やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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秀知院は文化祭③

 

 昨日の早坂の言葉が引っかかったまま、文化祭最終日を迎えた。しかし、そんな最終日に事件が起きた。

 秀知院にバカみたいに飾っていたハートの風船が、1つ残らず消えているのだ。その事態に周りはどよめいていた。

 

 すぐに秀知院の廊下に記事となって貼り出されて、詳細を確認しようとする者が多かった。無論、俺もその1人。

 

 概要はこうだ。

 

 昨夜から朝方までの間に飾り付けに使われていたハートが全て消えていた。各教室は施錠もされておらず、警備員の人間が巡回していたものの、忍び込みさえすれば誰でも犯行は可能だった。

 ハートが消えた代わりに、律儀に替わりの風船と予告状が置かれていた。予告状の差出人は、怪盗アルセーヌ。

 

 フランスの小説家、モーリス・ルブランが作成した小説の中の登場人物、怪盗アルセーヌ・ルパンを準えているのだろう。

 そんな豆知識はさておき、犯人は誰かという事だが。

 

 いくつかこの事態に疑問がある。

 まず、風船を狙う理由だ。風船なんて取られても大した害はないが、学校の見栄えが落ちる。ただ文化祭を妨害したいのなら、何も風船を狙う必要性はない。

 

 次に、何故()()()()の風船が狙われたのか。丸い風船や様々な風船は残されているのに、ハート型の風船だけが消えていた。犯人が何故ハート型の風船を狙ったのか。

 

 最後に、予告状だ。わざわざご丁寧に予告状を書き残して行く意味が分からない。予告状なんて足が着きそうな物を残せば、筆跡やら何やらで鑑定して、犯人に辿り着いてしまう。

 俺ならそんな間抜けな真似はしない。盗むなら盗んで消えるだけだ。わざわざ予告状を残す必要がない。

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

 昨日に引き続き、学内の見回りをしていると、小町と圭がやって来た。

 

「八にぃ、この騒ぎはなんなの?」

 

「傍迷惑な怪盗が飾り付けで使われていたハート型の風船を盗んだんだと」

 

「えっ何それ。お兄ちゃんの学校ってなんでそんなエンターテイメントなとこなの?」

 

「知らん。まぁ文化祭自体は恙無く行われているから、それほど大事じゃないんだろうけど」

 

「にしても、なんでハート型の風船?盗んだ人ってキャピキャピしてそうな人なのかな」

 

 妨害目当てで盗むにしては、ハートである意味がない。ハートである意味があるから、犯人は盗んだんだろう。

 

「ハートって言えば、秀知院にはこんな伝説があるよ。奉心祭でハートの贈り物をすると、永遠の愛が齎されるって」

 

「すっごいロマンチック!」

 

「何そのフィクションの中でしか無さそうなジンクス」

 

 しかし、ハートの贈り物が永遠の愛を齎す、か…。

 もしかすれば、犯人がハート型の風船を狙ったのは、誰かにそれを贈りたいからなのではないか。大量のハート型の風船を贈り、伝える事が目的なのではないか。

 

 つまり、怪盗アルセーヌ(仮)は誰かに恋してるやつだと言う事だ。

 

「…お兄ちゃんにはそういうの興味無いだろうね」

 

「当たり前だ。そんなんで愛を伝えられるなら、今すぐ小町に贈るっつの」

 

「わーありがとー。小町もお兄ちゃんに渡せたらいいのになー」

 

 棒読みやめて?お兄ちゃん惨めに思えて来ちゃうから。

 

「…まぁあれだ。文化祭自体はちゃんとやってるから、ゆっくり楽しむといい。夜になれば、後夜祭的なやつでキャンプファイヤーやるし」

 

「本当!?楽しみだなぁ〜!」

 

「じゃ、俺は仕事に戻るから」

 

 俺は見回りを再開し、適当に歩き始めようとすると。

 

「ま、待って、八にぃ!」

 

 背後から、圭に服の裾を掴まれる。

 

