四宮青龍の妨害を跳ね除けた俺達は、四宮家本邸に一気に近づく。近づくにつれて、四宮家本邸から騒ぎの声が聞こえてくる。
時刻は既に23時を超えている。騒ぎがあるという事は、早坂のあれこれハッキングが功を成したという事だろう。騒ぎの隙に四宮が脱出し、遺書を手に入れて処分する。
「八幡!書記ちゃん!」
雑木林から走って来たのは、早坂だった。
「2人とも無事で良かったよ。さ、早くかぐやの所に行こう!」
早坂と合流。次に、四宮と合流する為に四宮家が所有する土地を走り始めた。
ここでどうやって四宮を探すのだという疑問を抱いたそこの読者。答えはすぐに分かる。
俺達が雑木林の中を走り抜けて行くと。
「もう良い!とっととそれを渡せ!」
知らない男の荒い声が聞こえて来た。俺達は声がした方角に向かって走って行く。するとそこには。
「石上くん!?どうしてここに…!?」
スキンヘッドの男から四宮を庇う形で前に出た石上を目の当たりにする。
「私達も居ますよ〜!」
石上の登場に乗じて、俺達も姿を現した。
「藤原さんに早坂…それに比企谷くんまで…」
ここで先程の疑問にお答えしよう。
四宮の居場所を知っていたのは、四宮が今手に持っているお守りのお陰なのだ。そのお守りはタグで、ブルートゥースを介して位置を割り出す仕組み。伊井野がそれをディスコードで情報共有していたのだ。
そのお守りは石上から四条帝に、四条帝が四宮に渡した物だ。
「ガキが何人か増えた所で変わりはねぇよ。こっちには…」
「兄貴よぉ。いつまでそんな事言ってんだ?」
スキンヘッドの男、長男の黄光が自身が引き連れている男達をこちらに仕向けようとすると違う方向から、タバコを咥えた三男の雲鷹と愉快な仲間達が現れた。
「道路はこいつらが雇った輩共に封鎖されて応援は来ない。青龍の兄貴は丸め込まれて使い物にならない。早坂家はここぞとばかりに牙を研いできた。とっくに兄貴は飛車も角も落ちて王手かけられてんだよ。そのガキ共にまんまとしてやられたな」
「雲鷹……お前はそっちに付くのか」
「あん?最初から兄貴側に付いてねぇだろ。兄貴がこの家の帝王になるなんざ真っ平御免だっつの。親父の魂を継ぐっつう意気込みは結構だが、その屋台骨は親父のカリスマ。あんたにはそれが無い。器じゃねぇのよ」
雲鷹の言葉1つ1つが黄光を追い詰めていく。次第に悔しげな表情を浮かべる。
「もう良いだろ。終わりなんだよ、古い時代の四宮は」
黄光は観念したのか、低く生えた岩に座り込んでこちらを見上げながら睨みつける。
「継母の蛇共が…虎視眈々と時期を伺っていたわけか」
「知らねぇよ。今回の契機を作ったのはこいつら。俺は偶々居合わせただけで何もしてねぇだろ」
黄光は今度は、雲鷹から四宮を睨みつけ始めた。
「かぐや…。ただの傀儡であれば良かったものを…小賢しい知恵を付けて…。…そうだ、かぐやに要らん教育をしたのは
「はん。俺はただ四宮の人間として生まれた妹を、四宮の人間として育てただけだ。俺達同様、計略と傲慢に満ちたクソッタレな家の人間として」
負け惜しみとも取れる黄光の言葉に、雲鷹は鼻を鳴らして返す。
「お陰でこんなに意地と性格の悪い女に育ってくれた」
「誰が性格の悪い女ですか」
お前の事だよ四宮。白銀に近づく女を陰ながら徹底的に排除しようと策を練るお前の事だよ。
「何か考えましたか?比企谷くん」
「…気のせいだよ」
怖いよあいつ。俺多分一生四宮に対してビクビク怯えてるかも。
「こんな風に育った事に対して、私は死ぬまで恨みます。ですが物事を自分で判断して、自分を守る為に戦う方法を教えてくれた事には感謝しています」
「……ふん」
雲鷹はまた鼻を鳴らし、俺達から背を向けた。
「兄弟喧嘩に暴力は無しだ。後は知らねぇ。お前らで精々話し合え」
『素晴らしい提案です!今まさに家族の絆がバラバラになろうとしてるんです!このままだと、四宮家と四条家が分断された時の二の舞になるかも知れません!ちゃんと話し合った方が、遺恨は無いと思います!』
「家族の絆、ね…」
伊井野の言葉を黄光は小馬鹿にするように呟いた。
