八幡♡少女漫画脳シンドローム2
「お兄ちゃぁぁん……うっ、うぅ…」
気が付いたら小町が泣き出していた。誰だ俺の小町を泣かせたのは。殺すぞ。
「これ、この本……何度読んでも感動するんだよぅ……」
「何回も読んだら飽きねぇか普通。で、何読んでんの」
「今日あま」
俺はタイトルを聞いた瞬間、俺は身体が硬直するのが分かった。
「お兄ちゃん…?」
「…小町。悪い事は言わないから、それ読むのやめな。黒歴史を生み出しても知らんぞ」
"今日は甘口で"。
「お兄ちゃんも読んだ事あるでしょ!?涙が止まらないでしょ!?恋したくなったでしょ!?」
「だから危険なんだって。理解して?それある意味デスノートより恐ろしいんだから」
「お兄ちゃんの人でなし!鬼!今日あまをぞんざいな扱いして、人の心が無いの!?」
えらい言われようだ。しかし、俺は何1つ間違った事を言っていない。これだけは読みたくないのだ。読んだら死にたくなるんだから。名付けるなら、ラブデスノートなのだから。
「折角なんだから、もう1回読もうよ!あの感動を取り戻そう!」
「絶対嫌」
「うぅ…」
俺を見て唸る小町。しかし小町の瞳は潤んでおり、先程まで流した涙が残っている。今のまま泣かれたら近所迷惑になるし、断って癇癪起こされて嫌われたらたまったもんじゃない。
「…分かった。分かったから唸るな。一緒に読んでやるから」
俺は結局、甘かった。"今日あま"ならぬ、"俺あま"である。
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翌日。
「…やべぇ…」
目の前がなんかキラキラ煌めいている。まるで少女漫画に入り込んだと錯覚するレベル。この感覚は間違いない。
また洗脳されている。しかも半ば意識もあるから、尚の事タチが悪い。
登下校は小町と一緒なのだが、道中誰とも会わなかったのが幸いした。会ったら確実にヤバかった。
…最悪、保健室にでも行ってサボろう。そう思っていると。
「あ、比企谷くん!おはようございます〜」
はい終了。学校に安息の地なんて無い。いつだって俺にとっては死地なのだから。
「…藤原…」
普段より視界が煌めいてるせいで、あの藤原の顔でさえときめきかけている。
「あれ、どうかしましたか?」
「な、なんでもねぇよ…」
頼むから離れてくれ。じゃないと色々とヤバいから。
「そうだ、今日の小テストの勉強して来ましたか?私あんまり自信が無くて…」
そういえば今日なんか小テストがあるって言ってたな。"今日あま"読んでたせいで忘れてた。
で、自信が無いって言ったか。それは俺もそうだ。"今日あま"のせいで勉強してないんだから。
そう返す内容を纏めた筈なのに。
「大丈夫だろ。お前が頭良いのは知ってる。自信持てとは言わんけど、悲観するほど悪くないだろ」
「…へ?」
「お前ならノー勉でもそれなりに良い点数取れんじゃねぇの?」
「ひ、比企谷くん…?どうしちゃったんですか急に…?そんなフォロー出来る人間でしたっけ?何かカラフルなキノコでも食べましたか?」
「だとしたら死んでるっつの。…別にフォローっつか、事実を言ったまでだ。普段はアホでも、藤原は凄い奴なのは知ってる」
「そ、そんなに褒められても〜……えへへ〜」
なんだこいつ鬱陶しい程可愛いな。
「じ、じゃあどこが凄いか言ってみてくださいよ!勿論、勉強以外で!」
藤原は何故かどこが凄いのか指摘を求めてきた。1年半以上も居れば、白銀や四宮だけでなく、藤原の事だって分かっている。
こいつが凄いところは。
「…俺の言う凄いは大袈裟かも知れないが。白銀のポンコツさが露呈した時、なんだかんだで面倒見ていただろ?俺も居たけど、藤原が他人の為に尽くす姿が凄いと思った。最後まで、面倒を見るところが」
