やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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秀知院はホワイトデイ

 

「出来た。…には出来たんだが」

 

 ホワイトデー前日の夜。彼女達ほどの家事スキルを持っていない俺が頑張って作った手作りのクッキー。当たり前だが変な物は入れていない。

 

 明日には渡すわけなんだが、どうにもチキってしまいそうだ。昼休みに屋上行って龍珠に渡してから、ベストプレイスに行って圭に渡せば良い。伊井野や大仏は生徒会が始まる前に渡す。

 

 問題は、早坂と四条、そして藤原だ。

 

 同じクラスの早坂は、周りにカースト上位の女子が居る。四宮と2人の時ならまだ渡せそうだが、そう簡単にいくわけがない。

 そして四条に関しては、別クラスだ。休み時間に他クラスに行って「四条呼んで貰える?」みたいな事言ったら、間違いなく注目される。

 藤原は生徒会で渡そうと思えば渡せるのだが、確か四条と同じクラスだった筈だ。わざわざ四条だけ先にクラスで渡して、後になって藤原に渡すのはおかしな話だ。

 

 ただでさえ俺の評判はあまりよろしくないのだ。四条や藤原を呼んで面倒な事になるのはなるべく避けたいのだ。だからと言って、渡さないわけにはいかない。

 

「…明日になって考えれば良いか」

 

 どのみち渡す事は決まってるんだ。今更チキって渡さないなんて選択肢は無い。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 3月14日。ホワイトデー当日。

 別に誰か告白するわけでも無いのに、なんだか緊張してしまって腹痛を起こしそうだ。初心かよ。

 

 まず最初に渡す相手は、早坂だ。クラスが一緒だし、早く渡しておくに越した事はない。そう決めた俺は教室に向かい、自分の席に着いて彼女を待っていた。

 

 そうして待っていると。

 

「八幡、おはよう」

 

 と、早坂が挨拶をする。俺は端的に挨拶を返して、鞄の中からお返しを取り出した。

 

「前のバレンタインのお返しだ。お前ほど上手く作れたわけじゃないが、貰ったままは気が引ける。そんなわけで」

 

 彼女にラッピングされた手作りクッキーを差し出す。瞼をパチパチと瞬きさせていたが、少しして微笑み、受け取る。

 

「上手く作れていなくても、八幡の手作りなんて嬉しいよ」

 

「…そうか」

 

 そう言われてしまうとなんだか少し照れ臭くなったので、咄嗟に早坂から目を逸らした。

 

「でもさ、八幡は他の女にもチョコ貰ってるよね。私と同じクッキー渡すの?」

 

「…まぁ。そうなる、けど」

 

「ふうん。でもね、八幡。私そんなの…」

 

 早坂は俺の耳元に顔を近づけて。

 

「納得いかないよ」

 

 温かい吐息と共に冷たい声色で囁かれた早坂の言葉。

 

「私が八幡にあげたチョコと、他の女のチョコは同価値じゃない。なのに公平のためか、みんなに同じクッキーを渡すなんて納得いかない」

 

「…じゃあどうしろって言うんだよ」

 

 確かに彼女達から貰ったチョコは同価値じゃないかも知れない。でも俺は世間一般のホワイトデーのお返しを贈ったのだ。納得出来ないのは仕方ないが、他にどうしろと言うのだろう。

 

「春休み。私と2人でどこかに行こうよ。旅行にでも行ってさ」

 

「2人で旅行って…」

 

 それはダメだろと言おうとしたが、早坂は何故か俺が四条とインド旅行に行った事を知っている。ダメだと言っても、結局この話を出されて押し切られるに違いない。

 

「…分かった。それでバレンタインのお返しになるか?」

 

「うんっ、最高のお返しだよ」

 

 早坂は「クッキーは休み時間にでも食べるね」と言って、自分の席に向かった。

 

 まず、早坂に渡す事は出来た。全然無事に済まなかったが、まぁ良いだろう。

 次が1番渡すのが難しい、四条と藤原だ。他クラスの人間が四条と藤原にクッキー渡すんだぞ。絶対注目されるだろ。

 

 そうこうしているうちに、朝のホームルームが始まり、1限目も始まってしまった。その1限目が終わった後の休み時間。

 

「…渡すしかないか」

 

 腹を括るしかねぇな。目立ってしまう事になって悪いけど、あいつらには少し付き合ってもらうしかない。

 俺は四条と藤原の分のクッキーを持って、2人が居る隣の教室に向かった。

 

