「粗茶ですが」
「うん、ありがとう」
何故こうなったのか。
今日の生徒会が終わって、皆は解散し帰宅した。俺もそうするつもりだったのだが、まさか子安先輩と遭遇するとは思わなかった。久しぶりに会った子安先輩は、バッサリと髪を切っていた。
「…それで、何か用ですか?」
「明日休みだから優くんと一緒に遊ぶの。けど今日の講義が早く終わったから、サプライズ的な感じで会いに来たの。でも見た感じ、入れ違いになっちゃったっぽくてさ。そこで比企谷くんを見かけたから、声を掛けたの」
「なら今から呼び出しましょうか?すぐ来ると思いますよ」
「大丈夫だよ。また後で私から連絡するし」
ここで振り返ろう。
目の前に居る子安つばめは、生徒会会計の石上と付き合っている。それはもうラブラブのアツアツな事で。石上の待ち受けやラインのホーム画像が、子安先輩なのだ。
あれだけリア充を呪っていたのに。掌返しも良いところだ。まぁそれだけ幸せって事なんだから、別に気にはしないけど。
「でね、久しぶりに比企谷くんに会ったから聞きたい事もあって。優くん、学校ではどんな感じかな?」
「どんな感じ…」
そう言われてもな。俺そもそもあいつと学年が違うし。石上と同じクラスの大仏からちょこちょこ話を聞いたり、廊下で見かける事はあるけど。
「去年に比べれば、楽しんでると思いますよ。今じゃ伊井野とは普通に話せてますし」
「…そっか。良かった」
安堵したかのように笑う子安先輩。
この反応の理由は、周りの石上を見る目を変えたのは子安先輩の貢献があったから。
今では周りと仲良くしているらしいが、それを知った当初は関わりに困った事だろう。なんせ、石上の噂は全く違ったのだから。
「優くんと時間があれば電話したりしてるんだけどね。学校の事より、何気ない雑談とかをする方が多くて。最近学校どうー?なんて聞くのも、なんだか少し他人っぽい感じでさ」
「はぁ」
要のところは学校の事よりも石上とずっと会話したかっただけという事か。これもしかして、ちょっと遠回しに惚気られてる?
「もうちょっと優くんと一緒に学校生活を送りたかったなって思うよ。神奈川の大学行ってるから余計にそう思うのかな。優くんともっとずっと居たいって思うよ」
あっこれ惚気られてますね。すっごい幸せそうだもの。
「優くんってすっごく優しいよね。一途に私の事を想っててくれる……あれだけ直向きに好意を向けられちゃうと、愛されてるって思うもん」
「そうですか」
「でも時々、慌てたり照れたりして。そういう所がまた可愛いの。この間だって、優くんが私を押し倒した時…」
「すんませんその辺のは飛ばして大丈夫です」
めっちゃ生々しいの聞かされるとこだった。というか石上と付き合ったからか、結構ぶっちゃけ始めてる。この手の話題はあまり話さないものだと思っていたが。
やはり、恋は人を変えるのだろうか。
「要するに、石上ラブって事なんですよね」
「えへへ……そう言われるとちょっと恥ずかしいな」
そうはにかむ子安先輩。何だこの人可愛いな。
「…本当、今とっても幸せだよ。…でも、またこの幸せが離れたらどうしようって不安になる時もある」
「子安先輩…」
「勿論、優くんはそんな不義理な子じゃないのは分かってるよ?真面目だし優しいし。…でも、世の中絶対なんて無いわけで。何がきっかけで離れるかなんて分からない。…そう考えると、胸が苦しいの」
子安先輩は、恋愛に臆病な所がある。
聞いた話では、前の彼氏と酷い別れ方をしたらしい。仲の良い友達と二股をかけられ、それを巡り色々大変だったとかで。
「私、好きになったらとことん好きになって、それ以外が見えなくなる。愛が重いって言うのかな。…今だって、優くんが何してるのか気になって仕方がない」
「ん?」
「学校の事を聞きたかったのもそう。1日の優くんはどんなだったのか、誰と、何を話したのか」
…これは、あれですね。もしかすると、あれですね。
「私の目には優くんしか映らない。優くんの事ばかりを考えてしまう」
「そ、そうですか」
「好きな人しか見えなくなる私は、その人の事ばかりを思い浮かべてしまうの。でも優くんが私の目から消えてしまったらって思うと、ちょっと死にたくなっちゃうかな」
これ病んでますね。ヤンデレ……というか、依存なのか?
