新学期が始まってしばらくが経つ。仮とは言え、小町も毎度のごとく生徒会室に顔を出す事になり、実質生徒会第7のメンバーとして迎えられていた。
本日のお日柄も良く、いつものようにバカやって時間を過ごすのかと思っていた。
「今更かも知れないが、四宮が隠さないで良いと言ってくれたんで言う」
白銀は神妙な面持ちで、俺達に何かを告げようとする。その内容とは。
「俺と四宮は付き合っている」
…本当に今更だった。というか、普通に全員気付いてると思うけど。
「神妙な面持ちで何を言うのかと思えば。だろうなって思ってましたよ。おめでとうございます」
「えっ嘘バレてた?」
「バレバレっすよ」
というか何故バレないと思っていたのだろうか。
「生徒会入った時から相思相愛っぽかったみたいですし、付き合うのは時間の問題だろうと思ってました。付き合ったのは、クリスマス辺りからですか?」
「私は文化祭辺りからだと思ってましたけど…」
「お前ら鋭いな…」
「というか小町もすぐ分かりましたよ。あーこの2人付き合ってるなって」
「ま、マジか」
むしろあれで気付かない奴は余程鈍感だって事になる。
「小町ですぐ分かったぐらいですし、皆さんも薄々は気付いてたと思いますよ?言わなかっただけで」
「そんなにか…」
「そうだな。いつまでクソみたいな茶番見せられてんだって思ったわ」
「クソて……いや、あれは俺達も若かったんだよ」
「現役高校生が何言っとんだ」
お前らの茶番には俺も早坂もストレスが溜まってたよ。早坂なんて一時期四宮の愚痴ばっかり溢してたし。
「会長や四宮先輩にはお世話になってますし、そんな2人が結ばれたのは…なんか、あれです。末永く爆発して下さいって感じです」
「爆発?」
「オタクなりの祝福の言葉です」
まぁ、ストレスは溜まったが。確かに結ばれた事には素直に祝福せざるを得ない。
「折角会長が自分から言ったんです!馴れ初めとか色々聞きたいですよ!」
「それはちょっと恥ずかしいな…」
「まぁまぁ。2人共くっ付いて座って下さいよ」
「もうっ、揶揄わないで下さいっ」
と言いつつ、2人は本当にくっ付いてソファに腰を掛けた。その向かいには、石上、小町、伊井野が座る。俺はその後ろに立って話を聞く事にした。
「四宮先輩は会長のどこが好きなんですか?」
「どういう所に惚れたんですか?」
「最初の出会いはどんな感じだったんですか?」
「そ、そんなの恥ずかしくて言えないわ…」
何この可愛い生き物。人を殺めたような表情は一体どこへ。
「1つだけでも良いですから!」
「1つって言ったって……全部好きだもの」
うっわ気持ち悪い。砂糖吐きそう。聞くもんじゃねぇやこんな話。
「くぅ〜惚気る〜!」
「ラブラブですね!」
「すっごいあっつあつですよ!」
3人揃ってノリノリだし、答える側もノリノリではある。ただ1つ気になる事があるとするなら。
ここまで藤原が1度も口を開いていない事。
さっきから目のハイライトが仕事していないのは一体何故なのか。というか静か過ぎて普通に怖いし。
「会長は?」
「かぐやさんだけに恥掻かせて言わせといて、会長が言わないのは漢の恥ってやつですよ!」
「んー……いや、そりゃ……俺も全部好きだし」
ダメだこの甘酸っぱい空気。気持ち悪過ぎる。やっぱり惚気って誰も得しないよ。
「くぅ〜ダメだこりゃ!」
「バカップルですね!」
「もう会長…真似しないで下さいよ…」
「まぁ本当の事だし…」
と、隙あらばイチャイチャし始める。イラつきはしないけど、石上の言う通り爆発すれば良いのにとは思う。
しかし。
「いやああぁぁ!!なんなんですかこれえぇぇー!!」
突然、藤原が叫び出した。
「やってられませんボケあほ馬鹿あんぽんたん!!」
「怖い急に怖い。何?」
