時間は流れて。
秀知院文化祭、通称"奉心祭"開催当日。
文実と文実ヘルプの俺と石上、伊井野は朝早くから仕事に駆り出されている。
こんな朝から仕事とかどこの社畜だろうか。今から俺抜けてもバレねぇかな。
「朝からかったりぃな…」
「もうっ、ちゃんとシャキッとしてください!奉心祭本番なんですよ?」
別に俺からすれば、文化祭自体どうでもいいんだけどな。キャンプファイヤーを提案したのも、別に楽しみたいとかいう理由は一切ない。
まぁ小町が来ることが唯一の救いだな。確か圭と来るんだっけか。
「ミコちゃーん。暗幕のあまりない?」
「あ、こばちゃん」
暗幕のあまりがあるかを確認しに来た大仏。なんか久しぶりに大仏を見た気がする。
「おう、こばち。お前も頑張ってんな」
「うん。先輩も頑張ってね」
「おう!じゃあまた後でな!」
流れるように親しげに話す大仏と、赤組団長の……名前知らない男の人。
「あれ、大仏って団長と知り合い?」
「んー…知り合いっていうか。付き合ってる」
なるほど、付き合っているなら納得だ。
しかし、大仏が彼氏を作るなんて意外だ。しかも、結構筋肉質な男と。まぁ互いの合意の上であるなら、全く問題……は……。
「「えええぇぇーッ!!」」
ごめんちょっと待って付き合ってる?大仏が?あの先輩と?
時間差で気づいたけど今年最大の驚きだぞ。
「ちょっと待って聞いてない!そんな素振り今まで無かったじゃない!」
「まぁ最近まで風野先輩と私、関わりなかったし」
親友ポジの伊井野が一番驚いている。いや、石上まで「嘘だろ」みたいな表情である。
「じゃあどうして!?」
「文化祭の準備で時々話すようになって……なんていうか、流れ?いわゆる文化祭マジックよ」
「聞いたことねぇよ文化祭マジック」
俺はすかさずスマホで文化祭マジックと調べる。
調べた内容によると、文化祭の準備で普段話さない人間と話すことが起き、祭の熱に充てられた人間達は、クラスメイトから友人へ、友人から恋人に急激にアップグレードするらしい。
他にも、体育祭や修学旅行でも似たようなマジックがあるようだ。
「こないだラインしてたらそういう流れになってさ。試しに付き合ってみるかって言われたから、まあいいかなって」
「まあいいかなの!?」
「だって文化祭を女友達と回るとかダサいし…これ終わったらクリスマスが控えてるじゃない。論理的に考えてオトコ要るでしょ」
「ヘイSiri。論理的で検索」
大仏の論理って結構破天荒だよな。つか、大仏って見た目に反してだいぶ肉食系女子だったのな。
「こばちゃんがいいなら口出ししないけど…」
「ミコちゃんが固すぎるんだよ。この時期フリーの人が相手なら告白の成功率60%はあるから。1年で最も成功率高いの今だからね」
半分以上の確率で成功とは驚きだ。
ならあれか。中学の頃、学祭を利用すれば告白は成功していたのだろうか。
まぁそんな仮定に意味はないけども。ただ、現に大仏と先輩が付き合っているから、信憑性は高いだろう。
「フリーの人…」
伊井野が俺に目線を向ける。
ちょっと待て。伊井野まで祭の熱に充てられるなよ。一時の迷いで付き合ってもどうせすぐ別れるだけだぞ。
「石上も頑張って」
「いや、何をだよアホらしい。付き合ってられるか。トイレ行ってくる」
大仏の応援を一蹴した石上は、その場から離れてトイレへと向かった。
「比企谷先輩は?誰かと回る約束とかしてるんですか?」
「いや、別にそんな約束はしてない。つか文実の仕事あるし」
「ならミコちゃんと一緒に周ればいいじゃないですか。同じ仕事一緒にやるわけですし」
「え」
だから待てって。なんで伊井野と周らなきゃならんのだ。
いや、別に嫌とかじゃない。嫌いじゃないし、伊井野と周るぐらいどうってことはない。
ただ。
「先輩……」
こいつは俺に依存している。個人的な意見では、依存することは悪いわけじゃない。