「八にぃも、一緒に周ろう?見た感じ、見回りの仕事なんでしょ?」

 

「いや、そうだけど…」

 

 しかし、彼女は引かない。むしろ掴む力を強くして、こちらを見つめる。

 …まぁ、少しくらいならいいか。

 

「…分かったよ。ただ、俺も文実の仕事がある。周るとしても2箇所程度だ。それで良いか?」

 

「うんっ!」

 

 そんなわけで、小町と圭と共に文化祭を周る事にした。

 怪盗アルセーヌの件は、また後にしよう。別に俺が動かなきゃならない案件じゃないし。

 

「で、どこ周りたいんだ?」

 

「んー…」

 

 と、彼女達はパンフレットを開きながら最初にどこに行くかを話し合っている。そんな最中、俺は廊下に貼られた記事に目をやる。怪盗の記事ではなく、生徒会長の白銀が何かを語る記事だ。

 

『男らしくいく』

 

「…何だそれ」

 

 一体どこで男らしさを出すんだよ。普段からチキンの奴がよくもまぁカッコいい事を言うよな。

 そんな事言ってないで、さっさと四宮に告ってしまえ。文化祭にはロマンチック(笑)なジンクスがあるんだし、さっさとハートでも渡して…。

 

「…!」

 

 ちょっと待て。さっきの白銀の記事に、何か引っかかる。

 

 「男らしく」と意味深に語る白銀。その男らしさが一体何を示しているのかは分からない。それは記事にした連中も同じく思っている事だ。

 

 この文化祭で「男らしく」ってのは……。

 

「…ハートを渡す事?」

 

 例えば、白銀が四宮にハートを渡す。奉心祭の伝説に白銀が便乗しようとするなら。

 

 それは彼にとっての「男らしさ」に他ならない。

 という事は、あいつはこの奉心祭で四宮に告るつもりなのだろうか。やっとあいつは、四宮に告白するというのか。

 

 しかし、妙だ。あいつが告白するにしても、今の状況を無視するわけにはいかない。仮にも生徒会長だ。ハート型の風船を盗まれたままそれを放置して、自分は四宮にどこかで告白をするわけには……。

 

「…ハート型の風船?」

 

 待て。文化祭に対して白銀は「男らしく」と語っている。つまり、あいつは四宮に告白する可能性が高い。そこに申し合わせたタイミングで、ハート型の風船が消える。

 

 まさか。

 

「あいつが、怪盗アルセーヌ?」

 

 あいつがハート型の風船を盗んで、それを全部四宮に渡すって事か?

 白銀がこの状況に対して動かない理由は気になっていたが、あいつがアルセーヌなら、確かに動く必要はない。

 

 とはいえ、名前を隠すにしてもなんでアルセーヌなんだろうか。もしかすれば、これにも何か意味があるのかも知れない。

 そう思い、俺はスマホで"アルセーヌ"と打って調べた。やはり、アルセーヌ怪盗アルセーヌ・ルパンの事が多く出て来た。

 

「…ギリシャ語?」

 

 検索欄に「アルセーヌ ギリシャ語」と出てくる。アルセーヌとギリシャ語に、一体何の関係があるのだろうか。気になり、それを検索してみると。

 

「…マジ、か」

 

 アルセーヌは何も怪盗の名前だけでは無かった。ギリシャ語で、"男らしい"、"雄々しい"だ。

 そして記事に記述していたあいつの言葉。「男らしくいく」と。

 

 間違いない。怪盗アルセーヌの正体は。

 

「?お兄ちゃん、どしたの?」

 

「…なんでもねぇよ。で、どこ周るか決めたのか?」

 

「最初はね…」

 

 2人の意向で、文化祭を少し周った。小町も圭も、楽しそうで何よりだ。そして、2箇所周ったところで。

 

「じゃ、俺は仕事に戻るから。楽しんでいきな」

 

「は、八にぃ!」

 

