「似たもの同士ってわけ?」
「だって走りたくなっちゃったんだし」
「エースの誘いは断れないよねっ」
「そっちから誘われたの? いいなぁ」
「おんなじ声で喋るな混乱する! 今ジャージだから服装まで一緒なんだぞ!」
「「別にどうでも良くない?」」
「お、ま、え、らーっ!」
「こっちまで頭が痛え」
「キミらも大概似たもの同士じゃないか」
シービーの案内で開いてるコースに行ったら、なぜかシービーと最初に私を追いかけ回したあのウマ娘がいましたとさ。かくかくしかじかとお互いに事情の把握はしたが、それはそれとしてレースが始まるらしい。どいつもこいつもレースバカだ。
流石のスーツと私服じゃ勝負にならんのでそっちのエースの好意でジャージを借りて着替えた後、今念入りに身体を温めながらレースに備えているところだ。あとは手首を軽くほぐして、と。流石に体調も身体の具合も急拵えだが現状のベストはこんなもんだろ。
空の雲を眺めていたシービー(私の知っている方だ)に声をかける。万が一というのもあるが、いつもの習慣は抜けないからね。
「シービー、いつものスクリーニングすっぞ」
「はーい」
「スクリーニング?」
「知らんのか?」
「聞いたこともねえ。なんだそれ」
「んじゃついて来い。どうせ通る道だ」
そう言って私はコースの最内に向けて歩き出した。シービーもその隣でゆっくりと歩き出し、遅れて2人も私たちの後について歩き出した。
「スクリーニングってのはレースコースの下見だ。基本的にはイメージトレーニングに近い。あとは会場の雰囲気とか、芝の状態とかを知る。例えば雨が降ってたらどれくらい滑るのか、どれくらい芝が荒れているとか、なんてことを調べるんだ」
「返しウマで良くないか?」
「やれること全部やらんと勝てないもんでね。私は人並みの才能しかなかったんだ。相変わらず芝はカリッカリに刈り込まれてるなぁ。こっちの理事長も熱心なことで」
しゃがみこんで綺麗に刈りそろえられてた芝をなぞりながら思わず呟く。理事長があらゆる部分にやたら気を使うのは変わらないらしく、練習コースのはずなのにここはさながら東京レース場といったところだ。直線の長さで言えば中山くらい短いが、あいにくとここに坂はない。
となれば、あとはコースの荒れ具合だが見渡す限り芝のはげも少ない。特に内枠は練習で使われるだけに荒れがちなんだが大外と同じくらい綺麗。ただちょいとばかり湿っていて重くなりそうだ。これは使えるかもな。
それを伝えると、シービーはさも分け知り顔でこんなことを言いだした。
「となるとエースが有利じゃない? 前だし」
「油断させるつもりじゃないだろうな」
「まさか。それでも私の方が速いよ」
「ん、にしてもちょっと土が湿っぽい気がするんだ。昨日かおとつい雨でも降ったか」
「どっちだと思う?」
「当たってたら奢れよ。昨日だ」
「うーん、私は3日前かな?」
「言ったな? そっちのシービー、雨が降ったのはいつだ?」
「一昨日だったかな?」
「......だせえ」
「やかましい!」
「残念、今度はワリカンだね」
「とか言ってしこたま飲むんだろどーせ」
「うん」
雑談でもしていれば案外一周なんてすぐだ。一周が約1600m、最終直線は実質300mもないくらいの短さ。全く私たちが知るトレセン学園の練習用芝トラックと一寸たりとも変わらない、全く恐ろしいくらいに同じコースだった。
とはいえシービーがこのコースを走るのは久しぶりだろう、コーナーの大きさのことやら最終直線の長さやら知る限りの情報を伝えていると、もう1人の私は不満げに呟いたのを耳にしてしまった。
「こんなのやる意味あったか?」
「オイオイもう1人の私よ、シービーにはコレくらいやらんと勝てないのさ。使える手はなんでも使わんと、さもなきゃコレに差されてばっかりになっちまうぞ」
「差しちゃうぞー」
「説得力のあるセリフをどうも」
肩をすくめてエースは私の左隣に入った。枠順は道中のじゃんけんで決めてある。内からエース、私、こっちのシービー、そしてシービーだ。名前がそっくり同じなだけに自分で整理してても紛らわしい。
「なぁ、最内はいらねえのかよ?」
「今日はいらん。いつもだったら欲しいけどね、大人の余裕ってやつさ」
「それで負けても、負け惜しみは聞いてやんねえぞ」
「はいはい」
「ねえ、早いところ始めちゃおうよ!」
「はいはい、昔っからせっかちなんだから。んでそこの2人。スタート合図は私のカウントでいいかい?」
