そういうわけで、白銀と早坂に纏わる話は色々とすっ飛びます。
「で、今度はなんだ」
「ぐぇうっ……うっぐ……おえっ……」
普段通り、生徒会に向かう前に缶コーヒーを買いに行く俺の前に、
そんな状態の四条を放置しても、「どこに行くのよこの不調法者」とか言われかねないので、なんとかベンチまで連れて話を聞こうとしているのが、今の状況。
しかし、この様子じゃ落ち着かない。ということで。
「…ちょっと待ってろ」
俺はその場を一旦離れ、近くの自動販売機で温かいココアを購入。そして戻り。
「ほれ、奢りだ。これ飲んで落ち着け」
「…ありがと…」
四条はプルタブを開け、ココアを飲む。
「はぁ……染みるわぁ……」
「…まぁこういう時はココアってのがお決まりだしな」
なんならこの展開もお決まりだしな。四条が泣き喚いてる=柏木さんと翼くんのイチャイチャっぷりに病んだって答えが毎回出るくらいだし。
「…で、またあの二人の話か?」
「…まぁそうなるわね。でも話の重さで言えば、朝食何食べたか程度の軽い質問よ」
軽い質問のくせにいつものように泣き崩れていたのか。
ある意味重い話が軽い話と言い張れる自虐ネタの領域に達したのだろうか。
「別に聞かない理由はないけど。で、質問ってのは?」
「ねえ」
四条が突然目のハイライトを消して、声色を低くして話し始める。
「友情なんて人を苦しめるだけのものじゃない?」
「バリバリに重い話じゃねぇか」
朝食になりたけ食うレベルの重い話じゃねぇか。
「渚達、ボランティア部に入ってるんだけど。あれ部員数二人しかいなくて、顧問から増やすように渚が突かれててね。渚がボラ部に入って欲しいって言うから入ったのよ」
「…なんだかんだで、お前柏木さんに優しいよな」
「そりゃそうよ。渚は幼等部からの友達よ。憂さ晴らしは多少するけど、純粋に困ってる渚の助けになればと思って入ってるのよ」
本当、こいつ良い人だよな。
「なのにあの女は」
「お?」
何やら空気が変わった。
「私が気づいて無いと思ってイチャイチャイチャイチャチュッチュチュッチュと…!」
「悪魔かよ」
今の話聞いてると、四条に原因があるってより柏木さん達二人に原因があるんじゃないかって思うわ。
「最近ずっとねー、渚の顔を見ると胃がずしっとするのねー」
「胃が」
「私何も悪い事してないと思うんだけどねー。何故か好きな人と友達をいっぺんに失った感じー?笑うと嘘吐いてる気分になるんだぁ。どんな事があってもずっと友達って誓ったのに」
もう可哀想。話聞いてて泣きそうになってくるわこんなん。
「女の友情って脆いものよね。男がどうので簡単にヒビが入るんだから」
「…後でもっかいココア奢ろうか?」
「うん、おねがーい」
四条のメンタルのライフは0に近い。なんだかんだ回復するが、あの二人に関わる度にライフが勝手に削られる。
というか、人を呼びつけておいてイチャイチャするのは俺でも気を悪くする。翼くんが恋愛相談しに来た時、さりげなく惚気る時とかマジ殺意が湧いたね。
「ずっと前から気になってたんだが。翼くんのどこを好きになったんだ?」
正直、俺はあまり好きじゃない。まぁ元々人嫌いってところもあるだろうが、それを度外視にしても好きじゃない。
ヘラヘラしてるし、惚気に来るし、自分で考えようとすらしない。
最初の告白するしないの相談は、まぁ分かる。「断られたらどうしよう」みたいな不安があるのは分からないではないし、勇気がいるものだ。誰かに相談して、後一押ししてもらいたいというところなのだろう。
しかし二回目からの相談はなんだ。どうやったら手を繋げるかだの、次のステップに行くにはどうしたらいいだの。恋愛相談舐めてんのか。ググれカスが。
要するに、俺は好きじゃない。が、四条が惹かれる部分が彼にはあるらしい。だから尋ねた。
「その…なんていうか……私がちょっとキツい事言っても嫌な顔一つしないで笑いかけてくれるのよ。翼くんは、なんていうか包容力があって、一緒に居ると心が安らぐっていうか。とにかくあったかい人なの」
「ほーん…」
誰にでも優しい、ってやつか。そういう人間は、嫌われたくないからそうするもんだと思うけど。
「とはいえ、既に神ってるあいつらの中に入る余地なんて…」
「ちょっと待って。神ってるって何?」
「え」
あら?これもしかして、知らなかったパターンですか?俺てっきりもう知ってるもんだと。
「…うん、まぁ。頑張れって話だ」
「わざと話を逸らさないで。神ってるって?」
「いや、お前、女子の前でこれ以上生々しい単語は出したくないんだが?」
神ってるってボヤかしたってのに。
「つまり、なんだ。は、初体験ってやつだ」
「初体験?あぁ、チュウのことね」
んーこの反応デジャブるんだけど。何この既視感。どっかで聞いたことあるなぁ。
