年末年始は千葉に帰る事にしている。千葉に帰れば、まず家に直行して小町に会いに行く。帰ると小町に無碍な扱いをされるが、それが小町流の愛だと思うと可愛く思えてしまう。
一段落つけば、俺は久しぶりの千葉の街へ足を運ぶ。これが帰って来た時のルーティーン。目的は特に無いが、敢えて目的を明確にするなら、千葉を歩き周る事だ。
「どこに……ん?」
最初は千葉駅にでも行こうかと考えた途端、前方に見覚えのある人物がスマホを持って立っていた。
では答え合わせだ。
「あ?…って、比企谷じゃねぇか。奇遇だな」
「龍珠…」
答えは龍珠桃でした。
まぁ誰かが分かっても違う疑問がまだあるんだけど。なんでこいつ
「お前何してんの?」
「親父の付き添いだよ。必要ねぇのに連れ回された結果、別に私居る意味があんま無かったし、空いた時間を潰すために観光でもしてみようかって思っただけだ」
確か親が暴力団の組長だって聞いたが、まさか千葉に存在する暴力団を壊滅させに来たとかなのだろうか。
「そういうお前は?わざわざ1人で千葉に観光しに来たのか?」
「いや、ここ俺の地元だから」
「…そうなのか?」
「おう。久しぶりに帰って来たからほっつき歩いてるだけだがな」
「へぇ……あ、なら丁度いいや」
「お断りします」
何を言うか大体は予想出来る。絶対に面倒な誘いが来る。だから先に断りを入れる事で、用件すら言わせないという作戦だ。そしてそのまま、流れるようにその場を去るのだ。
完璧な作戦だ。
「待てや」
「ぐぇっ」
首に巻いていたマフラーを掴まれた俺は変な声を出してしまう。
「私しばらく暇なんだ。地元っつうなら、案内ぐらいしてくれよ」
ほらな。面倒な誘いだったろ。だからさっさとこの場から去りたかったんだ。
「いや、俺アレがアレだから。ね?」
「日本語の純度どうしたお前」
知らん。行きたくないって察せ。アレがアレって言ったら遠回しに「面倒だから行かない」って事ぐらい分かるだろ。
「つうかお前、いつの間にこんな良いマフラー買ってたんだよ。ラルフローレンって、めちゃくちゃ有名なブランドじゃねぇか」
「これは貰い物だ。クリスマスプレゼントでな」
「クリスマスプレゼント…?ちょっと待て、それ誰からのだ」
「伊井野…だけど」
「…あの女か」
なんだか、龍珠の様子が変だ。突然、少しだけだが不機嫌になり始めたのだ。
「…良い身分だな。こんな良いマフラーをプレゼントして貰って」
「まぁ、そうだな」
「で、お前は伊井野に何渡したんだよ。比企谷の事だ。どうせ貰っただけじゃないんだろ?」
あれ軽々しく他人に言っていい物なのだろうか。だって意味が凄いんだぞ。なんだよ「首を絞める」って。俺そんなDV気質なのかよ。
「まぁ、何。アクセサリー、だな」
「…アクセサリー、ね。具体的には?」
はい、もう無理です。ここまで掘り下げられたら誤魔化せない。
まぁいいや別に。龍珠に引かれたところで精神的に痛くなるわけじゃないし。
「…チョーカー」
「…は?」
「伊井野が欲しがってたからな。だから俺はチョーカーを贈った」
ただチョーカーを付けた途端、恍惚な表情になってたけど。あいつ彼氏が出来て殴られたとしても擁護していそう。それが愛だと勘違いしそうで。
「お前、チョーカーを贈る意味…」
「分かってる。後で調べたらだいぶファンキーな内容だったよ」
「…だったら何か?あの女はお前にチョーカーを贈って貰う事で、比企谷に首を絞められているって、束縛されているって思いたかったって事か?」
「そこまでは知らん」
はい当たってます。
伊井野の嗜好はだいぶ変則的。俺の声を録音した事もあるし、何よりチョーカーを貰った時に「比企谷先輩の手だと思って付け続けます」って言ってたし。
「…まぁいい。とにかく、あんまあの女を甘やかさない事だな。依存した結果、何がなんでも縋り付こうとするに決まってる」