「そうですか〜?」
「いくらふざけていても、お前には他が為を思いやる心がある。俺には出来ない、凄ぇ事だと思う」
「そ、それほどでも〜」
「もし2年早く出会ってたら、俺はお前に告ってたかもな。そう思わせるほどの魅力を持っているところも、凄いところだ」
「…ほ、本当に……?」
別に藤原が凄いのは今に始まった事じゃない。白銀も四宮も石上も伊井野も、誰かしら何か凄いところがある。藤原にも凄いところがあるってだけで、その凄いところが今挙げたやつだって事だ。
「本当に、そう思ってるんですか…?告白したいほど魅力的だって…」
「…少なくとも、お前と付き合える奴は幸せかもな」
俺はそう言い、藤原を置いて先に校舎に入った。背後から藤原の声が聞こえるも、俺はそのまま下履きに履き替えて教室に向かった。案の定、皆がキラキラしていてどこにも視線を向ける事が出来なかった。
その日の昼休み。
「クソが!」
ベストプレイスに向かう前に、俺は自販機に向かっていた。すると、自販機に当たる龍珠の姿が見える。周りはそんな龍珠を見て、関わるまいと思いながら避けて通って行く。
龍珠は自身に向けられていた視線に気が付いたのか、こちらに振り向く。
「…比企谷か」
「荒れてるが、どうした。なんかあったのか」
「下駄箱にこんなもんが入ってやがったんだ」
龍珠は紙切れを俺に渡す。そこには、"龍珠組の娘の龍珠桃は人殺しだ"と書かれていた。
「誰だか知らねぇが、親が極道だからって人殺すわけねぇだろうが!頭沸いてんのかボゲが!」
龍珠はすこぶる機嫌が悪い。だがイラつきの表情から、段々と悲痛な表情に。
「…私がなんかしたってのかよ……」
いくら極道の娘でも、彼女は皆と同じ高校生。こんな根も葉もない事を書かれて、冷静で居られる筈がない。
「…してないだろ、何も」
「え?」
「誰が送ったのか知らんけど、俺が知ってる龍珠は人を殺したりしない。そういう圧が見えてしまうのは否めないが、絶対に殺さない事は知っている」
親が極道だからなんだ。だから危険だと言うのだろうか。龍珠の事を何も知らないから、そういう偏見でしか語れないのだ。
「お前はお前だから気にするな、とかあんま無責任な事は言えない。でもお前の苦労は少しぐらい分かってるつもりだ。…だからその、なんだ。俺に出来る事があるなら、頼っても良いん…」
「だぞ」と、そう言い切る前に龍珠は俺に抱きついた。俺よりやや小さい身体の女の子が、強く抱きついている。
「…しばらくこのままにしろ。私が落ち着くまで、抱きしめろ」
「…へいへい」
紙切れ1つでダメージを負った龍珠。しかし、内容が内容だった。こういうのがいじめに繋がったりするのだ。俺はやるせない気持ちを込めて、傷付いた龍珠を抱きしめ返す。
俺が彼女に今出来る事は、これぐらいだからだ。
「私が、悪いのか…?」
「…いや。何も」
「私はずっと独りなのか…?」
「俺が居る。独りにはならねぇから」
こいつは独りじゃない。組の人間が居る限り、こいつを良いと思っている人間が居る限り、俺が居る限り。絶対に独りにはさせない。
「比企谷…」
彼女の回した腕の力が更に強くなる。絶対に離れまいという気概が伝わってくる。ちょっとでも強く抱きしめたらへし折れてしまう。
そう思わせるほど、彼女が縋り付く姿が切なく見えてしまった。
結局、昼休みが終わるまで彼女をずっと抱きしめる事に。
学校が終わった放課後、生徒会室に向かう前に、食べる筈だった昼飯をベストプレイスにて食していた。すると。
「あれー?ヒッキー先輩だー」
ベストプレイスは普段、俺しか使わないと思っていた。しかし、何故今、不知火ころもは俺のベストプレイスに足を踏み入れているのだろうか。
「おいっすー」
「…おう。何しに来たんだお前」