 すると、彼女は急に俺の右手を握って来た。両手で俺の手を包み込むように。

 え、何やってんの?小さいし柔らかいしちょっとお兄ちゃんドギマギするからやめて欲しいんだけど。

 

「その、時間があったら…また一緒に周りたい」

 

 白銀、白銀パパ。あんたらの娘くっそあざと過ぎるんですが。今心臓撃ち抜かれたよ。や、本当に毎日味噌汁作って欲しいなって願望が出ちゃったよ一瞬。

 

「時間があればな」

 

「…うんっ」

 

 圭はそう頷き、手を離した。あードキドキした。

 

「じゃ、私達はまだ周ってるから。行きましょう、小町さん」

 

「あ、うん!じゃあね、お兄ちゃん!」

 

「おーう」

 

 彼女達と別れて、俺は仕事を再開した。

 仕事の範疇ではないが、まず怪盗アルセーヌとやらに話を聞きに行こうじゃないか。あいつのクラス確か、バルーンアートだったな。

 俺は真っ先にバルーンアートの店を出しているクラスに向かった。入り口付近に近づくと、丁度そこには四条がいた。

 

「あら、八幡じゃない。何か作って欲しい物があるのかしら?」

 

「いや、少しな。白銀はいるか?出来れば、あいつと話がしたいんだが」

 

「御行?御行ならあそこに居るわよ。丁度誰もいないし、案内するけど」

 

「頼むわ」

 

 四条の案内で、俺は白銀のいる席に向かった。

 

「御行、八幡が来たわよ」

 

「…珍しい客だ。お前がバルーンアートに興味があったとは」

 

 白銀は目を見開いて驚いている。というよりは、意外と言った面持ちである。

 

「じゃ、私は戻るから。生徒会同士、仲良くしてなさい」

 

 四条はそう言って、元の持ち場に戻った。それを確認した俺は、白銀に視線を向ける。

 

「それで、何を作って欲しいんだ?」

 

「や、別に作って欲しいから来たわけじゃない。話を聞きたくてな」

 

「話?」

 

「…お前、どういうつもりなんだよ」

 

「どういうつもり、とは?」

 

「俺がここに来た時点で、なんとなく察しは付いてんだろ。なぁ、怪盗さんよ」

 

 怪盗アルセーヌの正体は、生徒会長の白銀御行だ。

 先程立てた俺の仮説が正しければ、ハート型の風船を盗んだのはこいつだ。そして、そのハート型の風船を四宮に贈る気でいる。

 

「いつから気付いてたんだ?」

 

「ついさっきだ」

 

「…比企谷には、やはり通用しなかったか」

 

 白銀は、溜め息を吐いて観念する。

 

「場所があれだ。移そう」

 

「…おう」

 

 俺達は一旦店から出て行き、人通りの少ない屋上への階段踊り場に移った。

 

「さて、何から話したものか…」

 

「俺がさっき分かった事は2つ。1つはお前が怪盗アルセーヌだって事。もう1つが、お前が四宮に告る事。…違うか?」

 

「…あぁ。その通りだ」

 

 とはいえ、未だに腑に落ちない部分がある。

 

 確かに奉心祭の伝説に沿えば、ウルトラロマンティックな事この上ない。白銀にデレデレの四宮がそんなんされたら、その場で襲ってしまうのではないかと思うくらい。

 

 だが普通に考えてみれば、告白出来るシチュエーションなんて今まであった。こいつらのチキンっぷりが発動して告白が出来なかったわけで、何度か告白出来る状況があった筈なのに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 本当に、文化祭の熱に充てられたからか?恋愛脳のこいつらの事だから、それは十分にあり得る話なのだが…。

 

「だが、頼む。この事は誰にも言わないでくれないか。勿論、邪魔もしないで欲しい」

 

「…文化祭自体に害があるわけが無さそうだから、それは全然構わんけど」

 

 もし文化祭に害があるようだったのなら、俺はこいつを止めていた。

 キャンプファイヤーの件で伊井野が苦労して自治体に説得したっていうのに、今度は「文化祭自体に問題がある」と思われてしまったなら、彼女の苦労が全て無駄になる。

 

