やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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石上優は伝えたい

 

 ついに卒業式がやってきた。

 生徒会だから当然、卒業式に参加しなければならない。誰か見送りたい先輩が居ない俺からすれば、そこまで涙腺が緩む程のイベントじゃない。

 

 だが、個人的に見届けたい人間が居る。それは後から分かるが、今日という日は()の人生の分かれ道と言っても過言では無いのだ。

 その決行時間は、大仏からの連絡で分かる事だ。それまで俺は卒業生達が別れを惜しむ様子を見ていた。

 

 遠目から見ていると、藤原ともう1人の女子が卒業生に対して何か訴えていた。

 

「絶対嫌だ!メガ子、なんで卒業するのさ!」

 

「今からでも留年しましょうよ!」

 

 無茶な要求してる。

 まぁ気に入った先輩だからこそ、まだまだ一緒に学校生活を謳歌したいという現れなんだろう。そんな先輩が居ないから分からないが、一般人はそう思うのが普通なのかも知れない。

 

「いやぁ…流石に3年生を3回目はねぇ…。もう留年したくないかなぁ…」

 

 1度してるんですねメガ子先輩。1回留年してるって中々メンタル強い先輩だな。

 

「だって懲りずにずっとゲームしてたじゃん!大会に向けてFPSやり込んで……てっきり今年もダブるものだと!」

 

 メガ子先輩凄ぇなさっきから。留年するわ、大会に出場するわで。秀知院に入学して初めて見た人だけど。

 

「まさかプロ相手に12キル取って優勝するとはさ」

 

「春からプロ入りだもんね」

 

「私もまさか就職先がゲームチームになるとは思わなかった」

 

 凄い所の話じゃなかった。

 まさかのプロゲーマーかよ。なんで2年経ってそんな情報が流れてくるんだよ。

 

「スポンサーも付いちゃったから流石に卒業しないとね……。おじいちゃんが校長じゃなければヤバかったかも」

 

 えっメガ子先輩のおじいちゃん校長?よくポケモンGOしてるあの爺さんが先輩の校長?何その衝撃事実。メガ子先輩の家系一体どうなってんだよ。

 

「…秀知院やっぱり恐ろしいな」

 

 2年経ってもこの学校にはまだ慣れない。俺ですら慣れない学校に小町が入学してくる事に、少し心配になっちゃうお兄ちゃん。

 

「…まだ連絡は無しか」

 

 今の間に、自販機にでも行って喉を潤しておこう。一旦騒がしい場を離れて自販機に向かい、缶コーヒーを購入した。

 

「…はぁ」

 

 冷えた缶コーヒーを飲んで、俺は大仏からの連絡をしばし待つ。

 正直、俺からすれば先輩達が卒業しようがどうだって良い。先輩達の旅立ちより、彼の成功を見届けたいのだ。

 

 それがあいつの先輩としての、せめてものの役目だからだ。

 

「…来た」

 

 俺は大仏からの連絡を確認し、今すぐ大仏の所に向かった。指定された場所に向かうと、そこには四宮も居た。

 

「比企谷くん…?何故貴方まで…?」

 

「…あいつの勇姿を見届けてやりたいからな。どう転ぼうが、あいつを支えるのが先輩としての俺の役目だ」

 

「…そう」

 

 俺達は陰からあいつが、石上優が告白する所を見守っている。

 相手は勿論、子安つばめ先輩。幾度となく、石上が世話になった先輩であり、彼の想い人だ。

 

「つばめ先輩。改めて言葉にします」

 

 石上は一息吐き、そして。

 

「僕と付き合ってください」

 

 告白する。

 

「つばめ先輩が好きです。付き合ってください」

 

 …やりやがった。

 石上は子安先輩に告白した。気を衒うような言葉ではなく、ただ好きだという想いを彼女に伝えた。

 

 しかし。

 

「ごめんね」

 

 子安先輩は、一言。石上の告白を断った。石上の想いは、子安先輩に届かなかった。

 遠目から見ているから確信出来るわけではないが、子安先輩の表情は今にも崩れて泣き出しそうだ。

 

 それほどまでに、少なからず子安先輩の中で石上の存在が大きくなっていたのだろう。

 

