今日は珍しく、俺と小町と藤原が先に来ていた。残りの連中は後から来る事だろう。
「そういえば、最近お兄ちゃんゲームしてるよね。受験生のくせに」
初っ端からちょっと痛い事を突きますね小町ちゃん。
「まぁ受験までまだ日はあるし、俺が受ける所はどこもそこまで必死に勉強せにゃならん所じゃないし。息抜きだよ息抜き」
「何のゲームしてるんですか〜?」
何気にゲーム系統が好きな藤原が、何のゲームをしてるのか尋ねて来た。
「最近はなんかパソコンでシューティングゲームしてます。なんだっけ、オペ?だっけ」
「エペな」
誰が手術だよ。
「この間、龍珠とゲームの話になってな。久しぶりにFPSをやってみるのも良いと思っただけだ」
「でもああいうのって、大体皆でやるもんでしょ?お兄ちゃんと一緒に遊んでくれる人なんて居るの?」
「居ないから1人でやってるの分からない?」
「それもそっか」
納得しちゃったよ。いや確かに一緒に遊ぶ奴なんて居ないけど。フレンド誰1人として居ないけど、1人で遊ぶのも楽しいんだぞ。
「TG部の先輩も確かそのゲームしてましたよ」
「あぁ……確かプロゲーマーになった人だったっけ」
「ギガ子先輩知ってるんですか?」
確かそんな名前だったな。なんか単位みたいな名前だったのは覚えてたけど。
「卒業式にお前らのやり取りを見かけてな。プロゲーマーで校長の孫っつう事実に驚いたけど」
「なんかまた凄い先輩だね…。あ、そうだ。折角エペやってる先輩居るなら、一緒に遊んで貰ったら?」
「比企谷くんが良いなら、私からギガ子先輩に話通しておきますよ〜」
「いや、別に…」
「良いじゃん!プロゲーマーと遊べるんだよ?こんな機会一生に1度あるか分からないんだよ?」
小町の言い分も確かに分からないでは無い。プロゲーマーとゲームするなんて、一体どれくらいの確率なのだろうか。
いや、ちょっと待て。ゲームを極めれば、もしかしたら就職先がプロゲーマーになるのでは?専業主婦は元々、働かない為の口実みたいなものだった。
プロゲーマーは、ゲームが仕事。俺個人として、ゲームは嫌いじゃない。今のうちに進路を増やすのは悪くない事だし、受験に影響しない程度に技術を高めておくのも悪くないだろう。
プロゲーマーになれば、俺の人生ワンチャン勝ち組。ふひっ。
「…気持ち悪い笑い方やめてよお兄ちゃん」
「今のは通報されてもおかしくない顔でしたよ」
ほっとけ。
「…折角の機会だ。そのギガ子先輩に言っといてくれ」
「分かりました〜!ディスコードでギガ子先輩の作ったサーバーがあるので、もしまだ登録してない様でしたら登録して下さい!」
「了解」
その夜。
そんなこんなで俺は藤原から招待を受け、TG部のサーバーに入った。なんか知らん人が皆会話してる。
「あれ、このHachiって人はお初かな?」
「ど、どうも。藤原から招待受けた比企谷です。よろしくお願いします」
お、ちゃんと自己紹介出来た。
「よろー」
「藤原ちゃんと同期の子ー?」
「このサーバー高校生増えたねー」
…にしても、見知った名前ばかりがこのサーバーに居る。プロゲーマーは勿論、配信者に俳優、そんでVチューバー。
ギガ子先輩凄ぇ。
「話は聞いてるよ!私ギガ子!エペしよエペ!」
「あ、はい。ぜひ」
「今ランクどこ?」
「最近久しぶりに始めたのであんまランク高くないですけど…今プラチナ辺りです。そろそろダイヤに行けそうな辺りで」
「結構やってるね!」
なんとなくこのサーバーの実態は分かった。
このサーバーはギガ子の人徳が大きく影響している。名も知らない俺を快く受け入れた画面の向こう側の人達は、オンラインゲーム特有の仲で繋がっている。今度石上も誘ってやろう。
「キャリーしちゃうぞー!」
「えー良いなー。ギガ子さん私もキャリーしてー」
「良いよー!KOROMOちゃんも一緒にやろー!」
俺が1番新参者だ。このKOROMOが誰かは知らんが、連携プレイにおいて無駄に悪印象を与える必要は無いだろう。無難に挨拶しとくか。
「どうも…KOROMO、さん?」
「よろしくーヒッキー先輩」
「ヒッキー言うな」
「ツッコミはや!」
と、ギガ子先輩がケラケラ笑っている。
このKOROMOとか言う人喧嘩売ってんの?俺を引きこもり呼ばわりしてるの?