「…善処す…」
「それに」
俺が一言返そうとすると、龍珠がそれを遮って。
「見ていて気に入らねぇからな」
ドスの効いた低い声。早坂、伊井野の冷たい声色とはまた違った圧により、俺は少し後退る。
「…嫌い、なのか?」
「別にそういうのじゃねぇよ。あの女と関わりねぇし。ただ、見ていて鬱陶しいと思っただけだ」
「めちゃくちゃな理由だな…」
「女は端からめちゃくちゃな存在なんだよ。男よりよっぽどな」
伊井野に対する皮肉なのか、自分を貶す自虐なのか。今の言葉には、様々な意味が含まれていそうだ。
「とりあえず、あの女はどうでもいい。さっさと千葉を案内してくれよ。ガイドさん」
「…へいへい。1名様ご案内ってか」
まぁ千葉の良い所なら語り尽くせる自信があるからな。千葉のガイドとして働けるレベル。
「…じゃとりあえず、昼飯食うか。時間もそろそろだし」
「お、なんか千葉のおすすめの飲食店とかあるのか?」
「ある。俺が自信持って言える、飲食店だ」
俺が龍珠を案内した飲食店。それは。
「サイゼかよ」
千葉と言えばサイゼ、サイゼと言えば千葉。サイゼの発祥地は千葉である。千葉に来たのであれば、本場のサイゼに寄る事が必須なのだ。
「サイゼなんざ東京でも食えるだろ」
「ばっかお前分かってねぇな。大阪に行けば串カツ、福岡に行けばラーメン、北海道に行けば海鮮系と言うように、千葉に来て食う所ってなったらサイゼだろ」
「どう考えても今の中でサイゼだけが浮いてるように聞こえんぞ」
全く、これだからにわかな奴は困る。
「他にもあんだろ。穴場みてぇな所」
暴力団の娘が凄い我儘なんですが、組長さん一体どんな躾をしていらっしゃったんでしょうか。
「…穴場か分からんが、知る人ぞ知る店ならある」
「それだよそれ。そこ案内しろ」
サイゼは諦めて、次に俺が龍珠を連れて行った店先は。
「ラーメン屋かよ」
俺がよく行く飲食店、なりたけと言う名のラーメン屋に連れて来た。
「ここがおすすめの所か?」
「あぁ。食えば分かる」
「…まぁ腹減ってるから良いんだけどよ」
「じゃ、決まりだな」
俺達はなりたけに入店した。中に入ると、にんにくの匂いが蔓延して、食欲を唆らせる。店員に案内されて、席に着く。
「何がオーソドックスなんだ?」
「定番っつったらこれだな」
指差した品の名前は、「濃厚背脂ラーメン」である。これがこの店に於ける定番であり、最適解とも言えるだろう。いや最適解かは分からんけど。
俺達はそれを頼み、ラーメンが来るのを待った。
「…不思議なもんだな」
「え?」
「私がこうやって、誰かと飯を食う時が来るなんてよ」
龍珠がそう自虐的に呟いた。
龍珠は過去に暴力団の娘ってだけで周りから敬遠されていた。だから誰かと一緒に食べるという事が無かったのだろう。
時々、龍珠と一緒に飯を食べる時はあるが、生徒会室で食べる時より少ない頻度なのだ。
「…偶には良いんじゃねぇの。人と一緒に食べる飯は美味いって聞くし。まぁ一緒に食べる奴なんて妹しかいなかったからそれが本当か知らんけど」
俺の場合、小町が居るだけで何もかもが幸せなのだ。
「なら、学校始まったら偶にはまた私に付き合えよ。どうせ昼休み暇だろ」
「…まぁ偶には、な」
すると、2杯同時に頼んだラーメンがやって来た。そのラーメンを見た龍珠は、表情を曇らせる。
「…なんだこの背脂…」
「いただきます」
龍珠が顔を引き攣らせている間に、俺は先にラーメンを食べ始めた。
やっぱこの味だ。何回来ても飽きの来ないこの美味さと来たら。千葉に来たら、一度寄るといい。
「…う」
龍珠は恐る恐る、麺を啜り始めた。
「!」
麺を啜った瞬間、龍珠の目は大きく見開く。そのまま、2口目に手を付ける。止まらなくなったのか、ズルズルと麺を啜っていく。
そして。
「ご馳走さん」
互いに食べ終わり、乾いた喉を潤すために水を補給する。