 告白すればどう転ぼうが関係性は変わってしまう。振れば互いに気まずくなり、疎遠になってしまう事なんてあり得る話だ。

 しかし子安先輩は人と人との関係を大事にしている。今の石上との関係が、彼女にとって心地良いものなんだろう。

 

 その心地良いものを壊す事を、子安先輩は恐れていたのだろう。

 

「…終わったみたいね」

 

「まだです」

 

 四宮はそう決めつけるも、大仏はまだ諦めていない様子でいた。

 

「足掻け。足掻け石上」

 

「何言ってるの。もう終わったのよ。勇気を振り絞った彼に、惨めに縋り付けと言うの?」

 

 大仏の様子に四宮は納得いかず、思わず口を出した。

 

「惨めだからなんですか?何のために、石上は今まで頑張ってきたんですか?何のために無意味に筋トレしたり、おしゃれ頑張ってみたり、試験で良い成績を勝ち取ったりしたんですか?」

 

「大仏…」

 

「1度や2度足掻くくらいの権利はあります」

 

 そこまでしたいってほど、石上にとっても子安先輩の存在は大きかったんだろう。

 

 考えて、悩んで、足掻いて、苦しんで。

 

 それらの経験は、彼にとって間違いなく唯一無二のものになる。その結果がどうなってしまおうが、石上優の想いは本物だと言う事だ。

 

「…どちらにせよ、石上次第だな」

 

 ここで終わるのか。それとも何か策があるのか。全ては石上次第だ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 意を決して、僕は告白した。好きな人である、つばめ先輩に。

 

 最初の印象は、ウェイ系の人だった。特別な印象があったわけではなく、ただただリア充な人ってだけの先輩だった。

 

 しかし、今ではこうして告白するまでに好きになった。

 

 つばめ先輩は素で優しい。無理して優しくしてるんじゃない。応援団で関わって以降、その事に気付いた僕は好きになっていた。

 つばめ先輩と付き合うために、今まで様々な試行錯誤を繰り返してアタックした。けれど未だに付き合えていないのは見ての通り。

 

 クリスマスで告白したが、結果的に付き合う事が出来なかった。

 それでも諦めたくなかった。僕が本気で誰かを好きになった人だから。だからつばめ先輩にもう1度、アピールをしたかった。もう1度、想いを伝えたかった。

 

 つばめ先輩と一緒の場所に居るのは、今年で最後だから。

 

 四宮先輩に教えて貰って成績を上げたのも、謎に筋トレし出したのも、慣れないお洒落を頑張ったのも。

 

 全部、つばめ先輩に見合う男になりたかったから。

 

「つばめ先輩が好きです。付き合ってください」

 

 鼓動が速くなる。クリスマスに告白した時以上に、僕は今ドキドキしている。

 

「ごめんね」

 

 しかしつばめ先輩は、一言でそう返した。表情は見えない。どういう想いで振ったのかは分からない。振った言葉はよく聞こえた。

 

 きっと、前までならここで諦めていたかも知れない。変にカッコつけて、この場を去ったかも知れない。

 

 でも、僕はつばめ先輩の事を見てきた。どんな人間なのかを。

 

 傍から見れば、今から動く僕の姿は醜く、滑稽で惨めだろう。けれど、僕は知っている。

 

 つばめ先輩は、押しに弱い。

 

「僕と付き合ったら絶対幸せにします。浮気はしません。先輩好みの格好いい男になります」

 

 つばめ先輩の手を掴んで、僕は最後の悪足掻きを始めた。

 

「一生優しくします!良い大学進んで!親の会社継いで!今よりでっけぇ会社にして!金銭面での苦労もさせないと約束します!!」

 

「っ!」

 

「どうしてもお前と付き合えないって思うんでしたら、この手を振り払って皆の所に行ってください!!」

 

 これからずっと僕のターンだ。伝えたい事を、全て伝えるんだ。

 

「つばめ先輩を愛する気持ちは誰にも負けません!一生僕が隣に居て、つばめ先輩の味方で居ます!どれだけ僕にキレようが、絶対に嫌いになりません!絶対に別れません!!」

 

「ゆ、優くん…」

 

 先輩の事が好きだ。

 

 本当に人間が好きなんだなって眼差しが。ついつい目が行ってしまう胸元が。トレードマークのバンダナが。本人も気付かないこと間になって多くの人を救ったのだろう掌が。いつも「大丈夫だよ」って言ってるみたいな笑顔が。