「何も蟹もありませんよ!私は耐えられません!会長とかぐやさんがくっ付いたという事実も!この甘酸っぱい空気感も!私のかぐやさんが会長に汚されたんですよ!?こんなの
「寝取られって…」
「大体最初から四宮先輩は藤原先輩のものじゃないし」
「正確にはBSSってジャンルですよねそれ」
後輩2人からの追撃。最近伊井野も藤原に対して遠慮が無くなって来たよな。当初は憧れとか言ってたけど、どうやら目が覚めたようだ。
「めでたい事じゃないですか。祝福しましょうよ」
「しませんしませんしませんしません!!」
地面に寝転がって暴れ回る藤原。まるでおもちゃを買ってくれない親に対して駄々を捏ねる子どものようだ。
「お兄ちゃん……千花さんってどういうキャラなの?」
「さぁ。知ろうとしない方が良いぞ」
あの小町でさえ少し引き気味である。
「ていうかなんですか!皆さん気付いて当然みたいな!つい最近入った小町ちゃんでさえ気付いてるってどういう事ですか!まるで最初から気付いてない私が馬鹿みたいじゃないですか!」
馬鹿みたい、じゃない。馬鹿なんだ、残念ながら。
「私だって何度か指摘したんですよ!?でもその度否定されて…」
「そら付き合う前なんだから否定するだろ。つか、その指摘がダメだったんじゃねぇの?」
「それは確かに!」
納得するんかい。
「とにかく、私は認めませんよ!かぐやさんは私のなんです!会長みたいなヘッポコポンコツにはあげられません!」
藤原は四宮の後ろに周って、奪われまいとする様に四宮の顔を引き寄せる。四宮は鬱陶しそうにしているが。
「この間付き合った事を話したら、藤原さん祝福してくれたじゃないですか」
「意見が変わるのは成長の証です。実物見たら魂が否定し出したんです」
つまり心の底から白銀と四宮の関係を認められないと。相変わらずの身勝手さ。これでこそ藤原クオリティ。
「2人の関係は何がなんでもぶち壊してやりますからね!1秒たりともイチャつかせたりさせませんから!」
「最悪過ぎる」
「四宮家より厄介かも知れません」
こんな奴がもし総理大臣とかになったら世界は即滅亡間違い無しだ。
「どぅどぅ藤原先輩。どうか落ち着いて下さい」
猿みたいな発狂をし続ける藤原を宥めようとする伊井野。というかそれ馬を落ち着かせるやつだね。
「藤原先輩が四宮先輩の事を好きなのは私達も重々知っています。だからこそ、四宮先輩がどこぞの骨の馬じゃなく、会長みたいな人と付き合った事を喜ぶべきですよ」
「そうですよ!例えば、かぐやさんが売れないバンドマンやチャラい美容師と付き合った場合を想像してみて下さい」
「だめぇ!!別れてぇー!!」
「その点、千花さんなら会長の事をよく知ってますよね?小町は知らないですけど、良い所とかいっぱい知ってるんじゃないですか?」
「…まぁ…」
白銀の良い所は、藤原だけでなく生徒会全員が知っている。
どれだけの困難や苦難も、努力する事で乗り越えてきた。誰かの為に本気で思いやり、それ相応の行動に移した。
「そりゃ悪い所もあると思いますけど」
小町がそう言った瞬間、藤原は過去のトラウマがフラッシュバックしたような表情を浮かべた。それは藤原だけでなく、俺も同じである。
「欠点も愛嬌ですよ」
「あれは愛嬌で済むレベルじゃない!ですよね、比企谷くん!?」
「こればっかりは藤原に同意する。そんなチャチなもんじゃねぇ」
バレーの時は運動神経のステータスがマイナスに全振りしたような動きだったし、校歌の時はジャイアンに勝るとも劣らないレベルの音痴、ソーラン節では悪魔を召喚するエクソシスト気分になった。きっと人によればSAN値がゴリゴリに削られる事だろう。
「会長と付き合ったらとんでもない地獄が待ち受けてるに決まってます!普通に生きてたら味合わなくて良い苦労をこれでもかってほどにするんです!かぐやさんにそんな苦労はさせられません!」
