やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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秀知院は文化祭②

 

 ヤクザの娘、龍珠桃と共に過ごしているこの俺、比企谷八幡。

 

「にしてもお前、文化祭だっつうのにパンと缶コーヒーとはシラけてんな」

 

「うっせ。行こうと思ってたとこが並んでたから仕方無しにだ。別に並んでまで食べようとは思ってなかったし」

 

「ハッ、ざまあないな」

 

 にしても、落ち着かない。原因は勿論、隣に龍珠がいる事。

 彼女とは1年の頃に出会った。当時は外部受験生と同じく腫れ物扱いされ、暴力団の娘という理由だけで彼女は浮いていたのだ。

 俺はベストプレイスに誰かいた場合、次に向かうところが屋上だと決めている。だから時々屋上で食べるのだが、その時に彼女と出会ったのだ。

 

『なんだよテメェ。見てんじゃねぇよ』

 

 開口一番、絵に描いたようなヤクザのセリフだった。その時、ベストプレイスで食べれなかった俺は少しイラついていたので。

 

『見てねぇよ。自意識過剰かお前』

 

 と言ってしまった。その言葉に、龍珠は更に表情を険しくさせた。

 俺達が交わした初めての会話は、お世辞にも高校生らしくない会話だったという事だ。

 

「というか、お前は何してんだよ。クラスの方、行かなくていいのか?」

 

「私が行っても行かなくても変わんねぇし、第一私がいたんじゃあいつらもまともに楽しめねぇだろうしな」

 

 話の続きをしよう。

 龍珠の親は暴力団の組長。つまりヤクザのトップだ。それを知っている人間は、龍珠を敬遠していたのだ。「ヤクザの娘に関わったら無事じゃ済まない」的な意味で。

 

『どいつもこいつもヤクザの娘ヤクザの娘ってよ……』

 

 そんな愚痴を溢していたのは、今でも覚えている。

 親がヤクザだから娘もヤクザという考えは、まぁ仕方ないとは思う。ヤクザの親がいれば、娘もヤクザなのではないかと思ってしまう。

 

 しかし、俺はそうは思わなかった。

 確かに彼女はヤクザの娘。それは変えられない事実だ。だが、だからといって彼女自体が親同様なのかと言われたら、そうではないのだ。

 

『まぁ、そうだな。親は親、お前はお前。親がいくらヤクザだろうが、親とお前は違うだろ。そういうの、あんま気にすんなよ』

 

 不可抗力で浮いていた龍珠。今でも浮いてはいるが、前に比べれば比較的マシになったのだ。

 

「まぁ私としては、ここで静かに過ごせてるからいいんだがな。わざわざ誰かと周るっつう約束してねぇし。お前もどうせそのクチだろ?」

 

「いや、後輩に周ろうって言われたけど」

 

「は?」

 

 素っ頓狂な声を出して、間抜け面を見せる龍珠。そんなに俺が誰かと周る事が意外でしたかそうですか。

 まぁ去年の文化祭も、一緒に周る奴なんていなかったからずっとクラスの方にいたけどさ。

 

「んな冗談面白くねぇよ」

 

「ガチなんだけど」

 

「…誰だよ。その後輩ってのは」

 

 なんだ。やたらと掘り下げてくるなこいつ。

 

「伊井野だよ。風紀委員の。名前くらい聞いた事あるだろ」

 

「伊井野……あぁ、あのあがり症の奴か」

 

 風紀委員よりあがり症の方で認知されているのね。確かに、選挙の時じゃ思いっきりあがり症を発動していたけど。

 

「意外だな。お前の事だし、面倒くせぇって一蹴しそうなもんだが」

 

「…ま、色々あるからな」

 

 今ここで伊井野の依存云々の話をしても仕方がない。

 

「…フン」

 

 つまらなさそうに鼻を鳴らす。そんなに俺が誰かと周るのが不満なのかお前は。

 そんな彼女を横目に、俺は残りのパンを食べ、そして缶コーヒーを一気に飲み干す。

 

「じゃもう行くわ」

 

「…そうかよ」

 

 俺はゴミを持って屋上から去って行く。彼女が呟いた一言を聞き取る事が出来ないまま。

 

「…クソが」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 まだ休憩時間はある。とはいえ昼飯は食べたし、特に行きたい所があるわけじゃない。

 どうせなら、ホラーハウスに行ってみるか。2人専用とは言ってなかったし、1人でもおそらく入っていい所だろう。

 

 そうして向かったホラーハウス。

 

「…なんだこれ」

 

 入り口にはローブを被った伊井野がいた。それは良い。良いんだが。

 