「…美味かったわ。背脂多過ぎてビビったが」
「それは良かった」
なりたけの美味さが分かる人間が増えるというのは良い事だ、うん。
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「で、どうする?俺帰って良い?」
昼飯の支払いが終わり、俺達はなりたけの近くでどうするかを話していた。
「んなわけねぇだろ頭イカれてんのか」
「怖過ぎだろ」
ちょっと冗談言っただけじゃん。
「まだ付き合って貰うからな。千葉のガイドさんよ」
「…はい」
龍珠が先陣を切って、千葉を巡り始めた。Googleマップや俺のデータベースにより、千葉を巡る所は限定したが。勝浦や南房総とか言い出されたら、マジで遠いからな。
「で、なんで海なんだよ」
やって来たのは稲毛海浜公園の近くにあるいなげの浜。この寒い中に海に近づく人が居ないため、めちゃくちゃ空いていた。
「…私さ」
「ん?」
「こうやって、誰かと遊んだ事がねぇんだ。誰かとバカやって、誰かとコンビニで買い食いしたりして騒いでさ。暴力団の娘ってレッテルが原因で浮いてよ」
「…そうだな」
「別に独りが嫌ってわけじゃねぇ。でも、望んで独りになったわけでもねぇ」
「……独りは嫌か?」
俺はそう簡単に尋ねると、龍珠は「分からねぇ」と返してくる。
「でも、最近思うんだよ。独りで過ごしてるより、誰かと過ごす方が良いんじゃないかって。心の隙間が埋められてるんじゃないかって」
「龍珠…」
「私って、自分で思うよりずっと寂しがり屋なのかもな」
龍珠桃は強い女の子だと思う人間は少なからず居るだろう。しかし、それは間違いである。
暴力団の娘とはいえ、彼女は1人の女の子。家系がそういう風なだけで、彼女は彼女。寂しいと思う事は、人間として至極当然の事だ。そういう感情を持ち合わせていてもなんらおかしくない。
「…別に良いだろ。寂しいと思う事は普通だ。俺だって、常日頃から妹に会えなくて寂しく思うぞ」
「お前のそれはシスコンだろうが」
千葉の兄貴は大体シスコンだっつの。俺が変じゃないんだからねっ!
「…独りで居る事が悪い事じゃないし、それで構わないならそれでも良いと思う。でも、誰かと居る事も決して悪い事じゃない。隣に居る事で安らぐのなら、それがお前の居場所ってやつなんだろう」
龍珠の寂しがり屋なんて可愛いもんだ。身近に1人、極度の寂しがりが居るからな。
「…居場所、か。比企谷の言うような居場所なら、もしかしたら私にもあるかも知れない。私が安らぐ事も、落ち着く事も出来て、ずっと居たくなる場所が」
「ならその居場所を大切にすれば良い。お前が本物だと思える、その居場所を」
「簡単に言ってくれるよな。私が思うその居場所は、私だけが居る事が出来ねぇ場所なんだよ。…蜜に集る蜂みてぇに集まるんだから。特に雌がな」
「なんだそれ」
「…まぁお前には分からねぇか」
なんか分からんが、龍珠の思う居場所は中々面倒な所らしい。龍珠が納得してるならそれで良いんだろうが。
「…にしても寒ぃな」
「そらお前冬の海に来てるんだぞ。何しに来たのか結局分からんし」
「…海に来てみたかったんだよ。来る事なんて滅多に無いからな」
「…そうかい」
龍珠は徐にスマホを取り出し、画面を確認する。
「まだ親父から連絡は来てねぇな……。よし、じゃあ次だ」
「今度はどこ行くんだよ」
「千葉の観光はまた今度で良い。今まで出来なかった女子高生らしい事をしたくなってな。そんなわけで、今からららぽーとに行くぞ」
「めっちゃ突然だな」
「るっせぇな。ほら行くぞ」
龍珠は俺の手を強引に引っ張って、いなげの浜を後にする。
とはいえ、千葉の地理を知らない龍珠が先導しても迷うだけなので、早い段階で俺が案内する事になった。
後、千葉市から船橋市は地味に遠いよ?