「あ、比企谷くん。どうしたの?」

 

 そこで、教室から出て来た柏木さんと翼くんに出会した。そういや、この2人も同じクラスだったんだっけか。

 

「四条と藤原呼んでもらえる?」

 

「え?良いけど…」

 

 柏木さんが教室の中に戻り、四条と藤原を呼び出す。

 

「比企谷くんって、実際の所誰が好きなの?」

 

「何急に」

 

 翼くんが唐突にそんな話を振ってきた。

 

「だってさ、比企谷くんを時々見かけたりするんだけど。いつも女の子と一緒じゃん?しかも見るたび違う女の子だし」

 

「気のせいだろ。そんな思い当たるもんが…」

 

 俺は今までを振り返って見る。

 …うん。あり過ぎる。あり過ぎて逆に困っちゃう。最近むしろ1人で居る時間が少ないなって思うし。

 

「…無い」

 

「そうなの?比企谷くんって意外に鈍感なんだ」

 

 バカ言うな。俺は敏感だ。敏感で過敏で、神経質なんだよ。

 鈍感で女の子といつも一緒だと?なんだその典型的なラブコメの主人公は。俺はそんなリア充じゃねぇ。

 

「比企谷くん、連れて来たよ」

 

「ども」

 

 2人を連れて来た柏木さんは、翼くんとどこかに向かった。休み時間10分しか無いのに2人でどこ行くんだろうか。

 

「で、何の用なの?」

 

「比企谷くんがわざわざウチのクラスに来るなんて珍しいですよね?」

 

「用があるから来たんだよ」

 

 俺は制服のポケットから2人分のクッキーを取り出し、それを差し出した。2人は早坂同様、瞼をパチパチしていた。

 

「今日が何の日くらい分かるだろ」

 

「…八幡、これ…」

 

「て、手作りですか!?」

 

「…貰った物は返す。当たり前の事だ」

 

 四条からは手作り、藤原からはきのこの山を貰った。藤原に関しては市販のクッキーでも良い気はしたが、どうせクッキーを作るのだ。無駄に金を消費させるのは勿体ない。

 

「不恰好なクッキーね。国1つと見合うようなクッキーじゃないわね」

 

「そんな手作りクッキーあってたまるか」

 

「ふふっ、冗談よ。…ありがとう、八幡」

 

 四条は微笑みながらクッキーを受け取った。

 この子って本当良い子過ぎる。良い子なのに報われないとか可哀想過ぎる。いつか俺が貰っちゃうよ?良いの?

 

「私も良いんですか?だって私があげたのって…」

 

「クッキーを作るつもりでいたからな。わざわざ別で市販を買う意味が無い。それだけだ」

 

「比企谷くんらしい理由ですけど……まぁ良いです。ありがたくいただきます!」

 

 良し。1番渡すのに苦労しそうな2人にすんなり渡す事が出来た。後はさっさと去るだけだ。

 

「用は済んだ。じゃあな」

 

「待ちなさい」

 

 さっさと自分の教室に戻ろうとすると、四条に学ランの襟を掴まれてしまう。

 

「藤原、あんたは席に戻ってて良いわよ。私、八幡に話があるから」

 

「え?あ、はい」

 

 頭に?マークを浮かべていそうな表情をしながら、彼女は自分の席に戻って行った。

 

「藤原にも渡したって事は、バレンタインで藤原からチョコを貰ったって事よね。何貰ったの?」

 

「きのこの山、だけど…」

 

「そう。私、八幡に手作りを渡したわよね。なのにお返しが藤原と同じなんて、失礼だと思わない?」

 

 なんだこれデジャヴか。似たような状況、ついさっきもあった気がするんだけど。

 

「別に藤原に渡すなとは言わないわよ。けれど、もう少し私に何かお返しがあっても良いんじゃないかしら?」

 

「…つっても、手作り以外に何を返せって言うんだよ。国を差し出すなんて無理だぞ」

 

「そうね。なら、心の広い私が譲歩してあげる。チョコと同じく八幡からいただくのは…」

 

 四条の顔が急接近し、そして耳元で。

 

「あんたの時間よ」

 

「ッ…!」

 

 俺は四条の囁きに肩を振るわせる。

 何?更なるお返しを求める時には囁きも一緒になって付いてくるの?というか、四条ってこんな小悪魔みたいな事してくるのな。

 

