諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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毎秒投稿しろって言われちゃったので


2021/04/17 ゴルシちゃんがシニアとクラシック2クラスを走る不具合を修正しました。


第1話 夜明け前

「なんでお前がここにいるんだ?」

 

 開口一番、この男が私に言ってのけたのは気の抜けた言葉だった。私は無言で胸から下げた入校証を見せてやる。

 

「あなたと同じ道を歩く事にしたわけ。まだ仮だけど」

「中央トレーナー実習生......マジかよ」

「1ヶ月の実習期間が過ぎるまでどこかのチームにて経験を積む事。というわけでまたヨロシク、トレーナー」

「マジかよ」

 

 事実を端的に告げると、驚いたと目を見開く。その様子が2人きりだった昔と変わらなくて、少し微笑ましいくらいだった。

 だが、昔と違うところがあるとすれば。

 

「なあトレーナー、誰だこいつ?」

 

 椅子に座って不思議そうにこちらを観ている芦毛のウマ娘がいることだ。恵まれた体格に整った顔立ち、ジャージの上からでもわかるトモの筋肉のつき方も悪くない。

 それもそうだ、新聞の一面を飾った事もある顔を仮にトレーナーの端くれでもある私が忘れようはずもない。

 

「ああ、こいつは......」

「わけあって名乗りは控えさせてほしいね、()()()()()()()

「へぇ、あたしのこと知ってるんだ」

「デビュー戦はコースレコード勝ち。その後も順調に勝ちを上げ皐月と菊花の二冠達成。全く、有名人の自覚を持ってほしいところだって」

「そうなの?」

「あのなあ......」

 

 やれやれ、と頭を抱える仕草を見せたトレーナー。普通ウマ娘だったら大喜びして一生忘れないようなことだと思うんだけれどどうもゴールドシップは無頓着らしい。

 

 なにせ彼女は学園史上稀に見る『癖ウマ娘』。

 

 圧倒的な追い上げを見せる末脚と引き換えに、非常識と自由と無秩序もまとめて獲得してしまったわけだ。最初のウイニングライブでは曲に似合わぬ見事なブレイクダンスを披露して見せた、と新聞の一面に躍るほどに世間を騒がせたのだから、その奔放さは筋金入りも良いところ。

 阪神大賞典も順当に勝ち上がり、春の天皇賞に備えるだろう時期にどうしてこのウマ娘はオセロに興じあまつさえそれを正すべきトレーナーは付き合っているのか。

 

「最近の後輩はこうも不真面目なのか? トレーナーも何か言ってやってください」

「なんだよ、お前も将棋やるのか? やろうぜ?」

 

 不真面目な態度を悪びれる様子もなくロッカーから立派な将棋盤を取り出したところで私の堪忍袋の限界値はもうとうの昔に振り切れた。

 

 こうなったら卍固めでも四の字固めでもなんでもして特訓させてやろうじゃないの、とジャージの袖を捲りあげて詰め寄ろうとしたところで誰かが私の方を掴んだ。

 

「ゴルシはこれで良いんだ。そうだ、折角だしどこかで飯奢ってやるよ。昼、まだなんだろ?ゴルシもこいつの話聞きたいだろ」

「よっしゃ! トレーナーの奢りならいく!」

「わーったよ。すまんな、付き合ってくれるか?」

「いつもの場所なら」

 

 トレーナーがご飯に誘ってくれる時は、大抵話し合いたいときと相場が決まっている。それも、あまり聞かれたくないような、少しばかり熱が入ったか後ろめたい話。

 

「ところで折角の入学式に勧誘なんかしなくても良いのか? それどころか悠長にサボって」

「勧誘は模擬レースを見てからだ。走りをみてトモを触って見ない事には何とも言えない。入学式サボりについては出ようとしたんだが、ゴルシがな」

 

 彼が指差すのは椅子にかけていた黒いジャケット。形式ばったもので、下のスーツと今着ているベストに合わせれば正装姿と言えなくもないだろう。髪型は大胆に側頭部を刈り上げたおかげで真面目さはないが、トレーナーの服装など個性的なものばかりなので何も言えまい。

 さてことの元凶はこの問題児、というわけでどうしてだと無言で返答を促せばあっさりと返事が返ってきた。

 

「クソ長いつまらん話より虹色に光るニンジンを探す方が楽しいからな。命短し楽しめゴルシちゃん! あとダジャレつまらん」

「それ本人の前で絶対に言わないでよね!」

「? わかった!」

 

