やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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四条眞妃は告らせたい

 

「まさか学校に宿題忘れるとは…」

 

 教室に宿題を忘れた故に、俺はわざわざこんなクソ暑い中東京にやって来たのだ。こんなポカをやらかすとは、俺も気が抜けたもんだ。

 

「あっつ…」

 

 夏休みとはいえ、私服で学校に行くのは校則違反になるだろう。万が一、教師に見つかって指導なんてされたらたまったもんじゃない。ただでさえ、わざわざ学校に来てるだけでもストレスだってのに。

 

 そんな苛つきを抱えながら、秀知院に到着。部活生が来ているからか、グラウンドから掛け声が聞こえて来る。そんな掛け声すら喧しいとすら感じてしまう俺は、正門を潜り校舎内に入ろうとすると。

 

「あら、夏休み中だと言うのに何をしてるの?」

 

 背後から聞き覚えのある声の人物から声を掛けられる。何故そこに居るのかという疑問が真っ先に浮かんだ俺は振り向いて、尋ねる。

 

「四条…お前こそなんで居んの?」

 

 そこに居たのは、車内から顔を出している四条眞妃。すると四条は車内の窓を閉め、扉を開けて出て来る。

 

「偶々通りがかっただけよ。それじゃあ見覚えのあるアホ毛が居たから」

 

「あっそう」

 

 それだけを聞き終えて、俺は校舎内に入った。

 

「それで?なんで八幡は学校に居るのかしら?」

 

「その前に何ナチュラルに付いて来てんだよ」

 

「別に良いじゃない。折角会ったんだから」

 

 付いて来るほど何かするわけでも無いと言うのに。ここで無理に帰す理由も無いから、別に良いんだけど。

 とりあえず教室の鍵を取りに行く為、職員室に向かった。その途中で、ここに来た理由を簡単に説明する。

 

「八幡にしては珍しいミスね」

 

 と、クスクス笑う四条。

 

「誰だって何かしらのミスはするもんだろ」

 

 一々揶揄う四条にそう返す。そういうやり取りをしながら、俺達は職員室に。やはり夏休みでも出勤している先生が居たので、自分のクラスの鍵を渡してもらった。

 

「あったあった」

 

 教室に入り、俺の席を探ると宿題が置き忘れられていた。受験シーズンだってのに、こんな下らないミスで成績を下げられるわけにはいかない。

 

「忘れ物も見つけたからもう…」

 

 「出ていくぞ」と言い切ろうと彼女が居た所に視線を向けると、窓際で何やら黄昏ているかのように眺めていた。

 

「…どうかしたのか?」

 

「この学園に居られるのも、もう残り少ないと思ってね。まだ体育祭や奉心祭はあるけど」

 

「…まぁ、そうだな。1年や2年の時なんて卒業の事なんて気の遠い話だったのに、いざ3年になるとこんな早ぇ話だったのかって思うわな」

 

 秀知院に入学して、2年以上経った。俺が思い描いていた3年間とは全く違う学校生活となっていたが、今ではそこまで悪くはないと思っている。生徒会での出来事も、彼女達に振り回される日常も、青春のスパイスなんだろう。

 

「そういえば、八幡と初めて関わったのは夏休みだったわね」

 

「あぁ、あの絡まれてた時な」

 

 圭の誕生日プレゼントを買いに行く際に街中に駆り出したら、知らん人達に絡まれてた四条が居たのだ。

 

「…あの頃の私は既に、翼くんの事が好きだった。それこそ、高校に入る前からずっとね」

 

「…そうか」

 

「でも渚と翼くんを見ていたら、私が入れる余地は無い。いつか彼と結ばれるなんて思っていても、それは単なる理想。現実じゃない。翼くんと結ばれないっていう現実と、渚の幸せを壊したくないっていう自己満足」

 

 俺も恋愛絡みで苦い思いをした。勝手に好きになって、理想すら押し付けて。その結果があの始末。折本だけじゃない。他にもそういう想いを抱いた気持ち悪い思春期の黒歴史。

 彼女が苦い思いをしていたのは知っている。だが俺の境遇と彼女の境遇は違う。故に、彼女の苦しみを完全に理解なんて出来ないのだ。

 

「翼くんは私の好きな人だった。でも、渚は私の親友。翼くんと渚との関係、そして私と渚との関係を壊したくなかった。よくもまぁこんな苦しい立場に立たされたものよね、私も」

 

 自虐気味に、そして自身に対して呆れながらそう吐き捨てた。

 

『親友から大事なものを奪ってまで、幸せを得たくないから』

 

