かれこれ日が経ち、修学旅行当日となった。
前例通りなら海外に行く筈だったが、毎年毎年海外に行くとなると相当な負担になる。しかし、国内だと生徒からの反発がある。
そんな問題を解消すべく、藤原がある提案を出した。曰く、「修学旅行の行き先をリクエストが最も多い場所にする」と。
海外には国が腐るほどあるから票がバラける。国内であれば、北海道、京都、沖縄辺りになるだろう。中等部の修学旅行は沖縄だったらしいし、この時期の北海道は地獄だ。票がバラければ、長時間移動を嫌う派閥が京都を選び、僅差で勝つという寸法だ。
今更なんだが、あいつって頭良かったんだよな。中身がポンコツのアホ人間なだけで。
そんなこんなで行き先が京都に決まった修学旅行。皆は集合場所である品川駅で楽しみにしながら騒いでいる。
ここで八幡的豆知識をご披露しよう。
修学旅行なんてのは社会生活の模倣だ。上司と出張に行けば、泊まる所も晩飯のメニューも自分じゃ選べない。でも妥協すればそれなりに楽しいんだって、自分を騙すための訓練みたいなものである。
まぁこんな事を考えているのは俺くらいで、皆は修学旅行を楽しみにしている。
俺は知らん奴と班を組む事になったが、基本的に別行動だ。俺が居ては、折角の修学旅行の楽しい気分を害してしまうからな。
「…ハッ」
ニヒルにそう笑うと、周りがざわつき始めた。そのざわつきの元は、すぐ分かった。
四宮が人目を憚らず、早坂にくっ付いている事だ。
四宮と早坂は、あくまで同じクラスメイトという体で接する事にしているらしい。2人の関係が周囲にバレないように。
しかし、あれでは「あんなに仲が良かったのか」と疑問に思う奴が出るに決まっている。
それに、あの2人の表情。どこかおかしいのだ。四宮の表情も、早坂の表情も。
まるで、一緒に居るのが今日で最後のような。そんな様子を醸し出している。何故一緒に居るのか、そんな疑問を抱えたまま新幹線に乗り込んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
京都に到着。移動中の描写は省略した。
俺が1人で景色を見てる姿、一体どこに需要があると言うのだ。そんなもんを読者に見せても仕方ない。
というわけで、ここからは宣言通り単独行動でございます。大体は班行動なわけですが、まぁ溢れ者にそんな概念は無く、ただただ流離うだけである。
「…さて、どこに行こうかね」
面倒な修学旅行とはいえ、折角来た京都だ。巡れる所は巡りたい。単独行動だから、自由度が高いし。
「やっぱお前は1人か」
「…げ」
どうやら溢れ者は俺だけじゃ無いようだ。
「龍珠…」
「よう。どうせ1人なら、一緒にどうだよ」
「や、俺別に1人で良い…」
「よし、周るぞ」
「耳付いてねぇのか」
Cクラスの溢れ者、龍珠桃と一緒に京都を巡る事になった。互いにどこに行くか決めておらず、とりあえずGoogleで京都の有名な場所を検索しながら、巡る事にした。
まず1つ目は。
「渡月橋か」
渡月橋。桂川に架かる橋で、あの名探偵コナンの映画の聖地としても有名になっている。主題歌も渡月橋の名前だし。
「どうせなら夕方辺りに来たかったな」
渡月橋は空が暗くなると、ライトアップするようになっている。その煌びやかな風景に目を奪われてしまう者は少なくないだろう。
とはいえ、京都屈指の観光名所。外が明るかろうが、風情がある事に変わりはない。
折角来たのだ。小町に送ってやろう。そう考え、俺はその見どころのある風景を撮影していく。
「比企谷って、風景を写真に残すタイプなのか?」
「まぁ滅多に来ないからな。それに小町……妹にも自慢してやりたい」
「やっぱシスコンだなお前」
「まぁな」
これは千葉の兄としての立ち振る舞いに過ぎない。シスコンとも捉えられるのは仕方ないが、千葉ではこれが普通なのだ。
「修学旅行なんざつまんねえ行事だって思ってたんだけどな。比企谷と一緒なら、悪くねぇかもな」
「…そうかい。そりゃどうも」
急にそういうのズルくありませんかね。八幡今ちょっとだけドキッとしました。
「じゃ、次行くか」
渡月橋を渡り、その先にある嵐山公園に立ち寄ってベンチに座る。
