やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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石上優を戻したい

 卒業式も終わり、3学期ももう僅か。石上の努力が報われ、子安先輩と付き合う事が出来た。良い感じで1年間が終わり、春休みに突入……そう思ったのだが。

 

「それでですね、その時のつばめ先輩の表情がまた良いんですよ。あれはもう女神ですよ女神。もう僕一生つばめ先輩を崇拝します」

 

 最後の最後で石上の惚気がウザい。

 

 ずっと前から好きだったわけだし、それ相応に努力をしているのは生徒会の皆が知っている。だが1時間半も子安先輩の話をされると鬱陶しいと思う俺が居た。

 1時間半って大学の講義レベルだぞ。何、つばめ学概論でも開くつもりなのん?

 

「一気に爆発したな、石上のやつ…」

 

「あそこまで惚気られるといっそ清々しいですよね」

 

 石上の惚気を傍観していた白銀や藤原がそう溢した。今日の生徒会は石上のパーリーピーポーと化している。ちょっと自分で何言ってんのか分からんけど。とにかくラリってる。

 

「比企谷先輩は彼女作らないんですか〜?ほら、先輩の周りに仲の良い女子いっぱい居るじゃないですか」

 

「お前そろそろ黙れよ」

 

 恋人が出来ると人はこんな醜く変貌するのか。なんて悍ましい。

 

「先輩には彼女なんて要らないですよね?」

 

 笑顔でそういう事言うとさ、めっちゃ怖いんだよ伊井野ちゃん。普段の君を知ってるから尚更ね。

 

「比企谷くんってそもそも人を好きになるんですか?」

 

 藤原さん。その言い方だと、「化け物にしか興味ないのでは?」に聞こえるんですが。気のせいですかそうですか。

 

「失礼な。俺だって人並みの恋ぐらいした事あるぞ。中学の頃なんて、女子から罰ゲームの対象として告白されるぐらいにモテた事もあったんだぞ」

 

「…なんかごめんなさい」

 

 謝るなよ。謝られる方が余程辛いんだから。

 

「どうすればそこまで嫌われるんだ…」

 

「知らん。人を嫌うのに細かい理由なんて無いだろ。ただ気持ち悪いとかウザいとか、そういう認識だけで嫌う奴も居るんだし」

 

「聞いてる限りじゃ、比企谷くんの中学時代はあまり良い思い出が無さそうなのですけど…」

 

「無いな。一緒に作る奴も居なかったんだから」

 

 中学時代は何も良い思い出が無い。勘違いしてフラれたぐらいの記憶ならあるけども。

 

「だったら先輩も彼女作れば良いんじゃないですか?」

 

「お前自分が付き合えたからって調子乗んな」

 

 誰かこの恋愛暴走列車止めてくんない?人身事故起きてもなんらおかしくないぐらいブレーキがイカれてる。

 

「まぁ必ず誰かと付き合う必要は無いだろう。付き合ったから幸せになるって言うのは個人の価値観に左右されるし」

 

 俺も別に誰かと付き合うなんて決めてない。付き合って、余計な面倒事が増えてしまう可能性があるし。それでも尚、一緒に居たいから周りは付き合ってんだろうけど。

 

「もし誰か好きな人が出来たら僕に言ってください。恋愛マスターの僕がなんでも相談に乗りますから」

 

「息の根止めんぞお前」

 

 …いかんいかん。さっきから石上に強く当たり過ぎてる。でも仕方なく無い?隙あらばマウント取って来るんだぞ?