「元より俺達にそんなもんはねぇよ。母親も違ければ、年齢も育った場所もバラバラで。あるのはこの家でどういうポジションに着くかという概念と、俺達の背中を押す周囲の期待に満ちた視線だけ。親父がこの家をそういう風に作り上げた。…いや、親父の前の世代からずっと」
そういう期待に応えなければ、四宮家は終わる。それを果たす為に、四宮かぐやを犠牲にしてでも守りたかったのが黄光の目的なんだろう。
「四宮グループの企業数は4千超。総社員数は90万近く。四宮家が傾けば、数え切れねぇ従業員が自ら首を吊るんだ。…重いんだよ、俺達の決断は」
黄光は黄光なりに、四宮家の先を案じていたのだ。しかし、それを理由に四宮かぐやを犠牲にして良い理由にはならない。
「それに比べてお前の結婚の1つや2つどうだって言うんだ!?あぁ!?お前が人より遥かに良い生活をさせて貰っているのは、その責任を果たす為だろう!」
「勿論分かっています」
黄光の癇癪に、四宮は冷静に肯定する。
「四宮家に生まれた人間として、グループで働く人々やその家族の為にその責務を果たす覚悟はあります。…ですが、それは兄様に強制されるものではありません。私自身が、自分の意思で責任を果たすものなんです」
「…だったらその責任を果たせ。自分の意思とやらで」
「言われなくとも。ですが、自分を安売りするつもりはありません。私がその選択をするのは、策を尽くした後です」
「策だ…?四条との和平を、お前が果たせるって言うのか?」
「私を信じて貰えるなら」
四宮がそう言うも、「お前の何を信じろと言うんだ」と突き返す黄光。
「じゃあ、少しでも知ってください。…これは、誰にも言った事無いのですが」
四宮は1つ、深呼吸する。そして自らを落ち着かせた後、四宮はとんでもないセリフを吐き出した。
「私。将来、写真家になりたいんです」
空気が止まった。それほどまでに、インパクトのある言葉だったのだ。
四宮の言葉に黄光が目を丸くした。黄光だけでなく、石上も早坂も藤原も伊井野も。雲鷹なんて「何言ってんだこの妹」みたいな視線を向ける。無論、それは俺も同様に。
こいつが写真家を目指す伏線なんて今まで無かった。故に、四宮のその言葉に驚きを隠せないでいる。
「最近、ちゃんとしたカメラを買って。風景とか料理を撮ったりしてるぐらいなんですが。上手くなったら人物を撮りたい……なんて思っています」
頬を少し赤らめながら、自身の夢を語る四宮。四宮が恥ずかしがりながらそう語ると言う事は、ガチで写真家を目指すつもりなのだ。
「人物の写真…?お前がか?」
「大学に行って、そういうサークルに入って。その後は分からないですが、そういう職に就けたらなって思って…」
四宮が恥ずかしがりながら語っているが、一方で俺達は黙って聞く事しか出来ない。なんせ、言葉が見つからないのだから。
「本当は私…四宮家で偉くなるとかあまり興味が無くて。だから、私としては四宮家の全権を黄光兄様が握っても良いと思っているんです。でもそれは私の自由と、会長や私達の周りに危害を加えないという確約が得れたらの話です」
そう言って、ガラスのフィルムで厳重に仕舞っている遺書を黄光の目の前に取り出す。
「それさえ保障していただけるなら、私も四宮家の為に骨身を惜しまない覚悟です」
四宮の言葉と表情から覚悟が伝わったのか、黄光は。
「…ならやってみればいい。四条との和平が出来るって言うなら、やってみろ。もし失敗したらお前は嫁に行く。そういう事で良いんだな?」
「はい」
……どうやら、決着したようだ。
「…お前がこんなに強情だったとはな」
「私も黄光兄様がそこまで考えてるなんて知りませんでした。やはり、話し合うという事はとても重要…」
「おいおい」
…今良い感じで終わろうとしてんだ。このまま平和で終わろうぜ。
「兄貴に全権譲るとか俺に得がねぇだろ。…おい」
先程の話し合いの結果に納得がいかなかった雲鷹は、部下にとある指示を下した。それは。
「力ずくで良い。その遺言書を取り上げろ」
雲鷹の指示により、部下達は一斉に四宮に襲い掛かる。
「暴力は無しじゃなかったんですか!?」