 これは過保護じゃない。例えばキャンプファイヤーの件が伊井野が訴えたものではなく、石上だったとしても俺は止めていただろう。単純に、人の苦労に害を及ぼす奴が許せないだけだ。

 

「まぁあれだ。頑張れよ。この時期フリーの人が相手なら告白の成功率60%はあるらしいから。今の時期一番成功率が高いらしいから」

 

「マジか」

 

 俺はそう告げて、白銀に背を向け踊り場から去ろうとすると、もう一つ、尋ねたい事があったのを忘れていた。

 

「もう一つ聞いていいか?」

 

「なんだ」

 

「なんでわざわざ予告状なんて送ったんだよ。あんなバレそうなもん残して」

 

「予告状を置いておけば、藤原書記を撹乱させる事が可能かと思ってな。俺のプランの一番の害は、あいつだからな」

 

「…納得」

 

 確かにあいつはダークマターだ。何をやらかすか分からない未知の生物。策を弄した結果、藤原に台無しにされるなんて事はあり得そうだ。

 そんな彼女の不遇の扱いに鼻で笑ってしまう。

 

「じゃ、頑張れよ」

 

 今度こそ俺はその場から去った。

 

 ようやく彼と彼女の恋愛頭脳戦に終わりが見えてきたのだ。長かったよ。あいつらの下らない争いに何度巻き込まれたか。肩の荷が少し降りた気分だ。

 

「聞いたか?」

 

「聞いた聞いた!あれでしょ、石上が大勢の目の前で告ったやつでしょ!」

 

 んーちょっと待って色々情報が渋滞してるんだけど。

 えっあいつマジ?告ったって、子安先輩にって事だよな?俺が知らん間にめっちゃ展開が早くなってんだけど。あいつやりおったな。

 

 文化祭マジック侮り難し。

 

「…すげぇわ」

 

 白銀も石上も。この機を利用して好きな相手に告白するとは。片方既に告ってるわけだけど。

 振られないといいけどな。俺みたいに、振られて苦しんで欲しくないからな。

 

 彼らの恋愛成就を心の中で祈りながら、俺は学内を周る。すると、厄介な問題が起きていた。

 人手があまり居ない場で、一般人2人からナンパされている伊井野を見つけてしまった。

 

「ちょっと案内して欲しいだけだって」

 

「そうそう。そんでちょっとゆっくり出来る所でお喋りしてー」

 

 こいつら絶対ワンチャンあると思ってんだろ。しかもこんな人通りの少ない場所。多い所でナンパしたら、教師か実行委員の人にお世話になっちゃうからな。

 因みに俺は何もしてなくても警察にお世話になり掛けた事が多々あります。八幡検定試験で出るので覚えておいてください。

 

 どっかのラノベのように、手を捻って撃退…みたいな事が出来るわけではない。そんなわけで。

 

「伊井野。お前仕事サボって何してんだよ」

 

「ひ、比企谷先輩…」

 

「誰こいつ」

 

 初対面の人にこいつ呼ばわりとは礼儀がなってないな。

 

「すみませんけどこいつまだ仕事あるんで、ナンパは他所でやって下さい」

 

「じゃあ仕事終わるまで待つからさ!リアルな話何時くらいに休憩?俺達いくらでも待つよ!」

 

 こいつ人の話聞いてねぇのか。鼓膜破れてんのか。

 仕方ない。こうなれば、あの手を使うしかない。俺はトランシーバーを口元に近づけて。

 

「えーこちら比企谷です。秀知院の生徒が一般人に連れて行かれそうになってるので、何人か先生を寄越してください。場所は…」

 

「うわこいつ先生呼ぼうとしてるぞ!」

 

「厄介になりたくないって!」

 

 2人はどこかに逃げるように消え失せた。

 

 すげぇな。"先生"ってワードだけで人を牽制出来るんだから。小学生にあった「いーけないんだいけないんだー、せーんせいに言ってやろー」ってやつは効力が結構高いんだよなぁ。

