やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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 ストーリーの進み具合が早いですけど、そこは目を瞑ってください。そんなわけで、69話ぶりに彼女が登場します。なんなら挿絵までご一緒に。


楽しい時間は続かない

 フランス校との交流会が開催された。今回は前のような雑談会というよりも、ダンスパーティーだ。ダンスに関しては誰かと踊る気は無いが、以前に比べてフランス語を勉強した。また話しかけられたりしたら厄介だからな。

 

「にしても、今年も結局忙しそうだな…」

 

 フランス校が主催だから、準備は全てフランス校の生徒会が取り組むと聞いていたが、我が校の生徒会長が指示出しをしている。大方、発注ミスとかあったんだろう。

 

 それはさておき。

 

「また眼鏡掛けなきゃならんのか」

 

 俺は壁にもたれながら、そう溜め息混じりに呟いた。眼鏡を掛ける事になったのは、昨日の事。

 

『比企谷くん!明日のフランス校との交流会、あの眼鏡を掛けましょう!』

 

『え、嫌なんだけど。あの時だけの話だろ』

 

『良いですか?比企谷くんのように腐敗した目を見ると、フランス校の生徒が怖がってしまいます。それを緩和する為に、あの眼鏡を掛けて下さい。言ってしまえば、身嗜みを整えるようなものです!』

 

 と、藤原に言われて眼鏡を掛けたものの。

 やはり、なんだかヒソヒソとこちらを見ながら噂しているのが分かる。どちらにせよ噂されるのであれば、眼鏡を掛ける必要が無かったのでは。

 

「やっぱりカッコいいです!その眼鏡!」

 

 伊井野がやって来て、そう評価する

 ドレスコードは制服でも可なのだが、そこは律儀な伊井野。きちんと正装を着てらっしゃる。

 

「自分じゃ分からんもんだけどな。それより、お前は踊って来ねぇの?大仏とか小野寺とか居ただろ」

 

「最初は、比企谷先輩と踊りたいんです。…私と、踊ってくれませんか?」

 

 …踊るつもりは無かった。というか、そもそも踊る人間も居なければ、それを約束した人間も居なかったから。

 

 …仕方ない。

 

「お手をどうぞ」

 

「…はい!」

 

 俺が差し出した手を伊井野が取り、藤原が奏でる音楽に合わせて共に踊っていく。

 

「下手でごめんね」

 

 踊りながらそう謝罪する。前に白銀と藤原のダンスを撮影した動画を何度か見たものの、やはり実際に踊ると別である。

 

「先輩と踊れただけで私は嬉しいんです。先輩と一緒に居れるだけで、私は……」

 

「…そうかい」

 

 このダンスは途中途中踊る人間が変わる。最初に伊井野と踊ったからと言って、最後まで踊らなければならないというわけでは無い。一通り、伊井野と踊り終えると。

 

「素敵なひとときでした…本当、一生あのままで良いくらい」

 

「一生踊るとかごめんなんだけど」

 

「そういう事じゃありません!」

 

 知ってる。逆にそういう意味だったら俺引いてたから。どんだけダンスに対して熱くなってんだよってなるから。

 

「それじゃ私、こばちゃんの所に戻りますけど……私以外の女と踊るのは控えて下さいね」

 

 だから怖ぇよ。その光を一切感じない目やめろ。呪われるから。

 伊井野は大仏達の所に戻って行き、俺は再び壁にもたれてダンスを眺めている。

 

 しかし。

 

「私がちょっと目を離した間に、楽しそうに踊ってたんだね」

 

 正装を着た伊井野とは違い、いつものように制服を着ている早坂が皮肉を放ちながらこちらに寄って来る。

 

「さ、踊ろうか」

 

 早坂が手を差し伸べる。まるで共に踊る事自体が当たり前と言わんばかりに。

 

「…拒否権は無いんですね」

 

「あると思う?」

 

 俺は溜め息を吐いて、早坂の手を取った。

 音楽に合わせて踊る。口で言うのは簡単だが、やってみると結構難しい。それでも、最低限度のダンスは出来ているのではないだろうか。

 

「八幡、手汗すご」

 

「…慣れてないんだよ、こういうのは」

 

「だろうね。そんな気はしてた」

 