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わざわざららぽーとのためだけにやって来た船橋市。
ここで八幡による豆知識。船橋市と言えば、みんな知ってるあのゆるキャラが誕生した都市なのだ。ゆるキャラついでで言うなら、梨の生産量は千葉が1位なのだ。
で、船橋市にあるららぽーとに来たのだが。
「来たの間違えたな」
「ざけんなお前」
クリスマスが終わったとはいえ、もう年末だ。ららぽーとが混む事ぐらい子どもでも分かる。にも関わらず、ららぽーとに行こうと言い出した龍珠が着いた瞬間、クソみたいな寝言を吐いたのだ。
「人多過ぎだろ…暇人なのかこいつらは」
「年末なんだから当たり前だろ」
わざわざ少し時間を掛けて来たのがアホらしく思うわ。
「まぁ折角来たし、見て周るか…」
「お前本当なんなの?」
インドの時の四条を思い出す。あいつガンジス川行くつもりだった筈が、片道6時間程度掛かると聞いた瞬間面倒くさがったからな。
「つっても、ららぽーとに来て何すりゃ良いんだよ。そこまでお洒落に興味があるわけじゃねぇし」
「知らんがな」
俺が知ってる秀知院の女子は大抵ヤベェ奴しか居ないからな。
「遊ぶとかなら、マリンガーデンやSEGAはあるけど…」
「ゲーセンか、良いなそれ」
行く先が決まったため、俺達は1階にあるゲームセンターに向かった。まずはマリンガーデンに。
「やっぱゲーセンに来たら、太鼓の達人だろ」
龍珠はなんだか少しテンションが上がっている。こういう部分を見ると、子どもっぽく見えてしまうな。
「…お前俺に太鼓の達人を挑むとは良い度胸だな。こちとら誰も誘わずに1人で太鼓の達人を鍛えた経験があるんだぞ」
「お前に誘う奴が居なかっただけだろうが」
うるせぇ。敢えて誘わなかったんだし。
「御宅は良いからさっさとやるぞ」
「へいへい」
太鼓の達人を始めとして、シューティングゲームやレーシングゲームなど、様々なゲームを遊んだ。
次に俺達が遊んでいるゲームは。
「中々取れねぇな…」
UFOキャッチャーだ。中にはぬいぐるみが入っており、クレーンでぬいぐるみを掴んで、穴に落として手に入れるゲームだ。
しかしクレーンのアームは大抵弱いため、1発でゲットするのは難しい。龍珠も今、何回か繰り返してはいるが、中々目当てのぬいぐるみを落とす事が出来ないでいる。
「にしても、お前ぬいぐるみが好きだったんだな」
「違ぇよ。私はただUFOキャッチャーで遊んでぬいぐるみを落とすっつう事に楽しみを見出してるだけだ。落としたら比企谷にやるよ」
「とか言う割には、顔がマジなんだけど…」
「あ?なんか言ったか?」
「…何もございません」
俺は後ろで龍珠がUFOキャッチャーに集中している様を見続けた。しかし、幾度挑戦しても取れないでいる。
「なんで取れねぇんだよ…」
悔しそうに嘆く龍珠。後少しで取れそうなのに取れない。
やっぱぬいぐるみが欲しいんじゃねぇのかあいつ。
「…ちょっと俺にやらせてみ」
「あ?なんで…」
俺は龍珠と交代し、クレーンを動かす。掴む所さえ間違えなければ、このぬいぐるみは取れるのだ。
「ここ」
クレーンで龍珠が狙っていたぬいぐるみを掴み上げる。しかし、アームの力が弱いため、すぐに落ちてしまう。だが、落ちた衝撃でぬいぐるみが少しだけバウンドし。
「あ…」