 

「すみません……また比企谷先輩に迷惑を掛けて…」

 

「あれは不可抗力だろ。お前が気に病む事じゃない」

 

 どう考えてもナンパが悪いだろあれは。

 

「ほれ、早く仕事の方に戻れよ」

 

 俺は話を終わらせて、その場を立ち去った。

 

 また伊井野を助けてしまった。いや、今回に限っては早坂に指摘されたものと明らかに別種のものだ。放置すればどこぞへと連れて行かれた可能性があるんだから。

 

 だからこれも過保護じゃない。そう思いたい。

 

 そんな現実逃避を行いながら、文化祭の見回りを続けた。先程のように何事もなく、ただただ校内を周っているだけである。

 時間は経ち、徐々に空の色が橙色に変わっていく。グラウンドでは、キャンプファイヤーの準備に取り組んでいる。

 

 この文化祭の時間も残りわずか。特に思い出を作りたいと思わない俺からすれば、寂しいとかいう感情は出てこない。

 

 ただ、騒がしく、忙しい時間が終わるだけだ。

 

 俺はキャンプファイヤーが始まるその時間まで、校内の見回りに努めた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 空は既に暗くなり、全校生徒は井桁型に組み立てられた薪の周りに集まる。その薪の中には着火用のための布があり、少し離れた所から四宮が火矢を射る準備に入っていた。

 

 そんな様子を、グラウンドの階段に座り込んで観覧している私、比企谷八幡。あんな密の中に入りたく無いから。やっぱりディスタンスが大事なわけですよ。

 

 それはさておき、着火の準備が出来たようだ。四宮は的に火矢を向け、そして。

 

「わあああぁぁぁ!!」

 

 遂に火が灯り始め、歓声が大きく沸く。猛々しく燃え上がる炎は、奉心祭の最後を表していた。

 

 しかし、そんな歓声は一瞬にしてどよめきに変わる。

 

「…なんだこれ」

 

 空から紙が降ってきたのだ。運良く、俺の手元にも降ってきた。その紙を拾い上げ、書かれた内容を確認する。

 

『文化祭は頂く』

 

 どうやら、怪盗アルセーヌからの犯行声明のようだ。

 全く、仰々しいことをするやつだな。そんな彼に呆れると、再びグラウンドにどよめきが。

 

「龍の球が消えてる!」

 

 誰かがそう騒ぎ、俺はグラウンドの中心辺りに向かって屋上を見上げる。確かに、秀知院の屋上にオブジェとして置かれていた龍の球が消えている。

 

「…あいつそこまでするか」

 

 龍の球を狙った理由は分からないが、おそらく四宮に告白するために必要な事なんだろう。

 怪盗からの手紙に龍の球の喪失。立て続けに事件が起きるも、周りの奴らは盛り上がっていた。白銀が起こしたイベントよりも、キャンプファイヤーの方に集中しているのだ。

 

「あ、そうだ」

 

 俺は少し離れて、キャンプファイヤーを囲む生徒の様子をカメラに収める。後々ホームページに載せるには、うってつけの場面だからだ。

 

「仕事熱心だね。比企谷くん」

 

 俺は思わず、肩をビクッと震わせてしまう。背後から、早坂が声を掛けて来たのだから。

 

「…まぁ、な。この様子を収めれば、他校のホームページよりすげぇ文化祭ってマウント取れるんだし」

 

「言い方」

 

 早坂はクスッと笑い、俺の隣に立つ。

 

「あ、そうだ。昨日撮った写真、まだ送って無かったよね」

 

「あぁ、あれな。別に後で良いぞ」

 

「忘れたらあれだし、今送るよ」

 

 早坂はスマホを操作して、昨日撮った写真を俺に送る。送られた写真を確認すると。

 

「なんで加工してんだよ」

 