子安先輩の人格上、おそらく嫉妬で誰かを害する事は無い…筈。どちらかと言うと、今みたいに卑屈に、悲観的に考えてしまうタイプなのだろうか。
どちらにせよ、重い。
「ねぇ、比企谷くん」
「は、はい?」
「今の優くんに、誰か女の子居ないよね?なんだか良い感じな子居ないよね?」
「い、居ない…と思いますけど…」
子安先輩の勢いに、少し動揺する。元から依存しやすい人間なのか、今の石上や石上の周りが気になって仕方が無いのだろう。
「というか、それ本人に聞きません?」
「私から聞いたら、面倒な女って思われたりしないかな…」
「石上ならそれひっくるめて好きって言うと思いますよ」
「そう、かな……?えへへ…」
情緒不安定なのかこの人。本当、秀知院の人間って面倒な奴ばっかだ。俺含めてな。
「…まぁとにかく、子安先輩が心配する事は何1つ無いと思いますよ」
「そう、だね。うん、そうだよね……優くんはそんな簡単に切り捨てたりしないもんね」
言い方に所々病みを感じる辺り、俺の周囲のヤンデレ連合に影響されたか。
「そういえば、比企谷くんはどうなの?優くんから少し聞くけど、なんだかモテモテだって」
「別に。少女漫画的な甘酸っぱい展開は全く無いですよ」
あるのはバトルロワイヤル的な展開だ。しかも中々重めの。1人1人が毒が付与された牙を研いだ捕食者なのだ。
「とかなんとか言って、実はもう好きな人居たりしないの?」
「……まぁ、居ない事は無いですけど…」
居るとは断言出来ない。
彼女達の気持ちは分かってる。例え、どれだけ面倒な女だったとしても。どれだけ病んでいたとしても。
彼女達を嫌いになる事は無い。
これだけ好意を向けられて、俺だって意識しないわけが無い。もし俺の勘違いであるならば、本当に人を信用出来なくなるだろうし、きっと二度と人を好きになったりもしない。
勘違いじゃない。彼女達から好かれている。切実にそう思う俺が、1番のメンヘラなのかも知れない。…笑えない。
「えっ本当!?だれだれ!?」
「いや、流石に言えませんよ。恥ずいし」
「それもそうだよね。誰かを好きだって言うの、なんだか照れ臭いよね。友達に言う事は出来ても、好きな人に対して好きだって言うのは恥ずかしいよ」
俺の言葉を肯定するも、「でもね」と続ける。
「好きな気持ちを抑え込んじゃダメなの。どんな理由があっても、それはきっと誰の為にもならない。…それに気付けたのは、優くんのお陰なんだけどね」
「…そんなもんですかね」
確かに、俺の周りは抑え込むどころか放ちまくっている。それはもう、胃もたれするほどに。
「…私ずっと、なんで人は告白するんだろうって思ってたの。形に拘って、縛り付けて。簡単に付き合って、すぐに別れる。言葉にするからややこしくなる。好きなら側に居れば良いわけだし、嫌いなら離れれば良い。大事じゃなくなったのに大事にしてるフリして、飽きて他の人のほうが魅力的に見えて。人の心は簡単に離れるのに、契約で縛り続ける」
「契約…ですか。…まぁ確かに、言い得て妙ですね」
友人や恋人という肩書きがあるから、それに見合う何かをしなければならない。その上、いざこざになってしまったりする。形に拘る必要が無く、好きなら近くに、嫌いなら遠くに居るというのが、子安つばめの理想論だったのだろう。
好きで居続ける事は難しい事だ。世の中、離婚や別れ話だってある。どこかを嫌いになったから、そういう事が展開するのだろう。
「…でもね、ある人が言ってたの。永遠の愛は無くても、真実の愛はあるかも知れないって」
「真実の愛…」
「きっと、今の私と優くんの気持ちがそうなんだと思う。…好きで居続ける事は難しい。告白は相手を縛るんだって嫌ってた。でも今じゃ、それが正解なんだって思うの。…あれだけ熱烈にアピールして、将来の事まで考えてくれて。私の為なら何を差し置いてでも動く彼と居る事が、本当に幸せ」
「子安先輩……」
「まぁもし私の前から優くんが居なくなったら、多分二度と恋愛出来ないと思うし。なんなら自殺を図っちゃうかも知れないね」
怖いんだって。なんだってそんな怖い表現が出てくんだよ。あんた絶対石上に影響されたろ。特にそういう死にたがりの部分が。
「比企谷くんが誰を好きになるとしても、その答えはちゃんと悩んで考えてね。じゃないと、間違った答えを出しちゃうから。…って、言わなくても分かるかな。比企谷くん、とても人を見てるから」
「…まぁ、人間観察が108のうちの特技なんで」
「特技が多いねぇ。…でも、その特技だって不合理な結果を生み出す事だってある。だから間違えた答えを出しちゃうの。その間違えた答えを出す原因は、心。相手の心理を見るだけじゃない、感情を理解出来ないと、自分も相手も後で苦しんじゃう」
「…そんなの、考えて分かるもんなんですかね」
「だから悩んで、足掻いて、苦しむの。考えて考えて考え抜くの。もし計算しか出来ないなら計算し尽くせば良い。全部の答えを消去法で潰して残った答えが、君の答え」
子安先輩の持論に、俺はいつの間にか引き込まれていた。
「それでも、分かるもんじゃないんじゃないですかね」
「だったら計算に間違いがあるか、見落としがあるんだよ。最初からやり直しだね」
「…あんた無茶苦茶だ」
「そうだね。無茶苦茶だ。でも感情が計算出来るならもうとっくに電脳化されてる。…計算出来ずに残った気持ちが、人の気持ちなんだよ」
子安先輩はそう言って、カップに淹れられたお茶を飲む。
「高校生も大学生も、考えたって間違う事があるの。間違う人だらけの世界だから、人は成長するの。比企谷くんだって、これから間違う事があるかも知れない。その度に、考えて、計算し直すの。…優くんだけじゃない。私の相談に乗ってくれた人が居なければ、間違った答えを出してたかも知れない」
…すげぇよ、この人。カッコ良すぎだろ。本当、石上は良い人を好きになったな。惚れる理由、分かるかもな。
「因みに相談した人にね、1000円でこの真実の愛を引き寄せるパワーストーンを買ったの。すっごいよね!本当にそんな効力があるんだから」
そう言って、子安先輩は自慢げにその辺に売ってそうなキーホルダーを取り出した。
それ大丈夫?100円の間違いじゃない?俺の中でさっきの計算云々の話が一気に崩れかけてる気するんだけど。それあるんなら計算要らなくね?