『このアトラクションは不純異性交遊の場ではありません(風紀委員)』

 

 何この注意書き。しかもご丁寧に男と女別で分けてるし。

 

「いえ。ロッカーで2人きりに入った事を良い事に、不純異性交遊を致そうとする輩がいましたので」

 

「その結果これか」

 

 なんだろう。誰が取り締られたのか想像付きそうなんだけど。多分知ってる奴ら。

 

「あ、比企谷先輩。ども」

 

 部屋の奥から、小野寺が現れた。

 

「先輩も休憩中すか?」

 

「まぁな。やる事ねぇし、どうせ周るんなら知人が居るとこにしようかなって」

 

「…あ、そうだ。伊井野、後は私達がやっとくし、少しの間先輩と周って来たら?」

 

「えっ?だ、ダメだよ、私も仕事しなくちゃ…」

 

「でもあんた、文実の仕事とクラスの仕事で周ってないっしょ?ちょっと休憩するくらいなら誰も怒らないし、私もどっかで休憩するしさ」

 

 小野寺って実は良い奴なんだろうか。姉御体質というか、なんだか慕いたくなるような人柄だ。

 

「…ありがと。すぐ戻るから!」

 

「はいはい。行ってらっしゃい」

 

「先輩、行きましょう!」

 

「お、おう」

 

 こうして約束通り、伊井野と文化祭を周る事になった。誰かと文化祭を周るなんて生まれて初めてだ。

 

「どっか行きたいとことか決めてないのか?」

 

「私まだお昼ご飯済ませてないんですよね……あ」

 

 伊井野は何か閃いたように掌に拳をポンっと置く。

 

「比企谷先輩の所って確か、人が仮装する喫茶店なんですよね?私、そこに行きたいです」

 

「…別に良いが、割と並ぶぞ」

 

「いいんです。そこで」

 

 よく分からんが、そんなにコスプレ喫茶店に行きたかったのだろうか。もしかすれば、サブカル系の趣味を持つ伊井野からしたら、興味が惹かれる店だったのかも知れない。

 

 そうして、俺達はまずコスプレ喫茶に向かった。先程に比べて、少し人は減っていたが、それでも列に並ぶくらいの人気はあった。

 

「比企谷先輩は何の仕事をしてたんですか?コスプレ喫茶店」

 

「あー……なんか文実の仕事で忙しいだろうから無理してこっち来なくていいって言われて。なんか俺だけ仕事ないんだよ」

 

 本当は俺を仕事に入れる事でコスプレ喫茶店の評判を落としたくないという口実入りだが。俺としては仕事しなくていいし、別にいいんだけどな。俺がハブられるのはいつもの事だ。

 

「ふうん。そんなに文実の仕事忙しいわけでもないのに、変な話ですね」

 

「まぁ俺としては仕事したくない柄だから、いいんだけどな」

 

「悪い先輩ですね。ふふ」

 

 伊井野と話しているうちに、列が進んでいく。そして受付まで進むと、名前も知らないクラスメイトが俺の顔を見るなりあからさまに嫌そうな表情を向ける。そのまま空いてる席に着き、メニューを閲覧する。

 

「なんであの人あんなに嫌悪感丸出しだったんでしょう」

 

「さぁな。気分屋なんだろ」

 

 どう考えても俺に対してポインター当ててたけどね。

 

「比企谷先輩は何にしますか?」

 

「飯は食ったからな……コーヒーも飲んじまったし、今別に欲しいもんはねぇな」

 

「私はオムライスにします!」

 

「足りるのか?」

 

「…後でまだ食べ歩くつもりなので、とりあえずは」

 

 一体伊井野が食べたもんはどこに消えていってるのだろうか。

 

 それはさておき、頼む品は決まった。周りを見渡すと、丁度早坂と目が合う。

 しかし、何故か早坂はこちらを睨み付ける。え、俺なんかした?もしかして俺って客として来ちゃったらダメなやつ?

 

「先輩。早く呼びましょう?」

 

「あ、あぁ…」

 

 一方で、伊井野は終始機嫌が良い。昼飯にあり付けるからなのか、全く子どもみたいだ。

 なんだか早坂の様子が変なので、代わりに近くにいたクラスメイトに声を掛ける。一瞬嫌な顔をするが、すぐさま接客モードになる。そんなに俺の事が嫌いなんですかね。

 まぁ俺は大人なので、ツッコみたい気を我慢しながらオムライスを注文する。

 

「次はどこ行きましょうか…綿菓子、ワッフル、パンケーキ…」

 

「食い物ばっかかお前は」

 

 まだオムライス来てねぇのにもう次の食い物の事考えてんのかよ。食欲の秋っつっても限度あるだろ。こいつに季節関係ねぇか。

 