「あんたのために作ったわけじゃ無いけど、だからと言って藤原と一緒のお返しと言うのも納得出来ないから。良いわよね、八幡?」

 

「…俺の時間って?」

 

「簡単な話。休日1日、私に付き合ってくれればそれで良いの。国1つに比べれば、かなり譲歩した方だと思わない?」

 

 比べる物が違い過ぎるがな。

 こうなったらもう否定する事は出来ない。なら抗うのは無駄だ。大人しく従うしかない。

 

「…また連絡してくれ。多分大体予定は空いてるから」

 

「それで良いのよ」

 

 なんだか嬉しそうにする四条。こっちは休みの日返上で付き合わなきゃならないというのに、何を喜んでいるんだ。

 

「じゃあ、俺は教室に戻るから」

 

「えぇ。またね」

 

 俺は四条と別れて、教室に戻った。

 

 また面倒な約束を交わしてしまった。早坂や四条と一緒に出かける事自体に嫌悪感を抱くわけじゃない。ただただ外に出るのが面倒なのだ。

 いつ誘われるか分からない早坂や四条との予定に億劫になりながら、俺は午前の授業も適当に過ごしていた。

 

 そして4限目が終わり、昼休みになる。

 

「次はあいつらか…」

 

 ベストプレイスで待っている圭には、少し遅れると連絡した。ベストプレイスに行く前に、行かなきゃならない場所がある。それは。

 

「龍珠」

 

 屋上だ。屋上に居るであろう龍珠に用があった。案の定、龍珠は寝袋に包まれながらゲームをしていた。

 

「おう比企谷。なんだ、屋上で食べんのか?」

 

「違う。これをお前に渡しに来ただけだ」

 

 手作りクッキーを、寝転んでいる彼女に渡した。受け取った龍珠は、色んな方向からクッキーを眺めていた。一頻り見回すと、ジト目でこちらに視線を向ける。

 

「どうせ、他の女にもこうやって渡してんだろ」

 

「や、まぁそうだけども…」

 

「フン…まぁ良い。受け取ってやるよ」

 

「そりゃどうも」

 

 龍珠には渡した。昼休みに渡すのは、後は圭だけだ。

 

「じゃ、俺行くわ」

 

 渡し終えたし長居は無用だと思った俺は、屋上から去ろうとしたのだが。

 

「ちょっと待てよ」

 

 後ろから龍珠の止める声が。振り向くと、いつの間にか寝袋から出ていた。

 

「お前、義理含めて何個貰った?バレンタイン」

 

「…お前含めて7個だけど」

 

「って事はあれか。お前私含め7人共に手作り渡すってのか。そりゃ大変だな」

 

 そう言いつつ、龍珠は俺に近づく。徐々に距離を詰めて、ついには彼女の身体が当たる所まで縮まり。

 

「ざけんな」

 

 …またこれか。3度目だぞ。ちょっと耐性が付いちゃったよ。ちょっとだけだけど。

 

「私の手作りがお前にとって他の女と同じ価値だと。ざけんじゃねぇよ」

 

「…悪い」

 

 再三言われたが、確かに彼女達に失礼だと思う。けれど、俺はトップカーストに居るような男子の立場になった事無いし、どうすれば良いか分からないのだ。

 

「悪いと思うなら端からすんじゃねぇ。…でもそうだな。今から私の言う事に従えば、私はお前に文句言わねぇ」

 

 だと思った。多分このやり取り、後2回あるんだろうな。

 

「近い休みの日、私に付き合え。それで良い」

 

「もう、はい。喜んで」

 

 なんかもう抗うのすら面倒になってきた。

 怖いというよりも、同じ要求をなんどもしてくるこいつらに対して若干呆れていると、ポケットに入れているスマホが震えた。スマホを取り出して画面を確認すると。

 

『他の女の人と居るの?』

 

 圭からのメッセージだ。要求より今1番怖ぇよ。これ以上待たせると色々とまずそうだぞ。

 

「じゃあ俺行くから。行く日決めたら連絡してくれ」

 

「…フン。とっとと行っちまえ」

 

 屋上を後にして、我がベストプレイスに向かった。やはりそこには、1人で俺を待っている圭が座っていた。

 

「…やっと来た」

 

「悪い。遅れた」

 

「遅れた理由、どうせ女の人絡みでしょ?」

 

 その通りです、はい。なんで何も言ってないのに分かっちゃうんだろう。早坂然り、圭然り。本当エスパーかよ。もう占い師とかやった方が良いんじゃないの?