 誰かを傷付けるより、自分1人が傷付いた方が楽な事もある。四条は強欲な所があるが、それでも親友の為を想って幸せを奪う事をしていない。本当は奪いたいぐらい好きだった筈なのに、自分を押し殺して、他人の為に茨の道を選んだのだ。

 

 四条は弱い女の子でもあり、そして強い女の子でもある。とんだ矛盾だ。

 

「私の初恋は終わった。だから吹っ切って次の恋を実らせるの。2度と同じ過ちはしない。もっと早く動いていればって後悔は嫌だから」

 

「…そうか」

 

「何を他人事みたいに言ってるのよ。あんたの事を言ってるのよ」

 

 四条はこちらを振り向く。

 

「覚悟しなさい。私はあんたから…」

 

 そして俺に向けて指を差す。何かを決意したかのような表情で、こちらに言い放った。

 

「あんたの口からはっきりと、"好きだ"って告らせるから」

 

「…ん?」

 

「私の事を好きだって、付き合いたいって言わせるようにしてやるからね。覚悟しておきなさい」

 

 彼女はそう言い切った。しかし、言われた俺は理解が追いつかなかった。告白する、ではなく告白させる。

 

 これではまるで、いつかの四宮のような…。

 

「私はあんたから好きだって言われてない。既に私は告白してるから、言ってしまえばあんたからの返事を無理矢理吐かせるような感じね」

 

 何それ怖い。なんでそんな強制執行みたいな真似すんの?拷問でもされるの?

 

「八幡の気持ちは八幡だけの答え。あんたがどういう返事であろうと、それを後から文句を言う資格なんて無いし、納得せざるを得ない。けれど八幡の気持ちを私に向かせる事は出来るでしょ?」

 

「無茶苦茶過ぎだろ…」

 

「恋愛に綺麗事は無しよ。そんなので成就するほど、人の恋も愛も甘くは無いの」

 

 と、カッコいいセリフを吐く四条。しかし彼女の頬ははっきり識別出来るほどの赤さが浮かんでいる。

 

「四条家の令嬢は2度同じ過ちはしない。あんたが私を告れば私の勝ち。私が告らせる事が出来なければ私の負けよ。八幡と初めてこういう勝負をするけど、これが最初で最後の勝負」

 

「勝負…」

 

「受けなさい。私との恋愛頭脳戦(勝負)を」

 

 …彼女はいつまでも真っ直ぐで、不器用で。そして俺なんかより余程カッコよくて。本当、四条が他の男に告白されないのが不思議で仕方が無い。

 

「…あぁ。分かった」

 

 彼女との勝負を受けざるを得ない。これが彼女に対しての礼儀。そして俺が腹を括る為のきっかけでもある。

 

「これで嫌だって言ってたらちょっと首に電気流し込んで家に監禁してる所だったわ」

 

「えっ嘘だろ」

 

 断るつもりは毛頭無かったけど、断るって選択肢は最初から無かったのね。しかもやってる事めちゃ非道徳的な事なんだけど。

 

「さぁ?どうかしらね」

 

「怖ぇ…」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべる四条。全く笑えないんだけど。今ので笑う君はサイコパスか。犯罪係数どれくらいだよ。誰かドミネーター持って来て。

 

「それで、忘れ物は見つかったのよね。それじゃあ行きましょうか」

 

 俺達は教室を後にして、鍵を閉めて職員室に返した。靴箱に向かって上履きから履き替え、校舎から出て行く。

 

「…じゃあな。俺は帰るわ」

 

「待ちなさい」

 

「ぐぇっ」

 

 俺は帰ろうとすると、四条が襟を掴んで静止する。お陰で変な声が出ちまった。

 

「あんたの実家なら後で送ってあげるから、私に付き合いなさい」

 

「はい?」

 

「折角ここで会ったのに、もう別れるなんて寂しいじゃない。それとも、八幡は私と居たくないの…?」

 

 そう上目遣いで彼女は尋ねる。えっ何この子急に健気になって。可愛いな普通に可愛いつうか可愛いわこんちくしょうが。

 

「い、いや…別にそういうわけじゃ…」

 

「じゃあ決定ね。さっさと乗りなさい」

 

 ケロッと変わり、四条は車に乗り込んで後部座席に座る。

 今のなんかズルくない?ちょっと四条の表情に心が揺らいじゃったぞ。どう考えても折れる選択しか無かったじゃん。今更だけど、俺って結構チョロい?

