やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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比企谷八幡は分からない

 翌日。

 修学旅行3日目。

 

『昨日はありがとう。一緒に周れたら良かったけど、ちょっと戻れなくなっちゃった』

 

 早坂から送られた通知の内容。

 戻れないという事は、修学旅行がキャンセルになったって事か。最悪の場合、秀知院を辞める可能性もあり得るのかも知れない。

 

『だからって一昨日みたいに女の子と2人で周るのはやめてね』

 

 えっちょっとなんで知ってんの?龍珠と一緒に居た所いつの間に見てたんだよ。怖ぇよ。四宮家から逃げたいとか言ってた割にはやっぱちょっと余裕あったよなあいつ。

 

「…はぁ」

 

 俺は溜め息を吐いて、ロビーに向かった。

 今日も最終日ではあるが、どうせ1人旅だ。昨日は忙しい1日だったし、ゆったり周るとしよう。

 

 その前に。

 

「藤原、ちょっと良いか?」

 

「あ、比企谷くん!どうしました〜?」

 

「…昨日はありがとな」

 

 この礼には理由がある。

 昨日、早坂と四宮家の追手から逃げていた時に協力して貰った。ボディーガードが女子トイレで待ち構えられていたら、流石の俺も手出し出来ない。

 結果的にGPSを付けられてしまったが、その場で連れ去られるという最悪の展開を避ける事は出来た。

 

 龍珠はそもそも早坂と接点が無い。四条は家柄上、四宮家の問題に関わらせたら余計に問題が増えそう。早坂の取り巻きはそもそも連絡先知らん。

 だから藤原だ。何気に早坂と一緒に居る事が多く、且つ俺が連絡先を知っている女子。

 

「理由をあやふやなまま話したが、それでも協力してくれた事。助かったわ」

 

「良いですよ、そんなの。私と比企谷くんの仲じゃないですか〜」

 

 これだ。普段バカでアホで間抜けで何考えているか分からない怪物であるが、彼女は他人に優しいのだ。

 だから嫌いになれない。心の底から彼女を嫌う事など、出来ないのだ。

 

「それより、もう大丈夫なんですか?早坂さんは」

 

「…どうだろうな。まぁ少なくともあいつに危険が及ぶ事は無いと思うけど」

 

 早坂と話すのは昨日で最後だったのかも知れない。

 だがそれも仕方ない。もう俺が介入出来る事などない。ここから先は、早坂自身が決める事だ。

 

「…まぁまた分かったら連絡する。とりあえずありがとな」

 

「はいっ!」

 

 藤原に礼を言って、俺は再び1人になり、ベンチに腰を掛ける。すると今度は目の前に四宮がやってくる。

 

「隣、良いですか?」

 

「…おう」

 

 俺の隣に四宮が腰掛けて、話を切り出した。

 

「…昨日はありがとうございました。早坂の事」

 

「や、別に何もしてねぇよ」

 

「早坂が昨日、比企谷くんと2人で周ると言い出した時は驚きましたが……比企谷くんが守ってくれてたんですよね」

 

 守った記憶無いけどな。結局追い詰められて捕まったわけだし。俺なんて腕1本持っていかれそうだったし。なんなら戻ったら逆転してたし。

 

「…早坂はいつも自分を押し殺してきた子なんです。家族のために、私のためにと。あの子の苦しみに私は気付いてあげられなかった。きっとSOSは出していた筈なのに」

 

 四宮に情が湧いた時点で、早坂は四宮家のスパイをやめたくなったんだろう。

 でも言えなかった。言ってしまえば、四宮を裏切る事になる。四宮に嫌われてしまう。それでも、早坂は情報を流し続けた。それが逆らえない命令だったから。でも、四宮を裏切る真似はしたくない。

 

 いつからか、そんな葛藤で苦しみ続けたのだろう。

 

「…それを言い出したら俺もだろ。あいつとそこそこ関わりがあるのに、気付く事が出来なかったんだから」

 

『いつか、私を助けてね』

 

 もしあの段階から、もう少し聞いていたら結末は違っていたのかも知れない。

 

『もう私が居なくても、かぐや様は大丈夫』

 

 あれだって、今思い返せばヘルプサインだった。

 早坂は誰にも悩みを打ち明けず、ずっと1人で苦しんでいた。俺に言う事すら躊躇ったぐらいなんだから。

 

「…早坂は私から解放されて、自由になって、これからどこに行くのでしょうか」

 

「…さぁな。でも自由って事は、あいつが今したい事が出来るって事だろ。ならあいつは自由を楽しめば良いし、お前はお前で白銀と修学旅行を楽しめば良いんじゃねぇの?」

 

