「おはようございますトレーナーさん!」
「おはよう、よく眠れた?」
「はいっ、占いも大安吉日、バッチリですとも!」
オープン戦ともなれば発走が9時とかになることもあるが、大きなG1レースってのは1番盛り上がる時間帯であろう昼過ぎあたりに開催されることが多く、今回のダービーは15時に発走だ。また開催場所がトレセン学園と同じ府中の東京レース場ということもある。千葉の中山レース場や兵庫の阪神レース場、京都の京都レース場や他の地方レース場になると3日前から移動を始めなきゃいけなくなるけれど、今回はその移動も必要ない。はじめてのG1デビューに余計な疲れもなく行けるのは正直ありがたい。
「んじゃ行くか」
「はいっ!」
とはいえレース当日の朝は早い。ドーピング検査に体重計量、勝負服の最終チェックに蹄鉄スパイクのチェックと、やる事の量だけは多い。その前にチーム室でやることが一つだけある。
「朝の占いは見た?」
「はい、今日のラッキーアイテムは鉢植えだったのでサボテンの鉢植えをクラスメイトから借りてきました!」
「置いてきなさい重量オーバーだしよりによって危ないサボテンはダメ」
「なんとー! じゃあトレーナーさんが持ってて下さいよう」
「......しょうがないなぁ」
彼女がカバンから取り出したるは重量感のある、というより窓際どころか机の主になれそうな大きさのサボテンの鉢植え。
見かけに違わずずっしりと重く、何より棘が刺さりそうで持つことも怖いくらい。なんでこんなもの学生が寮で育ててるかね、そこらへんの庭に生えてるレベルだぞこの大きさは。
「......もうちっと小さいやつにしてくれたら良かったのに」
「その子が『この子にダービー見せたげてよ、わたしは無理だからさ』と言うもんだから断れず。それに大は小を兼ねると言いますから」
「そういう問題じゃないと思う」
「大きい方が運気アップ......な気がしません?」
こてん、と首を傾げつついうあたり本人も疑っているようだが、占いに固執するフクキタルの提案を無碍にするのもモチベーションが下がる原因になりかねない、さてどうしたものか。
「うぃーっす、おはようサブトレ」
「やあゴルシ、これ東京レース場にデリバリーして。お金は出す」
「ウーマーイーツじゃん! やるやる!」
「......ヨシ!」
問題は解決した。
◇◇◇
「それで結局作戦の方はどうするんですか?」
「じゃあ逆に聞くけれど、フクキタルはどうすればいいと思う?」
「そうですね」
まずは占ってから、とタロットカードを広げ出したのは無視して手元にあるメモ帳に視線を落とす。ここには皐月賞のレース展開をはじめ、今回出走するウマ娘とレース結果を集めたデータが書いてある。一部はトレーナーやシャカールに協力してもらったがほとんど自分の足で集めたものだ。
ダービー前哨戦でありフクキタルも出場したプリンシパルSや、前哨戦の一つ京都クラシック特別のレースも入っている。
その結果を鑑みるに、私の予想では大逃げするサニーブライアンとサイレンススズカを後続が捕まえに行く立ち上がりになるだろう。走りたがりのサイレンススズカが同じ逃げ馬のサニーブライアンに影響を受けないはずがない。
有力ウマ娘はほとんど皐月賞に出走している以上、前回の二の舞は避けたい筈。だからこそ大逃げを許すとは考えにくく、ハイペースなレース展開になる。フクキタルの強靭な差し足を活かすにはスローペースな展開が望ましいが、大逃げ宣言のサニーブライアンがいる以上難しいだろう。
私がもし出走するならスローペースになるなら後方待機、そうならないなら前めにつけて逃げウマ2人を捕らえる。こういう作戦を取るだろう。
「......結果はでたかい?」
「あとはめくるだけですね。むむむむむ......」
控室の机に無造作に広げられたカードの中から力を込めつつ、ややっと念を込めてから一枚をめくり上げたフクキタル。そこに書かれていたのは古臭い男女が描かれたカードだった。
「それは?」
「恋人の逆位置とはなんたる不運! 意味は優柔不断に選択の失敗......あわわわわ、ど、どうしましょ」
「落ち着いて。選択の失敗なら、フクキタルが考えてたことがシラオキ様的には良くなかったのかも。それを聞いて対策を考えよう」
「わ、私としては後方待機にしようかと。今回はサニーさんを警戒して先行策を取る人も多いでしょうし、皐月賞みたいに後方待機同士で牽制合戦をすることはないと見ました!」
「んー、悪くないと思うけど」
「けれど?」