 今まで「比企谷先輩、力を貸してください」みたいな事言ってた奴が急に「比企谷先輩、僕が力を貸しますよ〜」って言い出すんだぞ。イラつくだろこんなん。

 

「と、とにかくだ。丁度節目だし、石上のお祝いも兼ねて打ち上げでどこかに食べに行こうじゃないか。何かリクエストはあるか?」

 

「私はなんでも構いません。皆さんの希望に賛同します」

 

「私はお寿司〜!」

 

「お好み焼きでしょうか…」

 

「サイゼ」

 

 各々が打ち上げで食べたい物を挙げていく。最後に白銀が、石上にリクエストを尋ねる。

 

「石上は何かあるか?」

 

「つばめ先輩の手料理」

 

「俺もう帰るわ」

 

 もう我慢の限界。これ以上惚気を聞かされたら間違いなく殺してしまう。いつかソファの角使って首絞めてしまうかも知れない。

 

「比企谷くん待ってください。何1人だけ楽になろうとしてるんですか」

 

 帰ろうとした所を、藤原が肩を掴んで静止する。

 

「あれだけ豹変されて、惚気られて、マウント取られるんだぞ。キューバリファカチンモぶち込んだ方が良くない?」

 

「それはかぐやさんに頼まないと出来ませんよ。…とにかく、帰っちゃダメですよ?死ぬ時は一緒に死にましょうよ。ね?」

 

「重いし怖い」

 

 伊井野みたいな事言うなよ。

 

「2人で何やってるんですか?あ、もしかして2人ってそういう仲…」

 

「うるさいなぁぶっ殺すよ?」

 

 石上がまたも煽ってきたその時。藤原が突然物騒な事を言い放つ。俺が言える立場じゃないんだけどね?

 

「このままじゃ埒が明かん。どうにか普段の石上に戻したい所だが…」

 

「じゃあまずはショック療法ですよね〜。頭を叩けば戻ってくるなんてお決まりですから」

 

 ニパーっと満面の笑みを浮かべながら取り出したのは、石上の頭を2度もぶっ叩いたハリセン。

 

「石上くん」

 

「はい?…んん!?」

 

 石上が藤原の方に顔を向けた瞬間。

 

「んんんッ!んんッ!!んんんんッ!!」

 

 藤原はすかさず石上の頭をハリセンで叩き始めた。3度に渡って藤原に叩かれる石上。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「どうだ…?」

 

 流石の石上も、ハリセンで何発も叩かれたら現実に戻ってくるだろ。「浮かれ過ぎて死にたくなったので帰ります」とか言いそうだ。

 

「それでですね、その時のつばめ先輩の表情がまた良いんですよ。あれはもう女神ですよ女神。もう僕一生つばめ先輩を崇拝します」

 

「戻っちゃったじゃねぇか」

 

 脈絡も無く突然に振り出しに戻ったぞ。ショック療法が却って悪化させたのか?

 

「これは重症だな……いや、ある意味良い事なんだろうけど。藤原書記のハリセンも効かないとなると、物理的に戻すのは不可能だな」

 

「机の角に頭をぶつければ戻るのでは?」

 

 石上に対して相変わらず辛辣な伊井野。それやったら記憶どころか魂も飛んでいくわ。

 それにしても、殺される手前までの事をやられるかも知れないってのに、当の本人は。

 

「比企谷先輩は彼女作らないんですか〜?ほら、先輩の周りに仲の良い女子いっぱい居るじゃないですか」

 

「さっき聞いたわ」

 

 風邪でイカれた四宮とは違う意味でアホになっている。頭の中どうなってんだろうか。脳内メーカーやらせたら石上の脳内が分かるのだろうか。

 

「石上がここまでおかしくなると奇想天外だな…」

 

「普段は基本ボケと言うよりかはツッコミ役ですしね…」

 

「ツッコミ……そうです!」

 

 藤原は何か思い付いたようだ。

 

「いつもの石上くんはツッコミ!ボケに対してツッコミを入れれば、本来の自分に戻る筈!」

 

「そんなアホな」

 

 何その漫画みたいな展開。そんなコミカルな事起きんの?

 

「誰か!誰か今すぐボケて!

 

「いや急にボケろと言われても…」

 

「会長かましてください!」

 

「んー……」

 

 藤原の無茶振りに、白銀は何でボケれば良いか考えた。その結果。

 

()()()()()()だ上に、()()()()()()()()!」

 

「あっ火事には気ぃ付けてくださいね、熱々に燃えちゃうので。僕らみたいに」

 

 何こいつ「僕らカップルあっつあつなんでっせ」って遠回しに言ってんの?