「いいんじゃない?」
「トレーナーに頼むわけにもいかねえしな」
「はやく始めちゃおうよ!」
「待ってろって」
急かすシービーに思わずらしいと笑いながら、腕時計をいじってタイマーをセットする。時間は5秒もあれば十分だろう。
「カウント5でいくよ。5、4、3」
2、1はカウントしない。息を短く、少しだけ吸って。
「ゼロっ!」
電子音を合図に身体を沈ませ足を踏み込む。見慣れたゲートの扉が開く様子を幻視しながら、わたしはその扉を突き破るくらいの勢いで飛び出した。
現役時代さながらの絶好のスタートだった。当然、私が先頭だ。その後ろにおそらくカツラギエース。少し、いやかなり離れてシービーが2人。どっちかどっちなのか足音では見分けがつけられん。少なくとも左右並びではないくらいだろうか。つかあんにゃろうどもいつも通りに出遅れよったな。
1、2コーナーを抜けながらこれからのレース展開を考える。カツラギエースはともかく、シービー2人展開が読めない。シービーの隣で追い込んでシービーに突っかける阿呆は歴史上ゴールドシップくらいなもんで、それも数度もないくらいだ。この世界のシービーは冷や汗のひとつもかいているかもしれないがあのバカはウッキウキだろう。自分と対戦する機会なんて普通は存在しないわけだからそれが楽しくて仕方ないんだろうことは簡単に予想はつく。
そんでもって、アイツは楽しすぎると何をしでかすかわからない。
勝つつもりは充分にあるだろう、負けるつもりは毛頭ないだろう。意図的にミスはしないし勝つためのベストを尽くすだろう。
それはそれとして自分の楽しいと思うトンチキな走りをするのがアイツだ。しかも少人数レースで前に壁はできないときた。あの追い込みと最終直線は真っ向勝負になるだろう。正攻法じゃあちょっと厳しい。
「......ははっ」
どうするか、なんてのはもう決まってるじゃないの。んじゃ後輩にひとつ先輩の背中ってやつを拝ませてやろうじゃないの。ねえ、シービー?
バックストレッチに入った瞬間、私は脚のギアを一段切り替えた。
さあ、どこまでついてこられる?
◇◇◇
3バ身、4バ身と離れていく背中を見ながら、アタシはひとつ笑みを浮かべた。明らかにエースのギアがひとつ上がった、ここで突き放したいってことは、やりたいことはきっとアレだ。
大逃げウマ娘についていくな、共倒れになるから。逃げウマ娘は潰せ、ハイペースになればスタミナの多い方が勝つから。
そんなつまんない言葉は知らない。
エースはアタシによく言うんだ。お前は自由に走ればいいって。
だったら自由に走るよ。
いつも通りにキミの背中を追いかけて、追い越すために。
「それが、ライバルでしょ、エースっ!」
◇◇◇
今までレース中に感じたことのないような恐怖感、威圧感、言語化できないような頭の裏にちりつくような何か、それを大人の私は持っていた。背格好や走りは変わらなくてもアタシには無い何かだ。それは、これからの私が持つものになるのか、はたまた無縁なものなのだろうかはわからない。きっともう1人のアタシだけがたどり着いたものなんだろう。
そこに興味はない。アタシはアタシ、もう1人のアタシはもう1人のアタシだ。
全く同じものを目指そうなんて自由じゃない。そんな縛られたような未来は真っ平ごめん。
我が道を行くというわけじゃないけれど、未来を決められるのはアタシ自身だけがいい。誰の真似っこでもない、アタシだけが思うものになりたい。
もう1人のアタシのようにはなれないし、なりたくもない。
けれど。
アタシが憧れるような目で誰かを見るのは初めてだった。アタシを憧れさせるような、そんな面白いことが目の前のもう1人のエースにはあるのかと驚きが勝るくらいだった。
「教えてよ」
「うん?」
「どうしてそこまであなたは彼女に憧れるの」
質問すると、もう1人のアタシは少しも考えないで言った。
「アタシの知らない道を歩む人だからさ!」
とびっきりの笑顔だけでもお釣りが来る答えだった。
「それはいいね!」
「そうでしょう! エースは最高のライバルで、親友さ!」
あっちのエースもまたエースとは違う。アタシがアタシにならないように、エースだってあっちのエースには成れない。
けれどアタシとは違う道を行く。
「......ははっ! はははっ!」
それをレースで語り合うのは、きっと。
知らないことを、知ることは。
わからないことを、ぶつけられるのは!
