「別の世界って漫画みたいなことを言うね」
「信じられないと思うけどシービーだしどうせ信じるでしょ?」
「あはは、信頼されてるね」
「そゆこと。あと、ひとつ聞いときたいんだけどいいかな?」
「いいけど何?」
「シービー、トゥインクルシリーズはまだ?」
「トレーナーは秋にはデビューって言ってたかな?」
「となるとレースについては言わないでおくね。ネタバレ聞きたくないでしょ?」
「もちろん!」
目の前の親友は頷いた。元気のいい返事はやっぱり私の知るシービーと同じだ、学生時代に戻ったようで懐かしくなる。
「ところでさ、本当に貴女がカツラギエースって言うなら、私のことを教えてよ。そっちの私はどんなウマ娘なの?」
「先に自分のことなのか?」
「全くの別人だったら面白いじゃない、そうでしょう? で、どうなの?」
そう言いながらこちらにグイグイと距離を詰めてくるシービー、考えていることは相変わらず読めなくて少し笑ってしまった。
「残念だけど、多分今の君とほぼ変わらないかな」
まあ座りなよ、と私は壁に背を預け腰を下ろすとシービーもそれに倣って制服の汚れも厭わずに砂だらけの床に腰を下ろした。それを見てから、私は口を開いた。
「私の知るシービーは、トゥインクル・シリーズを走った後のシービーだ。だからレースの喜びも挫折も味わって大人になった感じがするね。その辺は今の君とは違うかな」
「そっちの私は大人になったんだ」
「大人になるのは嫌かい?」
「大人になるって折り合いをつけることでしょ? そんなのつまらないじゃない」
口を尖らせるシービー。確かに、大人は自分がやりたいことが全部できるとは限らないし、全部が全部レース勝負で解決できるほど単純じゃなくなってしまう。
全くシービーがいいそうなことだ、と思いながら、私はいつかのあいつのセリフをそっくりそのまま言ってやった。
「つまんないどころか最高さ、だってよ」
「最高?」
「おんなじことを疑問に思って、聞いたことがあったんだ。大人ってのは制約も多いけど、どうなんだってさ。
あいつは、確かにそうだけどできることも多いって返したよ。そして何よりあいつは、やりたいことを通すためになんでもやるヤツだった。
しがらみも、折り合いも、問題も全部全部吹っ飛ばして、やりたいことを押し通し続けているのさ。本当にバカだよ、バカ、大バカだ」
私を引き戻すために引退した自分のトレーナーを引っ張り出し、私にトレーニングをつけさせ、三冠ウマ娘の縁と名誉、自分の使えるものを全て使ってあいつは私をターフに引き戻した。
ただ私とあの時のリベンジマッチをするためだけ、自分のやりたいことを叶えるためにだ。本当にわがままは変わらない。今も昔も、いつだってあいつはまさに天衣無縫だ。
「変わらないよ、ずっと」
「そうなんだ。じゃあ君は?」
「私?」
「カツラギエースというウマ娘も変わらない?」
「私はダメだったな。いっかいポッキリ折れて、走るのもやめた。だから今トレーナーなんてやってるんだよね」
「......そう、なんだ」
少しだけ声のトーンが落ちたのを見て、彼女の抱える悩みになんとなく当たりがついた。
圧倒的強者が対面する問題、それは『周囲の心が折れていくこと』。昔の私がルドルフに対して抱いた絶対的な恐怖、勝てないと無意識に思い込んでしまうような、そんな隔絶した実力差をシービーは持っている。
いかに周囲を気にしない性格だろうが、どれだけ人の心を折ってきたのか無意識に感じ取っているのだろう、彼女はすこしだけがっかりしていた。
ま、私がそうはならんかった以上あれも随分と『諦め悪い』性格だろうさ。
「けど私は最後までお前に勝つことを諦めきれなかった。お前が走れば私は、いや、こう言うべきだな?」
『カツラギエース』は、お前の背中を追い続けるさ。
驚いたように顔を上げるシービーに、私はニヤリと学生時代の時のようにキザでムカつく笑顔を浮かべて見せた。
「理由なんてのは単純だ。お前はミスターシービーで、カツラギエースの永遠の目標でライバルだから、絶対に大丈夫。
何回でもボコボコに沈めて、びりっけつにしてやれ。立てた作戦も役に立たないくらいに気まぐれに走って勝て。
いくらまかしても、勝つためになら何度だって立ち上がるさ。
なんせカツラギエースは、ウマ娘の中で1番諦めが悪いんだからさ」
「いい自己紹介だね、参考にするよ」
「そいつはどーも」
いつもの飄々とした表情に戻ったあたり暗い気分を吹っ飛ばす助けの一つにはなったらしい。
にしたって、やっぱり昔と比べてもこっちのシービーとは違うな。こっちのは随分と年相応に高校生だけど、アイツは『まあなんとかなるでしょ、折ってから考えよ』とかシラフで言っちゃう無神経タイプだし、実際そうなったわけだし。
なんか思い出すだけでムカッ腹が立つな。同じ顔の別人だけどボコボコにしないと気が収まらなくなってきた。
「シービー、今どんな靴履いてる?」
「蹄鉄」
「最高。併走に一本付き合ってくれる?」
「いいね、私もそんな気分だったんだ。気が合うね」
◇◇◇
「で、散歩してたらここに来ちゃったってわけ。多分人違いじゃない?」
あんぐり、と口を開けて固まったエース(らしいウマ娘)をみて私は思わず笑ってしまった。
さっき『君の名前知らないや』なんていったら『親友の顔も忘れたのか!』って突っかかってくるもんだからかくかくしかじかって説明したらこうだもん。こう理屈っぽいところ、ほんとにそっくり。