上手い具合に穴に落ちて、ぬいぐるみをゲットした。
「マジ、かよ…」
落ちたぬいぐるみを中から取り出し、それ龍珠に渡す。
「ほれ、欲しかったんだろ。パンさんのぬいぐるみ」
「…要らねぇよ」
と、ぶっきらぼうに言い返す。
「比企谷が取ったやつだろ。お前が持って帰りゃあ良いじゃねぇか」
「や、俺これ要らんし。ていうかお前の金でやったし。対価を支払ったのはお前だ。なら、それを受け取る義務がお前にはある」
龍珠は渋々、パンさんのぬいぐるみを受け取る。少し大きいぬいぐるみなので、俺は景品を入れる袋を機体の横から取って、龍珠に渡した。
「礼は言わねぇからな」
「要らねぇよ」
「…後、これも返さねぇから」
「それも要らねぇよ」
パンさんのぬいぐるみが入った袋を渡すまいと強く抱きしめる龍珠。やっぱりぬいぐるみが欲しかったんですね。
「あ?…って、親父から電話だ」
龍珠がスマホを取り出して、電話に出る。どうやら父親と電話しているようだ。
「…分かった。じゃ駅に着いたらまた連絡する」
龍珠は通話を切って、スマホをしまう。
「親父の用事が済んだらしいからそろそろ帰るわ」
「…駅まで送るぞ」
「Googleマップ見りゃ帰れるっつの。過保護かお前」
龍珠は揶揄った。
別に過保護じゃない。俺が過保護にしてるのは小町だけだ。
「ま、ありがとな。色々と」
「…おう」
「じゃあな。また年明けに」
龍珠はそう言って、俺の前から去って行った。龍珠の背中が見えなくなり、俺も我が家への帰路を辿った。
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私は車の中で、袋に入ったぬいぐるみを取り出した。あいつが取ってくれた、パンさんと言う名のぬいぐるみ。少し目付きが悪いけど、可愛さで言えば悪くない。
「どうした桃。機嫌が良さそうやんけ」
「…別に。なんでもねぇよ」
どうやら顔に出ていたらしい。私はぬいぐるみから目を逸らして、窓に視線を移す。窓の外には、千葉の街が見える。
「…比企谷…」
私は小さく、あいつの名前を呟いた。
偶然、千葉で出会った比企谷。少しだけだが、あいつと2人で千葉を巡った。
悪くなかった。誰かの……いや、あいつの隣に居る事は悪くなかった。
比企谷八幡。白銀同様、外部受験で秀知院にやって来た奴だ。あの屋上での出会いが無ければ、あいつを知る事すら無かっただろう。
私は学校という機関に馴染めなかった。別にコミュニケーションが苦手とか、勉強が出来ないとかじゃない。
ただ、暴力団の娘っつうレッテルが原因で馴染めなかった。
『龍珠さんの親って暴力団なんでしょ…?』
世間から見れば、暴力団なんて反社会的集団を良く思わないだろう。暴力団に対してどうこう思うのはそいつらの勝手だ。
でも。
『暴力団の娘って事は、龍珠さんもヤクザって事なんだよね…』
『あいつとは関わらないでおこうぜ。怪我したくない』
親がヤクザだからって、私もヤクザなわけねぇだろ。そう噂してる奴らを睨み付けても、「うわ怖…」「何人か殺ってるだろ」みてぇな声が上がる。
うんざりだった。ヤクザの娘だからヤクザって考えが。親は親。私は私だ。
いっその事、本当にぶっ殺しても良いんじゃねぇかとすら思う時もあった。
私は周りに馴染めないまま、屋上で独りで過ごしていた。そんな時、比企谷が現れた。