「まぁそれ受け入れるかどうかは四宮次第だが、苦しむ覚悟は居ると思うぞ」
「お前らの中で俺の人物評はどうなってんだよ…」
さっき藤原が言っていただろう。ヘッポコポンコツと。あれ割と正しい評価だと思うぞ、個人的に。
「大丈夫よ。藤原さん、比企谷くん。…会長と一緒なら、どんな苦労も乗り切れると思うから…」
「うきゃー!!」
2人がそれで良いのならとやかく言う必要は無いが、それにしても本当に息をするようにイチャつくよな。
「とにかく、会長にかぐやさんは相応しくありません!」
「じゃあどうすれば良いんだよ」
「どうしても付き合いたいと言うのなら…」
「言うのなら…?」
その先が出て来ないのか、言葉を詰まらせる藤原。結果、出て来たのは。
「今パッと思い付かないのでそのうち考えておきます!首を洗って待っていて下さいね!」
「早めに頼むなー…」
藤原は一体どんな邪魔をするのだろうか。その日から数日が経った、放課後の生徒会。
「シャアアアアア!シャアアアア!!」
「どうしたんですか藤原先輩。壊れてシャワーみたいになったんですか?」
「会長を威嚇してるそうよ」
猫の鳴き声か何かなのだろうか。白銀達の関係を邪魔する策が浮かばない結果、猫の鳴き声でとにかく威嚇するという答えに辿り着いたのだろうか。
「あ、そうだ。会長、校長から預かり物がありますよ。フランス校との交流会の件について」
「そんなのあるの?お兄ちゃん」
「まぁな。フランス校の人間と交流を深めるのが目的のイベントだ」
「そんなのお兄ちゃん絶対無理じゃん」
そこまで言い切らなくてもよくない?
とはいえ、フランス校との交流会か。なんだか懐かしい。最低限の言葉しか話せなかったから、それっぽく話したんだっけ。
「今年もまた設営しなきゃならないのか?」
「いえ、今年は無いらしいです。去年のお返しにと、今年はフランス校の方々が主催で開いてくれるらしいですよ」
なら良かった。あの仕事面倒だったからな。
「今年はどんな催しなんですか?」
「えっと……ダンスパーティーです」
「ダンス……」
「パーティー……だと…!?」
なんだろう。既に嫌な予感してるのは俺だけじゃ無いよな。なんかもう白銀と藤原が悟ったような顔してますけど。
「白銀会長と四宮副会長のダンスを楽しみにしてるとの事ですよ」
「あらまぁ。ご期待には応えないとですね、会長」
「そうだなー。応えないとなー」
ダンスパーティーと言う事は、手を繋いで踊る社交ダンスのようなものが求められるのだろう。
「小町。俺ちょっと自販機に行って来るわ。なんか欲しい物あるか?」
「あ、じゃあ…」
「比企谷くん」
その声に、俺は恐る恐る振り返った。視線の先には、虚な目でただただこちらに視線を向ける藤原が。
「後にしましょう」
「……はい」
クソが。
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場所は変わって、ダンス部がよく使用する部屋に。白銀、藤原、俺は体操服に着替えた。
「…社交ダンスの経験なんてあるわけねぇ……助けてくれ藤原…」
「まぁ。こうなると思ってました。なんですかね。ダンスパーティーって単語を聞いた時から心の準備を始めていたので。今心は凪のように穏やかですよ。軽井沢の朝みたいに爽やかです」
「もう少し騒ついてて欲しいものだけどな…」
「会長だけならまだしも、ペアのかぐやさんに恥を掻かせられませんからね。やりますよやれば良いんでしょう?」
「いつもすまねぇ…」
白銀が教わる側、藤原が教える側。まぁ普通にダンスを教えるならそういう立ち位置になるわけだが、これ俺要る?帰ってよくない?