「…それもそうですね」

 

 もう早坂を縛る物は何も無い。これからは、あいつ自身のために生きていく事だろう。

 

「早坂の幸せを願う事が、今私がしてやれる事なんでしょうね」

 

 …良い主に巡り会えて良かったな、早坂。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「修学旅行でも目の前でイチャつかれると楽しめなくなるわよね〜」

 

 一昨日は龍珠。昨日は早坂。そして3日目の今日。

 俺の前に現れたのは、瞳から光を失っている地雷女、四条眞妃。きっと昨日も一昨日も翼くんと柏木さんのラブラブっぷりにメンタルがやられたんだろう。

 

「ねぇ知ってる?」

 

 何、豆柴?

 

「修学旅行って、本当は社会生活の模倣なのよ。上司と出張に行けば、泊まる所も晩飯のメニューも自分じゃ選べない。けれど妥協すればそれなりに楽しいんだって、自分を騙すための訓練みたいなものなの。だから修学旅行に理想なんて抱いちゃいけないのよ」

 

「うわ…」

 

 ダメだこの女。早くなんとかしないと。

 

「どうせ1人でしょ?死神に誘われた哀れな子羊を癒す必要があんたにあると思うんだけど、そこの所どう思う?」

 

 こいつ怖い言ってる事怖い。もう可哀想。柏木さんちょっとぐらい空気読んであげて?オーバーキルも良い所だ。

 

「…へいへい。付き合いますよ」

 

 修学旅行3日目。爆発寸前の地雷を備えた四条家のご令嬢、四条眞妃と共に京都を巡る事となった。

 

「そういえば昨日、大丈夫だったの?」

 

「?何がだよ」

 

「藤原が言ってたわよ。八幡の親戚が車のアクセルとブレーキを踏み間違えて事故ったって」

 

「なんだそれは」

 

 あいつ周りに何言ってんだ。ちょっと見直したと思ったらこれだよ。周りを掻き乱さなきゃ気が済まんのか。

 

「…昨日は個人的に少し忙しかっただけだ。そんなニュースになりそうな事故するわけないだろうが」

 

「他にも、妹がモンゴルに行って遊牧民になったとか、母親が実は有名Vチューバーとか言いふらしてたけど、あれ全部ガセネタなの?」

 

 あいつマジ一回ぶん殴らなければならないようだ。何その特殊な噂は。

 小町が遊牧民になってたら俺も一緒になってるっつの。母ちゃんが実はVチューバーとか嫌すぎる。

 

「全部違う。1つも合ってねぇよ」

 

「それじゃ、なんだったの?」

 

 早坂の件は藤原にでさえ黙っている。一応、また今度話すとは言ったが、今はあまり話すわけにはいかないしな。

 

「…まぁ、また追々話す」

 

「…そう。なら良いわ」

 

 四条は納得し、追求するのをやめた。昨日の件から話を変えて、四条は俺に尋ねて来る。

 

「あんたって、好きな人は居ないの?」

 

「…どうした急に」

 

「私が翼くんの事を好きだったのは知ってるでしょ?けど逆に、私は八幡の好きな人が誰なのか知らないのよ」

 

「…別にそんな奴居ねぇよ」

 

「そう?あんたの周り、結構曲者揃いじゃない」

 

「その理屈だと、君も曲者の1人なんですが」

 

 …正直なところ、分からないのだ。思い当たる節は、無い事はない。

 

 伊井野は俺に依存している。入学式で助けた上に、甘やかし過ぎたせいもあるだろう。だが裏を返せば、俺でなくとも彼女は誰かに甘やかされていれば依存していたのではないか。

 

 早坂は、同じクラスで話す回数が他の奴より多いだけ。だがそれでも、あいつと友人かどうかすら分からない。けれど他の奴より近い距離に居る。

 

 龍珠に至っては一緒のクラスでも無ければ、生徒会が一緒というわけでもない。偶に一緒に屋上で昼飯を食べて、ゲームをするような関係だ。それを友人と言えるのか分からない。

 

 妙に懐いてくる圭はそもそも同じ高校生ですらない。毎日のように夜に俺の部屋にやって来るが、圭が懐いているのは俺が近所のお兄さん的ポジションだからではないのか。

 

 ずっとただの勘違いだと自分に言い聞かせて来た。

 人への好意より、人への悪意の方がずっと信用出来る。だから好かれているのは勘違いなのではないかと思っていた。

 