 そんな他愛の無い話をしながら、早坂と踊り終えた。しかし、早坂は手を離してくれない。それどころか、俺の指の間に自身の指を通して、絡めるように握りしめた。

 

「今度は互いに正装して踊りたいね」

 

「今度、なぁ…」

 

 次回もやるよみたいな事を言わないで欲しい。誰が相手であれ、ダンスはもう今日のこれっきりにして欲しい。妙に疲れるし。

 

「それじゃあ、私はかぐやの所に行くから。間違っても他の女に引っ掛けられないようにね」

 

 去り際に怖い事言わないでくれる?流行ってるの、それ。

 そうして妙に疲れた身体を休める為に、三度壁にもたれてダンスパーティーを眺めていた。

 

 すると。

 

「あ、アノ…!は、ハチマン…!」

 

「ん?」

 

 誰だこの声。その上、知らん声の人間に名前で呼ばれた。

 声を掛けて来た方向に顔を向けると、頬を少し赤らめながらこちらにやって来たフランス校の生徒がそこに居た。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 なんか見覚えあるような…。

 

「…あ」

 

 名前忘れたけど思い出した。

 去年のフランス校との交流会、彼女と会話した。俺がめちゃくちゃなフランス語を言ったのをよく覚えている。

 

「おもいだした…?ローラっ、ローラ…!」

 

「お、おう……よく覚えてたな…」

 

 名前は一切心当たりないのに。多分自己紹介はしてる筈だから、単純に俺の記憶の問題だ。

 

「このひずっとまってた…ハチマンともういっかい、あうのを…」

 

 何故?

 

「わたし、にほんごじょうずになった……ハチマンのくにのことば、ひっしにおぼえた…!ローラ、すごい…?」

 

 このローラという人物は生粋のフランス人なのだろう。そんな人間が、今日の交流会の為に日本語を勉強して来た。まだ少し話し慣れていないのが分かるが、話せているだけでも充分だろう。

 

「…そうだな。凄ぇよ」

 

「やった…ハチマンにすごいいってもらった…えへへ…」

 

 異国の言語を話すのには苦労する。日本人が英語を覚えるのが難しく感じるように、異国の人間が日本語を覚えるのもまた難しいのだ。

 

「それで、何か用か?」

 

「わ、わたしとダンス…して…」

 

「……え、俺?」

 

「ハチマンとおどるの、たのしみしてた。きのうはねむれなかった」

 

「お、おう…別に良いけど…」

 

 ローラの手を取って、音楽に合わせてダンスを踊り始めた。

 

「お兄ちゃんがフランス校の人と踊ってる…!?」

 

「さっき女に引っ掛かるなって言ったばかりなのに。八幡ってフランス校の生徒まで誑かしてたんだ」

 

 なんか色々言われてる気がするが、今はローラとのダンスに集中しよう。じゃなければ転けてしまいそうになる。

 

「ハチマン……」

 

 しかしさっきから気になってたんだが、このローラという人物は何故、俺にここまで関わって来るのだろうか。

 去年、俺は彼女と会話したが、およそ会話に成り立つような言葉を俺は発していなかった。にも関わらず、なんだか懐いてるように見える。

 

 俺マジで何したん?

 

 "今日あま"の時のように、俺こいつに何か言ったのか?実は俺が話してたのはめちゃくちゃな文法じゃなくて、フランス語でローラに口説いてたりしたのか?だから懐かれているのか?

 

 そんな疑問を浮かべながら、ローラと共に踊り終えた。しかし、依然ローラは手を離してくれない。

 

「何してんだよ」

 

「…これでばいばい、いや。ハチマン、いっしょにくににきて」

 

「国にって……フランスに来てくれって事か?」

 

 その確認をローラにすると、合っていたようなのか縦に頷いた。

 

「…流石に無理だろ。いきなり、はいそうですかってなるわけないだろ」

 

「じゃあ、どうやったらきてくれる?」

 

「いや、どうやったらって…」

 

 そもそも行く気は毛頭無い。

 

 これは俺の予想だが、ローラは何故か俺に懐いている。おそらくきっかけは、去年の交流会だろう。何をしたのかは未だに不明だが。

 ローラは俺に懐いている。しかし、彼女はフランスで俺は日本。国が違う。だから会う頻度は壊滅的に低い。だからこそ、俺とまた会う為にフランスに連れて行こうとしている。

 