ただの公園でさえ風情を感じてしまうのは、旅行マジックだったりするのだろうか。
「なんかババアみたいな事してるな私達」
「ババア呼ばわりはやめなさい」
「じゃあジジイか」
「そうじゃねぇ」
俺達はベンチに座ってのんびりと過ごし始めた。修学旅行で大概が歩き周る中、こうしてのんびりと過ごすのは稀の中の稀だろう。
まぁ俺もこいつも、大概とかその他大勢とかから外れる逸材だからな。加えて言うならあんま高校生らしくもない。
「…なぁ比企谷」
「なんだ」
「お前、将来の事とか何か考えてんのか?」
「…どうした急に」
龍珠の突然な問いかけに、俺は少し不思議に思う。
「修学旅行が終わればすぐさま学期末試験だろ。それ終わったら春休みで、3年になれば進路を決め出す時期になる。今のうちから進路を決めてる奴は少なくねぇ」
「…そうだな。将来どうなりたいかは分からんが、少なくとも大学には進学するつもりだ」
「って事は、千葉に戻んのか?」
「あるいはな」
行きたい大学なんてまだ何も決めてないが、個人的には文系に特化した大学を選ぶつもりではいる。理系なんざ俺の人生に必要ないし。
「私はいずれ、親父の跡を引き継ぐ事になる。親父がジジイになりゃあ、下の連中を食わしていくのも一苦労になるからな」
龍珠の親は広域暴力団の組長。暴力団の仕組みはよく分からんが、有能な下っ端か、あるいは実の娘に引き継がせるのが妥当なところだろう。
「…そうか。まぁ頑張れよ」
「それで…なんだが」
「ん?」
「その……もしお前が良いなら、組に来ねぇか?」
「え、は?」
俺今、暴力団にスカウトされたのか?
「ちょっと待て。冗談だろ」
「私が冗談なんざ言うキャラに見えんのかよ」
「…理由は?」
俺は龍珠に理由を尋ねた。
「組っつっても、長のワンマンじゃねぇ。組長の隣には必ず、補佐が必要なんだよ」
「…えっまさか。その補佐になれと?俺が?」
暴力団の勝手なんてよく分からんが、どう考えても俺じゃ務まらない。組長の下で動く人間の方が務まるに決まってる。
「勿論、お前に法を犯させるような真似はさせねぇ。人道を外れた事は絶対に。…私の隣に居てくれれば、それで良いんだ」
「え」
まるで、それはプロポーズとも取れる。その言葉に、俺は彼女の名前すら呼ぶ事も出来なかった。
「…お前の人生だから無理強いはしねぇ。頭の隅にでも置いて、考えててくれ」
龍珠はそう言って、ゆっくりと腰を上げる。
「それじゃあ、次に行くか」
「あ、あぁ…」
俺達は公園を離れ、来た道を戻って竹林の小径に向かった。
竹林の中に入ると、昼であるにも関わらず薄暗い。ライトアップのための灯籠が設置されているが、この灯籠が灯ると幻想的な風景に様変わり。
とはいえ、昼であっても十分見栄えのある景色である事に変わりはない。
「なんか聖地巡礼みたいな事してるな」
「聖地巡礼?」
「俺が読んでるラノベな。奇しくも京都を舞台にした話があるから」
ラブコメ系の修学旅行って大抵京都が多いんだよな。まぁ舞台にしやすい場所ではあるんだろうけど。
「お、丁度良かった。君達、1枚写真を撮らせてくれないか?」
と、修学旅行に着いて来たカメラマンがやって来てデジカメをこちらに向ける。
「ならさっさと撮れよ」
龍珠はカメラに向き合う形で、腕を組んで仁王立ちする。俺は彼女の隣に立って、カメラに目線を向ける。
「…もう少し、笑ったり出来ないかな?」
「愛想笑いなんざ出来ねぇよ。私もこいつも」
「…まぁいいか。それじゃ、撮るよ」
おそらくアルバムに記載する用の写真なんだろうが、やっぱいつまで経っても写真ってのは慣れない。
「これはこれでありかな。…うん、ありがとう!」
カメラマンは礼を言って、竹林の小径を抜けて行く。
「…私達に記念撮影なんて向いてねぇな」
「まぁな」
記念撮影が終わって、俺達も竹林の小径を抜ける。
その後にはトロッコに乗ったり、戻って天龍寺を見物したり。あれこれと京都を堪能していると、日は落ち始めてホテルに向かう時間になった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お前と周る事が出来て悪くなかったよ。ありがとな」
「…そうかい。そりゃどうも」
