生徒会も本腰を入れて、秀知院の学園祭、通称"奉心祭"に向けて業務を進めていく。生徒会だけでなく、あちらこちらでもう学園祭の雰囲気が出始めており、それに向けた準備を行なっている。
俺の場合、準備も業務もかったるいし、適当に済ませようと思っていたのだが。
「俺と伊井野と石上で文化祭実行委員のヘルプ……」
「あぁ。明日には入って欲しいそうだ」
ただでさえヘルプが入って面倒くさいのに、わざわざそこに
「文実て何するんですか?」
「企画の精査、広報や装飾、式典の計画と、会場割り振り、機材管理…」
「OKもういい。頭痛くなって来た」
要するに挙げればキリがない仕事だって事なんだろう。
「なんだか大変そうですね…」
「嫌でしたら構いませんよ。ただ文実の委員長は子安先輩ですけど」
「行きます」
子安先輩の名前を聞いた瞬間、石上のやる気が一気に上がった。こいつもこいつでチョロいよな。
そんなこんながあり、翌日の放課後。
「それじゃあみんなアゲていくよー!ウェーイ!!」
「「ウエェェイ!!」」
なんだこれは。のっけからエンジン全開過ぎる。なんであっちこっちで「ウェイウェイ」って聞こえるんだよ。これ会議だろ?どうなってんだよ。
「比企谷先輩……なんですかこのテンション……」
隣に座っている伊井野が動揺して付いていけてない。
安心しろ。俺も一切付いていけてない。
「おい石上…お前子安先輩と知り合いなんだろ…?このテンションはなん…」
「ウェーイ!!」
石上よ。お前もそちら側の人間だったんか。先輩として、石上っつー後輩の行く末が怖くなっちゃったよ。
「それでは文化祭会議の方を始めます!まず前回お願いしてた、文化祭のスローガン案を持って来た人はいますか?」
まずはスローガン決めからか。
確かに、体育祭や学園祭にはスローガンは欠かせないものなんだろう。ただ俺は思うのだが、本当にこのスローガン決めは大丈夫なんだろうか。
体育祭では、"風林火山!最the高!マジ卍!"とかわけの分からん赤組のスローガンが目立って仕方が無かった。
「はいはーい」
「はい!小野寺さん!」
石上の知り合いらしき人物、小野寺という女子がホワイトボードの前に立ってスローガンを書き始めていく。
「やっば秀知院はパないって思いを込めて〜」
小野寺が書き終え、自身が考えたスローガンを発表する。そのスローガンとは。
青春だしん!やばたにえんなチカラァ!!〜秀知院半端ないって〜
「どうでしょう!」
「どうでしょう!」じゃねぇよ。なんだよこのインパクトしかないスローガンは。
やばたにえんなのはお前の頭じゃねぇのか。
「いいね!エモエモ!」
「マジ卍!」
石上よ。生徒会と変わり過ぎだろ。ほとんど自分を殺してるじゃねぇか。そこまでして合わせたいのか。
「ノリとテンションだけじゃないですか…こんなのじゃ…」
「待ってください子安委員長!」
すると、眼鏡を掛けたモブくんが待ったを入れる。
「そんな流行に乗っただけのようなスローガンはこの秀知院に相応しくありません。もっと高偏差値なスローガンがよろしいかと」
なんだ。少しまともな奴がいるんじゃないか。
頼むぞモブくん。この空気をどうにかしてくれ。
「高偏差値なスローガン…?えっと、どういうのかな?」
「それは…」
モブくんがホワイトボードにスローガンを書き込んでいく。そしてその発表された内容は。
ぽきたw魔剤ンゴ!?ありえん良さみが深いw秀知院からのFFで優勝せえへん?そり!そりすぎてソリになったwや、漏れのモタクと化したことのNASA!そりでわ、無限に練りをしまつぽやしみ〜
「こういうのです!」
「は?」
「こういうのです!」じゃねぇよ。さっきより酷くなってんじゃねぇか。なんだこの胃もたれしそうなわけ分からんワードの連続は。
「京都大学のスローガンを参考にしました」
「京都大学そんななの!?」
嘘だろ京都大学。人語を超えたスローガンだぞこれ。宇宙人でも混じってんのかそっちは。
つかこれ、高偏差値なスローガンじゃなくて、
「よく分からないけどなんか面白いね!ないすぅ!」
「卍!」
もうやだ帰りたい。異空間にしても限度があるだろ。異空間っつか亜空間。
「み、皆さん!今は悪ふざけの時間じゃないでしょう!もっと真面目にやりましょう!」
我慢の限界を迎えた伊井野は、机を叩いて皆に意見する。しかし。
「いや真面目なんだけど」
そんな彼女の言葉を、小野寺は一蹴する。
「いつも思うけど、伊井野はなんでそうなわけ?そうやって自分と違う価値観否定ばっかしてたら話進まなくない?」
