アニメ ウマ娘2 最終話の視聴を前提としています。
第Ex/2-13話 奇跡の可能性
「レガシーワールドとウイニングチケットも来るか。マチカネタンホイザといい、メジロパーマーといい、今年の有馬は豪華すぎるな」
またしても誌面に踊るのは有馬出走の報道。この時期はもうでかいG1も有馬と東京大賞典くらいなもので、また今年の有馬は例年稀に見る豪華メンバーだとマスコミもファンも盛り上がっているせいかメディアも力を入れている。
現に今組まれているのはJCで伏兵から抜け出したレガシーワールドの取材と彼女の有馬記念出走表明の記事。こないだうちのビワハヤヒデがウイニングチケットの有馬出走に関してコメントを要求する取材もあったもんだから、熱の入り用も段違いってものだ。
「しかし過密ローテがすぎるなウイニングチケット。怪我しなきゃいいんだけど」
現役時代ほどでもないが、担当のライバルの動向は、なんとなしに気になってしまうものだ。彼女は10月頭の京都新聞杯から菊花賞、ジャパンカップ、有馬と月1回のペースを、それもクラシック級に走っている。距離も2200、3000、2400とハードなレースばかり。夢を叶えたはいいが、そのあとはもう少しのんびりしてもバチは当たらんだろうに。怪我でもしたらなんとするかと思わずにはいられない。
怪我引退ってのは悔いが残る終わり方だ。まだ走れるはず、もっと早く走れたはずと出しきれずにいたフラストレーションを発散する場はもうない。何せドリームトロフィーですら怪我なら治してトレーニングして、もう何年もかかる。その間に衰え切ってしまって、予選会すら突破できないウマ娘は何人もいるのだ。
まあ、今のウイニングチケットはうちのハヤヒデの敵じゃあないがライバルの1人だ。彼女の疲労が抜けきれないのならライバルが減っていいことじゃないか。そう思うことにしよう。
「ねぇ」
「んお? なんだ、トウカイテイオーじゃないか。今お茶でも入れてやるよ」
レース新聞を閉じて、突然やってきた来場者を出迎える。近場ということもあってかスピカの誰か(特にスカーレットにつっかけに来るウオッカ)がうちのチームルームに来ることは珍しくないが、テイオーが1人で来ることは今までなかった。
とりあえず茶でも出してゆっくり話そうか、と腰を浮かせたところでテイオーがそれを制するように言った。
「お茶はいいや。話があるんだ。すごく大切な話」
「テイオーから話しかけてくるってことは相当なんだろう。ここじゃダメか?」
「邪魔されたくない。ついてきて」
連れられるままにテイオーの後をついていく。しばらく歩き、校舎内にまで入って案内された先は人気のない教室だった。テイオーが開けたしっかりと扉を閉め、彼女の希望通り邪魔の入らないように鍵をかける。テイオーが空いた椅子の一つに座るのを見計らって、その前の椅子を引いて向かい合うように座った。普段はピーピーとことあるごとに騒がしいテイオー、だが彼女は私が見ない間に随分と大人になっていた。騒がず、揺れず、ただまっすぐ背筋を伸ばしてこちらの目をじっと見つめている。
その様子が、まるでアイツにそっくりで思わず少しだけ笑ってしまった。
「ルドルフに似てきたな」
「そぉ?」
「でも今のテイオーの方が好きだね、私は」
「カツラギに好きって言われても嬉しくない」
「生意気さは変わらずか」
「カイチョーを負かしたやつなんて大っ嫌いだもん」
「そりゃどうも」
スピカ時代に何度もやったもはやお約束とも言えるくらいのやり取りもかわらないけれど、もう篭ってる嫌悪感は薄らいで形だけの応酬になってしまっていた。もしくは、嫌悪感を隠せるくらいに大人になったということだろうか。
「それで、お望みは?」
「有馬記念。絶対に勝たなくちゃいけない。勝てる方法を教えて」
まっすぐ背筋を伸ばしてテイオーはそう言った。予想はついていたが直球でその質問を投げてくるとは思わなかったな。
「復帰は秋天じゃなかったのか? 出バ表を見て驚いたんだぞ、なんでやめた」
「有馬記念一本に絞ったんだ。絶対に勝たなくちゃいけなくなったからね」
「......マックイーンの件はトレーナーちゃん、じゃなかった、沖野トレーナーから聞いてる。そうイれこむことも無理はないのはわかる。だが怪我の前歴があるから無理をするようなことはさせないでくれとも頼まれてるんだ」
「でも、勝ちたいんだ」
マックイーンの怪我の件で周りが見えなくなっているだけだ、考え直した方がいい、という言葉を寸前で飲み込んだ。
彼女の青い目が、じっとこちらを射抜いていたから。
この目、この目だ。今のテイオーは私にとって毒がすぎる。
デビューしたての驕り高ぶるジュニア級ウマ娘でも、実力を内外に知らしめたクラシック級ウマ娘でも、ライバルに敗れ、夢破れたシニア級ウマ娘でもない。
格上に対して万に一つしかない勝ち筋を求める挑戦者。一世一代の大勝負。次のレースに燃え尽きてもいい、全てを賭けても勝ちたいんだという覚悟が決まっている、ジャパンカップの時の私と同じ目をしたウマ娘がそこにいる。
ほんと、若さってのはいいよねぇ。
「このレースの後怪我してもいいんだな?」
「うん」
「引退することになっても責任はとらないよ」
「わかってる」
「惨敗しても、私は知らないからね」
「そんなことにはならないよ」
「私は担当が勝つために全力を尽くすからね。あの子を、ハヤヒデの夢を叶えるために。そのための障害は叩き潰す覚悟はできてる。たとえテイオーでも」
「それでいいよ」
「本気か?」
「うん、本気。それにトレーナー言ってたもん。『アイツは今のお前にだけは嘘はつけないから』って」
にしし、といつもの調子で笑みを浮かべたテイオー。全く、独立して何年も経ってるってのにいつまでも担当とトレーナー気分でさ、何もかもわかったつもり?