「四宮先輩!月の方角です!月が見える方角へまっすぐ走って下さい!」
「月…!?」
とにかく逃げ切る為に、石上の指示に従って月の見える方へと四宮は走って行った。
「もう!かぐやさんのお兄さん!折角良い感じに纏まったのにどうして意地悪するんですか!空気読んで下さい!」
「あーあー知らねぇ知らねぇ。そうそう全員に都合良く決着が着くなんてねぇんだ。俺が割を食うのは御免だっての」
「…まあ妹が意地と性格が悪いんだし、同じDNA持ってても不思議じゃないだろ」
「良いですけどね別に。皆さんがかぐやさんにどんな嫌がらせをしてこようとも、私達がかぐやさんを守ります。苦しい事があっても、手助けしあいながら上手くやっていくんです!なんでも思い通りに出来るなんて思わない事ですね!」
「やれやれ。これだから無駄に知恵を持ってるガキは面倒なんだ」
面倒くさがりながらそう呟く雲鷹。
「藤原総理んとこの孫娘だったな。今回の筋書いたのはお前か?」
「まあちょっとはアイデア出しましたけど。かぐやさんのお父さんを説得して、遺言書を使って交渉しようって言ったのは私ですし」
「なるほどな」
「でも私1人じゃどうしようも無かったですよ。アイデアを実行する現実的なプランを立てて、適材適所に人を割り振って、ちゃんと行動する度胸も必要。私達にそれが出来る人が居ましたから」
「腐っても秀知院の生徒会長だからな。その肩書きは伊達じゃない」
そう。あいつを中心にこのプランは企画され、実行するに至った。
伊井野のリークの件は、リーク先の配信者を絞った方が良いと言って配信者の人とパイプを繋げた。
石上が四宮を攫おうって言ったのだって、ほとんど非現実的な策だった。でもそれを可能にしたのが、白銀が八面六臂の活躍をしたからだ。
「あいつは、1人じゃ何も出来ない、皆の力だ。とか卑下すると思うが、俺からすればそれはとんだ嫌味でしか無い」
「…ですね。まだまだ、会長には全然敵わない」
「そういう事は全てが綺麗に終わってから言うんだな。かぐやが逃げ切れなかったらそんな話は…」
「そうはなりませんよ」
なるわけが無い。
あいつはねちっこいし執念深い。執着心も凄い。仮にこの策がミスったとしても、第2の策や第3の策を用意している。
「…まぁあいつの目立つ特徴は執着心よりも、ちゃっかりしたとこだったりするんだよな」
『ちゃっかりと言うかカッコつけですよ。私達に働かせて美味しい所を掻っ攫う気満々ですよね』
「何気にあの人が自分の得を1番考えてますよ」
「…まぁ、最後の美味しい所は譲ってあげましょう。中々居ないですよ。この気に乗じて好きな女の子を口説こうとする男なんて」
そうして、俺達も四宮の後を追い始めた。月が見える方角にしばらく向かって行くと、崖に追い詰められた四宮と追い詰めた部下の1人の姿が見えた。
逃げ場無し。誰もがそう思うだろう。
「…絶対このタイミング狙ってましたよね」
四宮は構わず崖から飛び降りた。しかしその瞬間、崖の下からヘリが上昇する姿を見せる。ヘリの機内から吊るされた縄梯子から。
「迎えに来たぞ。かぐや」
四宮を抱きとめたのは誰であろう、我らが生徒会長の白銀御行。
白馬の王子様に匹敵するその姿に、部下はただヘリが離れて行くのを眺めるしか出来なかった。一方の俺達も、そのヘリを眺めていた。
それにしても、大掛かりなのやったな。
このヘリの提案をしたのは石上だ。新幹線より速い上に、終電を過ぎても移動可能だからだ。このヘリを用意したのは、青龍から奪った10億の内から支払ったもの。
そして1番の驚きは、操縦士が白銀パパである事。あの人本当何者なんだよ。何気に凄いんだよやってる事。
「カッコよくお姫様を救うナイトですか。1度くらいやってみたいもんですね」
「まぁそれはきっと、お互い様だと思いますよ」
「どういう事です?」
「女の子だって、1度くらいナイトに救われるくらいやってみたいんですよ。ね?八幡」
待って俺にそれに期待してるよーみたいな事言ってくるな早坂。伊井野、「うんうん」とか頷くな。
「…俺はしないからな、あんな真似」