「わたしのいえ、おかねもち。ハチマンのいうこと、なんでもかなえる」

 

「金の問題以前に、そもそもフランスに行く理由が無いんだよ。だから悪いが、お前の誘いは受けられない」

 

 これ以上ごねられたら敵わない。それだけ言って、俺は彼女の前から姿を消そうとした。しかし、彼女はそれを許さなかった。

 俺の左腕を掴み、強引に引っ張る。姿勢が後ろに傾くも、なんとか堪えようと身体の正面を後ろに向けた。

 

 それが間違いだった。

 

「んむっ!?」

 

 ローラは両手で俺の顔を固定し、そして自身の唇を俺の唇に当てた。だけなんて生易しいものじゃない。俺の唇は彼女に咥えられ、まるで縛られたかのような錯覚が起きた。

 更に、追い打ちのように彼女は舌をねじ込もうと…。

 

「んんっ!」

 

 そうなる前に、俺は顔を固定していた彼女の両手を掴み、拘束から解いた。そして無理矢理、勢いよく彼女の顔の距離を離し、なんとか濃いやつは免れた。

 

「お、お前……やって良い事と悪い事があるだろ…!」

 

「こうでもしないと、ハチマンきてくれない。ハチマンにくににきてほしい。そしていつか、わたしのmariになってほしい」

 

「な、なんて…?」

 

 おそらくフランス語なのだろうが、まだ勉強不足なのか知らない単語が出てきた。

 

「きめた。わたし、もういっかいこのくにくる。そのとき、ハチマンをわたしのくににつれていく。ぜったい、にがさない」

 

 ちょっと待ってマジで何したんだよ俺。これは懐くとかそういうのを軽く超えている。これはまるで…。

 

「これはダンスパーティー。往来であんな不純な事するなんて、フランス校の人は常識を知らないのかな」

 

「はや、さか…」

 

 その声色はただ低いとかそんなもんじゃない。その声だけで、相手を戦意喪失させてしまうような絶対零度。

 

「…ハチマンとわたしのはなし。どろぼーねこはきえて」

 

 どこで泥棒猫とか学んだの?日本語を覚える時なんか余計な所まで覚えてない?

 

「恋人でも無いのにもう彼女面?」

 

「わたしはハチマンのしょうらいのépouse。もうembrasséもした。あとは、ハチマンとActivité sexuelleして、こどもをうむ。ハチマンのはじめてはぜんぶわたしのもの」

 

「…そう。なら勝手にそう思ってれば?」

 

 ローラの言い分に、呆れた様子でそう吐き捨てた。

 

「ハチマン。ほんとはこれでばいばいするのいやだけど、つぎはぜったい、くににつれていくから」

 

「…俺は絶対行かねぇからな」

 

「いかないとならないようにするから。まっててね、ハチマン」

 

 そう告げて、ローラは俺達の目の前から去って行った。

 

 にしてもまさか、俺のファーストキスがフランス人になるとは思わなんだ。フランスの人ってそんなに積極的なのん?奪われた形になったわけだけどさ。

 

「…可哀想にね」

 

「え?」

 

「彼女、八幡の初めては全部私のものとか言ってたでしょ?あの言葉、笑いそうになったよ。そんな事、叶うわけが無いのにね

 

 ローラを嘲笑う早坂。その笑みに、俺は確かな恐怖を覚えてしまった。

 

「それはさておき、あんな女とイチャイチャして?挙げ句の果てにはキスもされて?良いご身分だよね。私の…私達の気持ちを知ってる癖に、まだ他の女を誑かすんだ。そんなに殺されたいの?