全くもって見透かされてその通りなんだけど、思わずため息が出る。トレーナーちゃんは何もかもお見通しだ。ただ私が何を教えるかすらもなんとなく予想もついてるだろう。私の代わりに教えることだっててきたはずだけど、わざわざテイオーを寄越したのには理由がある。
トレーナーの言葉に実感はなくて、私の言葉にはそれがある。私の言葉にしかない何かを感じ取って欲しかったんだろう。
なら、こうだね。
「誰のために、その勝利を捧げるつもり?」
「誰のため?」
「そうだ。その勝利は誰のために捧げる? マックイーン? ルドルフ? それともスピカのみんな? それとも」
「自分のために?」
「そうかもね。その返答次第で、教えるかどうか決めさせてもらうよ」
「決まってる。ボクは」
返答次第では話は断るつもりだった。マックイーンのため、チームのため、みんなのため、応援してくれるファンのため、そんな優しいナメた答えを出すようなら何も言うつもりなんてなかった。
けど、トウカイテイオーは言い切った。
「ボクのために。ボクが勝ちたいからだ」
「マックイーンの為じゃなくていいのか」
「ボクが勝てば、マックイーンがまた立ち上がってまたボクと同じ場所に立ってくれる。ボクが勝てばマックイーンはまた走れるようになるんだ、大丈夫。マックイーンは強いんだ」
テイオーはそう言うがマックイーンの怪我は不治の病と呼ばれる屈腱炎だ。完治することはほとんどなくたとえ復帰しても常に引退の危険が付きまとう。日常生活、練習、レース、競走ウマ娘としての全てに再発の危険性が付き纏うストレスは他の病気の比じゃない。それにマックイーンは悪くいえば全盛期をとうにすぎた落ち目のウマ娘でもう引退の区切りにしてもいい怪我、周囲は引退を勧めるだろうし、本人だってもう走らなくてもいいと諦めているかもしれない。
だと言うのに、トウカイテイオーは信じている。
自分の勝利を見せれば、メジロマックイーンは復活すると。
屈腱炎を克服し、どんなレースにせよライバルとまた勝負ができると思っている。なんと傲慢でわがままな思い込みだろうか。
「本当に勝てばマックイーンが戻ってくると思ってるわけか」
「当たり前じゃん」
「なるほど、トレーナーちゃんにはわからん価値観だな」
「でしょ? にひひ」
その傲慢さはきっとルドルフの背を見て育ったからだろう。欲しいものを手放さない。勝利もライバルも夢も栄光も、アイツはいつだって掴み取ってきた。でも、テイオーはそれを取りこぼして来た。菊花賞は脚の怪我、天皇賞春は長距離適正。宝塚記念を3度目の骨折。天皇賞秋のマックイーンとの再戦の機会を、マックイーンの怪我で。
ならばその夢を叶えようと伸ばす手は、ルドルフよりも執念深いだろう。
「京都の3200じゃマックイーンが勝った。でも、3000も、2500も、2400も、2200も、2000mもレースがまだなんだ。きっちり勝負で決着をつけなきゃ引退なんて出来ないよ。ぼくたちはまだまだこれからなんだからさ。だからなんでもいい」
やはりと言うべきか場の空気が研ぎ澄まされていく。一定以上の実力のウマ娘は領域を持つというが、私はもうテイオーは領域を発揮することができないと思っていた。心技体、全て揃って発動するのがこの力だ。もうテイオーには心技が揃っても体が足りない。3度目の骨折、軽度であれ脚の怪我はウマ娘にとっては致命傷なはずなのに、
「
彼女の後ろに、抜けるような青空を幻視する。今のテイオーはデビュー以来おそらくダービーの時よりも仕上がっていると直感してしまう。
賭ける思いは私のよりも遥かに重く、向ける願いはたった1人の
「すまんなぁハヤヒデ。やっぱり1%の敗因を作るのは私だ」
シャカールと、私と、ハヤヒデ。私たちが新しく立ち上げたチームにリギルから移籍してまで勝利を追い求め、チームで作り上げた彼女だけの『勝利の方程式』。やっと菊花賞に間に合ったそれは、次の舞台のお披露目に有馬記念を選択していた。出走メンバーもほぼ決まった段階で導き出された勝率は『99%』、絶対に勝てると普段なら言える確率。だが今もうその数字を安心できると言えなくなっている自分がいる。敗北の可能性残り1%はきっとテイオーが持っているんだと直感した。