「そんな顔の似た他人がいるわけあるかい!」
しばらくして戻ってきたら、思いっきり想像通りのことを叫ぶからまた笑っちゃった。
「アハハハ! 顔は違うのにそっくり!」
「知らん他人と似てるって言われても嬉しくねえよ」
「全く同じこと言ってそう、いやもっとこうかな、『そんなバカに似てるって言われたら不愉快だ』っていうね!」
「お、おう。ひでぇこと言うな、その誰かはよ」
「エースのことだよ」
「アタシ?」
「名前は同じかな。けど君より真面目だ。なんせ今私をふんじばって風紀委員に突き出してないからね」
「そっちのあたしは随分と乱暴なんだな」
「三冠ウマ娘ってエライって聞いたんだけど知るかバカって返されちゃったなぁ。懐かしいや。授業を抜け出してハンバーガーを食べに行った時の話だったんだけどさ」
「三冠?」
「そ、あたし三冠ウマ娘なんだってさ」
「三冠てぇとクラシック三冠のことか?」
「そうだよ! 全部一緒に走った仲なのに忘れるなんて酷いなぁあんなに楽しかったのに。毎回この話をするとエースって怒るんだよね。『こっちが負けたレースばっかり混ぜっ返すな』ってさ。前哨戦じゃずっとこてんぱんなのに、お互い様だよね、そうは思うよね?」
「まあ、うん。そうだな」
さっきから歯切れの悪い答えばかりが返ってくるばかり。もっとサバサバした割り切った子だと思ってたのだけれど、これは妙だ。毎回『もうちっと他人の気持ち考えろ』ってエースには怒られてるし、そうだね、なんで元気に返してくれないんだろうって考えてみると。
「もしかして負けレースの結果を思い出すのは嫌?」
「知らないレースの話をされても、なんとも思わねえよ」
「あそうなんだ。じゃあ続き話しても」
「お前は本当に、そういう、だああ、もう!」
エースは頭をぐしゃぐしゃとかきむしると、結局肩をガックリと落としてため息をついた。
「そっくりさんだからって、性格まで似てるのかよ」
「無神経とはよく言われるけどね」
「そういうところ、嫌いじゃねえけどよ」
ただなぁ、とたくさん言いたげな事があるような感じでエースはまた頭をかいて、
「友達いなくなるだろそういうの」
予想外の一言にまた面白おかしくなって思わず笑ってしまった。
「アハハハ! やっぱり、そういうところだよ!」
「な、なんだよ心配しちゃいけないってのかよ。だいたいなお前が自由にああだこうだするせいでこっちは先生からもたづなさんからも『シービーさんのことよろしく』なんて言われてんだからなぁ! もっと他を頼れ、他を!」
「君じゃなきゃダメなんだ」
「ああ?」
「ちょっと違う君だけどおんなじだよ。私のこと憧れだなんて思ったことないでしょ、親友」
「しんゆうぅ~?」
「ヤナ顔までそっくりだね、君ら」
厄介ごとに巻き込んでくるなと言わんばかりの目でこっちを見るエース。咳払いをしてそのヤナ顔を元に戻してから続きを語った。
「みんな私に憧れて夢を抱く。私のようになりたいと、私のようでありたいと。私に魅せられるばかりで、私を越えたいとは誰も言わなかった。それがすごくつまらなくてさ。
私は別にそれでも良かった。期待を背負うことは別に苦じゃない。勝手に背負わせるだけ、勝手に夢を抱くだけ。私にとってなんの負担にもならなかった。
ただ私にとって退屈なのは『競い合う相手がいないこと』。誰も私を夢にするばかりだった。誰も隣に立ってくれなかった。誰も私に挑もうとはしてくれなかった。
そこに君が現れたんだ、エース!」
思わず踊り出しそうなくらいあの時の胸のときめきは今でも忘れられない。レースが終わった後、次は負けないからとこっちに向かって啖呵を切ってきた君をどうして忘れられるだろう。
『あんな走りに2度も負けてたまるかってんだ、覚えてろー!!!!!! バーーーーカ!』
「あんなことを言われたのは久しぶりだった。次は負けないなんて言われなくなって、もう長い。しかも涙目で、覚えてろーなんて次に言われた時はもう涙が出るほど嬉しかった。
君が勝った時に飛んで喜んで走り回す姿、
君が負けた時に地面に突っ伏して悔しがる姿、
勝つために頭の隅から隅まで私のことを考えてる姿。
君のどんな姿を見るだけでも、アタシの胸は恋をしたみたいに高鳴ったんだ!」
友達なんていらなかった。ひとりで何もかもできた。
友達なんてできなかった。ひとりで何も困らなかった。
そこに
「そして私たちはライバルに、そして親友になったんだ!」
「......すげえな、別世界のあたしは変わってんな」
「ま、最初はこっちから追っかけ回してたんだけど」
「最後で全部台無しじゃねーか!」
おかげでエースのかくれんぼは学園一上手い。学園でかくれんぼをしたら右に出る者がいないくらい隠れ上手だ。まあ、私の見つける力の方が上だったけどね。
「キミはどう? ミスターシービーとは友達?」
「違う」
「そっか」
「けどライバルだ」
「それはいいね!」
ライバルと言った時のエースの目はギラギラとしていた。ライバルなんだと、勝ってやるんだと言わんばかりの目だ。
名前は同じで顔や性格は違っても、根っこは同じらしい。きっと
「ねえ!」
「なんだよ」
「レース、しない?」
自然とこの言葉が口をついた。
その目の輝きが昔のキミとそっくりだったから、私も学生時代に戻った時みたいで懐かしくなってつい、言ってしまった。
「昔みたいにさ!」
「いや、それは人違いだろ」
「あ、そうだった」