ただ、伊井野は時々危なっかしい行動、または言動を取る。学校外なら百歩譲って許しても、学校内でそれがあれば、風紀委員としての伊井野は終わる。
一度俺を家に招いて、挙げ句の果てには引き止めたことがある。伊井野の中の風紀は、依存することで少しずつ綻びを見せているのかも知れない。
さて、どうしたものか。
「無理」なんて言えば伊井野の心をへし折ってしまいそうだ。かと言って、仕事があるから「行ける」なんて言えるわけがない。
ということで。
「…まぁ、時間があればな」
俺が返せる答えはこうだ。中々にクズみたいな返答であるが、実際問題一緒に周るかどうか分からないし、一緒に休憩に入れるかも分からない。
だからこう返すしかない。「行ける」って希望を持たせるよりかは、幾分かマシだろう。
「絶対ですからね!」
うん、取り越し苦労かな。こいつ多分強引にでも連れ回そうと考えているんじゃないか。
「…それは置いといて。そろそろ時間だ。体育館に行くか」
奉心祭のオープニングが始まる故に、文実とそのヘルプは体育館へと向かった。体育館の中では、生徒達が楽しみで仕方ないと言った表情で待っている。オープニングを執り仕切っているのは、勿論子安先輩だ。
そしていよいよ。
『それでは、秀知院文化祭"奉心祭"のスタートです!!』
歓声と共に、奉心祭が開催した。
ある者は楽しむために出店を周り、ある者は仕事の時間故に自分の出店に戻る。各々、自分の目的のために動き始めた。
因みに文化祭での俺の仕事は、奉心祭の様子をカメラに収めたり、校内の様子を逐一報告する仕事だ。簡単に言えば、見回りみたいなもん。後は雑用とかそんなとこだ。
俺はデジカメを持って、その体育館から離れる。まずは、俺のクラスに向かうとしよう。
俺のクラスはコスプレ喫茶。様々なコスプレを纏って接客するのが主な仕事。存在感薄く、更にはクラスの中でもカースト最底辺にいる俺が接客など許されるわけもなく、かと言って受付の仕事は却って客を減らす要因となってしまい、結果的にクラスでの仕事はないという事だ。
フッ。仕事が無いってのはいい事だ。なんだか泣けてくらぁ。
「教室付近でカメラ持って何してるの」
「おう、早坂……早坂!?」
怪訝な表情で早坂は俺を尋ねる。
それは良い。それは良いのだが。
「お前その格好…」
「うん。メイドのコスプレ」
「あ、コスプレか…」
あーびっくりした。メイド姿の早坂は四宮邸でしか見た事がない。故に学内でメイド姿になっていたら、仰天するのも無理はない。特に、早坂を知っている者なら。
「なんか日常感が強いなおい…」
「あはは〜!比企谷くんマジ意味不〜!」
「こっちもこっちで日常感」
俺からすれば、どちらも日常感という感じがする。
「それで、比企谷くんは何してるの?デジカメなんか持って」
「校内の様子を撮影するんだよ。後でホームページに載せるからな」
俺はとりあえず、適当に撮影を始める。飾られた廊下に、各教室によって違う内装。撮るべきところは無数にある。
「あ、そうだ。比企谷くんっ」
「ん?って、うわっ」
早坂に強引に腕を引っ張られてしまう。すると早坂は、スマホを内カメにして、パシャっと1枚撮影する。
早坂のスマホには、微笑むメイドと、目が腐ってどこに視線を向けてるか分からない男が映っていた。
「変な顔…ふふっ…」
「お前な…」
強引に撮っておいて人様の顔を笑うか。なんて酷いメイドだ。主人に文句言いたいわ。
『私に何か用なのかしら?』
やめとこ。人知れず殺されそうだし。
「…まぁいいや。仕事、頑張れよ」
「うん。比企谷くんもね」
俺は教室から離れ、しばらく秀知院を徘徊して写真を撮り続けた。時々、冷たい目線や嫌悪感丸出しの目線を向けられることがあるが。
自意識過剰も程々にしろよ。あんた達なんかに、興味なんてないんだからねっ!