 

「それじゃあ出してちょうだい」

 

 俺が四条の隣に座ってドアを閉めると、四条はドライバーに発進するように指示を出す。

 

「楽しい時間になりそうね、八幡」

 

「…既にもう楽しそうだけどな」

 

 四条の演技に折れた俺は、既に勝負が始まっているのだと認識した。

 四宮が白銀を、白銀が四宮を告らせようと策を弄していたあのやり取りを、今度は俺と四条で行う事になる。違いがあるとするなら、四条が一方的に攻撃する事ぐらい。

 

 残り秀知院の生活も数ヶ月。俺の間違った青春が続いてしまうのだろう。とても刺激のあるスパイスだらけの青春が。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 恋に障害が付きものと聞く。その言葉を思い知ったのは、渚が翼くんと付き合ってから。

 翼くんは私の目の前で、渚に"壁ダァン"なる技を繰り出して告白した。未だにあれが誰が授けた技なのかは不明だけど、結果として二人は恋仲になり、以来2人は秀知院でも周知されるカップルの1組となった。

 

 それ以降、私の心は狂い始めた。

 

 2人が付き合っても、どこか私が彼の隣に居る事が出来るのではないかと思い込んでいた。いつか別れて、翼くんの隣に私が立つその光景が叶うのではないか。

 しかしそんな節が一切無い。むしろ時間が経てば経つほど、翼くんと渚の仲が深まるばかり。翼くんに至っては、渚の好みに合わせてイメチェンまでしてしまった。

 

 私が入り込む余地は無い。それでも諦めたくなかった。渚が好きになる前よりも、私は彼の事が好きだったから。

 

 時間は流れ、2年生の夏休み。都心部で私は知らない男達に絡まれた。所謂、ナンパというものだ。けれど私からすればとんだ不調法者だし、そもそも虫ケラ程度にしか見えない。しかし、私が突き放しても男達はしつこかった。

 

 そんな私の前に現れた、あいつ。

 

 フィクションのような、ナンパ達を倒したりして助けたわけじゃない。警察を呼び出す事で、ナンパ達を追い返した。結果としてそれは単なるフリだったけど、なんとも格好の付かない対処法だった。

 四条家の令嬢がただの一般男子に助けられ、剰え「大丈夫ですか」の一言も無く去られる。私にとって、それは屈辱であったのだ。

 

『…別にあの程度の輩なんて、私にかかれば余裕だったんだから。大体、助けてなんて言ってないし』

 

『勝手に俺がああしただけだ。別にお礼を言う必要もない』

 

 それだけ言って、すぐさま立ち去ろうとする。何こいつ、どんだけ会話を終わらせたいのよ。しかし、私はまだ聞いていない事がある。

 

『ちょっと待ちなさい』

 

『…今度は何?』

 

 八幡は面倒くさそうな顔付きでこちらを見た。

 

『名前、教えなさいよ』

 

『はぁ?別にもう会わねぇんだから名前言ったところで…』

 

『廊下ですれ違ったりするでしょうが。同じ学校の生徒なんだし。ていうかこの間も会ってるでしょ』

 

 私は彼を一度見た事がある。廊下で御行とおばさまが青春してた所を、偶々一緒に見てしまったのだ。だけど八幡はそれすら忘れかけていた。ようやく思い出した八幡に。

 

『思い出した?ていうか、私の名前を知らない人間がいるなんて。とんだ不調法者ね』

 

『そんな有名なのお前』

 

『当たり前よ!学年3位の天才にして、四宮の血筋を引く者!四条眞妃とはこの私のことよ!』

 

 これが、私と八幡との最初の出会い。この出会いが無ければ、もしかしたら私は未だに翼くんの事が好きだったのかも知れない。それが間違いとは思わないけれど。

 最初は単なるそこらの雑草程度しか見ていなかった。翼くんに比べたらね。

 

 でも八幡と話を重ねるうちに。八幡の優しさに触れていくうちに、私の心に何かが起きた。

 翼くんが好き。それは紛れもない事実だった。でも八幡との時間も、私にとってかけがえのないものになってた。

 

 翼くん。八幡。

 

 私にとって、どちらも大事な人。でも翼くんには渚が居て、渚には翼くんが居る。私が入り込む余地なんて無かった。

 

 …いや、入り込む余地があっても入れなかったんだと思う。

 

 翼くんが私の事をどう思っているのかは知らない。でも翼くんは渚と一緒に居る時が1番笑顔だし、渚も渚で翼くんと居る事が彼女の幸せになっていた。

 

 そんな2人の関係を、私はぶち壊したくなかった。3人一緒に居る事が出来ても、翼くんと付き合う事は出来ない。現実逃避をして、いつか付き合えると息巻いていても、心のどこかで不可能だと感じていた。

 

 ずっと辛かった。渚の前で、翼くんの前で平静を取り繕う事が苦しかった。馬鹿面を晒しても、現実から逃げても。事実は変わらないままで、その事実は私の心を蝕んで。

 

 でも。

 