「サニーがハイペースで逃げたら後方待機じゃ間に合わない。ラップタイムを正確に刻むのは難しい以上、私としては前めにつけておくべきだと思う」
「シラオキ様も選択の失敗と言っていましたしトレーナーさんのいう通り先行策を取りましょう、即断即決です!」
ぶい、とサムズアップしてみせるフクキタル。その手が細かく震えているのを見て、私は彼女の手を優しく握り込んだ。
「負けてもいいとは言わない。でも、負けたら全部私の、トレーナーのせいにしていいから。そう言えるだけのベストを尽くして」
「ベストを......尽くす?」
「失策したって、よろけたって構わない。走り終わった後にターフに頭からぶっ倒れるくらいの全力を出してくれれば私は何も言わない。あとはフクキタルの幸運を信じるだけ」
「幸運を......信じる」
「うん。普段通りに。いつもやっているでしょう?」
「信じる......わかりました! 信じます、シラオキ様とトレーナーさん、そして私の大吉を!」
「よし、行ってこいっ!」
「はいっ!」
それでは行って参ります、とにゃーさん(招き猫のカバンの名前らしい)を背負いドアを開けて地下道へ飛び出していった。
「フクキタル、パドックはあっち!」
「間違えましたーっ!?」
大丈夫かなぁ。
◇◇◇
『お知らせします。1枠1番、シルクライトニングは脚の怪我のため発走除外とさせて戴きます。繰り返します』
「お待たせ。悪いねトレーナー、席とって貰って」
「お前の担当なんだからお前がみるのは当然だろう? しっかり応援してやれよ」
なんとか人混みを割って最前列へ抜け出すと、黄色いシャツのトレーナーがなんとか場所を確保してくれていた。その隣には制服姿のスピカが勢揃いで、レース開始を今か今かと待っていた。
「ねえトレーナー、発走除外って?」
「レースに出られないって事。直前に怪我したりとか、身体検査で引っ掛かったりしたらなる」
「ええっ! 酷えじゃねえかよサブトレ! こんなスンゲー舞台なのに走れねえって」
「ウマ娘が怪我を押し通して走ることは絶対に避けるべきこと。片足を怪我しても成績を残してたトキノミノルとかは例外だけど、怪我をしてタイムは刻めないし、何より死ぬ」
「し、死んじゃう? 脅かさないでよ!」
「脅しじゃ無え。レース中での死亡事故は何例か報告がある。そうでなくとも、レースで怪我を悪化させたのを理由にターフをさるウマ娘は多い」
「シャカール先輩......」
「その通り。お前らの夢を叶えるのが俺たちトレーナーの仕事だ。でもそれ以上にお前らが無事に卒業できるようにする事が、俺たちの責任なんだ。どんな記録がかかっていても、俺は怪我を押してレースには出させないし、出ようとするなら止めるからな」
あまり見せない真剣なトレーナーの顔に驚いてる2人の頭に手を置いてワサワサと掻き回す。
「ウチの担当のレース前に硬い空気にさせないで。フクキタルの身体に異常はなかったし、一着取れるように応援しに来たんでしょ。トレーナー、変な話に持ってくの悪い癖だよ直してよ」
「悪い悪い」
ひと段落ついたところで、ターフに目を向ける。今はスタート地点前で思い思いにストレッチをしている時間なのだが......
「トレーナーさああああああああん!」
「あのバカ......」
スタート地点からゲートを飛び越してゴール前の私たちの方へ向かってかっ飛んでくる栗毛のウマ娘。あのダミ声っぽい声と情けない叫び声で見なくともわかる。
「......どうしましょうどうしましょうさっき占いをしたら大凶になってしまいましたもう終わりですううう!」
「シラオキ様がレース直前に変なことしないって怒ってるの。ほら戻った戻った」
「あうー、で、ですけどお」
「そこまでイレ込まなくてもいいから。普段通りやればいいの。練習は裏切らないから」
「む、むむう」
「ラッキーアイテムの鉢植えも......ゴルシ、あれどうした?」
「私の頭の上の飾りになったぜ」
「は?」
ゴールドシップの頭の上に目をやるといつもの髪飾りの頭の上に乗ってる帽子が同じくらいのサイズの鉢植えになっていた。風に吹かれて咲いた白い花が揺れる様を無言で眺める時間が続く。
「......鉢植えだし変わらないですね」
「そういうことだと思えばいいんじゃないかな?」
「マチカネフクキタルさん早くスタート位置についてください」
「はーい!」
それぞれの想いを抱えて、東京優駿が今、始まる。
「ところで預けたやつは?」
「エアグルーヴにあげちまった」