屋上の入り口で私を見ていたのだ。見られるのも鬱陶しく感じたため、私は比企谷に。
『なんだよテメェ。見てんじゃねぇよ』
と言った。暴力団の娘がこんな事言えば、大抵は恐れて逃げる。
しかし、あいつは。
『見てねぇよ。自意識過剰かお前』
思わず私は目を見開いた。まさか、私に言い返してくる奴が居るとは思わなかった。生徒会の人間ですら、私に真っ向から反発する奴はそう居なかった。
そんな変わった出会いだ。
でも、あいつは私の事を恐れないで、自然に屋上で飯を食べていたのだ。そんな奴が今まで居なかったため、なんか居心地が悪かった。
『…おい。そこの腐り目』
『え、何?』
『怖くねぇのかよ。私が』
『…どこを怖がれと?目付き?』
どうやら私の事すら知らない奴だった。後から聞くと、外部受験だった故に私の事を知らなかったそうだ。
どういうわけか、私とあいつの話はそのまま続いた。
『どいつもこいつもヤクザの娘ヤクザの娘ってよ……』
挙げ句の果てには愚痴っぽい事も言ってしまった。私の愚痴なんざ誰も理解するわけが無い。本当に理解出来る奴は、同じ境遇の奴ぐらいだ。
『まぁ、そうだな。親は親、お前はお前。親がいくらヤクザだろうが、親とお前は違うだろ。そういうの、あんま気にすんなよ』
その一言は、心に響くものだった。
暴力団の娘と言われ続けた私が、無意識のうちに欲しがっていた言葉だったかも知れない。
どうせ私を理解してくれない。私を見てくれない。ずっとそう思っていたのに。
比企谷だけが、私の境遇を理解してくれたのだ。比企谷だけが、暴力団の娘ではなく、龍珠桃を見てくれたのだ。
我ながら安っぽい女だと思う。私はその一言で、あいつを意識してしまったのだから。
その日以降、私はあいつと話す事が増えた。と言っても、たまにしか屋上に来ない。本人曰く、大抵ベストプレイスって所で飯を食べているらしい。屋上に来る時は、そのベストプレイスに人が居る時のみ。
屋上で比企谷と話していると、共通の話題が出て来たりする。私もあいつもゲームを好む。だからゲームの話で盛り上がったりするのだ。
そういう普段の何気ない関わりで、比企谷をより一層意識する事になった。
いつしか、比企谷の隣に居る事に安らぎを得ていたのだ。
私にとっての居場所は、比企谷の隣に居る事なんだ。でも、私だけが居る事が出来ねぇ場所でもある。
早坂愛、伊井野ミコ、四条眞妃。
比企谷の隣に居る事の多い女は、この3人だ。比企谷を見かける時、大体この3人の誰かが隣に居る。
私だけの居場所じゃない。その事実が堪らなく嫌だと感じる。
あいつの隣に居るのは、私だけが良い。私だけの居場所であって欲しい。そんな醜い願望が、次から次に溢れ出てしまう。
「…ハッ」
我ながらクソみてぇな嫉妬だ。たかだか1人の人間ごときに、心を揺さぶられるなんてな。心に余裕ねぇのかって自分に言いたくなる。
でも、無理だ。好きになってしまったものは仕方無いんだから。
ここまで比企谷に執着してると、伊井野のように依存してるんじゃねぇかって錯覚してしまいそうになる。
だって、比企谷が誰かと結ばれたって思い浮かべるとよ。
ぶっ殺したくなる。
…って、思ってしまいそうなほど、比企谷の事を考えるから。まぁ警察沙汰にはなりたくねぇから
全く、「愛は人を狂わせる」とはよく言ったもんだ。本当、その通りだよ。
クソッタレが。
龍珠がまともだと思った?ところがどっこい。