 

「え、遠慮しときます…」

 

「ならもっと警戒して。押しに弱いんだから、八幡は。将来、浮気されそうで怖いよ。…まぁそんな事絶対させないけど」

 

 押しに弱いと言うより、君達の押しが強いだけだね。もうブルドーザー並みの強さよ。

 

「…ちょっと外に出て落ち着いて来るわ」

 

 俺は早坂を置いて、パーティー会場から出て行く。会場に人が集まっているからか、外には人が居ない。会場の入り口付近で、俺は1人で心を鎮めた。

 

「…はぁ…」

 

 ローラ、か。本当に何したんだろうな、俺。キスされるほどに懐かれ、いや、好かれていたとは思わなんだ。

 パーティーが終わった時に、強引にでも彼女の気持ちを否定するか?いや、あの手の人間は多分耳を貸さないタイプだ。答えがどうであれ、彼女は本気で、もう1度日本に来る所存だろう。

 

「…どうすりゃ良いんだよ」

 

 ただでさえ、伊井野や早坂達に手を焼かされている。そこにフランス人が参戦?まさかの外国人かよ。いつか日仏戦争でも勃発すんのかよ。怖ぇよ。

 

「何してるのよ」

 

 その呟きに返事をしたのか、ただ声を掛けただけか。四条も会場から抜けて、俺の目の前にやって来た。

 

「…ちょっと休んでるだけだ。あのノリは合わんからな」

 

「そう言う割には、あんたフランス校の女にキスされてたじゃない。私一体何回目の前で好きな人が他の女にキスされるのを見なきゃならないの?これで泣いてない私の精神って強いと思うのだけど」

 

 俺全く悪くないけど、なんかごめんね。

 

「私って、もしかして寝取られ性質でもあるのかしら」

 

 だからごめんって。その自虐ネタ重いから。怨念とか色んな負の感情が込められてそうで怖いから。

 

「あんたの荷を重くしてるのは私達だけど、もし辛いと思ったのなら拒んでも良いのよ」

 

「それは絶対しない。自分が辛いからって理由だけで、俺はお前らの気持ちを拒んだりしない」

 

「…本当、義理堅いんだから。そういう所が、好きなんだけどね」

 

 さらっと恥ずかしい事言わんでくれませんか。

 

「…まぁ、こうしてバカな事してられるのも今のうちだけど」

 

「うん?」

 

「楽しい時間はいつまでも続かないという事よ。このダンスパーティーも、会場に居る皆の笑顔も、あの子達の関係も。…ずっと続くわけじゃない」

 

「それは…」

 

 四条が入り口から、会場内を覗き見る。

 

「どうやらラストダンスの様よ。私達、まだ踊っていないのだし、最後は私と踊りましょう?」

 

「…そう、だな」

 

 四条と共に会場へ戻り、藤原の最後の演奏に合わせて踊り始める。

 今日だけで4人も一緒に踊った。本来なら全く踊るつもり無かったのに。いや、正確に言うと小町と踊りたかったのだが。

 

『えーキモい』

 

 一蹴されてしまったのだ。最近小町って反抗期に見えるんだけど、ついに兄離れってやつですかそうですか。こちとらまだ妹離れ出来ない兄ですが何か?

 

「他の事を考えてるでしょ、今」

 

 踊っている四条は少し不服そうにする。

 

「今は私と踊ってるんだから。私だけを見てなさい」

 

 言う事はカッケェんだよ、言う事は。しかしそれでも、彼女の残念さが拭えないのも事実。まぁある意味、四条クオリティってやつなんだろうけど。

 

「ラストスパートですよ〜!」

 

 どうやら、このダンスパーティーももう幕引きのようだ。これが終われば、また明日からいつものようなバカみたいな騒がしい時間を送る事になる。

 

 しかし。

 

『楽しい時間はいつまでも続かないという事よ』

 

 楽しいかどうかは別として、この当たり前の日常がいつまでも続かない。そんな事は分かり切っている。始まりがあれば、終わりがあるのが必然だから。

 

 その終わりは唐突にやってくる。

 

 

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 翌日。

 

「お兄ちゃん……」

 

 俺達はテレビに映されているその内容を、食い入るように見ていた。なんせ、内容が四宮グループに関する事だからだ。そのニュースはひっきりなしに取り上げられているが、1番印象に残っているのは、"四宮一族の帝国崩壊の狼煙"という1文だった。

 

『四宮家と四条家の抗争は既に始まってるのよ』

 

 前に四条が言っていた、四宮と四条の関係。そして2つの巨大な組織による水面化での争い。

 詳しい事は分からない。しかし、このニュースは四宮にとって、四条にとって…いや、秀知院にとって大きい出来事になるのは間違い無かった。

 

 そして同時に。

 

 四宮かぐやが俺達の前から姿を消した。

 

 


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