龍珠らしい礼を言って、彼女は部屋に戻って行く。彼女が去った後、俺はしばらくの間ホテルの中を彷徨いた。
一般客がいるホテルのため、一般客に配慮して17時から19時に終わらせるスケジュールで、1班につき30分前後と決められている。俺の班はまだ入浴時間じゃない。
故に、奴らは部屋で雑談をして入浴時間まで時間を潰している。そんな中に、嫌われ者の俺がズカズカと入り込むのは気が引ける。
そんなわけで、俺は入浴時間までホテルの中を彷徨いて時間を潰しているという事だ。
それはともかく。
「マッカンが無い…」
ホテルの中の自動販売機を探したのだが、俺が愛飲しているマックスコーヒーが販売していなかった。そんなアホな。
「…取りに行くか」
一応、非常用にマッカンを何本か持って来ている。皆が水筒を持って来てお茶や水を飲むように、俺は代わりにマッカンを持って来ていたのだ。
部屋に向かうために、俺はエレベーターに向かった。そこには、風呂上がりの早坂が1人でエレベーターが来るのを待っていた。
「あ、比企谷くん…」
やっぱり妙だ。この間のキス云々の話から思ったが、今の早坂に違和感しか感じない。
「…今日、四宮と一緒だったな」
「かぐや様、クラスで持て囃されてはいるけど友達が居るわけじゃないから。私も一緒の班になれば、サポート出来るでしょ?」
「そうか」
それらしい理由を早坂は述べる。確かに2人の関係性を事前に知っていれば、納得出来る理由ではある。
だが。じゃあ朝のあれはなんだったんだ。
「…間違ってるかも知れないが、1つだけ言っていいか?」
「ん、何かな?」
四宮と別れる事を決めたような、あの表情はなんだったんだ。
「俺の前で、その仮面を付けたの久々だよな」
「ッ!」
俺の言葉に、早坂は目を見開く。そういう反応を取るという事は、俺が指摘した事は間違っていなかったって事になる。
「お前が仮面を付ける時、それは誰かに何かを悟られないためだ。巧妙に作られた仮面ほど、より悟られたくない何かがある。今のお前はまさにそれだ」
「比企谷…くん…」
「…何かあったんだろ」
観念したのか、早坂は顔を俯かせながら小さく頷く。
「…とりあえずアレだ。他人に話を聞かれたくないって事なら、あんま人が居ない所に行くぞ」
結局エレベーターには乗らずに、ホテルの中でもあまり人の居ない場所で彼女の話を聞く事にした。
「…本当、比企谷くんってなんでも分かっちゃうんだね」
「なんでもじゃねぇよ。違和感があったから指摘しただけだ」
「…比企谷くんと出会った時も、私は君に見抜かれたんだよね」
早坂の言葉で、俺は記憶の海に飛び込んで一昨年の事を思い出す。
仮面を被って俺に近づいてきた早坂に対して、108のスキルのうちの一つ、人間観察によって看破した。
『人間、演じていないと愛してもらえない。弱さも醜さも、演技で包んで隠さなければ愛されない。ありのままの自分が愛されるなんて絶対ない。愛されるために、嘘をつくのが人間だから』
あの時の彼女の言葉は、俺は今でも覚えている。
「びっくりしたよ。いきなり"ダウト。お前あざとい"とか言われてさ」
「あんな雰囲気で話しかけてきたら、警戒もしたくなるっつの」
「あはは…」
あれから1年以上が経ったのか。懐かしい記憶なのに、ついこの間の話のような感覚だ。それほどまでに、生徒会に入ったことは俺にとって意味のあることだったということなのだろうか。
それにもし生徒会に入っていなければ、早坂と出会うことは無かったのかも知れない。今こうして二人で話すことも無かったのかも知れない。
「…でもこうして二人で話す仲になるだなんて、比企谷くんも予想して無かったでしょ?」
「まぁな」
「……だから嫌になる」
早坂が小さげにそう独り言を呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。だけじゃなく、その言葉を呟いた彼女の表情が、どこか脆く儚げだった。
「…比企谷くんは」
「ん?」
「なんでそんなに強いの?」
「…は?」
唐突に尋ねた脈絡の無い質問。早坂のその質問には、一体どんな意味が含まれているのだろうか。
