぇよ」
「どっすか!」
「だから怖いって」
なんなら気持ち悪い。中学の頃の俺の告白方法と何ら変わらないキモさだぞ。
「何がマイルドなの?こんなもんホラー臭が凄すぎてストロングだっつの」
「好きでもない相手からアルバム贈られる時点で相当恐怖なのに、最後のダメ押しが強烈にパンチ効いてるじゃない!」
さしもの四宮も石上の案に対して感情的になる。まぁ後輩がこんなメルヘンじみた告白してたら引くわな。
「アウトギリギリのセーフを狙って…」
「デッドボールで押し出しサヨナラ並みのマズさだぞ」
野球界から追放されるレベルのアウトまである。
「とにかく分かったわ。石上くんの欠点は持ち前の気持ち悪さね。そもそも風変わりな人が風変わりなことをしたら常軌を逸してしまうのよ」
酷い言いようだが、それほどまでに石上の欠点は酷過ぎるのだ。奇を衒った告白は、相手が変人でない限り受け入れられることはないだろう。
「…まず告白どうのは一旦置こう。今それをやってもこっ酷く振られるのは目に見えてる」
「こっ酷く…」
「そういうわけで、子安先輩が惹かれるような男に合わせていこう。少なくともあの人が変人でない限り、さっきの案は取り消しだからな」
「そうね。貴方はもっと実直に、誰もが振り向く良い男を目指しなさい」
「良い男ですか……。まずそれが抽象的過ぎるんですよ。良い男の定義を提示してください」
「それは良い男じゃない奴が言うセリフだ石上」
抽象的って言うのも分からないではないけどな。良い男って具体的にどんな奴なんだよとはちょっと思うが。
「四宮先輩の思う良い男ってどんなですか?」
「色々あるけれど……まずは勉強が出来る人ね。それでいて優しさもあって…」
「要するに白銀みたいな男が良い男だってことだろ」
「んんー!?まあそうね!?別に私は会長のことを指して言ったわけじゃありませんけど!一般論としてそうでしょうって話ですけど!」
なんでこんなボロを出しておいて白銀のことを好きだとバレないと思ってるんだろうか。
「女は力に惹かれるものです。腕力、財力、コミュ力……それには勿論知力も含まれるわ!」
「…知力で言うなら、丁度期末テストが近いだろ。そこで子安先輩が目に止まるような成績を叩き出せばいい。今まで赤点常習犯の人間が、いきなりまともな成績を出せば、周りも子安先輩も見直すんじゃねぇの?知らんけど」
子安先輩の好みがどんな人か分からない以上、備えておくに越したことはない。仮に知力のある人間が好きだったのなら、今の石上は脈無しということになる。
「石上くんの知力向上は私が務めるわ。四宮の名に懸けて」
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あれから日が経ち、期末テストの期間となった。
「今日からしばらく、生徒会も試験休みを取る」
「あら。今まで試験前までも通常営業でしたのに」
「俺としては別に今まで通り生徒会室で勉強しても問題ないんだが、前と違って人数も増えた。全員のことを考えれば休みの方が良いだろう」
生徒会長らしく、生徒会の面々の成績を心配している。まるで生徒会の鑑だ。
だがしかし、この白銀御行は。
嘘をついている。
確かに人を思いやれる優しい人間だ。しかし、テストとなれば話は変わってくる。テストにおいて、白銀という人間は人を思いやるなんて御涙頂戴の精神なんて欠片も存在しない。
ただ1位を取る。そのために悪魔に魂を売るような人間が、白銀御行という男だ。
「そうですね。私達2年には進路選択の指針となる大事な試験ですし。今の時期は図書室も人でいっぱいです。家で静かにした方が集中出来ますからね」
と、白銀の提案に便乗する四宮。確かに、学校という空間は放課後騒がしいし、人が多いため、集中力が欠けてしまうだろう。
だがしかし、この四宮かぐやは。
嘘をついている。
では何故断定出来るのか。それは、四宮の近侍の早坂から得た情報に繋がる。
『かぐや様がスマホに変えてから、どうにも勉強に集中し切れていないの。ずっとソワソワしてて。好きな人からラインが来るのを待ってるみたいな感じ』