「…ん?」

 

 突然、ポケットに入れていたスマホが震える。取り出して画面を見ると、早坂からの通知だ。

 

『楽しそうだね』

 

 ただその一言だった。

 何のつもりなのかを問おうとして周りを見渡すが、早坂の姿が見えない。いない者を呼んでも仕方ないので、『普通だろ』と返信する。

 

「誰と連絡してるんですか?」

 

 スマホから顔を上げて、向かいの席にいる伊井野を見ると、先程とは一転して無表情になっている。気のせいかも知れないが、目を濁らせているように見える。

 

「早坂さん……じゃないですよね?」

 

 なんで分かるんだよ。まだ俺声すら発してないんだぞ。早坂のはの字すら言ってないのに。

 

「否定しないって事は、やっぱりそうなんですね」

 

 伊井野がこちらを捉える目は、先程よりもっと濁らせていく。

 

「私言いましたよね。あの人は比企谷先輩に悪影響を与えるかも知れないって。付き合いを考えた方が良いって」

 

「や、別にそんなに悪影響なんて与えられてないんだけど…」

 

「比企谷先輩。スマホ、貸してください」

 

「え?いや、なんで…」

 

「貸してください」

 

 伊井野の圧に押された俺は、先程ポケットに直したスマホを再び取り出す。伊井野は半ば奪うような形で、俺のスマホを回収する。

 

「私といる間は、没収ですから」

 

 俺のスマホが没収されてしまった。没収された理由も明確にされていないのに、なんだこの理不尽は。

 

「…休憩終わったら返せよ」

 

 とはいえ、別に今スマホはいらんし、没収されても何の問題もないけど。それにしても、ちょっと酷すぎやしませんかね。

 

「お待たせしました。オムライスでございます」

 

 伊井野が頼んだオムライスがやってきた。伊井野は手を合掌させ、「いただきます」とちゃんと声に出して、オムライスを食べ始める。そんな彼女を、俺は頬杖を突いて見ている。

 先程の泣く子も黙るような無表情から一転。バクバクとオムライスを食べている。なんだか、ローブ姿でバカみたいに食べていると、さながら暴食の魔女という二つ名が付きそうだ。

 

「ごちそうさまでした」

 

 ほんの数分でオムライスを完食させた伊井野。食べる速さ化け物かよ。いつか「カレーは飲み物じゃないんですか?」とか言いそう。言ってる事がデブ過ぎる。

 

「次のお店行きましょう、比企谷先輩っ」

 

「…おう」

 

 伊井野に連れられた俺は気づけなかった。厨房の中から、冷たく、濁り切った瞳でこちらを見ている彼女に。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 しばらくの間、伊井野の食い歩きに付き合った俺。伊井野は「そろそろ仕事に戻らないと」と言って、ホラーハウスの方に戻って行った。

 因みに去り際にスマホを返してもらったが、「私の居ない所で早坂さんと話さないでくださいね」と、冷たい声色でそう言い残して行った。

 

 単純に早坂が嫌いなのか、はたまた別の理由なのか…。後者の場合、俺に関係ある事だ。

 

 それに、問題は伊井野だけじゃない。

 

 先程の早坂の様子も明らかにおかしかった。最初に出会った時は、普段と変わりない様子だったのだが。2回目に訪れた時は冷たい目でこちらを睨んでいた。だけでなく、ラインで『楽しそうだね』と短文で送って来た。

 

 何が引き金となって早坂がおかしくなったのかは分からない。女性特有の日であるにしても、なんだかチグハグだ。

 

 …やめよう。ウダウダ考えても、分からんもんは分からん。

 伊井野が仕事に戻って1人になったし、俺もそろそろ仕事再開するかね。見回りの。

 

「比企谷くん」

 

 歩みを始めようとした右足を止めて、俺は背後から声を掛けた人物の方に振り返る。そこには、メイド姿の早坂が。

 依然、彼女の表情は無機質なもので、不気味とすら思えてしまう。

 

「あの子はどうしたの?一緒に楽しそうにしてた風紀委員の子」

 

「…仕事に戻った。つか、お前は何してんだよ」

 

「私は休憩。だから少しの間、周ろうかなって思ったんだけど。…ねぇ、比企谷くん」

 

 更に彼女は距離を詰めて来て、開き切った瞳孔で俺を少し見上げる。

 

「私と周ってよ」

 

 誘い、と言えば可愛いものだ。だが、これはそんな生易しいものじゃない。「断ることが出来ると思ってんのか」みたいな意味を孕んでいそうだ。

 