「というか今更でしょ、そんなの。もう何度か見てるんだし、なんなら八幡に言った事あるでしょ」
さーてどうやってこの誤解を解こうか。藤原や石上がいてくれたら安心だったんだが。俺だって口にするの嫌なんだけど。
まさか揃って同じ間違いするとは思わなかった。なんなら四条の方がやや恋愛知識があるもんだと思ったし。
仕方ない。
「いいか四条。初体験ってのは…」
俺は初体験をもっと分かりやすく伝えるために、スマホを開いてその単語を打ち込む。そしてそれを見せる。
「セッ…!?」
その神ってる単語を見せた瞬間、四条は一気に顔を赤くする。
「な、何言ってるのよ!渚と翼くんは高校生よ!?セッ……は結婚してからって…」
「高校生でも三人に一人は神ってるらしい」
「えっ嘘そんなに!?」
いやまぁ高校生で神ってるカップルがいるのは今更という感じだが、三人に一人はちょっと多過ぎる。そのうち白銀と四宮が神りそうで怖い。
「あいつらは既に神の領域にまで達してる。どうこうするにはギルガメッシュくらい呼ぶ必要がある」
「神どころかそんなの悪魔の領域よ」
とはいえ、この手の友情って難しいんだよな。こんな修羅場になりそうな関係は漫画やラノベのフィクションの世界でなら見たことあるが、実際目の当たりにするとどうしたらいいか分からん。
そもそも俺の場合、友情って何?ってところから始まる。「固い絆で結ばれている」「自分達の友情は絶対だ」だのよく聞くが、ならそんなもの本当にあるのかとすら思う。
固い絆?片方がなんかやらかしただけで絆は崩壊するだろ。
自分達の友情は絶対?クラス替えや学校が変われば否が応でもそんな友情は途切れるっつの。
とはいえ、これは俺の意見。もし四条が柏木さんを毛嫌いしてるならアドバイスが出来ただろうが、四条は柏木さんを友達だと思っている。あっちはどうか知らんけど。
「どうしてこんな事になってしまったの……一体どこで間違ったというの……」
四条はプライドが高いくせに臆病だ。それが恋愛面でも影響したんだろう。要するに四宮と似た考えの持ち主だということだ。
「…別に、間違えたことしてねぇだろ」
「え…?」
「さっさと告らないから悪いんだろ、とか、プライド捨てて勇気を出さなきゃならない時があるだろ、とか言う連中がいるが、それが出来ないのが告白ってもんだ。嫌われたくない、今の関係を壊したくない……だから告白出来ない。結果的にそれが四条の敗因なわけだが、じゃあ世の中のみんなが異性を好きになった瞬間さっさと告ることが出来んのかって話だ」
「好き」と伝える重みを分かってないからそんなことを言える。「さっさと告れ」ってやつは、本当に誰かに恋愛をしたことないやつだ。告白の重みを知らないのだ。
「あの時ああすれば良かった、とかいう後悔なら俺だってする。でも結局それで現実は変えられない。だからどうすればいいんだって苦悩する。届かないと分かっていても、手に入れられないと知っていても、それでも考えて、足掻いて、苦しむ。そこまでちゃんと考えているお前の気持ちは本物なんだよ。だから何か悪いわけでもないし、間違ったことをしたわけじゃない」
「八幡……」
「…前も言ったが俺にアドバイスなんて出来るかは知らん。けど、お前の愚痴や話くらいなら聞ける。だから、その、何?話を聞いて欲しいって時がまたあるんなら、俺で良いなら話は聞く。つか今更聞かんとも言わねぇし」
と言ってみたものの、俺に話すより生徒会に持ち込んだ方が的確な意見をくれると思うんだがなぁ。生徒会行くように勧めたら良かったか。
「あ、比企谷先輩!もう生徒会始まりますよ!」
そんな中、ワンキャン吠える犬こと、伊井野がやって来る。
「って、その方は…」
「私?私は四条眞妃よ。学年3位の天才にして、四宮の血筋を引く者。そして…」
横から勢いよく四条が抱きついてくる。
「八幡の友達よ」
えっ何してんのこいつマジで何してんの?ちょっと良い匂いがですね。
俺の気が動転しているのを気に留めず、彼女は離れる。
「それじゃ、また話を聞いてね。八幡」
と、彼女はやりたいことをやってどこかへと去っていく。目の前で何があったのか理解出来ていない伊井野は、固まってしまっている。
「おーい、伊井野?」
「ハッ!な、なんですか今の!友達だからってなんで抱きつく必要あるんですか!?ここ日本ですよ!?アメリカンスタイルなんて設けてませんよここ!」
生き返った瞬間マシンガンみたいに話すやつだな。忙しいやっちゃ。
「じゃ、生徒会に行くか。もう始まるんだろ」
「ま、待ってください!先程の方との関係を…」
今日も愉快な生徒会の日常が始まる。一体今日は、どんな展開になるのだろうか。
あー……マジめんど。帰りたい。