『あの時ああすれば良かった、とかいう後悔なら俺だってする。でも結局それで現実は変えられない。だからどうすればいいんだって苦悩する。届かないと分かっていても、手に入れられないと知っていても、それでも考えて、足掻いて、苦しむ。そこまでちゃんと考えているお前の気持ちは本物なんだよ。だから何か悪いわけでもないし、間違ったことをしたわけじゃない』

 

『俺にアドバイスなんて出来るかは知らん。けど、お前の愚痴や話くらいなら聞ける。だから、その、何?話を聞いて欲しいって時がまたあるんなら、俺で良いなら話は聞く』

 

 八幡は私の話をずっと聞いてくれた。私に寄り添ってくれた。こんな男がそばに居て、好きになるなという方がおかしい。

 傍から見れば、弱った女につけ込む男という構図なのだろう。しかし、男でも女でも。心が弱っている時に優しくされたら、疑う事すら出来ないのが普通だ。

 

 だからこそ、私は。

 

 八幡の事を好きになっていた。

 

 人の感情に寄り添う事が出来て、欲しい言葉をくれる。普段はだらけてどうしようも無い雑草程度の人間なのに、誰かの為ならば自分すら投げ出す自己犠牲の強さ。彼に心を許された者だけが与えられる、甘い優しさ。

 

 比企谷八幡の全てが好き。

 

 失恋してすぐ違う人を好きになってしまう私は、皆からすればきっと良い印象を持たれないだろう。四条家の令嬢として、あるまじき事かも知れない。

 

 それでも、好きになってしまった。

 彼独特の優しさに惹かれて。彼との時間が、彼の優しさが、私の苦しさを塗り替えられて。隣に居る事の心地良さに気付いて。

 

 きっと私が好きになった理由なんて、捻くれのあいつには見当も付かないだろうし、信じる事も出来ないだろう。

 

 だから理由なんて要らない。ただ私が八幡の事を好きだって。勘違いじゃなく、本心から好きだという事を伝えなくちゃならない。

 もしここで伝えなければ。翼くんの時みたいに、自分の心を押し殺したら。言い訳紛いな事をして伝えられなければ。

 

 私はまた後悔してしまうだろう。なんで好きと言わなかったのかって。

 

 正直、怖い。私の独り相撲で今までの関係が壊れたらと思うと。喉が張り付いて言葉なんて出やしない。

 それでも、言って後悔するのと、言わないで後悔するのじゃ違ってくる。言わないまま現状維持の選択が決して悪いわけじゃないだろう。でも、きっとずっと後悔してしまう選択になる。伝えておけばって。

 

 だから。

 

『あんたの事が好き』

 

 私は伝えたのだ。

 「付き合って」とは言わなかったけれど、好きと伝える事が出来た。今の八幡に付き合ってって言ったら、多分相当な負担になる。なんせ彼の周りには、クレーンの先に取り付けられた鉄球より遥かに重い愛を持つ女が居るからだ。

 

 だからと言って、彼女達に譲るつもりは無い。

 好きなんて吐いて自己満足なんてしてる場合じゃない。好きと言った所から、私のスタートラインなんだ。

 自分の恋を叶える為に。八幡の隣に居る為に。その為に、四条眞妃が取らなければならない行動は。

 

 比企谷八幡を告らせる事。

 

 私が好きだと言う事は八幡も知っているだろう。だが、それだけで付き合えるならそんな楽な事は無い。八幡が誰と付き合うのか、誰に気持ちが向いてるのかは分からない。

 

 八幡に告らせる事で、晴れて私達は両想いになる。八幡から(もとめ)られてこそ、私の恋が成就する。

 その為には。言葉だけじゃなく、言葉だけでは言い表せない事を行動で示さなければならない。

 

 これは謂わば頭脳戦だ。私が八幡を告らせる為に、策を弄する。

 私の恋が叶うか叶わないか。八幡が告れば私の勝ち。告らなければ私の負け。シンプルだろうが、その結果を出す事は学年3位の私でも至難の業である。

 

 しかし私は四条眞妃。学年3位の天才にして、四宮の血筋を引く者。だからこの頭脳戦、私の勝利で幕を下ろすの。それがハッピーエンドなのだから。

 

 八幡、覚悟しなさい。あんたの口からはっきりと。

 

 好きって言わせてあげるから。

 

原作ヒロインのアンケートです。(番外編にて他のヒロインのルートも投稿しますが)

  • 私を選ぶよね?(早坂)
  • 私から離れるつもりですか?(伊井野)
  • 私以外の女を選ばないで。(圭)
  • 私にしろ。(龍珠)
  • 私に告るわよね?(眞妃)
  • ラーメン食べに行きましょ〜(千花)

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