 

「八にぃが悪いわけじゃないから許してあげるよ。さ、早く一緒に食べよ?」

 

「お、おう…」

 

 圭は隣に空いているスペースに手で叩き、暗に隣に座れと言わんばかりの圧を送ってくる。隣に座ると、圭は今よりもっと距離を詰め、肩と肩が密着したのだ。

 

「…この間のバレンタインのお返しだ」

 

 密着してるせいで身動き取りづらい俺は、手作りクッキーを圭に差し出した。

 

「これ、八にぃの手作り…?」

 

「まぁな」

 

「…嬉しい…」

 

 圭はそう言って、クッキーを受け取った。ラッピングされたクッキーを取り出して、口内に運ぶ。咀嚼し、飲み込むと。

 

「美味しい、美味しいよ八にぃっ」

 

「…そうか。なら良かった」

 

 今まで渡すだけ渡して味の感想を聞いていなかったが、これが本音であるなら、俺の料理スキルはそこそこあると思う事が出来る。

 

 それはさておき、何か要求されるのだろうか。

 なんでも来やがれ。そう身構えていたんだが。

 

「?どうしたの?」

 

 全然そんな素振りをする気配が無かった。ただの杞憂か。なら良かった。

 

「…なんでもねぇよ」

 

 先程の彼女達のように何か要求されると思ったが、無さそうで良かった。最近、圭の様子もおかしく見えてきたりしたからな。人の妹におかしいとか言うのもなんだけど。

 

 結局その後は何の要求も無く、平和に昼休みが終わった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 時間が経ち、放課後になる。俺は生徒会室に向かう前に、伊井野と大仏を探し始めた。今の時間帯だと、あいつら2人一緒に居る可能性がある。

 

「…あ」

 

 適当に廊下をほっつき歩いていると、予想通り伊井野と大仏が2人一緒に居る所を目撃した。

 

「伊井野、大仏」

 

 背後から俺は2人に声を掛けた。

 

「あ、比企谷先輩」

 

「どうしたんですか?生徒会の時間では…」

 

「お前らにこれ渡しておきたくてな。前のバレンタインのお返し」

 

 鞄から伊井野と大仏に渡すクッキーを取り出した。2人揃ってクッキーをまじまじと見つめた。

 

「…比企谷先輩って手作りクッキーとか作れたんですね。なんか意外」

 

「俺でもそこそこの出来だと思う。味は多分大丈夫だ」

 

「というか、私ブラックサンダーをあげただけなんですけど。良いんですか、こんなの貰って」

 

「別に構わねぇよ。貰った事に変わりないし」

 

「じゃあ遠慮なくいただきます。ありがとうございます」

 

 大仏は礼を言って受け取る。一方で、伊井野は。

 

「…伊井野?」

 

 なんだか様子が変だ。もしかして進化でもするのだろうか。

 

「…やった…比企谷先輩は私を嫌ってなかったんだ…良かった…」

 

「え」

 

 俺いつの間にか伊井野を嫌ってる設定になってた。

 伊井野って結構情緒が不安定だから、そういう被害妄想が過ぎる時もあるのだろう。

 

「比企谷先輩、これは家宝にします。ずっと、ずーっと私の部屋に飾ります」

 

「いや食べて?腐るから食べて?」

 

 何お前人のクッキーを家宝にして飾ろうとしてんだよ。捨てるよりタチ悪い事してるじゃねぇか。

 

「…まぁ良いや。とりあえず、それ渡したかったから引き止めただけだ。じゃあな」

 

 俺は彼女達に背を向けて、生徒会室へと向かった。

 結局、伊井野にも何も要求されなかった。代わりにクッキーを家宝にされそうだったけど。

 

「…比企谷先輩の愛が込められたクッキーだ…」

 

 なんか後ろで伊井野が言っているが、聞こえなかった事にしよう。聞き逃すほどの難聴系男子では無い。が、時に聞き取るのがちょっと嫌な事もあるのが健聴系男子の特徴だよね。

 

 喜んでいるようだから別に嫌では無いのだが、伊井野の受け取り方が一々重い。GODIVAの代わりが手作りクッキーで喜ぶあたり、愛に飢えているのが改めて分かった。

 

 伊井野と共に居るのも1年しか無い。俺が卒業すれば、伊井野はどうなるのか。そこだけが疑念に残った。

 

 


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