 

 好きだ。

 

「何度でも!ウザいと思うほど言います!僕は!僕は子安つばめ先輩を、愛しています!!この想いは、絶対に変わりません!!」

 

 本能のまま、僕はつばめ先輩に伝えた。余す事なく、伝えたい事を全てを伝えた。

 

 全てを出し切った。後は、つばめ先輩の答えを待つだけだ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…強くなったよね、優くん。結構ぐらついちゃった」

 

 石上の最後の足掻きが終わる。子安先輩はゆっくりと口を開き、石上に返事を返す。

 

「私ずっと考えてた。どうすれば優くんを傷付けずに済むかって。優くんの事は好きで、でも恋愛する相手に見れなくって。どうしても良い人って、良い後輩だって思う自分が居る」

 

 恋愛で鬼門なのは、良い人止まりである事。好きな異性からそう思われる以上、絶対に結ばれない。

 

 良い人で終わるから。

 

「それでも、私が振って優くんが傷付く姿を見たくなかった。だからいっその事付き合ってしまう事も考えた。…でもそれは先延ばしにしてるだけって気付いちゃって」

 

 告白は人と人との関係を変える。

 どれだけ振った人間が優しくても、「友達で居よう」って言っても、疎遠になるのが当たり前なのだ。

 

 自分が否定されたみたいだから。気まずくなったから。

 

 どれだけ足掻いても、結果としては石上に勝機は無かった。そう思い込んだ束の間。

 

「…でも」

 

「?」

 

「それでも、私は優くんと離れたくなかった。ずっと一緒に居たい。同じ大学で勉強して、毎日どこかに遊びに出かけて、同じ部屋で一緒に過ごしたい。…どれだけ良い後輩だって思っても、それを理由に君と離れたくない」

 

「つばめ…先輩…」

 

「…この間、私大友さんに会いに行ったの」

 

 その言葉に、俺は目を見開いた。子安先輩が大友京子に会いに行ったってなんだ?

 

「優くんが皆から嫌われた時、裏で何があったか知って…。本人からちゃんと話を聞いて、それからどうしようか決めたくて。…そしたら大喧嘩になっちゃった」

 

 子安先輩はそう言って、無理に微笑んだ。

 

「私の知ってる優くんと、全然違う優くんの話するんだもん。すっごく悲しくて、嫌だった。それでなんとかしようと考えたんだ」

 

 子安先輩はそこから、自分が裏で何をしたのか石上に告げた。

 

 嘘を嘘で塗り潰すという。

 

 ここで復習だ。

 石上が嫌われた噂は、大友京子をストーカーした上に荻野をぶん殴ったからだ。

 

 しかし、実際は荻野が自分の罪を隠すための嘘。

 

 四宮の調べによれば、荻野は怪しげな斡旋業に手を染めていたそうだ。

 この事を暴露すれば、荻野からの報復は勿論、大友が荻野に加担していたという風評被害も想像がつく。

 

 誤解を解けば大友が傷付き、噂を残せば石上が傷付く。そんなデッドロック状態を打破する策を、子安先輩は考えた。

 

 荻野は自分の都合の良い噂を流し捻れた結果、石上は嫌われた。だからその嘘に対して、更に嘘で対抗した。それも、こちら側の都合の良い嘘で。

 大友に被害が行かない程度に和らげ、かつ石上の真実が垣間見えるシナリオ。

 

 例えば荻野が浮気をしたという事にする。石上はそれを咎めた所を、荻野に悪い噂を流され、大友のために泥を被った。

 そういう話にすり替えれば、石上も大友も守られる。

 

 人を好きな子安先輩だからこそ思いつく、壮大な嘘。

 

「最近、石上を見る目が変わったと思ったが…お前らそんな事してたのか」

 

「…事の発端は私なんです。生徒会の皆さんが秘密裏にしていたノートを、先輩に渡しました。石上の誤解を解きたくて。石上の恋を応援したくて」

 

「…そうか」

 

 大仏のキャラはよく分からなかった。友達思いではあったが、それでも石上に対してのみ良く思っていなかったのではないかと思っていた。

 