あー、世の中って理不尽だなぁ。
「だーれだ」
突然、俺の目が誰かによって塞がれてしまう。この声は…。
「四条。お前何してんの」
「…反応薄くない?」
つまらなさそうにする四条。なんかごめんね。
「で、何の用だよ」
「別に用ってほどじゃないわよ。友達見かけたら声掛けるでしょう?それよ」
「お、おう…」
友達と呼ばれると、何かむず痒いな。今まで言われた事がないからか、妙に恥ずかしいというか、照れるというか。
「八幡は?何してるのよ」
「仕事。文実のヘルプで生徒会が借り出されたんだよ」
「折角の文化祭なのに、ご苦労な事ね」
文化祭に何の楽しみが無いし、仕事が入ったからといって悲観的になるわけでは無い。
「まぁ別にいいんだけどな。それよか、お前は一人……なのか?」
「変に気遣うと惨めに思えてくるから聞きたいならはっきり聞きなさいよ」
「翼くんと柏木さんはどうしたんだよ」
「二人なら…」
「あ、眞妃いた。人多いんだから離れたら迷子になるでしょ〜」
噂をすると、翼くんと柏木さんカップルが現れた。
「あっ、ごめん。友達がいたからつい…」
「比企谷くんじゃん。おひさ」
「お、おう…」
翼くんめっちゃ馴れ馴れしいんだけど。
一番最初の頃は冴えない顔でモブ臭半端なかったのに、今ではカースト上位にいそうな人間と化した。
「あれ、二人とも友達なの?」
「「うん」」
ちょっと待って。翼くん友達じゃないんだけど。なんなら俺嫌いなんだけど。
「八幡は時々相談に乗ってくれてさ…」
「眞妃ちゃんも?俺も何回か相談に乗ってくれた事あるんだ」
なんで翼くんからの好感度高いの?今までの相談、大体白銀と藤原が解決してたろ。俺何もしてないけど。
「へー…」
待って。なんか怖い。柏木さんってこんな怖かったっけ。
「私も、一度比企谷くんに相談に乗ってもらった事あるよね。良かったら、私とも友達になってくれる?」
「え、いや、別に…」
「いいよね?」
「あっはい。喜んで」
怖い。やっぱりヤンデレ気質孕んでるよこの人。
「それで、二人は何話してたの?」
「別に話って話はしてないわよ。単純に見かけたから声を掛けただけ」
「用が済んだならもう行くぞ」
「あ、ちょっと待って。あの子、生徒会の子じゃない?」
四条が指差す先には、木の陰に隠れている石上がいた。あいつ何してんの?
「お前、何してんだよ」
「うぉっ!って、比企谷先輩か…」
石上に声を掛けると、ビクッと身体を震わせてこちらに振り向く。
「そんなビビることはねぇだろ。俺の存在感の無さを揶揄してるの?」
「いや、単純に気付かなくて……それより、先輩は何してるんですか?」
「仕事だよ仕事。つか、俺はお前の方にこそ質問したいんだけど。今のところ不審者にしか見えねぇぞ」
「そ、それは…」
「あー、なるほど。子安つばめ?って人を見てたんじゃないの?」
「あぁ…」
石上の想い人は、確か子安先輩だったな。木の陰に隠れて見ていたのは、彼女の姿だったということか。
「一緒に回りたいのか?」
「そう、なんですけど……なんて誘えばいいか…」
なるほど。確かに好きな人を誘うというのには、勇気がいる。だけでなく、不安も残る。「自分なんかが声を掛けて迷惑にならないか」的なやつ。
石上の場合、過去の体験から悲観的になってしまってるから、そう思っている可能性は非常に高い。
「そんなの普通に一緒に周りませんかって言えば良いんじゃない?」
「簡単に言うけれどね!そんなストレートなの緊張するに決まってるでしょ!足ガタガタさせながらセリフ噛みまくってロクに話せないのがオチよ!」
すっげぇ具体的かつ正確な理屈だ。
「それでいいじゃない」
四条の言葉に対して、柏木さんは優しくそう返した。
「翼が最初にデート誘ってくれた時なんて……ね?」
「ちょっと〜!その話はやめてよ〜!」
ん?あれ、これもしかして。
「え〜、いいでしょー?あれすっごく可愛いかったもの〜」
「だって僕も初めてで緊張してて!」
これあれですね。惚気られてますね。
「デートに誘ってるのかキスしようとしてるのか、どっちなのって感じで〜」
それ以上惚気るのはやめてあげて。四条のライフが0になっちゃうから。なんなら今無言でこっち見てきてるから。
「あ!誘う口実が要るって言うなら、自分のクラスの出し物に誘うなんてどうかな?」
なるほど。確かに、それが一番誘いやすい口実ではあるか。
「石上の所、確かお化け屋敷だったよな。伊井野から聞いたが」