 しかし、今ではよく分からない。何が正しいのか、何が間違っているのか。

 

「八幡の立場を理解出来るわけが無いから偉そうに言えないけど、どんな選択をしてもあんたの選択だから。他から間違って見えていたとしても、あんたの納得がいく選択なら、それは間違っていないと思うわよ」

 

「四条…」

 

「…結局偉そうな事言ったわね。かく言う私も、間違いばかりだったから付き合えなかったんだろうけど」

 

「それは翼くんの見る目が無かっただけだ」

 

 もし翼くんより早く出会っていたら、きっと四条に惚れていたかも知れない。そんな仮定に意味は無いけど。

 俺がきっぱりと断言したその言葉に、四条は目を見開いていた。

 

「わ、悪い。別に翼くんを貶すつもりとか、柏木さんを選んだのが間違いだとか言うつもりがあったわけじゃなくてだな…」

 

「…別にそんな事、気にしなくて良いわよ」

 

 翼くんの事になると四条の人格が豹変するため、やってしまった感があったが。それでも彼女は優しく微笑んでいた。

 

「そうね。もしあんたが誰とも付き合わないなら、私が貰ってあげても良いわよ」

 

「…へ?」

 

「むしろ間違っちゃった方がお得だと思わない?」

 

 こいつ自分が何言ってるのか分かってるのだろうか。今のは勘違いしても仕方ない発言だったぞ。

 

「青春って、案外間違った方が良いのかも知れないわよ」

 

 そう言って、四条は先に歩いて行く。そんな彼女の背中が、どこか勇ましく見えてしまった。

 

 全く、カッケェな。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 俺と四条の京都を巡る旅が始まった。

 とは行きたい所は互いに無かったため、昨日世話になった土産屋さんに向かって土産を購入した。

 

「さっきの店主、知り合いなの?」

 

「あぁ。恩人だ」

 

「どういう関係よ」

 

 ちゃんとお礼もしたし、土産も買った。またどこかで会いましょう。名も知らぬお爺さんよ。

 

 その後、ホテルに戻る時間まで四条と共に京都を巡った。巡る途中、藤原に出会うと先程のガセネタを問い詰め、翼くんと柏木さんを見かけると四条が死んだような目でこちらを見てきて、龍珠に遭遇すると殺気を向けられた。

 

 この修学旅行、ある意味思い出に残ると言えるだろう。初日こそ龍珠と平和に巡ったものの、2日目は四宮家と京都を舞台にした逃走中を行い、3日目は地雷装備のご令嬢と共に旅をする。

 

 濃い。思い出の内容が濃い。

 

 そんな修学旅行の3日目も夜を迎えた。夕食を済ませた皆は、友人の部屋に赴いたり、売店でお土産を購入していたり、最後のホテルでの時間を過ごしていた。

 

 俺は見ての通り、就寝時間になるまでホテルのどこかでスマホを弄って時間を潰しているわけだが。

 

「今日は四条のご令嬢と周れて楽しかったか?」

 

 隣でジャージ姿の龍珠が居ます。風呂上がりだからか、普段被っている帽子を外して。

 

「昨日はお前のクラスの早坂、そんで今日は四条。お前女を取っ替え引っ替えしてんな」

 

 捉え方次第ではそう見えてしまうため、反論出来ない。

 

「比企谷って、意外と浮気性なのかよ」

 

「そんなわけないだろ。いや付き合った事無いから知らんけど、少なくとも浮気はしない。というか前提としてそんな相手も居ない」

 

「どうだろうな。お前って、案外押せば崩れるタイプだし。強引に押されたら、他の女に尻尾振っちまうんじゃねぇのか?」

 

 龍珠の辛辣なコメントが、グサグサと俺のハートに突き刺さる。

 

「私なら絶対にさせねぇ。ボコってでも、私の言う事を聞かせてやる。浮気なんて絶対させねぇ」

 

「ボコるのはやめてあげて?可哀想」

 

 龍珠の場合、組の力を使って浮気相手を襲撃してそうで怖い。俺なら迷わず土下座して奴隷に成り下がるレベル。

 

「浮気しようとする奴に情けなんて要らねぇんだよ。浮気さえしなけりゃ良い話なんだ」

 

「まぁその通りだけども」

 

 龍珠って結構重いタイプだったのか。

 まぁ人を好きになるんだったら、軽い方より重い方がちゃんと愛が伝わるから良いとは思うんだけど。

 

 というかよくよく考えたら、周りの女子って愛が重い奴多くない?