 

「惚気でカウンター食らってどうするんですか!はい次、かぐやさん!」

 

「…私もですか?」

 

「生徒会のためです!」

 

「…分かりました…」

 

 四宮が意図的にボケるなんて滅多に無い。無意識でボケてんのは多々あったけど。

 

「では…」

 

 四宮は咳払いをして、渾身のボケを披露する。

 

「二段階…左折!」

 

「おお〜これは……これは………えっどゆ事?どこでボケたんですか?」

 

「あの、分かりませんか…?」

 

「残念ながら……比企谷くんは?」

 

「俺も分からん」

 

 二段階左折って何?どういうジャンルのボケなん?

 ボケが高難度過ぎて、石上の奴ツッコミのポーズは取ってるけどツッコミきれない状態になってる。

 

「待って!ちゃんと解きますので少し待ってください!」

 

「人のボケを謎解きみたいに……もう2度とボケたりしません…」

 

「大丈夫だ四宮。俺は多分分かってる」

 

 どうやら四宮のボケを理解しているのは白銀だけのようだ。

 

「日本の道路に於いて二段階右折はあるけど、左折ってどうやってやるの?って事だろ?実際道路走ってて二段階左折しろって言われたら困るって言うユーモア」

 

「そう!そうなんです!」

 

「難し過ぎますよ!」

 

 このボケ教習所行かなきゃ分からんやつじゃない?

 

「じゃあ次はミコちゃん」

 

「分かりました。では藤原先輩、何か1つ単語を言ってください」

 

「単語?じゃあ、生徒会」

 

「では…」

 

 続く伊井野のボケは一体。

 

「"生徒会"と掛けまして、"つばめ先輩"と解きます」

 

 なるほど、謎掛けか。

 

「その心は!?」

 

「どちらも、"にんき"があるでしょう」

 

 生徒会は任期、子安先輩は人気という上手い謎掛けをかました伊井野。さて、石上の反応は。

 

「あっ僕今度、つばめ先輩とデートに行くんですよ!それでですね…」

 

「やっぱ惚気た」

 

「そりゃそうなるよ!なんでつばめ先輩出しちゃったの!?今1番出しちゃいけない単語だよ!」

 

「すみません、お題に答えるので精一杯だったので…」

 

 白銀、四宮、伊井野のボケを持ってしても、石上は元に戻らない。それどころか、子安先輩の惚気に拍車が掛かってる。

 

「じゃあ比企谷くん!お願いします!」

 

 順番的に俺なのは分かっていたが、いざボケろと言われてボケるのは難しいものだ。

 

「…世の中にはさしすせそという概念がある。調味料のさしすせそ、褒め言葉のさしすせそ。だが、千葉にもさしすせそがあるのを知っているだろうか」

 

「えっこれボケの前振り?」

 

「では千葉県のさしすせそを披露しよう。()()イゼだ。()はふなっ()ー。()はマック()コーヒー。()は落花()い。()()う武線だ」

 

 さぁどうだ。この千葉県民ならではの渾身のボケ。

 そもそも千葉県にさしすせそなんて無い。なんならマックスコーヒーもふなっしーも落花生も無理矢理感がある。「そんなさしすせそがあってたまるか」ぐらいのツッコミが来たらベスト。

 

「あ、僕もつばめ先輩へのさしすせそ言えますよ」

 

「え」

 

 ちょっと待て、ツッコミは?

 

()()い色兼備で、()()ンデレラです」

 

 だから止まって?勝手に発進させないで?