「ヒッキー先輩面白いねー」
「だからヒッキーって…」
ちょっと待て。この声、どこかで聞いたような声だぞ。
しかも今、こいつ先輩って言ってなかったか?最近聞き覚えのある声に、俺を先輩と呼んでいる…。
こいつ、もしかして。
「ヒッキー先輩何使うのー?」
「オクタン…ってなってる」
「良いねぇ」
そこから、俺は人生初めての連携プレイというものを体感した。
今まで1人で遊んでいたオンラインゲームだが、人が多いほど楽しいのは確かだ。
後ギガ子先輩上手すぎ。普通にビビったわ。
「比企谷くん上手いよねー。他何のゲームやってるの?」
「エペは久しぶりにやりましたけど……前まではCoDとかやってました。後は荒野とかレインボーシックスとか」
言うてそんなやり込んだ記憶は無いけど。ほとんど暇潰しの延長みたいなもんだし。
「うわ荒野とかなっつ」
「久しぶりにやってみようかな」
…あれだな。誰かと一緒に遊ぶゲームも、偶には悪くない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日。
あまりの眠さに、顔を伏せてそう呟いていた。
「…眠ぃ…」
「今日はいつにも増して元気無いけど。どうしたの?」
前の席に座っている早坂が尋ねて来た。
「夜中にゲームしててな。久しぶりに徹夜なんてしたぞ」
そんで「夜中うっさ過ぎ」って小町に怒られた。ぴえん。
「めちゃ分かるー」
「…ん?」
伏せていた顔を上げると、そこにはこのクラスでは無い人間が俺の席の近くに居た。
自販機で順番を先に譲って貰った代わりに、エナドリを奢ってやった後輩だ。
確かその名前は。
「不知火…ころも」
「そうだよー。ヒッキー先輩」
「…昨日のKOROMOってやっぱお前か。つかヒッキーやめろ」
「えー良いじゃーん。愛嬌あるしー」
ヒッキーのどこに愛嬌があるのだろうか。
「私もさ、ギガ子先輩に誘われてあのサーバーに居るんだよー。良いよねー、先輩の人徳の良さで居心地良くてー」
「…確かに、悪く無かったけど。というか、なんでこのクラスに居んの?そもそもなんで俺ここに居るの知ってたの?」
「確かヒッキー先輩って生徒会の人でしょー?前の生徒会選挙でやたら目立ってたの覚えてるよー」
白銀と伊井野の会長選挙に、俺が水を差したあの時か。あれから半年くらい経ってる筈なのに、やっぱり覚えてる奴は居るんだな。
「それに同じクラスの子に聞いたらヒッキー先輩のクラス教えてくれてさー」
俺がこのクラスだって知ってるのは、石上と伊井野だけだ。伊井野の性格上、おそらく俺のクラスを聞いたら「なんで教えなきゃなんないの?」みたいな事を言い出す。
理由は簡単。不知火ころもが女子だから。あの束縛欲が強い伊井野の事だから、自分以外の女子を俺の所にそう簡単に行かせるとは思えない。
なら消去法で、石上が教えた確率が高い。
「ねえ」
「ん?…いっ!?」
前の席に座っている早坂の目には、狂気が孕んでいた。何度も見たような目付きなのに、いつまで経っても慣れない。背筋が凍るこの感覚も。
「2人はさ、どういう関係なの?」
「んー…遊びの関係?」
「は?」
言い方どうにかしろよ。もうちょっとチョイスあっただろ。
「昨日の夜もさ、ヒッキー先輩と初めてヤったんだけどー。熱中しちゃって限界までずーっとヤってたもんねー、ヒッキー先輩」
「いやまぁそうなんだけど…」
さっきから違う意味に聴こえて来るのは俺の脳内が思春期だからだろうか。
「ヒッキー先輩結構上手かったし、私もいっぱいヤれて気持ち良かったよー」
それはどうもありがとう。ただその前に少し良いですか?