「んー?これから収録なんだけど、どこか学校で休める所無いかなーって探してたんだー。そしたらヒッキー先輩居たから」
「あそう」
隣に腰を掛ける不知火を横目に、俺はパンを食べていく。
「そういえば、この間のエペ楽しかったねー。デュオなんて中々やらないけど、ヒッキー先輩と一緒に遊べて良かった」
「俺居なくても良かっただろうに。そこまで上手いわけじゃないんだし」
「でも隠密行動が凄かったよ?私も相手も一瞬ヒッキー先輩どこ行ったー?って感じだったしー」
現実でも影が薄いからゲームの中ですら影が薄いってか。俺はどこに居ても人から認識されにくいのか。ぴえん。
「ヒッキー先輩はどうだった?楽しかったー?」
不知火はそう尋ねる。
今まで、誰かとゲームをした事が無かった。大体は小町と遊んでたぐらいで、家族以外と遊ぶ事は無かった。藤原が紹介してくれたギガ子先輩のサーバーに混ざり、そこで誰かと一緒に遊ぶ楽しさを感じた。
「まぁ、楽しかったよ。一緒に遊べて」
不知火は目をパチパチしながら、「そっかそっかー」とだけ少し嬉しそうにする。表情が読みにくいからか、その感情が本当かどうかは分からないが。
「私さ、アイドルと学校なんて両立してるけど、実のところ趣味に費やす時間なんてあんまり無かったりするんだよねー。ゲーム好きなんだけど、本当忙しい時が続くと遊ぶ時間なんて無いんだよー」
「…アイドルってのも、楽じゃねぇな」
「そうなんだよー、忙しいおかげで誰かと一緒にゲームする時間も無くてー。だから、誰かと一緒に遊ぶゲームがいつも以上に楽しいんだー」
俺はあまりアイドルの事は知らない。ただテレビの前で、舞台の上で、人を笑顔にする職だと漠然と思っていた。彼女の苦労は俺からすれば計り知れないものだろう。趣味に費やす時間も、休む時間も、自分の思い通りに行くわけじゃない。
だからこそ、趣味のゲームをする喜びが他の人より倍強いと言う事なのだろう。
「ギガ子先輩とも遊ぶのも楽しいけど、最近はヒッキー先輩と遊ぶのも楽しいと思ってるのー。比企谷先輩も受験生で忙しいんだろうけど、もーっと一緒にシたいと思ってるんだ。2人でまたいっぱい、激しくヤりたいなーって」
表現が少しいやらしいのだが、確かに誰かと遊ぶゲームは悪くないのだ。
「そうだな。お前と遊ぶ時間は悪くない。むしろ、ちょっと楽しみなまである」
「…私、そういうヒッキー先輩の優しいとこ好きだなー」
「俺も、お前の事嫌いじゃないぞ」
現役アイドルと何度もゲームしてるなんて小町に言ったら、発狂間違い無しだろうな。そもそも不知火と関わりがあるだなんて事、生徒会ですら知らない奴が居るだろう。
「あ、もうそろそろ行かなきゃ。じゃあねー、ヒッキー先輩。行ってくるー」
「おう、行ってらっしゃい」
不知火は腰を上げて、目の前から姿を消した。
秀知院に来て麻痺していたが、アイドルと長く喋ってたぞ俺。不知火ファンが居たら間違いなく暗殺されそうな案件だな。
そんな不安な事を心の中で呟きながら、残りのパンも食べ終えて生徒会室に向かった。
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「何故俺はあんな恥ずかしい事を……」
家に帰ると、案の定後悔した。安易に"今日あま"に手を出してしまった事を。
死にたい。誰か俺を殺しておくれ。
俺は新手のマゾか。"今日あま"読んで黒歴史作るドMか俺は。
『もし2年早く出会ってたら、俺はお前に告ってたかもな。そう思わせるほどの魅力を持っているところも、凄いところだ』
俺本当バカなの!?
何が「そう思わせるほどの魅力を持ってる〜」だ!初っ端から藤原に何言ってるんだ俺は!なんで今日の小テスト不安って話題から、こんなわけ分からん話題に脱線してんだ!アホか!