「生徒会選挙。風紀委員ちゃんを守るためにわざと嫌われ役になった。そのせいでクラスのみんなも、いや、秀知院の大半が君を敵視してる。私は、人が最も嫌いなことなのは、人から嫌われることだと思ってる」
「…要するに、お前嫌われてるくせに何飄々と学校生活楽しんでんだよメンタルどうなってんだよってことか?」
「言い方。意味的にはそういうことなんだけど…」
小さい頃から嫌われてきた俺に、今更どう思っているかなんて聞かれても、「慣れたから」としか言いようがない。
「知らんやつから嫌われてもどうでもいいしな。害がないならそれでいい」
「じゃあ、身近な人に嫌われたら?」
その問いに、俺はすぐに答えを出せなかった。
人として生きている以上、嫌われるのが常である。だから今まで「どうでもいい」「慣れたから」と思っていた。
だが、身近なやつに嫌われたら。
小町に嫌われたら死ぬしかないのは分かり切ったこと。多分早坂が聞いているのはそういうことでは無いのだろう。
身近なやつ。つまり、生徒会の面々に嫌われたらどう思うか、ということ。
「前に私言ったよね。演じていなければ愛されないって」
「…そうだったな」
「でも、比企谷くんは全部引っくるめて許容する人間もいるって言ってくれたよね」
「…あぁ」
確かにあの時、早坂にそんなことを言った。
許容出来る包容力を持った人間か、またはそいつを理解出来る人間か。いるとすれば、そんな2種類の人間だ。
「比企谷くん」
「ん?」
「今から酷い話をする。君は私に幻滅するかも知れない。嫌わないでなんて贅沢なことは言わない。…それでも」
覚悟を決めたような表情で、こちらを真剣に見つめる。
「私の話、聞いてくれないかな?」
早坂からの願い。どういった話なのかは分からないし、俺には到底理解出来ない超越した内容なのかも知れない。聞く相手を間違えていると突き放すことだって出来るかも知れない。
だが、俺の答えは決まっている。
「…あぁ。分かった」
前に言った。早坂の話を聞くと。
あの時は特別に仲が良いわけでもなかったし、俺でよければ的な意味を含めていた。
だが今回は違う。俺でよければじゃない。俺が聞いてやらなきゃならないんだ。
「…ありがとう」
そこから早坂は、ポツリポツリと話し始めた。
曰く、早坂は四宮の身辺を調査している。というより、そういう命令を下されたとのこと。
四宮の普段の行動言動を始めとして、四宮と一番関わり深い白銀や藤原、俺と石上と伊井野、更には柏木さんなどと、四宮が知り合った人間を片っ端から調査しているらしい。
そしてその情報を、四宮本家に流しているということ。それが四宮にさえ話さなかった、早坂の秘密だった。
「要するにスパイみたいなもんか…」
「…幻滅した?」
彼女は恐る恐る尋ねる。
「…人から何度も裏切られた俺からすれば、別に幻滅する事はない。自分のために動くのは人間の性だからな」
「…比企谷くんらしいね」
「で、どうすんだよ」
「え?」
早坂の秘密を聞いて、俺が何か出来るわけじゃない。こんなスケールの大きい事をすぐに解決なんて出来るわけがない。
しかし、俺は彼女をそのままにしておきたくはない。
「さっき俺がお前に何かあったかって聞いた時、お前が嘘を吐いてでもなんでもないって言ったら、俺はそれ以上聞く気は無かった」
そこまで嘘を貫かれたら、流石の俺も踏み込む事が出来なかった。
「けどお前は話した。それはつまり、"助けてくれ"って事なんじゃねぇの?」
「あ…」
「お前が本当に助けを求めてるなら、俺はそれを拒みはしない」
「なんで…?なんでそこまで……?」
彼女は以前、俺に言った。
『いつか、私を助けてね』
あの言葉を俺は今でも覚えている。
俺はこいつに借りがあるわけじゃない。助ける義理があるかと言われたら微妙なとこだ。
それでも、俺は。
「いつか助けるって約束したから」
「あ……」
彼女と約束した。俺はそれを守る義理がある。
早坂の涙腺が緩み、次第に涙が下へと流れていく。すると、俺に勢いよく抱きついてきた。
「…ありがとう……」
早坂の依頼が明確にされていない。ただ一つ、分かっているのは。
彼女を助ける。それが、俺が果たす義務だ。
…それにしてもラブコメでの京都の修学旅行って、なんでこんなトラブル多いのだろうか。最早これお約束展開ってやつだよね、これ。