 藤原が白銀にベタベタ触れていた時、四宮は暗殺者の目してたし。四条が翼くんに片想いしていた時、略奪まで考えていたし。伊井野は知っての通りだし。柏木さんはなんか知らん間に病んだし。

 

「…つうか今更なんだが、お前1人で何やってたんだ?」

 

「本当今更だな」

 

 俺は1人で過ごしている経緯を龍珠に話した。

 

「なら私の部屋来るか?今同室の連中違う部屋行ったしよ」

 

「いや行かんだろ」

 

 龍珠が良くても俺良くないし。万が一、他の女子に見つかったら先生に通報された上に警察にまで通報されて豚箱行き確定になるぞ。

 

「私は別に気にしないぞ。比企谷が来たからって」

 

「気にしろ気にしろ。色々気にしろ」

 

 この子に一度、倫理観の授業を受けさせた方が良いと思います。道徳の授業ってやっぱり必要なんだな。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 京都の3泊4日の修学旅行は終わり、皆はそれぞれの家に帰った。俺と白銀は同じアパートに住んでいるため、一緒に帰宅する事に。

 

「じゃあな、比企谷。また明日」

 

「おう」

 

 アパートに到着し、俺は部屋の鍵を開けて中に入る。お土産やキャリーケースを壁際に置いて、俺は制服姿のまま床に寝転んだ。

 

「…明日ぐらい休みにならんのかね」

 

 残念ながら明日は学校がある。いっその事、体調不良と言って休んでしまおうか。

 だがしかし。事情を知った伊井野が看病しに来るとか言いかねない。仮病ってバレたら余計に面倒な事になりそうだからやめよう。

 

 そんな事を考えていると、スマホが小刻みに揺れる。開くと、伊井野からラインが入っていた。

 

『比企谷先輩おかえりなさい!京都楽しかったですか?』

 

 なんで今帰って来た事知ってんのこいつ。何、千里眼でも持ってんの?早坂といい伊井野といい、なんでそんな人間離れした勘持ってんの?

 

「…まぁ後で良いか」

 

 疲労が溜まった修学旅行。ずっと歩き続けていたわけだから、特に脚の負担が凄い。

 仮眠を取って休むとしよう。最悪、夜飯はコンビニ飯で済ませよう。そう決め込んで、俺は目を閉じた。

 

『比企谷くん』

 

 …目を閉じると、早坂の姿を浮かべてしまう。

 

 それなりに長い付き合いではあった。最初の出会いは、ある意味印象に残る出会いだったが、それから話す頻度が増えていった。

 それなりに話した人間が居なくなると、どうにも違和感が拭えない。1週間や2週間もすれば慣れてしまうのだろうが。

 

 達者でやってると良いな。

 

「…ん?」

 

 すると、インターホンが鳴る。夕方の6時であるが、こんな時間帯に一体誰だ。圭が遊びに来たのだろうか。

 

 そう思って、扉を開けると。

 

「あ……」

 

 前より短くなった金色の髪に、澄んだサファイアの瞳。何より、いつぞや俺が誕生日に贈った髪留めを付けている。

 

「は、早坂……」

 

 髪型はかなり変わったが、間違いない。目の前に居る彼女は紛れも無い、四宮かぐやの近侍の早坂愛だ。

 

「比企谷くん……」

 

 すると、彼女は突然抱きついて来た。その突飛的な行動に、俺は挙動不審に陥る。

 

「えっちょ、は、早坂っ?」

 

「ありがとう。私を助けてくれて、ありがとう」

 

 ただ感謝を告げるためだけに抱きついて来た早坂。感謝の意が込められた言葉。今の俺に、突き放すという行動は出来なかった。

 

 助けてくれてありがとう、か。

 

「早坂…」

 

 1つ、言っておきたい事がある。

 

 俺何もやってないよ?いや本当に。なんなら足引っ張ってたんじゃないかって思うレベルだよ?

 

「君のお陰で、私は自由になれた」

 

「…良かったな」

 

 何もしてないけど。

 

「これからはかぐやの近侍の早坂でもスパイの早坂でもなく、私自身、早坂愛として生きていくから」

 

「…そうか」

 

 何やら決意したようだが、何度も言ってやろう。俺何もしてない。

 

「比企谷くん……いや、八幡。これから改めて、よろしくね」

 

「…おう」

 

 何がどうなってんのかさっぱりだが、状況的に考えて早坂が学校に来るという事なのだろう。

 

 まぁ、これはこれで良かったんかな。

 

「あ、それと」

 

「ん?」

 

「昨日誰と周ったのか、教えて?」

 

 …良かったんかな、これ。

 

 

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