俺の前の席に座ってる早坂の顔がもうヤバい事になってる。今すぐ誰かを殺しかねない様なそんな表情。
「今夜も暇?またカジュアルやろーよ」
「暇っちゃ暇だが…」
またうるさくしたら小町に怒られるしな。いやまぁ、声を抑えておけば良い話か。
「じゃあ今夜、部屋で待ってるー」
そう言って、不知火は教室から出て行った。と同時に、ホームルーム開始のチャイムが鳴り、担任の大林先生が入って来た。
「ホームルーム始めるから静かにしとけよ」
にしても、マジで眠たい。昼休みはもう飯食わずに寝ようかな。
よしそうしよう。なんならそのまま5限もサボっちまおう。授業中に寝るのは教師に失礼だからな。保健室にでも行って爆睡しよう。
そう決め込んだのだが。
「八幡。ちょっと来て」
4限の授業を終えると、早坂が俺の手首を掴み引っ張る。それも、逃がさない様に力強く。
「え、ちょ…」
「愛、待ちなさい」
「…なんですか?」
無理矢理引っ張ろうとする早坂を、四条が引き止めた。なんかよく分からんがナイスタイミング。
「私も連れて行くわ」
あれ俺を助けてくれる流れじゃなかったのこれ。
「屋上なら追い詰めても誰にも耳にされないわ」
「なるほど」
「追い詰めるって何?怖い」
「あぁ、間違えたわ。問い詰める、ね。けれど似たようなものよね」
全然似てないよ?だいぶ意味違ってくるよ?
「さぁ、行こっか。八幡」
「私も個人的に、朝の話を詳しく聞きたいのよ」
そう言って、俺は2人に屋上へと連行されてしまった。
しかし、読者の皆。屋上には、あいつが居る事を忘れてないだろうか?あいつが居る屋上に連行されたら、マジでぶん殴られる可能性がある。というか殴られる事も、追い詰められる事もして無いんですけどね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そんなわけで屋上に到着しました。屋上の扉を開けると同時に、1人でゲームしていた龍珠がこちらの様子を見て怪訝な顔をする。
「どういう状況だよそれ」
「額面通りなら、八幡は不知火ころもと遊び関係にあるそうだよ」
「は?なんだそれ」
やっぱりこれ誤解されたよな。
「おいおいおい。お前、ふざけてんのか?」
手をゴキゴキ鳴らして近づく龍珠。
「そうよね。もしそれが事実なら、四条家の令嬢を敵に回すと同義よ?」
家を盾にして脅して来る四条。
「ねぇ教えて?遊び関係って何?なんで不知火ころもとそんな関係になるわけ?いっぱいヤったとか言ってるけど。なんなら今日の夜に部屋に集合とか言ってたよね、あの女。ねぇ、どういう事?」
怖い。さっきから心臓の鼓動が早くなってる。不安と恐怖に煽られてるせいで、呼吸も少し早くなってる。
しかし、こいつらは誤解してる。流石にこの誤解を解かねぇと、ゲームオーバーになりかねない。
「あいつの言い方が悪いだけだ。いやまぁ間違っては無いけど、そういう事は一切してない。ゲームで繋がった関係だって事だ」
「……へ?」
予想外の答えが返って来たのか、呆けた声を出す早坂。
「FPSっつう、オンラインシューティングゲームを一緒にやっただけ。というか、俺に女遊びするような人居ると思うか?」
「…確かに居ないわね」
「…じゃあ、あの不知火ころもとなんで仲が良い感じなの?男子と滅多に話さないって有名だし、秀知院学園難題女子の1人だし」
「え、マジ?」
最後の4人目ってあいつだったの?
「それはどうだって良いんだよ。不知火となんで仲良くなったんだ。つか、お前ら接点無いだろ。ましてや同学年ですら無ぇのに」
「ギガ子先輩…卒業してった藤原の先輩のサーバーに招待して貰ってたんだよ、藤原に。そこで不知火と知り合ったんだよ」
「あぁ……確かにあの先輩、人が良いからな。あの先輩が作ったサーバーなら、不知火と知り合ってもおかしくねぇか」
ようやく誤解が解けたようで何よりだ。というか、ほとんど不知火のせいなんだけど。言葉足らずにも程があるぞ。
「…不知火ころもと仲良くしてるのも納得いかないけど、理由が分かったから納得してあげる。もし本当にあの女と肉体関係を持ってたら、八幡今頃ただじゃ済まなかっただろうね」
息をするように怖い事言うのなんなの?そのうち暗殺されたりしないかな俺。四宮直伝のソファの角を使った暗殺術とかで。
「ダメだから。そんな事したら、私は絶対許さない。監禁でも媚薬漬けでもなんでもして、私の手元に置くから」
「なら四条家の地下部屋を使うと良いわ。確か空き部屋が1つあったと思うけど」
「その手のヤクなら龍珠組のコネで手に入れてやるよ。ただし、独り占めはダメだ。したら殺す」
いつから君らトリオになったの?今の完全な即興だよね?何今の流れるような連携プレー。いつの間にか早坂単体に監禁されてしまう話が、こいつらに監禁される話にグレードアップしたよ?