「あの風紀委員の子と周ったのに私じゃダメなんて事、無いよね?」

 

 ぐうの音も出ない。伊井野と周ったのに早坂とは周らないと言えば、確実に意味が出る。

 

「…どうせまた見回りだし、少しの間ならな」

 

「それなら良かった。じゃ、早速行きたい所があるんだけど」

 

「どこだ」

 

「ホラーハウス」

 

 早坂の周りたい店の1発目は、ホラーハウスだと言い出す。

 普通なら、飲食店を先に言い出しそうなものだが。初っ端からホラーハウスと言い出す辺り、まさかとは思うが…。

 

「…や、でもあそこ男女別れて入るんだぞ?俺いらんだろ」

 

 とはいえ、それ以前に男女で一緒に入るのは不可能だ。どっかのバカップルがやらかしたせいで、伊井野の風紀委員の力が動いたからだ。

 

「そうなんだ。じゃあ、ちょっと待ってて。教室に戻るから」

 

「?おう」

 

 教室に戻ってどうするというのだろうか。

 まさか四宮を連れて来て、副会長権限で男女一緒に入らせるように伊井野に訴えるとか。

 …無いな。そのためだけに四宮を連れ出したりしないだろうし、わざわざ四宮がそれを許可するとは思えない。

 

 少しの間、廊下の壁にもたれながら彼女を待っていると。

 

「お待たせ」

 

「…何しに教室に……」

 

 早坂が戻ったので、視線をそちらに移した。そこにいたのは、執事服を着用し、眼鏡を掛けた黒髪のイケメンだった。

 

「…どちら様でしょうか?」

 

「私だよ、早坂愛。いや、この姿じゃハーサカ、かな」

 

「それ、つまり…」

 

男装だね」

 

 なんと目の前にいたイケメンは、男装した早坂だった。声を掛けられなければ、早坂かどうか分からないほどのクオリティの高さ。

 

「なんでそんなもん持ってんだよ…」

 

「元は書紀ちゃんが家に来た時の対応策。学校じゃそこそこ書紀ちゃんと絡みがあるからね。書紀ちゃんが家に来た時、メイド姿だったらかぐや様との関係がバレるかも知れないから」

 

「…なるほどな…」

 

「因みに、この時の私はハーバード大学飛び級の天才道楽で執事やってる泣き虫僕っ子戦争孤児って設定だから」

 

「何その無駄に多いオプションは」

 

 絶対そのキャラ作りちょっと楽しんじゃってるだろ。

 

「この格好なら、僕達一緒に入れるよね」

 

「いや、まぁそうなんだが…」

 

 ていうか、ナチュラルに"僕"って言ってるこいつ。

 

「さ、行こ」

 

 男装バージョンのハーサカ、もとい早坂と共にホラーハウスに向かった。受付には、伊井野がいた。

 

「あ、比企谷先輩っ!…と…」

 

「僕はハーサカ。比企谷くんの友達だよ」

 

「友達…ですか」

 

 伊井野は怪訝な表情で早坂を見る。

 

「…なんだか声が早坂さんに似てる気がしますけど。それに名前も」

 

「世の中、似た名前や似た声がいるからね」

 

「…まぁいいですけど。じゃあ、奥へと進んでください。こばちゃんが案内するので」

 

 まさかのセーフ。声色を変えたとはいえ、早坂は女子だ。鋭い奴なら見抜けそうな気もしたが、早坂の演技力が一枚上手だったか。

 暗闇の中に進むと、ローブを被った大仏が懐中電灯を持って現れた。

 

「…先輩ってもしかしてソッチ系ですか?」

 

「何を考えてるか知らんけど多分違う」

 

「そうですか」

 

 大仏は何も疑わず、俺達をどこかへと誘導していく。誘導しながら、彼女は語り始めた。

 

『チョキ子さんはね…少し歪な形の耳をしていたの。だからね、綺麗な耳をしてる子が羨ましくて羨ましくて仕方がなかった。私もあんな耳だったらな。あの耳が欲しい。…欲しい欲しい欲しい

 

 大仏の声が徐々に上がり、そして。

 

ねえ。その耳ちょうだい?