 本人はいつも愉快そうに笑っているが、巻き込まれた方は良い迷惑である。

 

「......と、話が逸れたじゃない。ご飯、行くんでしょ?」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「いらっしゃい! って、トレーナーとウマ娘さんじゃないの! 久しぶり!」

「久しぶりおやっさん。いつもの2つね。おまえは?」

「いつもの」

「あいよカツ丼3つ! お新香でも食ってゆっくり待ってな!」

「......なんだココ?」

「何ってそりゃ、カツ丼屋だが」

 

 トレセン学園から歩いて15分。近場の商店街の奥まった路地の中にある、狭っ苦しく古臭い店。

赤いテーブルが3つにカウンター席がいくつかあり、テレビではひっきりなしにニュースを垂れ流している。記憶と同じ昭和くさい内装とこれまた変わらない店長の元気な返事が懐かしい。

 

「入学前にふらっと見つけて以来、レースが近くなるたびに験担ぎで食べに来てたんだ」

「嬢ちゃんが来なくなってから随分と寂しくなったもんさ。トレーナーさんとやらは最近来なくなっちまったしな」

「さ、財布がな......」

「冗談だ冗談、がはははは」

「それで、だ」

 

 ジュージューとカツが揚げる音をBGMに、私はバ群に割って入る差しウマのようにトレーナーに切り込んだ。

 

「どうしてああも不人気なチームになったわけ、ウチは?」

「なんというか、なるべくしてなっちまったというか」

 

 色付きプラのグラスに入った水を飲みながら、トレーナーは静かに語り出した。

 

「俺の指導方法はお前が一番よくわかってるだろ?」

「『まずは自分でやってみろ。困った時には俺を頼れ』だったっけ」

「そうだ。よく言えば自由、悪く言えば放任。おハナさんにはなってないって言われたっけか」

「だけど私は十分やれた。だから『チーム・スピカ』立ち上げの時、みんな集まってくれたんじゃないか」

「うまくいったのはお前とゴルシだけだ」

 

はあ、と彼は深々とため息をつく。

 

「何のためにトレーナーがいるのか再確認させられたよ」

「つまるところ、ちゃんとやらないとダメって訳だったということ? 手取り足取り、一から十まで」

「俺には向いてなさ過ぎる」

「そうなのか? トレーナー本気出せばもっと色々言えることたくさんあるのに」

 

 キョトンとした顔で私にそう言ったのはゴルシだった。私とトレーナーが驚きに目を開く中、何がおかしいと首を傾げるゴルシは続ける。

 

「その辺スキップしてるだけで調子を言いあてるし、ずーっと他チームのウマ娘にあーでもないこーでもないってボヤいてるし、デビュー戦の時はうるさくて何も覚えられなかったけどいっぱいアドバイスくれたじゃねえか。

たまに夜遅くまで資料見てるのだって知ってるぞ? よく老眼にならないな。ゴルシデータベースには目にはメザシが良いらしいぜ!」

「......すごいな」

「仮にもトレーナーなんだぞ? それくらいは見てるよ」

 

にしし、とイタズラが成功した顔で言われてしまえば2人で思わず顔を見合わせるばかりだ。ただのちゃらんぽらんだと思っていたが、もしかして頭が良いのか?

 

「お前、レースの時以外も頭いいんだな」

「ばっきゃろうえい! ゴルシちゃんのIQは53万だぞう!」

 

 トレーナーの呟きにツッコミを返すゴールドシップを見ながら、にんじんの漬物をつまむ。なるほど、だからゴールドシップはこのチームこのトレーナーの下に流れ着いたわけだ。

 

 ウマ娘の育成のセオリー、戦術、作戦というのはかなり定石が詰められてしまっている。だからこそ『あてはめて』しまえばある程度の才能さえあれば形にはなる。その『ある程度の形』をはみ出すほどの実力や才能を持ったウマ娘が鎬を削るのが今のトゥインクル。

 だが、ゴールドシップはそれが気に入らないんだろう。型にハマらず、自分の長所と才能を磨きたい。それ以外興味がない。もしかしたら、他にも。

疑問に思って、その答えを求めて口を開いた。

 

