「かぐや様の会長自慢がこの頃マジうざい」
昼休み。ベストプレイスに早坂がやって来て愚痴を溢していた。
「何かある度に最新のエピソードを更新するんだよ?胸焼けしそうな惚気話を嬉々として喋られるのそろそろ辛い」
「あいつもだいぶ変わったな」
白銀と付き合う前までは、自尊心が邪魔して白銀に対する好意を認めなかったのに。
「…そうだね。良い方向に変わった」
子の成長に対して感慨深く感じている親のような様子を見せる早坂。主人の恋が成就したとなれば、早坂も自分のように嬉しく思うのだろう。
しかしそれは最初だけ。白銀と付き合って以降、毎日毎日惚気話をされ続けると鬱陶しく思うのだろう。
「もう私が居なくても、かぐや様は大丈夫」
「…早坂?」
なんだ、この違和感は。今の早坂に違和感を感じたのは、気のせいか?
「まぁそれはさておき、かぐや様にマウントを取られる惨めな私の話に戻すよ。会長と付き合って以降、無意識なのか私を小馬鹿にしてくるのどうしたらいい?」
「…もう手遅れだろ。多分そのうち神ってる内容まで言うまである」
「えっ死にたい」
付き合っても尚、早坂の苦労が絶えない。付き合う前までは、「白銀にどう告らせるか」というテーマで動いていたが、今では「白銀って○○なんだ」っていう惚気話を延々と聞かされる。鬼みてぇな所業だな。
「もうやだ。今すぐ耳栓とかノイズキャンセリングとか音を塞ぐ物が欲しい」
「末期じゃねぇか」
確かに、そんな聞かされちゃノイローゼにでもなってしまいそうだ。
例えば、小町に彼氏が出来て、その彼氏の惚気話ばかり聞かされたら首を吊って死にたくなるレベル。というか絶対彼氏なんて作らせませんけど。
「末期なのはかぐや様だよ。だって文化祭最終日にディープキスかましたんだよ?そりゃもう神経を疑ったよ」
多分あいつ箍が外れたらすっごい事になりそう。白銀が食われるのでは無いか。
「多分会長と事あるごとにキスしてるから、多分キス上手くなってるんじゃないかな」
「…凄ぇな」
どうやら四宮のお嬢様は、とんだテクニシャンのようです。やだはしたない。
「…それにしても、キスってどんな感じなんだろ」
「聞く相手が俺なのは間違えてるけど人によりけりだろ」
キスが上手いか下手かなんて人によるし、気持ち良いかどうかも感度によるだろ。なんでこんな生々しい分析してるんだ俺は。
「比企谷くんはさ、キスしたい派?それともされたい派?」
「何そのやらしい派閥は」
聞いた事ねぇよそんな派閥。海か山、犬か猫、きのこかたけのこという派閥争いを聞いた事はあるが、何その思春期の学生がニヤニヤしながら話す派閥は。
「単純な興味だよ。ほら、おっぱい派かお尻派かって話す男も居るでしょ。それと一緒」
「近頃の思春期男子ヤベェな」
どんだけ性に飢えてるんだよ。絶対それ同じクラスの女子に「うわあいつらマジキモくない?」って陰で言われてるやつだろ。それはもう寒気がするほどの冷たい声でね。
「で、どっち?」
え、これ答えなきゃダメなやつなの?オーディエンスに任せようかしら。
「どっちと言われてもな……」
そんな事を聞かれた事が無いからどう答えるのが正解か分からん。
もし仮に、俺からキスをしようとする。
『え、ちょっと近いから。離れて』
って言われたらマジ凹む。なら消去法で、されたい派を選ぼう。
「…まぁ、強いて言うなら。…好きな人にされたら、嬉しいとは思うが…」
とはいえ、好きな人にして欲しいと言われたのであれば、なんだかんだでしてしまうのかも知れない。まぁ全ては彼女が出来ればの話で。
「そうなんだ。へぇ」
そう考えていると、文字通り目の前に早坂の顔が映っていた。
「キス、されたいんだ」
「ち、近ぇよ。離れろ」
「まぁ比企谷くんの考えは大体分かるよ。ネガティブな事を考えた結果の消去法。自分がキスしようとして引かれたらどうしよう的な事でしょ」
何こいつエスパー?なんで俺の考え分かるの?怖ぇよ。
「でももし彼女が出来たとして、彼女からキスを強請られたら断れない。そんなとこだよね」
待ってマジで怖い。いつから超能力なんて手に入れてたんだこいつ。人を観察し過ぎてイカれちまったんじゃないのか。
「私は、きっとしたい派だと思う。いっぱいキスして、いっぱい返してもらうの。ちゃんと私を愛してくれてる確認をして貰うの」
「…そうかよ」
「比企谷くんはされたい派で、私はしたい派。…相性良いね、私達」
「…そうはならんだろ」
まるで誘惑するかのような物言い。そんな早坂に、俺は目を逸らす事が出来ないでいる。
「比企谷くん…」
その瞬間、昼休み終了の予鈴が鳴った。