すると、ポケットに仕舞っていたスマホが突如震え出す。取り出すと、龍珠からのコールだった。
「…もしもし」
『四宮家の手先をのして月を眺めてたら、なんか月をバックにヘリが見えた。じゃあなんか、見覚えのある人間が2人ほど見えたんだが』
「…うん。まぁ、そういう事だよ」
どうやら龍珠の目にも見えてしまったらしい。どうやって見えたのかは知らないが。
『…そうかい。ウルトラロマンティックな事しやがるな、あいつも』
そのワードって秀知院で流行ってるの?確かに第3期の題名がそうなんだけどさ。
『でもこれで終わったんだろ。全部』
「…まぁ、多分な』
四宮の騒動も終わり、またいつもの日常が始まるのだ。
白銀が会長の席に着いて、隣に四宮が立っている。藤原がアホな事を言い、石上がキレのあるツッコミを入れる。その渦中に巻き込まれる伊井野。そして、缶コーヒーを片手に遅れて来る俺。
いつもの日常が、また始まるのだ。
「あ、そうだ八幡。さっき言ってた事、後でシても良い?」
早坂は伊井野が映っているタブレットを石上に預けて、こちらにジリジリ詰め寄って来る。
「何の事だよ」
「言ったじゃん。これ全部終わったら濃厚なのヤって良い?って」
「…あ」
一瞬にして俺は身の危険を察知した。
「なんですか?濃厚なのって」
早坂の言葉に疑問を抱いた石上が尋ねた。
「後で私と八幡がキスするの。それはもう、お互いが溶け合うような濃厚なのをね」
『おいちょっと待て。聞き捨てならねぇクソ発言が聞こえたぞ』
『先輩。私の居ない所でそんな淫らな事は許しませんよ』
ねぇちょっと空気読もう?白銀と四宮今良い感じじゃん。それを見届けよう?なんで自分の欲求を優先しちゃうの?
「ちょっと皆さん、今はかぐやさん達を見ましょう!今はそんな事をしている場合ではありません!」
お前が天使だったか藤原。今までダークマターとか言っててごめんね。そのままもう一押ししてくれ。そんな淫らな事はダメだと。
「それはこの騒動が終わってからです!」
お前本当最悪。遺言書の始末が終わったらヤっても良いと思ってんの?ダメに決まってんだろアホか。
「…それもそうだね。お楽しみは、次の学校の時までに取っとかなくちゃ」
取るな仕舞え。
『おいコラこのクソビッチ。調子乗んなよ。親が極道だからって私が殺さねぇとでも思ってんのか。ぶっ殺すぞ』
怖ぇよ。
『先輩、絶対に汚されないで下さい。もし生半可な気持ちで私以外の女に身を委ねたら、先輩も殺して私も死にますから』
典型的な重いセリフ。
折角、平穏な日常を取り戻せると思ったのに。余計な事を言ったばっかりにこんな事になってしまって。
「…石上。俺しばらく失踪するから。探さないでね」
「それは無理だと思いますよ。多分、血眼になって探し出しますよ。この人達なら」
デスヨネー。最悪バッドエンドになりそう。というかそんなんしたら拉致されて監禁されて薬漬けにされるんだっけ。
終わった。色んな意味で、終わった。
「…比企谷先輩って、面倒な女に好かれるよな」
そうボソッと呟く石上。
読者の諸君。面倒な女の人に好かれて羨ましいとか思うなよ。そんな考えを持つ奴は3流の考えだ。
憂鬱になり、俺は大きく溜め息を吐いてると、隣に藤原が寄って来た。それもかなり近い距離感で。
「な、なんだよ」
「…早坂さん達だけが、比企谷君の事を好きだなんて思わないでくださいね」
藤原の温かい吐息と一緒に囁かれたその言葉。どういう意味かと尋ねようと思って隣に視線を向けると、潤んだ瞳と頬を赤らめた藤原の表情が窺えた。
不覚にも、可愛いとさえ思ってしまった。
「乙女の思いは重いんですから。覚悟しててくださいね?」
ただ早坂達の行動について忠告されてんのかと思っていた。しかし、その考えが全否定されると分かったのは後々の話である。
不穏な言葉が耳に残りながらも、四宮かぐやをめぐる騒動は終幕した。
まさか本誌に追いつくとは思わなかったです。とんだネタバレですけど。ただまあ本誌に追いつきすぎたので、もしかすればしばらく投稿を控える、または番外編かオリジナルを投稿するという形になると思いますが、何卒よろしくお願いします。