「たのしい、たのしいね! 最高に、たまらない!」
◇◇◇
ピークを過ぎたロートルと侮ってたわけじゃない。
ただのベテランだとみくびっていたわけじゃない。
ただ自分より少し多くレースを走り、多く経験を積んできただけ、そう見ていたのが間違いだった。
ただ純粋にフィジカルは確実にこっちが上なはずだった。
悔しさに
驚くほどに前のジャージの背中の差がつまらないのは、舐めていた足元のコンディションの差だけじゃない。
細かく減速したり加速する厄介なペース配分、背中に目がついていると言わんばかりにこちらのやりたい動きを潰してくる横移動のそぶり。
細かいミスの積み重ねが脚から力とスタミナを奪っていた。
『大人の余裕ってやつさ』
思わせぶりなあの顔に思わずつっこみたくもなる。どこが大人の余裕だ、どこが! 罠に嵌めておいて何を言う!
そもそもスタートから進路被せてこっちのこと減速させて後ろに押し込ませたくせに! ふざけんなよ!
だけどそんな程度で音を上げていちゃシービーに勝てるはずがねえ。勝とうとしてるんなら、これくらいの逆境や振りの一つや二つ、策の三つや四つ、跳ね返せなけりゃあの規格外に勝てるもんかよ、ええ?!
「負けられないだろうが、よっ!」
◇◇◇
「ぶはっ!? レースは! 勝負はあいたあっ!?」
椅子を弾き飛ばして転げ落ちた肘の痛みで目が覚めた。
ゴールライン頃にはいつものように半分くらい酸欠の頭の中、確かに頭からいちばんにゴールラインに飛び込んだはずなのだが......目の前にあるのはプレハブの壁と半開きの窓。
......倒れるにしたって、運ぶところはもっと保健室とかねえのかよ、オイオイ。
ガチャガチャと鍵穴に何かを差し込む音がして、馴染みの教え子の顔がひょいと扉から顔を覗かせる。
「おはようございますトレーナー。その格好似合ってますよ。ぷぷぷ、もしかして太りました?」
「今日のメニューはキツめにしとくな」
「職権濫用!」
いつもの冗談めいたいじりに軽く返しながらまだ眠い目を擦る。どうにも夢だったようだ。最近疲れて気絶するように寝ることが多かったから夢の内容を覚えているとは珍しい。
机の上の電話がブルブルと震えている。画面を見るにどうやらシービーかららしいが、彼女からかけてくるのは珍しい。何があったのやら。
「もしもし、シービー、朝からなんだよ?」
『楽しいレースだったね! 今度は白黒はっきりつけよう! んじゃ!』
「あ、おい」
どうにもあっちでも夢の中でレースしていたらしい。勝敗がどっちつかずでも夢の中のレースにケチをつけられてもなぁ、といつもの奔放さに呆れるやら懐かしいやら。
「ところでトレーナー、それ誰のジャージです?」
「どのジャージ?」
「いや、トレーナーが今着てる泥のついたそれですけど」
教え子に指さされるままに視線を下げれば、そこには学生時代に、というかついさっき夢の中で来ていたはずの学園指定の赤いジャージが目に入る。
裾には跳ねた芝と泥がつき、シューズは今まさに稍重のバ場を走ってきたばかりくらいの湿り気と汚れがついていた。
「あー、これはだな」
「私のだったら怒りますよ」
「大丈夫。昔の自分からもらったヤツだ」
「昔のトレーナーから? もしかして荷物の下にでも埋まってて、つい懐かしくなってってヤツですか」
「ま、そんなところだ」
「似合いませんよ」
「よーしわかった、学園の外周を10追加な。ベスト更新できるまで走らせてやろう感謝しろよ」
「スプリンターの私に無茶言わんといてくださいよ!」
「はやく着替えて準備しろ、体あっためてすぐ行けるようにしとけよ」
「マジでやるんですか! ひーん!」
......ま、勝敗は預けとくか。私のスーツと一緒にな。