「…予鈴鳴ったから、教室に戻ろう?」
「…あぁ」
早坂は俺から離れて、先に教室へと戻って行った。一方、早坂の行動に心臓が鳴り止まない俺は、彼女の後を追うように教室に戻った。
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放課後。
変わらず生徒会室で仕事をしていると、そこに柏木さんが登場。サクランボのゼリーの差し入れを持って来てくれたようで。
「校長先生から皆さんへって…」
「わーい!皆で食べましょう!」
「柏木さんも是非」
「いいんですか?」
柏木さんも一緒にゼリーを食べる事になった。
みんながゼリーを食べ進めている途中で、藤原がさくらんぼの茎を摘んで不敵な笑みを浮かべる。
「ところで皆さん、サクランボの茎を口の中で結べます?」
「あぁ…結べるとキスが上手いっていうアレか」
「折角茎が付いてるサクランボですし、ちょっと皆さんでやってみましょう!」
サクランボの茎を舌で結ぶという事は、キスのテクニックが問われるという事。
「一旦口の中に入れた物を見せ合うなんて行儀が悪いですよ」
「あらら、自信が無いんですか?」
「いや自信が無いとかじゃなくて…」
「まぁ石上くん見るからに下手そうですしね」
「やってやらぁこのイモ女ァ!!」
藤原の挑発を注意する石上だが、簡単に乗ってしまった。
「結べたらそのサクランボーイって言葉訂正して貰いますからね!」
「良いでしょう!もし出来たらサクランボーイと言った事謝ります!」
サクランボーイなんて単語出て来てないと思うんだけど。変な単語作んなよ。
「つうか、サクランボの茎を結べただけでキスの上手さが直結するのか疑わしいな」
「あ、結べました」
柏木さんが舌を出して結んだ茎を見せる。
これもしかしてあるっぽいやつ?舌で茎結んだら上手い説あるやつ?
「え、もうですか!?」
「わっはやーい!」
確かいつだったか、四条が人目を憚らずに翼くんにディープなやつをやったと聞いたが、実際に現場に居なかった俺はあまり想像が出来なかった。
しかし、今では分かる。柏木さんは、とんだヤンデレテクニシャンだ。何そのダサい異名。
「比企谷くん、石上くん」
「ん?どうした」
「これで出来てますか?」
四宮が舌を出して結び終えた茎を見せる。
「あぁ、出来てますよ」
「じゃあ、出来た事は皆に言わないでくださいね。はしたない女だって思われたら、恥ずかしいから…」
と、恥ずかしげに言う四宮。なんだこの乙女は。
「かぐやさん何こそこそ話してるんですか?もしかして結べました!?」
「あ、いえ……全然ダメです」
四宮は舌を出して藤原に見せた。それも、解けた茎を。
「えっちょ、比企谷先輩。さっきまであの茎結んだままでしたよね!?」
「あ、あぁ…」
この数秒の間に、あの茎を解いたってのか。早坂の言う通り、かなりのキステクニックをお持ちのようだ。
なんで君らそんな上手いの?何?ビッチ先生に教えて貰ったのん?
物は試しだ。俺もやってみよう。
茎を結ぶようなイメージをしながら、不器用なりに舌と歯を使って茎を結ぼうと試みる。
その結果。
「……あ」
「えっ嘘比企谷先輩!結べたんですか!?」
「実は比企谷ってかなりのテクニックの持ち主なのか…?」
なんという事でしょう。正しい結び方を知らず、不器用なりに口内で弄り回した結果、綺麗に結べていました。
「…俺は良いんだよ別に。藤原はどうなんだ?」
「モゴモゴ」
「出来て無さそうだな」
あれだけ人を煽った結果、口をモゴモゴさせているだけとは。
「さっきまで自信満々だったのに」
「前やった時は出来たんです!今日はちょっと舌のグリップ力が悪いみたいで!」
「舌のグリップ力?」
舌にグリップ力もクソもあるのだろうか。
「私は全然出来る気配がありません…。どうすれば良いんでしょう」
伊井野はサクランボの茎を結べずに困っていた。
「では、キスが上手い人に教わったらよろしいのでは無いでしょうか」
「あ、なるほど」
ちょっと待てその言い方は悪手だ。
「比企谷先輩…」
ほら見ろ。柏木さんじゃなくて俺に視線向けちゃってるじゃねぇか。
伊井野はこちらに寄って来て、熱を帯びた上目遣いで、まるで俺にキスをせがんで来るような姿勢になる。
「私に、上手なキスの仕方を教えてください」
「聞き方も聞いてる相手も違うわよ伊井野さん」
いや本当こいつ危な過ぎるだろ。お前俺だったから耐えれたものを、他の一般生徒にやってみろ。即奪われるぞアホ。
「ま、まぁ俺の場合はまぐれの可能性があるし、アテにならん。なんかそういうコツとかあるのか?」