「あ、もし匿名で相談したいって事があれば、あの人にチャットしたら良いよ!時々、ライブ配信してるらしいから!」
「あの人?YouTuberとかですか?」
「うん!確かねー……」
子安先輩がスマホを操作し始め、「あ、これだこれだ!」と見つけた。今言っていたYouTuberのアカウントだろうか。
「この人!今ね、結構登録者数が伸びてるの!」
子安先輩が見せてきたそのYouTuberのアカウント。俺はそれを見た瞬間、思わず「え」という声を出してしまった。
「もしかして知ってる?借金5億円チャンネル」
聞きましたか皆さん。借金5億円チャンネル。聞き覚えのある人は居るでしょう。もしかしたら知らない人も居るかも知れない。だから教えてあげよう。借金5億円チャンネルというアカウントを作り、動画を出して稼いでいる、その名は。
白銀パパである。
もう一度言おう。白銀パパである。
「私の大学の知り合いもね、借金5億円チャンネルに登録してるの」
ヤベェよあの人。そのうちYouTubeの界隈でめちゃ有名になるんじゃねぇのか。下手したら、今度は早坂ママと共演してそうで怖い。三者面談で思ったが、あの人ら結構変人なんだよなぁ。
「周りに相談出来ない時は、この人にしてみると良いよ!すごい的確なアドバイスをくれるし!」
「……考えておきます」
考えるだけで、誰も頼るとは言っていない。普通になんか相談すんの嫌だ。ましてや白銀パパとか。なんか面白がってそうで。
「とにかく、きちんと悩んで答えを出す事!中途半端な答えが1番良くないから」
「…存じてます」
なんせ、中途半端な答えを出す答えを出せば俺の身の安全が保証されないから。
「なら良しっ」
…と、そう今は思っていても、その日になれば揺らいでしまうというのが人間の優柔不断な所でもある。特に俺の場合、複数人から好意を向けられている。
中途半端な答えが傷つくと分かってはいても、1人を選べば選ばれない他の人間が傷つくと考えてしまう。既に誰も傷付かない世界を完成させる事が出来ない領域に踏み込んでしまってる。
俺が傷つくか、あいつらが傷つくか。そのどちらかだ。
「じゃ、もうそろそろ出ようかな。優くんに会いたいし」
最後まで、ナチュラルに惚気る子安先輩でした。付き合ってキャラ変わり過ぎじゃね?気のせい?
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翌日。
私は優くんと一緒にデートに出掛ける事に。住む場所や学校が違くても、こうして会える事は嬉しく思う。休みの日ならば、優くんも神奈川に来てくれたから。
「優くん」
「?どうしました、つばめ先輩」
「なんでもないっ。呼んだだけだよ」
「えっ何それ可愛過ぎません?」
傍から見れば、ただのアツアツなカップルに見えるかも知れない。けど、それで良いの。今の私は優くんしか見えない。優くんだって、私しか見えていない。
私達2人だけの空間。この空間をずっと大切にしなくちゃ。
「優くん、今日はどこ行くの?」
「今日はですね…」
優くん。好きだよ。
君の姿しか見えないくらい、君の事しか考えられないくらい好き。面倒で臆病で、重たい私をずっと好きだって言ってくれる君の事が。何を差し置いても私を大切にしようとしてくれる君の事が。
すっごく好きなの。
優くんからは離れたくない。離れる事が出来ない。今は離れ離れで住んでいるけど、いつか一緒の家に住んで、君との幸せな時間を過ごしたいな。
世界中の誰よりきっと、私は君の事が好き。
優くんとの恋人繋ぎを、私は今より強く握りしめた。「絶対に離さないで」という想いを込めて。