「だ、だって…こういうのはちゃんとしなきゃいけないから…」
「じゃああんたの思う良いスローガンを言ってみなよ。言ってる事、イマイチピンと来ないんだよね」
「えと…」
皆の視線が伊井野に向けられる。しかし、伊井野はあがり症だ。向けられた視線は自分の首を絞められることになる。
「…少なくとも、無理に奇を衒う必要はないだろ。余計わけ分からんことになるし。面白くするのはいいけど、奇を衒い過ぎると常軌を逸した何かになるってついこの間思ったし」
告白のためだけにあそこまで奇を衒うとは思わなかったよ、石上。
「比企谷くんの意見も一理あるかな。もっと純粋にさ、私達がやりたい文化祭をそのまま言葉にしてみようよ!」
俺の意見に、子安先輩が賛同する。その一言で、空気が一変した。
流石、秀知院屈指の人気を誇る子安先輩は人望が厚い。メリハリがちゃんとしてる。きっとこういうところが、石上が好きになった一部分なのかも知れない。
「とりあえずスローガンは持ち越しで。生徒からいくつか質問があるので回答しましょう」
スローガン決めは一旦保留になり、匿名の生徒からの学園祭の質問を答えていく時間となる。
「"販売価格をもっと上げたい。原価率の下限を撤廃してください。"どうしてダメなんだろ?」
「子安先輩!それについてはワテがお答えしますで」
何か関西弁の出っ歯で眼鏡のモブくんが、その質問に答えようとする。
「ガイドラインでは、地域交流を目的とした非営利活動に限り、臨時営業許可が不要なんですな。儲けを出す目的での出店はあきまへんっちゅーワケですわ」
「流石小林くん!じゃあ価格は上げられないね」
「補足、良いですか」
石上が手を上げて、小林くんの意見に補足を付ける。
「その手の事なら抜け道なんていくらでもありますよ。とりあえず最終的に利益を寄付や経費計上しとけば、どれだけ利益を出しても問題はないかと。今のうちに価格設定の難しさを学べるなら有意義だと思います」
生徒会会計に抜擢されるほどの能力がある石上。普段はどうしようもないが、仕事は出来るんだよな。
「そだねー。一応、先生と相談の上で価格設定の検討してみよっか」
石上の意見が小林くんの意見より上回った。が、小林くんは舌打ちをして席に着いた。なんだあいつ。
「次!"クレープ屋台がなんで駄目なんですか?"」
「つばめさん!」
今度は少し大人しめな眼鏡を掛けたモブくんが挙手する。ていうか眼鏡の割合多いな。
「基本的に保健所の指導で直前に熱処理した食材しか使えないんです。米飯類や生魚、クレープに使う缶詰フルーツやクリーム類はNGなんです」
「流石佐藤くん!じゃあクレープは…」
「補足、良いですか」
佐藤くんの意見に、石上は手を挙げて補足を付ける。
「確かに乳製品は弾かれますが、植物性油脂100%の冷凍ホイップクリームなら使用例が沢山あります。フルーツでもジャムでも、代用すれば問題ありません。再検討の余地はあると思います」
さっきから石上の意見が無双してるんだけど。石上の意見が通る度に、眼鏡くん達の憎しげな表情が伺えるんだけど。何このよく分からん争い。
そんなこんなで、恙無く会議は進んでいく。そして、学園祭の質問への回答も残り一つとなった。
「これが最後で…"キャンプファイヤーの実施を望む"」
「是非やりましょう!」
「うおびっくりした」
ここまで黙っていた伊井野が、勢いよく手を挙げて賛成する。しかし、誰も伊井野に賛同する人間はいなかった。
「流石にそれは難しいかなぁ…」
「もう近年は条例も厳しくなってきていますしね。火災対策や治安の問題…。それに伊井野さんが選挙演説の時に言ってた事ですよ。自治体の許可が降りなくなったと」
確か、深夜まで居座る生徒やポイ捨て問題が取り沙汰され、夜間活動に町内会の許可が下りなくなったとかなんとか。
「確かに大変かも知れませんけど、みんなで頑張れば…」
「あのさぁ」
伊井野の言葉に、小野寺が再び口を挟む。
「理想を語るのはいいけどさ、ぶっちゃけ人手が足りないから伊井野もここに借り出されてるわけじゃん。結局、誰がやるのそれ」
小野寺の言い分も間違っちゃいない。
人手が足りない中で、キャンプファイヤーの実施を自治体に認めさせるのは難しい。だけでなく、先程言ったように治安維持に関わってくる案件だ。やらかしたって言う前例は拭い切れるものじゃない。
だが、人手が足りなくても出来ることはある。なんなら、キャンプファイヤーを行う事すら可能になる。