 しかし違った。大仏は石上を見ていた。それはきっと、中等部の頃からずっと。

 

「色んな人に頭下げて説得して、多くの人に私の嘘を巻き込んだ。多くの人に嘘を吐いてもらった。四宮さん達みたいに頭が良いわけじゃない。私なりに、一生懸命考えて立てた作戦。皆は協力してくれたけど、中には幻滅したって人も居るかも知れない」

 

 子安先輩は俯いた顔を上げて、石上の顔を真っ直ぐ見る。

 

「私は優くんを嫌いだから振るわけじゃない。そう思って欲しくて考えた完全な私利私欲。その私利私欲に皆を巻き込んだの。それほど君の事が大切だって事、届いて欲しかった。…そう思ってたのに」

 

「つばめ先輩…?」

 

「どれだけ理由を飾っても、君と離れたくない気持ちが強くなって……さっきの言葉がとっても響いちゃったの。…折角覚悟を決めたのに、揺らいじゃう私は、嫌い…?」

 

「そんなわけ無いです!僕がつばめ先輩を嫌う事なんて、死んでもあり得ません!」

 

「…ふふ、ありがと。…私ね、きっと面倒で重たい女だと思う。2年の間離れちゃうけど、優くんと離れたくない。私が知らない所で、私以外の女の子とあまり仲良くして欲しくない。…君が思うような、綺麗な人間じゃないんだ、私」

 

 子安先輩は涙を拭いて、今度こそ覚悟を決めた表情になる。

 

「私と付き合えば、私の嫌な部分が露呈しちゃうし、きっと優くんにいっぱい迷惑を掛けちゃうかも知れない。…それでも君は、私を愛してくれるの?」

 

「はい!僕は絶対に、貴女から離れたりしません!命を尽くして愛する事を誓います!!」

 

「こんなに愛してくれる人が居るなんて、私も幸せ者だなぁ……。…ねぇ、優くん」

 

 石上が子安先輩の名前を呼ぶ前に、子安先輩は石上の唇を塞いだ。彼の首に両手を回し、自身の唇を彼の唇に当てて塞いだ。

 その様子に、俺も大仏も四宮も目を見開いた。

 

「ずっと、私と一緒に居てね?」

 

「え。て、て事は…」

 

「うん。これからよろしくね、優くん」

 

 子安先輩が石上にそう微笑むと、石上は喜びのあまり、子安先輩を力強く抱きしめた。

 

「はいっ…はいっ……!よろしくお願いします…!!」

 

「もう……優くんって泣き虫なんだから…」

 

 ……結ばれた。

 報われた。石上の恋は成功したのだ。子安先輩に告白し、付き合う事に成功したのだ。

 

「成功させやがった。あいつ…」

 

「…良かったわね。石上くん…」

 

「良かった……本当に、良かった…」

 

 三者三様の反応を見せるが、1番反応が激しいのは大仏だ。誰よりも応援していたからか、涙を溢している。まるで自分の事のように、石上を祝福している。

 

「…良かったな。石上」

 

 石上の過去は壮絶な物だった。極端にネガティブに歪んでしまう程に。

 だから報われても良い時があっても、罰にはならないのではと思う事はあった。

 

 それでも現実は甘くない。1度、子安先輩に振られているのが例だ。

 子安先輩を責めるつもりは無い。だが、いつになれば石上は努力して良かったと思える時が来るのだろうかと思っていた。

 

 しかし、石上の諦めないタフな精神と、弛まぬ努力が実を結んだ。

 

 誰がなんと言おうと、石上が頑張った結果だ。

 石上と子安先輩のカップルが釣り合っていないという連中が居るなら、俺がそいつらを黙らせる。石上や子安先輩を傷付ける奴が居るなら、迷わず俺が立ちはだかる。

 

 あいつの努力を、絶対に水の泡にはしたく無いから。

 

「…末永くお幸せに。ってか…」

 

 リア充なんてずっと嫌いな存在だったが、石上と子安先輩に関しては例外だ。

 

 あの2人には、永くその関係で居て欲しい。後輩の幸せを願うのが、先輩としての役目だから。

 

 俺はそう願った。

 

 




 石×つば成立させました。個人的にはこっちのカプが良いかなって思ったからです。
 賛否両論あると思いますが、石上の幸せを願ってやってください。

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