これアレですね。下手したら伊井野と圭まで連れて来て、五等分にされてしまうやつですね。そのまま喜びも悲しみも五等分されちゃうのん?何それどこの五つ子?
『もうこれで八幡はあの女は見る事が出来ない……ずっと一緒だからね?』
『私が意を決して告白したのに、ぽっと出の女に奪われるくらいなら手元に置いておくわ。この部屋から一生逃げ出せないと思う事ね』
『お前が悪ぃんだ……これからお前がどうなろうが、全部お前の因果応報だ。悔やむなら、あの女に手を出した己の不甲斐なさを悔やむんだな』
『先輩……私には、先輩しか居ないんです。もし私の前から離れると言うのなら、先輩の腹を切ってやります。私も後を追いますから……ずっと、ずーっと私から離れないで下さいね』
『もう八にぃは常識人じゃないの。だから外に出ちゃダメ。でも大丈夫だよ。そんな八にぃも、私は好きだから。…愛してるよ、八にぃ』
あっこれヤバい。絶対にヤバい。
ハーレムエンドならぬハーレムバッドエンドじゃないですかヤダー。これ完全に五等分にされるやつだ。上杉くん下手すりゃこうなってたんじゃね?
「どうしたの?青ざめた顔してるけど」
「…い、いや。なんでもねぇよ」
皆も、女子の扱いには気を付けよう。殺傷沙汰になっても責任取れんからな俺。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「辛い…胃が痛い…」
あいつらの気持ちは素直に嬉しい。俺の事を好きになる奴なんて、探して見つかるもんじゃないからな。
彼女達の愛が重いとはいえ、俺も彼女達が嫌いじゃない。そこらの有象無象に比べれば、はるかに大切に思う心がある。
だからこそ、俺は苦しまなければならない。苦しんで、足掻いて、悩んで、考えなければならない。
とはいえ、とにかく愛が重い事に変わりは無い。マジで人生が詰んだ光景が見えてしまったからな。仮に、不知火と肉体関係を持ってたら俺だけじゃなく不知火まで殺されるだろう。そういうレベルにまで来ている。
「…甘いの飲んでリラックスするか…」
今は放課後。自販機にやって来た俺は、珍しくココアを購入。プルタブを開けて、近くのベンチに腰を掛けて摂取する。
「あ、比企谷くん〜」
そんな時、ある意味彼女達以上に異常な人間性をお持ちの藤原がやって来た。
「どうしたんですか〜?なんか元気無さそうですけど」
「…元気無いのはいつもの事だよ」
「そうですか?今の比企谷くん、なんだかしんどそうですけど…。というか、いつもカフェオレしか飲まない比企谷くんがココアを飲んでるの珍しいですね」
「毎日飲んだら飽きるからな。味変だ味変」
こいつ今日はいやに突っかかって来るな。
「…本当ですか?」
「あ?」
「本当に、何も無いんですか?」
ずっと俯いていた顔を上げると、藤原が心配そうな表情をしていた。なんでお前がそんな顔するんだよ。
「前に言ったじゃないですか。私達は死線を潜り抜けた相棒だって。辛い事があるなら、私に言ってみて下さい」
「…藤原……」
…ダメだ。藤原の優しさは嬉しいが、甘えちゃダメなんだ。
これは俺がなんとかしなきゃならない事。悪く言えば、藤原は部外者だ。そんな人間に頼るわけにはいかない。
「…大丈夫だ。つか、お前にそんな気ぃ遣う事出来たんだな」
「私を誰だと思ってるんですか。なんせ、私は献身と慈愛の象徴ですから!」
「強欲と自己愛の間違いだろ」
「むぅ〜!ちょっと優しくしたらすーぐそんな事言う!比企谷くんなんて嫌いです!謝りに来たら許してあげます!」
と言って、プンスカ怒ってどこかに行ってしまった。そんな彼女の後ろ姿を見た俺は、思わず笑みを溢してしまった。
…ありがとな、藤原。