 送られてきた写真は、何故か加工されていた。プリクラのように、目がデカくなっているわけじゃない。ただ、周りが加工されているのだ。

 例えば、ペンでハートマークを描いていたり、色合いを微妙に変えていたり。

 

「ハートマークとかやめろよ。カップルの写真じゃねぇんだから」

 

「いいじゃん。誰かに見せるわけじゃないんだから」

 

「そういう事じゃ……ん?」

 

「え?………あ」

 

 時計台から、大量のハート型の風船が浮遊し始めた。キャンプファイヤーを楽しんでいる者からすれば、単なるロマンチックなイベントだと捉えるだろう。

 

 だが、半ば事情を知っている俺は違う。

 

「…やりやがった…」

 

 遂に。

 遂に、白銀が四宮に告りやがった。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「?早坂……?」

 

 顔を赤くして、呼吸を乱す早坂。

 

「かぐや様と…会長が…」

 

 …どうやら、早坂も事情は知っていたようだ。

 自分のご主人が、遂に好きな人と結ばれたと分かれば、確かに平常心を乱すのも無理はない。

 あいつらの恋は結ばれた。その事実を改めて受け止めると、確かに少しドキドキする。フィクションの中でしか見た事のないような展開が、実際に起きているのだから。

 

 ハート型の風船が宙に舞う事で、キャンプファイヤーはより一層盛り上がる。中には熱に充てられて、フォークダンスを踊り始める者も。

 

「早坂……はトリップ中か」

 

 俺はその場を少し離れ、このキャンプファイヤーを1番の功労者に見せに行く事にした。

 

 きっと、1番見たかったのは彼女だから。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「盛り上がってるなぁ…」

 

 私は秀知院の外の見回りを行なっていた。キャンプファイヤー実施の条件として、安全の確認が必要だから。

 

 欲を言えば、私も見たかった。小さい頃に見た、高く燃え上がるあの光景が綺麗だったから。

 でも、そんな我が儘は駄目。キャンプファイヤーを無理矢理通したのは私だし、みんなが喜んでくれるのなら、それで十分だから。

 

「そうだな。今年の奉心祭は間違いなく成功だろうな」

 

 私が独り言を呟くと、その独り言を返す人物がいた。

 目の前に現れたのは、デジカメを首からぶら下げた比企谷先輩だ。一体、何の用だろう?

 

「どうしたんですか?比企谷先輩は外の見回りの仕事は無かった筈では?」

 

「お前に見せたいものがあってな」

 

 比企谷先輩はデジカメを操作すると、撮影された写真が小さく映し出される。

 

「!」

 

 燃え上がる炎。それを囲い、笑顔を浮かべる生徒達。

 

「キャンプファイヤー実施は、お前の普段の行いがあったからだ。にも関わらず、お前がキャンプファイヤーの様子すら知らないのは気が引けたんでな」

 

「あ…」

 

「この奉心祭、1番の功労者はお前かもな。伊井野」

 

「せん…ぱい……」

 

 比企谷先輩は優しくそう言って、学校の中へ戻って行った。

 

 良かった。みんなが喜んでくれて。みんなが笑顔で。

 私がキャンプファイヤーを実現させたかったのも、きっとそれを見たかったからかも知れない。

 

「…そういえば」

 

 さっき比企谷先輩にデジカメの中の写真を見せられた時、不意に見えてしまった物があった。比企谷先輩の右の手の甲に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私は最初、私の知らない女か、あるいは早坂さんが奉心祭の伝説に沿って、比企谷先輩に渡した物だと思ったけれど、あんな小さいシールを贈る人なんていないだろう。普通なら、ネックレスやクッキー辺りが妥当なところだ。

 という事は、あれはどこかに右手が当たって引っ付いたシールに違いない。比企谷先輩は気付かずに、そのまま貼っているのだろう。

 

 まぁ、いいか。誰かが比企谷先輩に渡したわけじゃないんだろうし。

 

 もし渡す事で、あの人の隣を独占しようとするなら。

 

 その時は私が許さない。

 

 




 文化祭編終了。詰め込み過ぎたかな。

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