それが出来る人物とは。
「伊井野がやればいい」
伊井野しかいない。名指しされた伊井野も、隣で伊井野の様子を伺っていた石上も、周りの連中も皆目を見開いている。
「ひ、比企谷先輩……?」
「勿論、俺も伊井野のサポートに回るから、伊井野だけにやらせるって事はしない。だがあくまで、キャンプファイヤーの許可を得るために動く筆頭は伊井野だ」
「…どういうことすか?」
石上が怪訝な表情で尋ねる。
「キャンプファイヤーが実施出来ないのは、近隣の住民に秀知院の夜間活動はあまり良くないと思われているからだ。つまるところ、大人から信用されてないということだ。なら大人から信用を得ればいい」
「簡単に言いますけど、条例が厳しい上に自治体も渋ってるような状況ですよ。いくら僕らが町内会に頼み込んでも…」
「だからこそ伊井野の出番だ」
「私の…?」
「伊井野は風紀委員。ましてや風紀委員関係なく、バカ真面目に治安維持に努めるような奴だ。そういう功績は、町内会長の耳に届くだろう。伊井野を筆頭に町内会に働きかければ、キャンプファイヤーの実施の許可は流れるように得ることが出来る筈だ。多分。知らんけど」
普段から治安維持に努めている伊井野が町内会に訴えるのと、有象無象の生徒が訴えるの。どちらに説得力があるかは明確だ。
「とはいえ、人手が足りないのは事実だし、今言ったように都合よく事が進むわけじゃない。理想を並べても出来ない事があるのが現実。それにいくらサポートに回るっつっても、伊井野には相応の負担が掛かる。だから別に…」
「やります」
先程のおどおどしていた様子は消え、強い意志を感じる表情できっぱりと言い切った。
「…いいのか?絵空事に近い話だぞ」
「はい。…先輩の言う通り、大人から信頼されていない故に秀知院でキャンプファイヤーを行うことを嫌厭されてきました。では、大人の信用を勝ち取るためには必要な事は何か。それは…」
伊井野の眼差しには強い意志が込められており、その豹変ぶりに皆は目を見開いて彼女に注目する。
「風紀です。風紀委員とは、大人から信用をもぎ取る仕事の事なんです」
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それから。
「迷惑おかけしないように致しますので!よろしくお願いします!」
俺と伊井野、そして何故か付いてきた小野寺と一緒に、近隣の方々に片っ端からキャンプファイヤーの件における話を行なっている。
「…後何軒?」
「マンション含めたら32…」
「うわきっつぅ…」
結局、キャンプファイヤーの許可は降りた。
町内会長が普段の伊井野の活動に感心していたそうで。町内会から消防団に文化祭最終日、防災訓練の申請をしてもらえた。
安全性を保証出来るのであるなら、キャンプファイヤーは行うことは可能だと言うこと。
「えっと…比企谷先輩…って名前ですよね?」
次の家に向かう最中に、小野寺から名前を呼ばれてる。
「…なんだ」
「先輩って、伊井野の事が好きなんですか?」
「は?」
何を言ってるんだこのパツキンガールは。
彼女の突然な質問に、素っ頓狂な声を発してしまう。
「この間の会議、やたらと伊井野を庇ってるように見えましたし」
「それがなんで好きって話に繋がるんだよ…」
「じゃあなんであんな庇うような事したんですか?」
なんで、か。
異性として好きかと言われたら、嫌いじゃないとしか言いようがない。後輩としても、別に嫌いじゃないと答えるだろう。
それでも、何故俺は彼女を、伊井野を庇うような真似をするのだろうか。
俺が小野寺に返す答えは。
「…手のかかる後輩だからな。伊井野も、そんで石上も」
「手のかかる後輩…だからですか」
「後輩をなんとか支援するのが、先輩としての役割だ。それだけだ」
「…意外と過保護なんですね」
過保護か。今までの俺の行動を振り返ってみれば、言い得て妙かも知れないな。
しかし、過保護なのは小町だけだ。他にそこまで過保護にしてやれるか。
「つか、そういうお前こそ…」
「お前って呼ばれんのあまり好きじゃないんで。せめて小野寺で呼んでください」
「…小野寺こそ、なんで伊井野を手伝うんだよ」
「そりゃ決まってるでしょ。私だってキャンプファイヤーとか、めちゃやりたいし」
身体を楽にするため背伸びをしながら、伊井野の後を追うように歩いていく。
「想像しただけでアガるでしょ?」
「…そうかい」
キャンプファイヤーの許可を得ようっていう提案、出して良かったってことなんかな。