「ゴルシは休養も兼ねて7月いっぱいはサポートに回すんでいいよね、トレーナー」
「ああ、春シニアはしっかり走ってもらったし、秋に備えてゆっくり前半は休んでもらう。秋天は出ないがジャパンカップと有馬記念には出て欲しいからな」
「ライアンさんも同じように夏には休養してもらう予定ですし、お手伝いできると思いますよ」
「お、それはいい」
「むむむ、トレーナーさんは難しいことを言いますね......スポドリ持ってきましたよ」
「ありがとフクキタル」
貰ったスポドリを喉に流し込みつつ、砂浜の木陰で作戦会議。ただ練習内容は事前に詰め切っていたので最終確認といったところ。双方のチームエースであるゴルシとメジロライアンは7月いっぱいはサポートに回り、デビューを待つ面々とツインターボのトレーニングが今回の合宿のメインになる。フクキタルは1週間ほどはレースの疲れを取るためにしっかり休んでもらうことになっているので、彼女もサポートだ。
「オラオラ声出せ! ウマ娘は気合と根性だ!」
「砂浜では正しい走行姿勢を意識してくださいね」
ゴルシが音頭を取りライアンが技術的な指導の声を飛ばす、即席教官ペアとはいえなかなか相性は良さそうだ。
「スカーレットさんとウオッカさんは綺麗な走りをしますね。お手本みたいな走り方で参考になりますよ」
「元からしっかりと鍛えてたみたいだし、こっちからはなんにも手を加える必要もないくらいだよ。ただ、シャカールの斜行癖はどうするんだ?」
「アレばかりはどうしようもないですトレーナー」
砂浜に足を取られて若干右によろめくシャカールを見ながらぼやく。彼女の斜行癖は生まれつきのものらしく、矯正しようと色々なトレーニングを考えてはいるものの元の走りが狂ってしまうことを考えると手を出しにくい問題だ。
「原因は調べてはいるんですけど斜行の原因は本人もわからないようで。南坂先輩はどう思います?」
「だったら、体幹を鍛えてみるのはどうでしょうか? ライアンがそういったトレーニングには詳しいので、彼女に教えてもらうといいでしょう。
ライアンさんとシャカールさん、少し来てもらえますか?」
「はい!」
「なんだよったく......?」
そのまま別メニューについて話し出した。簡単な説明ののち、器具は必要ないのでライアンが砂浜に徐に寝転がり実演してみせると、シャカールも少し首を傾げつつではあるが同様に砂浜に寝っ転がって真似をし出した。
「シャカールさんは少し成長を急ぎ過ぎな傾向にあると思います。自分で自主練メニューを組んでいたりするようではありますが、少し理論が先行している部分も見受けられましたからね。基礎練からの方がいいかと思いますよ」
「ほんとですか? 割と理想的なトレーニングメニューだと思ってたんですけど」
「ええ、僕もそう思います。それを踏まえて少し気になる部分を見つけただけですよ」
やさしく目を細める南坂先輩は簡単そうに言っているが、誰でもできる事じゃない。現にうちのトレーナーも驚いてるところな上に私も驚きを隠せないところなんだから。
「どうかしましたか?」
「誰でもできるような口調でそんなこと言わないでくださいます? 先輩は天才なんですからもっと自分の才能を鼻にかけたような自慢げな言い回しをして貰わないと。でないとこちらが惨めになりますよう」
「そう言われましても」
「ほらそうやって困り顔しないでください!」
「そうですよトレーナー、もっと胸を張ってください!」
「ライアンさんまで......」
「なんたってあなたはG1トレーナーなんですから」
「実感はないのですけれどね。ランニングもそろそろ切り上げましょうか。ゴールドシップさん、そろそろ切り上げてください」
変わらず控えめに笑う南坂先輩だったが、照れくさいのか立ち上がってゴールドシップに声をかける。自分を立てるのを好まず、他人とウマ娘を思いやる姿勢を教えてくれた私の先輩は数年ぶりの再会でもやっぱり何も変わらない。
「......とはいえ、ウマ娘のことを肯定しすぎるのも考えものなんだと思うんですよねえ」
被害者とは行かないが、その影響をしっかり受けたせいで酷い目に遭ってるに違いない桐生院ちゃんがいるんだから。あれはアグネスタキオンが悪いといえばそれまでなんだろうけど。
「あ、そうだ南坂先輩。桐生院ちゃんがどこで合宿やってるか知ってます?」
「おや聞いていませんでしたか? 同じ合宿所ですよ?」
「えっ」
なんだか、嫌な予感がした。
「フクキタル、このスポドリどこから持ってきた?」
「合宿所の玄関ですよう。誰が持ってきたのかは知りませんけど、スピカと書いてありましたし間違いはないかと思いますけど、違いましたか?」
「ウチが持ってきたのは水に溶かすタイプで、ペットボトルのものじゃないぞ?」
「......そういえばこれ封が妙に軽かった気がする」
自販機で見かけるような世間でも一般的なスポーツドリンク。白に近い透明に見える中身の液体は、外装の色も相まって薄い水色に見える事も多いのだが......試しに蓋を開けてひっくり返して出てきた液体の色はといえば。
「これ水色じゃないのよ中身が違う!」
「騙されましたね!」
「それはスポーツドリンクに見せかけた私の薬品だ!」
「どんまい」
「ミークちゃん?!」
「タキオン流石にやっていいことと悪いことがってなんだか全身が痺れっ?!」
背後の草むらから姿を現してカメラを回し始めた桐生院トレーナーにメモを取る手が止まらないアグネスタキオン。絶妙な位置どりの2人を蹴っ飛ばそうと立ち上がった時、全身を妙な痺れと疲労感が襲う。例えるならレースの次の日の朝のような全身筋肉痛と同じ感覚、その様子を見て説明してあげよう、とタキオンが口を開いた。
「君は全身疲労と筋肉痛に似た痛みを感じていることだろう。その通り、君に飲ませた薬品は『筋肉痛を発生させる薬』だ。
筋肉痛とは運動により損傷した筋肉が修復される時に発生するとされる痛み、痺れのこと。つまりコレを意図的に起こすことは筋肉の超回復を意図的に使うことができるってことなんだよ被検体君!」
「ミークのトレーニングに使えると思ったのでまず貴方で試す事にしました」
「自分で試しなさいよおバカ!」
「「得体の知れない薬を自分で試すのはちょっと」」
「よーしそこに直れ熱々の砂浜で正座させて説教させてやる」
朱に染まれば赤くなるとはよく言ったもので、マッドサイエンティストのトレーナーになるともれなく倫理観がパージされるようだ。こっちを憐れみの目で見るミークちゃんは我が道を貫きそのままでいてほしい。
「と言うわけでトレーナー君後は任せた」
「ふふ、どちらが先に捕まるか競争です!」
「あ、暫く逃げ回っている予定なのでその間のミークのトレーニングメニューを」
「確保、正座、説教」
「しまった!」
忘れ物をしたとのこのこと別方向から戻ってきた桐生院をゴルシがいつも使っているズタ袋を使って引っ捕まえる。家訓か何かでウマ娘かくもやの運動神経を持ってる桐生院だが、オツムの方はまだまだ練習が足りないようである。
「頭の筋トレには数独がおすすめですよ!」
「何言ってんだセンパイ」
「頭の筋肉の練習がなんとかと言われている気がしまして」
「脳の半分以上はコレステロールなどの脂肪分だ。あと筋肉は殆どないぞ」
「じゃあ絞りがいがありそうです!」
「脳みそに筋肉詰まってンのか?」