 

()は素敵の()()()界一」

 

 あっもうこれダメだ。

 

()は、相思相愛です」

 

「おえぇぇ〜…」

 

 なんてこったい。またカウンターを食らわされた。渾身のボケがこうもあっさりと。藤原なんて気味が悪過ぎて吐きかけている。正直俺もキモいと思ったよ。

 

「これもうどうするんですか〜……」

 

「藤原書記が手本を見せれば良いだろ。お前得意なんだし」

 

「えぇー!?いや私、普段ボケませんし!」

 

「なんでやねん」

 

 藤原の言葉に石上は普通にツッコミを入れた。

 今のでツッコむのかよ。俺らの今までの苦労なんだったんだよ。

 

「やった!石上がツッコんだぞ!」

 

「正気に戻ったみたいですね!」

 

「流石だ藤原書記!普通にしてるだけで良いんだもんな!」

 

「なんか複雑なんですけど!」

 

 藤原は無意識にボケるという事が、今回の件で分かった。

 もう石上相手にボケるのはやめよう。惚気のカウンターなんてパンチが重いよ。色んな意味で。

 

 結局打ち上げは有耶無耶になって今度になり、ただただ石上を呼び戻して生徒会が終わってしまった。

 

「あーキツかった…」

 

 帰る前に俺は自販機に立ち寄り、普段は飲まないブラックの缶コーヒーを購入した。あれだけ惚気られた後で甘いのはちょっとね。

 

「石上、幸せそうでしたね」

 

 背後からそう言って来たのは、伊井野だった。

 

「まぁ、好きな人と結ばれたからな。石上の場合は1回フラれてるし。惚気はウザ過ぎたが、あいつの幸せを憎んだりはしない」

 

「…そうですね」

 

 俺はブラックを一気に飲んで、近くにあるゴミ箱に缶を捨てる。

 

「私、石上が少し羨ましく感じました」

 

「え?」

 

「…これから遠距離恋愛になるとはいえ、好きな人と結ばれた。ずっと一緒に居るって言葉にまでした。好きな人と結ばれた石上が、羨ましく感じたんです」

 

「伊井野…」

 

「石上だけじゃなく、会長も。私の周りで付き合った人皆が、羨ましく思う。私の隣には、そんな人は居ないから」

 

 ここまで拗れてしまったのは、両親の仕事が忙しいから。それ故に、構ってもらえなかったから。だから愛に飢えている。俺にも依存してしまってる。

 

「比企谷先輩」

 

「…ん?」

 

「抱きしめてください」

 

「…ん?」

 

 何を急に意味の分からない事を言い出すんだろう、この子は。仮にも風紀委員が何を。

 

「私の身体に、比企谷先輩の存在を染み込ませてください。例え私の隣から居なくなっても、私の身体には比企谷先輩の存在が染み込んでるって思いたいんです」

 

「…良くないだろ。付き合って無いんだから」

 

 断る一択だ。何を言われたって、そういう行いは伊井野の依存を悪化させる。

 

「…比企谷先輩…」

 

 …ダメだ。俺は伊井野を拒めない。

 伊井野だけじゃない。早坂も、圭も、龍珠も。彼女達を拒む事を、俺には出来ない。いっその事死んだ方が楽なのかも知れない。

 

 とんだクズ男だ。自分が嫌になる。好意を持たれているのを分かっていながら、答えを明確にせず、先延ばしにしているんだから。そして逃げようとすら考えてもいたんだから。

 

 それでも、きっと俺は間違え続けるのだろう。今までも、そしてこれからも。選択を誤り続けてしまうんだろう。

 

「…数十秒だけだ。それ以上はダメだ」

 

 俺は伊井野を拒めず、優しく抱きしめてしまった。これ以上力を入れようものなら、間違いなく壊れてしまいそうな。そんな儚さを感じさせる伊井野。

 

「…先輩…先輩……」

 

 俺の胸の中で、伊井野は呼び続ける。これ以上無いくらい、幸せそうな笑顔で。チョーカーをあげた時以上に、恍惚としている。

 

「…もっと…もっと強く抱き締めて…。この温かさが偽物じゃないって分かるまで……ずっと…ずーっと……」

 

 例えばもし、ゲームのように1つ前のセーブデータに戻って、選択肢を選び直せたとしたら。人生は変わるのだろうか?

 

 答えは、否である。

 


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