あいつの事だから、このまま何も無かったで済ますとは思えない…!しばらく学校も生徒会も休んでやろうか。
で、次は確か龍珠と話した筈だ。うちのクラスには藤原だけでなく、四条や早坂が居る。そんな奴らと会話すれば、黒歴史を増産しかねない。そう思い、俺は授業以外ほとんど顔を伏せていた。
だからなんとか会話を避けれたが、龍珠の場合は荒れていた為、声を掛けざるを得なかった。
確か、龍珠宛に"龍珠は人殺し"とか書かれた紙を送られたんだっけ。そりゃあ龍珠も怒るに決まってる。そこはなんらおかしくない。
で、俺が龍珠に掛けた言葉は。
『俺が居る。独りにはならねぇから』
はーいカッコつけてるー!!
何!?確かに龍珠の心境には同情せざるを得なかった。あいつが悪いわけでも無いのに、疎外されて、孤独にされてたんだ。やるせない気持ちになったのは確かだ。
だけどあんなキッザキザな言葉要る!?俺そういうキャラじゃないよ!?キャラ崩壊も良いところだよ!どこ向けのキャラ崩壊だよ!
しかも抱きつかれたからって思わず抱きしめ返しちゃったよ!過去に伊井野に頭を撫でたりした事あるが、それ以上にやっちまったよ!!ああもう嫌!
そんで最後が、不知火だったか…!?
ベストプレイスに偶々来て、なんか雑談して終わった筈だ。黒歴史生み出すような事を言った記憶は……。
『お前と遊ぶ時間は悪くない。むしろ、ちょっと楽しみなまである』
何ちょっと心開いた感出してるの俺ェ!?
確かにあいつと遊ぶ時間は悪くは無い!けど最後の楽しみ発言要るか!?要らんだろ!わざとらしい好感度上げみたいなセリフ何!?しかもそこまで喋ってない相手だぞ!どんだけチョロいんだよ!ばーかばーか!
「…死にたい。もうやだ。"今日あま"なんて2度と見ない…」
とか言う奴に限って、また読んでしまう可能性があるのだ。世の中には、2度ある事は3度あるという諺があるのだから。
デスノートより厄介な本が世に出回るなんて、世も末だ。
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比企谷が自身の1日を振り返って悶絶しているその頃。彼女達は、各々の想いに馳せていた。
最初の1人目は藤原千花。
「比企谷くんって、私の事そう思ってたんだ…」
比企谷が放った「前までの俺なら告ってたかもな。それほどの魅力がお前にはある」という言葉を間に受けてしまい、頭の中にはすっかり比企谷一色であった。
それはもう、デレッデレである。
「比企谷くん……えへへ」
次なる2人目。
その姿や態度から想像付かない、ファンシーな部屋のベッドで、龍珠桃は自身が恋焦がれる比企谷の事を考えていた。
「比企谷…」
前々から比企谷を好いていた龍珠は、今回の一件で更に惚れ込んでしまった。「独りにさせない」という彼からの言葉の上に、比企谷から抱きしめ返された。
「…どうすりゃ比企谷は私のものになる…?いっそ早坂達を排除すれば、私の邪魔する奴が…いや、それとも比企谷を無理矢理に犯して孕めば…」
その2つの相乗効果により、比企谷への愛がより重たくなった。排除するか犯すかどうかはさておいて、この女は目的の為ならば手段を選ばない所存である。
そして、続く最後の3人目。
「ころもちゃん、2年目の学校生活はどう?高2だったよね?」
今回一緒に収録する芸能人が、アイドル不知火ころもに声を掛ける。
「ちょっと面白い先輩と仲良くなれたかなー」
「先輩?」
「そー。私と同じ、ゲーム好きの先輩ー。一緒に遊ぶのも面白いんだけど、特に先輩の話が面白いんだー。フリートークとか向いてそうだなー」
不知火が語るその先輩は、ギガ子先輩ではなく、比企谷ことヒッキー先輩である。ヒッキー先輩の事を話す不知火の表情は、少し楽しげなように見えた。
各々が想いに馳せる中、その中心人物となっている比企谷の妹は。
「何してんの、お兄ちゃん」
制服姿でその場に伏せる兄を、少し引きながら見下していた。
「…死にたい」
本日の勝敗。
比企谷の敗北。(また黒歴史を作ってしまった為)