「そうです。1年A組とB組の合同でホラーハウスを」
「いいじゃない。子安つばめは確か、ホラー好きっていう話よ」
「マジすか!?」
「友達が言ってたわよ。アンタのとこで掃除用具入れに2人で5分近く閉じ込められて、めちゃくちゃ怖かったって」
「まぁそういうアトラクション系のホラーハウスなので」
「つまり、5分間密室で2人きりって訳でしょ?」
要するに、ロッカーに石上と子安先輩をぶち込んで一気に仲を進展させようという魂胆か。
ただ、一つ懸念がある。風紀を取り締まる伊井野が、果たしてそれを許すのかどうかだ。まぁ、石上と子安先輩が一緒に行くタイミングに伊井野がいるとは限らないしな。
「男女で行けば確実に盛り上がるわよ!」
「えーっ楽しそー!私達も行ってみようよー!」
四条の提案に、何故か柏木さんが乗り気になった。
「因みにそのアトラクションは3人同時に入れるの?」
「いえ、その場合2人と1人に別れてもらいます」
「そっか」
なんて可哀想なんだ四条。こんなに報われない奴がいるのは可哀想過ぎる。涙が出そうだ。
「よーし!私も休憩入ります!」
どうやら、子安先輩は休憩に入るそうだ。誘うタイミングは今しかない。
「…ほれ、誘ってけよ」
「で、でも…」
「もし拒否られたら俺がなんか奢ってやるよ。だから行って来い」
「…先輩……マジ卍っす」
「何言ってんだお前」
石上は頭を下げて、勇気を振り絞って子安先輩を誘いに向かった。
「さてと、私は…」
「眞妃も一緒に行こうよ!それじゃあね、比企谷くん!」
柏木さんが四条の腕を引っ張って行く。連れて行かれる彼女の瞳には光が無く、そろそろどこかでえづく可能性を孕んでいる。
やはりこの世に神はいないらしい。
「…さてと」
俺は引き続き、校内の見回りの仕事に戻ろうとしたのだが。
「あ、比企谷くん!」
そこに、すぐ近くにいた子安先輩が俺に話しかけてくる。隣には石上もいるようで、どうやら誘った結果は成功らしい。
「比企谷くんも休憩に入っていいよ!ずっと見回りでちゃんと楽しんでいないと思うしさ!」
「え、あ、はい。ども」
「それじゃあまたね!行こ、石上くん!」
「は、はい!」
子安先輩と石上は校内に続く入り口へと向かった。
一方で、休憩を貰った俺だが。別に周りたいところはないし、一緒に周ろうと言った伊井野がどこに居るかも知らない。
「…小腹が空いたな…」
時間は昼の12時を過ぎている。昼飯時だ。
どこの飲食店に向かおうかと考えていたその時。
「あ」
そういえばうちのクラスって飲食店だったな。どこに行くかなんて決めてないし、いっそのこと客として行っちまおう。
そう決めた俺は、早速自分のクラスに向かったのだが。
「結構繁盛してるんだな…」
列が出来るほどには繁盛している。別に待たない理由はないが、並んでまで食べたいかと言われたらそうでもない。
「…売店のパンで済ますか」
結局、文化祭でも俺のスタイルは変わらなかった。
一応文化祭中でも、売店はやっている。文化祭の最中に売店に行く人間はあまりいないので、すぐにパンを買うことが出来た。
「…屋上で食べるか」
いくらベストプレイスとはいえ、こんなに騒がしければ落ち着いて食べれない。屋上なら誰も来ないだろうし、比較的静かだろう。
パンと、途中の自販機で買ったコーヒーを手に持って屋上に向かった。誰もいない……そう思いきや。
「げ」
「人を見るなりその態度はなんだコラ」
屋上には先客が居た。
個人的に、四宮と同じくらいに苦手としている人物。鋭い眼光に、帽子を被ったショートカットの女の子?
そして、指定暴力団対組長の娘という肩書きを持つ人物。
その名も、
彼女がこちらを睨み付けて、スマホを弄っている。
「…お邪魔しました」
回れ右だ。目を合わせちゃいけない。
みんなに教えてやろう。なんか怖い人やヤクザみたいな人と極力目を合わせちゃいけないぞ。「何見てんだコラ」って言われてボコボコにされるからな。
「待てよ。どうせ飯食うために来たんだろ。丁度暇してたんだ。付き合え」
「え、普通に嫌…」
すると、彼女は微笑みながら手をポキポキと鳴らし始める。
「じゃないな。うん、嫌じゃない。よし一緒に食べよう」
ヤクザに逆らっちゃいけねぇな。いけねぇよ。
こうして俺の昼食時間は、思いもよらない人物と共にするのであった。
龍珠桃のキャラを完全に理解していないので、変なところがあるかも知れませんが、よろしくどうぞ。