「藤原、俺要らんだろ。帰って…」
「比企谷くん。私、前に言いましたよね。死ぬ時は一緒に死にましょうって。バレー、歌、ソーラン節。私達は一緒に死線を潜り抜けた
「死線って酷ぇな」
「会長ちょっと黙ってて下さい」
何この圧。なんか似たような雰囲気知ってるんだけど。
「それなのに、何1人でのうのうと楽になろうとしてるんですか?私を裏切るんですか?裏切りませんよね?だって私と比企谷くん……一緒に死ぬんですもんね?」
「ひっ」
待って怖いよめっちゃ怖いよ。これあれだろ。伊井野や早坂、柏木さんが見せる闇の圧じゃねぇか。何お前まで病んじゃってるんだよ。
「そんなわけで、比企谷くんにはカメラ担当をして頂きます。私と会長が踊る所を、スマホで撮って下さい。良いですね?」
「は、はい…」
藤原の闇が垣間見えた一瞬であった。
「では早速踊るわけですが。一口に社交ダンスと言ってもですね、競技ダンスとパーティーダンスは別物なんです。色んな人とカジュアルに踊る分にはそう難しくも無いんです。ワルツのステップとか覚えておけばなんとかお茶を濁せるんじゃないですか?」
「そうなのか?」
「要はリズム乗りながら相手と動きを合わせて踊れば良いんです」
「簡単に言うけどな……自分1人で踊るだけでも精一杯なんだ。相手に合わせて踊るなんてそんな事…到底出来る気がしない」
やや諦め気味にそう言う白銀。
「まぁ出来ないだろうなって心持ちで来てるので!最初から1ミリも期待して無いので安心して良いですよ!」
「ちょっとは期待してくんねぇかな…」
残念ながら、今までのお前を見てるから期待の「き」の字すら浮かべなかったよ。
「さ……お手をどーぞ」
藤原の指導の下、白銀はダンスを学び始めた。俺的には当日一切踊る気は無いが、万が一の事があるので見て学ぶ事にしよう。
ただ彼らのダンスを動画に収めているだけなのに、いつの間にか社交ダンス的な動きになっており、少しだけ魅入られてしまった。
「…ほら。出来るじゃないですか」
ダンスの上手い下手の基準はあまり分からないが、少なくとも最初に比べれば確実に上手くなっている。
「こんな事を言う日が来るとは思って無かったですけど、会長って飲み込みが早いんですよね」
「本当か?」
「ええ。このままタンゴのステップも覚えときますか?」
「良いのか?」
「はい。…きっとこれが最後でしょうし」
「藤原…」
「元々、会長は記憶力が良い方ですし。ダンスも歌も特訓して人並みに出来るようになった。大抵の事は、今までの経験を流用出来る事ばかりなんです。色んな事に挑戦して来た会長には、私達の特訓は必要無いんです」
あれだけ憎まれ口を叩いていた藤原でも、心の底では白銀を支えてあげたいと思っていたんだろう。四宮の為に、白銀の為に。
「努力する事が必ずしも結果に結びつくとは限らないが、無駄な努力は何1つ無い。…私の好きな言葉です。もしこれからの人生で行き詰まる事があれば、今まで頑張って来た事を思い出して下さい。それがきっと、道を切り開く手助けになるでしょう」
……本当、こいつって奴は。
「あら、3人共。まだ残ってたんですか?」
そこに四宮が入室して来た。
「パーティーの前に、2人で1曲踊ってくれませんか?」
「えっ、は、恥ずかしいわ…」
「良いから良いから〜」
なし崩し的に、白銀と四宮が踊り始めた。それを俺達は眺める事に。隣に立つ藤原が、何かに思いを馳せながら彼らのダンスを眺めていた。
白銀は、もう藤原の指導は必要無いだろう。あいつは俗に言う、やれば出来る子なのだ。
隣に四宮が居れば、あいつはそれだけで充分だろう。
「会長!」
「ん?」
「もうかぐやさんと付き合う事にとやかく言いません!好きにして下さい!」
「…良いのか?」
「はい!もう会長は卒業です!会長はもう私達の特訓なんて必要無いくらい成長しました!安心してかぐやさんに預けられます!」
「…そうか。…なんか、じわっと来るものがあるな」
白銀は、ほろりと涙を少し浮かべる。
「ダメですよ会長。1番最初に教えた事、覚えてますか?」
1番最初に教えた事。それは、バレーボールのサーブを教える時に藤原が始めて白銀に教えた事。
「…ちゃんと目を開けて前を向く」
これにて、本日の白銀の社交ダンスの特訓が終了した。白銀と四宮は一緒に姿を消して、俺と藤原は彼らに背を向けて歩き出した。
「藤原」
「…なんですか?」
「お疲れさん」
短く、そう言葉にした。
長ったらしい振り返りも、具体的な過程の称賛も要らない。ただ、一言。それだけを口にした。
「比企谷くんも。今まで、ありがとうございました」
白銀は藤原から卒業した。本当に、これが最後の特訓である。
……なんだかフラグが立ったように思ったのは、俺の気のせいでは無いと、そう思いたい。