「んー…コツと言われても…。なんかこう、舌だけを使うんじゃないんです」
「どういう事ですか?」
「歯を……上手く使うんですよ」
すると柏木さんは妖艶に説明し始める。
「茎を歯で優しく噛んで押さえつけて……舌を柔らかく使うんです。それで歯茎の裏を撫でるように…」
あの柏木さん。あんた時々色っぽく見えるのよ。神った人間はこうも人を変えるのか。
「歯を……あっいたっ!自分の舌噛んじゃいました!」
「あらら」
「その勢いで茎を噛み切ってしまいました…」
「人間相手なら中々の事件だな。相手の舌は噛み切るなよ」
いや怖いな。キスするってなって「舌を噛み切られるかも」って覚悟をしなきゃならないのかよ。
「ば、馬鹿にしないで!別に良いでしょ!大事なのは気持ちよ!ね、比企谷先輩!」
「俺に振るなよ。…まぁそういう考えも間違ってないとは思うけども」
キス上手い下手で別れてしまうのであれば、最初からその程度の関係だという事だ。一々それに気を遣わないといけない関係なんぞ、こちらから願い下げだ。
まぁ多分それを気にする人物も居ると思うけど。ほら、陰で平静を装って口をモゴモゴしてる石上とか。
「あっ、出来たーっ!」
石上より先に藤原が結び終えたようだ。石上が終わっていないのを見ると、途端に藤原は煽り始めた。
「あれれー?石上くんもしかして出来ないんですか〜?お子様舌なんでちゅか〜?」
ここぞとばかりに煽る藤原。嬉々として人を煽る辺り、ゴミクズみたいな人間性がよく分かる。
「仕方ありませんよねぇ〜!石上くんはチェリーボーイですしねぇ〜?」
サクランボーイはどこいった。折角上手い具合に意味を隠して言ってたのに。
「別に良いでしょうキスの上手い下手なんて!大事なのは気持ちでしょう!ねぇ比企谷先輩!」
「俺に振るなよ」
ついに伊井野と同じ事を言い出した。
「全く、くだらん事で揉めるんじゃない」
と、白銀は呆れる。
「石上達の言う通りだぞ藤原書紀。別にキスのテクニックなど重要ではない。大事なのは相手の気持ちを汲んだキスが出来るかだろう。気になるならば、相手が出来た時に少しずつ上手くなればいい事だ」
経験者の言う事は違うな。説得力がある。
「会長の言う通りですよ。別にキスの上手い下手なんて二の次です。大事なのはして欲しい時にしてくれる空気の読み方というか、押し引きのタイミングとか焦らしの緩急みたいなのですよ」
「四宮さん?」
遠回しな「私彼氏居ますよ」アピールになりませんかそれ。大丈夫ですか?
「勿論、思いっきり来て欲しい時も…」
「つまりですね!キスの満足度はテクニックに依存しないという事です!」
四宮が余計な事を溢す事を危惧したのか、被せるように説明をする。
「どういう感じで来て欲しいかちゃんとサイン出してそれに答えるみたいな!?こねくり回すだけがテクニックじゃ無いと思いますよ!?」
今頃なんだけど、何この話。保健の授業でもしてるの?したらだいぶ過激な内容だぞこれ。
「つまりはそういう事だ。大事なのは相手の気持ちを汲む事。サクランボの茎が結べたからどうなるわけでもない」
こうして、生徒会によるキステクニックの授業は終了した。
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夜。スマホを触って時間を潰していると、いつも通り圭が隣からやって来て寛いでいるのだが。
「そういえばさっき、おにぃがサクランボの茎を見せてきたんだけど。わけ分かんなかった」
「え」
あいつまさかゼリーを食ってからずっと口の中でサクランボの茎を結ぼうとしていたのか。
あいつ「大事なのは相手の気持ちを汲む事」とかクールぶって言ってたくせに、めちゃくちゃねちっこいじゃねぇか。何時間口の中に茎入れてたんだよ。
「…サクランボの茎結べる奴はキス上手い説。今日そういう話になったんだよ」
「え、まさか放課後からずっと口の中に茎入ってたの?めちゃくちゃ見栄張ろうとしてんじゃん。正直引く」
圭はドン引きしていた。
あいつめちゃくちゃ見栄っ張りだからな。完璧主義者は取り扱いに困るわ。
「八にぃもやったの?」
「ん、まぁな。少なくとも白銀みたいに何時間も掛かっては無いけどな」
「ふ、ふうん……じ、じゃあさ…」
「ん?」
すると彼女はもじもじしながら、こちらに熱を帯びた視線を向ける。
ちょっと待て。これ今日見たぞ。既視感半端ないんだけど。
「わ、私にも……キス、教えて?」
「聞き方も聞いてる相手も違うぞ圭ちゃん」
年下ってヤバい奴ばっか。頼むからそういう男子を誘惑するような行為はやめて?俺じゃない奴にそんなんしたら本当に奪われるから。