スマホに変えてからラインをインストールした四宮は、生徒会の面々と、いや白銀とより長くコミュニケーションを取ることが出来るのだ。
あの四宮がラインを気にして勉強に集中出来ないのだ。意識は散漫。普通の女子高生のような反応を見せるのが、四宮かぐやという女である。
「この時期こそ追い詰められて、悩みを抱える人も多いですけれど。別に私は試験休みなど必要ないと思いますが……皆さんがそう言うのであれば仕方ないです」
と、やや否定気味な態度を出す伊井野。まぁ成績に余裕があるのであれば、試験休みなどどうってことはないのだろう。
だがしかし、この伊井野ミコは。
嘘をついている。
冷静で淡白に、否定気味な態度を出す伊井野だが、心の底では「わーい!」って思っているに違いない。
そう思う理由は、俺にある。
『比企谷先輩!試験期間になったら、勉強を教えてくれませんか?』
『…前から思ってたが、ずっと学年1位をキープしてるお前が俺に聞くことってあるのか?』
『…1位を取り続けないと、私の言葉に誰も耳を傾けないんじゃって…。挙げ句の果てには、馬鹿にされてしまうかも知れないって思って……』
はい。これが理由。伊井野が1位に縋り付く理由はこれだ。
1位を取ることで、伊井野は強く言えるし、生徒達は伊井野の言うことを聞かざるを得ないのだ。謂わば試験は彼女にとっての生命線。
しかし1位から外れたら、伊井野は強く言えないのではないか。誰も聞いてくれないのではないか。そう危惧して必死に勉強するのが、伊井野ミコという女である。
にしてもこいつら、嘘しか吐かないな。
「そうですねー。今回は試験勉強頑張らないといけません…。私もこれ以上成績落としたらお父様にお小遣い無しって言われてるんです。欲しいものいっぱいあるのに…!お父様からのお小遣いが無くなったらおしまいです!」
と、試験の結果次第でお小遣い無しと言われた藤原は不安がっている。
だがしかし、この藤原千花は。
あっこれ嘘かどうかわっかんねぇな。
藤原の頭ん中は未知の領域である。嘘か真かすら分からない人間なのが、藤原千花なのだ。もしかしたら、こっそりおじいちゃん辺りにお小遣い貰ってるって可能性がある。なんだかんだで姑息なことを考えていそうなのが、藤原千花という女である。
と、彼らの嘘を分析している俺の試験勉強の状況は可もなく不可もなく、だ。
とにかく、理数系で赤点を取らぬように勉強しなければならない。文系は基本的に悪い点を取ることはない。
「そういえば石上は?」
「さぁ。家で勉強してるんじゃないですか?」
「まっさかー」
「どうせゲームでもしてるんですよ」
半信半疑といったところである。試験期間になれば、彼は「家で勉強するんで」っつって帰り、死期を察したかの如く余裕でゲームをする。
だがしかし、今回の石上優は。
時々、四宮から石上の様子を聞いたりしているのだが、聞いてる限りではちゃんと勉強しているらしい。
四宮の期待に応えるためか、はたまた子安先輩に認められるためかは分からない。だが少なくとも前回や前々回のように、試験期間中にゲームをすることは無さそうだ。
好きな人のために努力するのが、石上優という男である。
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「どうどうー?ちゃんと勉強したー?」
期末テスト当日。同じクラスの早坂(ギャルモード)が俺に話しかけてくる。
「まぁ前と変わらず、だ。そういうお前は?」
「私?私もちゃんとしてるしー!」
「…そうか」
嘘が塗れた
そしてその数日後。結果は返される。
2年の学年1位は白銀、2位は四宮。3位が四条と、変わらないトップスリーが並んでいた。藤原は111位で早坂は114位。因みに俺は87位です。
1年の学年1位は、やはり伊井野だそうだ。石上の成績は上がったには上がったが、152位という苦しい結果に終わってしまった。
とはいえ、20位も上がったのは凄いことではある。四宮の教えが良かったのか、石上が努力したのか。
子安先輩に釣り合うには、まだまだ努力が必要になる。それこそ茨の道ってやつなんだろう。
「…頑張れよ。石上」