 

「…そうして、チョキ子さんは綺麗な耳の人を見ると、ハサミで耳をチョキチョキするようになったの」

 

 簡潔に終えた大仏の語りだが、なかなか凝った内容ではある。そのうち、ハサミを持ったローブの奴でも現れるんだろうか。

 

「こ、怖いよぉ…」

 

「…何しとんだ」

 

 早坂は涙目で、俺の腕にしがみつく。

 

「僕の耳もチョキチョキされたら、どうしよう…」

 

「俺は今のお前の演技が上手すぎて怖いんだけど」

 

 オファーが来てもおかしく無いレベル。今まで仮面を着けて演じていたのが普通だったからか、演技が抜群に上手い。

 そんな彼女に敬服すると、どこからともなくハサミで何かを切るSEが聴こえてくる。

 

「この音は、チョキ子さん……2人はこのロッカーに隠れてください!」

 

「いや、別々でも…」

 

「怖いよぉ…」

 

 このクソが。ここぞとばかりに泣き虫を演じやがって。泣き虫っつーか怖がりだろ。

 

「いいから早く!それと、隠れたらこのヘッドホンとアイマスクをお持ち下さい!」

 

 俺達は強引に大仏にロッカーの中にぶち込まれた。

 密室の中、男装とはいえ早坂と2人きりとか危な過ぎる。チョキ子さんより危ないから。今の状況。

 

「さっさとアイマスクとヘッドホンを…」

 

「比企谷くん」

 

 大仏から渡されたアイマスクとヘッドホンを着けようとするが、それは敵わなかった。目の前にいる早坂が、俺に抱きついて来たのだから。しかも、俺の両腕ごと。

 

「何のために、あの子に優しくするの?」

 

「は、はぁ?」

 

 おそらくだが、早坂の言う"あの子"とは伊井野の事だろう。このホラーハウスを1発目に選んだのも、伊井野に関係する事だと察する事が出来る。

 

「君が周りの人間に優しいのは知ってる。でも私から見たら、あの子に対しては過保護のように見える」

 

「別に、そんな事は…」

 

「あるよ。君は彼女が困れば助けるし、彼女の言う事を断らない。仕方ないとか言って、彼女を助けてる。一方で、そんな君に優しくされた彼女は依存していってる。そのうち、君が居ないと何も出来なくなる」

 

 早坂の言う事は的を射ている。

 今日の文化祭を周るという誘いを受けたし、彼女の家政婦が突然休みになったからって夕食に誘った。

 

 思い返してみれば、伊井野に対して過保護になってる自分がいる。

 

「今の君達の関係、教えてあげる。それは」

 

 早坂が俺の耳元で囁いたその言葉は。

 

「共依存」

 

「っ!」

 

 早坂のその言葉は、十分に核心を突く一言だった。

 

「彼女が依存してるのは多分気が付いてるよね。でも、君も依存してる彼女に依存している。"自分がもし彼女を否定したら、彼女は本当に心を病むんじゃないか"って、そんなところかな」

 

 返せない。早坂の言葉に、何も言い返せない。

 

「その優しさって、実は嘘で醜い歪なものなんじゃないかな」

 

「嘘…?」

 

「そう。"彼女に優しくしたい"じゃなくて、"彼女に優しくしなければ"って思ってる。まるで使命感に縛られたみたいに。自分の意思が、最初から無いように」

 

「…そんなわけ…」

 

「無いって言い切れる?使命感0で、善意100だって言い切れる?」

 

 …違う。使命感も善意も何もない。

 俺が誰かに優しくするのは、俺のためだ。俺が楽するため、俺に面倒事が降り掛からないために動いてるだけだ。

 

 なのに、それを言葉にして返せない。無意識に、早坂の言う事が合っているのでは無いかと、受け入れてしまっている。

 

「…まぁ誰かに優しくする事は悪い事じゃないよ。使命だろうが善意だろうがね。私は君のそういうところが好き。彼女が比企谷くんに甘えてしまうのも、分からないではない。…でも」

 

「?」

 

「私は彼女が気に入らない」

 

 冷たくそう言い放った早坂の言葉には、憎しみさえも込められているような気がした。

 

「無償の愛を貰える彼女が気に入らない」

 

「はや、さか…」

 

「…今言った事は私の独り言だと思って、忘れてもらっていいから。それじゃ、出よっか」

 

「え…?」

 

「お帰りはこちらでーす」

 

 外から小野寺の声がする。どうやら、ロッカーの中にいる人全員に声を掛けているようだ。早坂はロッカーを開けて、先に出て行く。

 

「戻ろうよ、比企谷くん」

 

「…あぁ」

 

 俺もロッカーから出て、出口を目指して歩いて行く。ホラーハウスから出て行くと、先程まで真っ暗だったせいか、外が明る過ぎるように見えてしまう。

 

「…ありがと、比企谷くん。楽しかったよ。じゃ、私は仕事に戻るから。比企谷くんも、仕事頑張ってね」

 

「…あぁ」

 

 早坂はそう言って、目の前から去って行く。

 彼女の言葉が脳裏から離れないまま、俺は文実の仕事に取り掛かった。

 

 

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