彼女がもし負けるとしたら、トウカイテイオーだけだ。
「マックイーンに約束したんだ。奇跡を起こして見せるって」
「そんなものないよ」
「......え」
「言い方は悪いな。奇跡なんて
呆気に取られるテイオーの胸を小突く。そんな奇跡に縋るほど、私は残念ながらロマンチストじゃいられなかった。手にウマ娘特有の力強い跳ねるような心臓の鼓動を感じながら、言葉を考え選び、どうすれば伝えられるかと頭を回す。
「うちのハヤヒデは最強だ。先行抜け出し、直線4角先頭から押し切る必勝ムーブを破れたのはBNWのあの2人だけだ。けど奇跡は2度は起こらない。3000m押し切れるスタミナと2000mを突き抜けるスピードに並ばせないほどの勝負根性、どれをとっても現役最強だ。今なら春天、マックイーンをかわしたライスシャワーだって並ばせない自信がある。だが、それを打ち破るつもりがあるなら。現役最強に挑む覚悟があるなら、ハヤヒデの背中を追ってこい。
奇跡は起こすものじゃない。絶望的な実力差をひっくり返すジャイアントキリングが奇跡と呼ばれるだけで、だから奇跡なんて必要ない。奇跡を起こしたいなら勝つしかないんだトウカイテイオー。ハヤヒデは4角先頭最終直線で押し切る先行策、これ以上は教えない。私にも立場ってものもある」
「......わかった」
「それとこっちだって負けられないんだ。ハヤヒデはライバルとクラシックの舞台じゃ1勝ずつ。この舞台で走れなかったナリタタイシンの強さの証明の為にも、ウイニングチケットとの勝負にケリをつける為にも、妹に背中を見せるためにもハヤヒデは勝ちに行く。カノープスのメンバーも同じだ。特に今年はG1勝利の重みを理解しているメンバーが多いんだ、気持ちだけで他人を気圧せると思うなよ。勝ちたいならそれ以上の力かそれ以上の想いを持ってこい」
「......優しいね。ボクのこと、嫌いじゃなかった?」
「嫌いだよ。昔は調子乗ってルドルフの背中を追おうとするクソガキだったもの」
「今は?」
「大っ嫌いさ。なんせ私よりずっと強い」
「強い? やったね」
「調子乗るなよ。今だったらちゃんと私の方が強い。だけど、昔の同じくらいの自分と比べれば、今のお前はずっと強い」
彼女は最後まで折れなかった。三度の骨折も、距離の壁も、ライバルとの離別も、どうしようもない自分に対する不甲斐なさも全て飲み込んでそれでも前を向けた。たった一度の強大な壁にぶち当たって折れた私とは随分違う。それに走った期間の長さで言えばテイオーの方が私よりもう随分と長いから経験値でも私よりずっと多い。
「それと、もひとつアドバイス。昔の勝負服を着てったらどうだ? クラシックでつかってたアレ」
「白と青のやつ?」
「そ。皇帝を超えるなら、奇跡を起こすってんならあの服がいい。アレ、ルドルフのパクリだろ?」
「パクリじゃないもん! ちょっと似るようにお願いしただけだし」
「ま、そういうことにしといてやるよ」
私の質問でいくらか空気が軽くなったらしくテイオーの雰囲気も少しだけ柔らかくなっている。それに相応しく、私も少し座った姿勢を崩し、テイオーに笑いかけながら言った。
「ルドルフのことを少し語らせてもらうならルドルフが奇跡を起こすことなんてできないのさ。怪我もなく、常に安定した走りで、ほんの数歩の後先で決まる勝負ばかりしてる『絶対』で、常に王足りえる実力がある。奇跡ってのは、強者には起こせないのさ。
でも、お前は違う。お前はもう日本ダービーまで持ってた『絶対』じゃない。天才であっても『皇帝』にはなれない。だが憧れは超えられる。せっかくの晴れ舞台きっとルドルフも観にくるさ。なら、なら」
「
私の言おうとした言葉を、先に言われてしまった。やっぱり随分と見ないうちに大人になってら。本当に、ウマ娘の成長ってのは早い。
「ああ、越えてこい。あの横っ面を蹴り飛ばしてやんな」
「ありがとう。この恩は返さないから」
「薄情者め。んじゃ取り立てに行くよ、レースでな。ついでにマックイーンにも借りを返してもらうかな。スピカで散々関節技かけられた借りがある。一緒に同じレースできる時を待ってるからな」
「うん。じゃあ、また」
「おう、また」
「「中山レース場で」」
あったらいいなって、思う話でした。