「ゴールドシップは差しが好きなのか?」

「なんだ藪から棒に? 釣りがしたいなら今すぐ駿河湾に行こうぜーっ!」

「そうじゃない。戦術のこと」

「あー、うん。後ろからガーっていくやつだろ?」

「最初っから飛ばすのは嫌いか?」

「やだよ、疲れるじゃん」

「疲れるから、って、そんな理由で?」

「あとゲートって嫌いなんだよ。いつ開くかわからないから面白くない。自分で蹴破っていいならいくらでもゴルシ拳法が火を吹くぜ、シュシュっ」

「あっはっは、友達にもそんな奴いなかったぞ! やっぱ学園一の変ウマ娘って噂は本物か」

 

スウェーをしてみせるゴルシがおかしくて思わず笑った。こんなに『頭のおかしい』ウマ娘は初めて、こんな変わり者がもし周囲にいたら、学校生活はきっと楽しくなる。

 

「前のトレーナーには『アホ言うな』って怒られたけど。けど一回やってみたら気持ちーだろうなーって思ってるわけ」

「そりゃそうだ! 蹴破ったら始末書ものにきまってる!」

「マジ? その程度で済むんなら今度やってみるか。

なあトレーナー! 次のレースっていつだ!」

「天皇賞。だけど、出すかどうかは五分ってところだ」

「なんで迷う必要があるわけ?」

 

 私の質問にトレーナーは俯いたままだ。

 

「迷ってるんだ......天皇賞に出そうと思うと、俺とゴルシはメンバー集めは難しい。チーム存続のためには、ゴルシには天皇賞を諦めてもらうことになるかもしれない」

「けど、天皇賞を出走辞退はおかしいでしょう? 阪神大賞典は良いレースだったのに!」

「そうだ。あの走りが本番でまたできれば、一位も十分射程圏内だ」

 

 彼はそこで一旦口を閉じた。何かを思い出すようにぎゅっと目を閉じて、それでも言わなければならないと私たちの方へしっかりと向き直った。

 

「......俺はウマ娘に『夢』を見てる。

コイツはどこまで走れるんだろう、どこまで行けるだろう。ウマ娘の可能性の果てを、俺は見たい。何かを成し遂げたいと言うんなら、どんなに不可能でも俺は全力でそれを叶えてやりたい。

勝ちたいなら、勝たせてやる。

走りたいなら、走らせてやる。

ココにいたいなら、ずっとココにいて良い。

 

俺には決められそうにはない。

なあ......ゴールドシップ、お前はどうしたい? 勝ちたいか?」

「そりゃ勝ちてーよ、勝った方が楽しいだろ」

「だよな......」

「だけど、あたしにとっちゃチームがなくなっちまう方がやだな。あたしの面倒を見てくれるトレーナーなんてアンタだけなんだからさ」

「......すまんな、ゴルシ」

「良いってことよ!」

「お、話はまとまったみてえだな、ヘイおまちっ!」

「おおっ、うまそーっ!」

「嬢ちゃん達にはにんじんのかき揚げのサービスだ! 次も来てくれよなっ」

「悪いね大将」

「良いってことよ。せっかく戻ってきてくれたんだ。昔、あんたのレースをテレビで見てた頃が懐かしいよ」

「へえ、あんたウマ娘だったんだ?」

 

 大将がしみじみと昔を思い出していると、ニタニタと割り箸でこちらを指さすゴールドシップのしたり顔が目に入る。

 

「そういえばトレーナー、新顔のコトは飯を食いながらってえ話だったよな。聞かせてくれよ〜」

「そうだったか?」

「そんなことないが」

「名探偵ゴルシちゃんの耳と目にかかればマルっとお見通しだ! じっちゃんの名にかけて!」

「なんか色々混ざってるんだが、まあ、いっか。

他言無用で頼むぞ。あんまり、人に話したくない。大将もそれで頼むよ」

 

 上手いこといい話で誤魔化せたと思ったんだが、ゴールドシップは流されてはくれなかった様子。あまり話す事でもないが、ずっと突っかかられてもイライラするだけだ。

 本当なら話すつもりはないが、秘密を2人で抱え込むにも限界があるだろう。改めてゴールドシップに釘を刺した上で、私は自分の経歴を軽く語った。

 

「察しの通り私は元トレセン学園生で、『チーム・スピカ』を立ち上げたメンバーでもある。

名前は......鏑木とでも呼んでくれ。当時の名前はあんまり名乗りたくないんだ、成績良くなかったし悪目立ちしても困るだけだしね」

「わかった!」

「わかったのか......?」

「大丈夫、ゴルシちゃんの口はちり紙くらいは固い」

「全然大丈夫じゃないじゃないか」

「まー、なんとかなるだろ」

「トレーナーも笑ってないで嗜めてくださいよ!」

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