諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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しばらく説明回が続きそうで申し訳ない。こういうのをしっかり読ませられるのが上手い人はすごいですよね......


第20話 資格と才覚

 

 

「それでは、菊花賞について説明していこうと思います。講師の鏑木サブトレーナーです」

「助手のゴルシちゃんだぜーい!」

 

 炎天下の中合宿所から借りてきたホワイトボードを砂浜に突き立て椅子を並べるという意味不明な作業をしたのち、私は伊達メガネをクイっと指で押さえながら、もう一方の手でボードを叩く。そこには京都競馬場のトラックを上から見た衛星写真が磁石で貼ってある。

 

「......なんでこんな炎天下でやる必要があるんだ?」

「暑さで慣れてきたところに室内でクーラー効かせたら逆に参っちゃうからね。あと合宿所狭いし」

「わざわざ機材を運ぶ方が非効率で論理的(ロジカル)じゃ無エんだが」

「さて、菊花賞の舞台といえば京都競馬場、外の右回りなんですが、フクキタルは走ったことあるんだっけか?」

「無視すんな」

 

 エアシャカールの不満げな声は右から左へ聞き流しつつ、フクキタルの方へ話を振ると、少しだけ思い出すように空を眺めてからフクキタルは答えてくれた。

 

「ハイ! 1800mのレースでしたが走った事はありますよ」

「ふむふむ。後は未デビューだし走った事はないよね。行ったことある人は?」

 

 そう聞けば誰も手をあげなかった。シャカールやキングヘイロー、ナイスネイチャも行ったことは無いらしい。

 

「オイ」

「はい。ステイゴールド君」

「俺は2400走ったことあるぞ」

「......感想は?」

「とにかく坂がキツかった」

「そう。菊花賞、もとい京都レース場の難所は向こう正面〜4コーナーにかけての丘だ。こいつは東京のゴール前の坂の比じゃないほど高いうえにコーナーにかかっている。

さて、これが実際のレースではどうなると思う?」

「3、4コーナーといえば戦法によっては上げ始める頃合いになりますよね? そこで坂があると、すごくキツく無いですか?」

「4コーナーが下り坂なのも考えモノだ。お陰でスパートをかけすぎると身体が外にすっ飛んでくぞ」

「最終直線は328m。東京よりは短えが、中山よりは長い。そこでスパートをかければ間に合うだろ」

「話が逸れてるよシャカール君。

 正解は君たちの言った通り。スパートをかけ始める3コーナーが丘になっていて4コーナーは下り坂の終わり口。スピードを飛ばしすぎると外ラチ方向に身体がすっ飛んでくし、抑えようとすれば無駄に体力を使う。とくに、このカーブを2回越えなきゃいけない菊花賞は特に対策しなきゃならない」

 

 京都の急坂、この坂の対策無くして菊花賞の勝利はない。いくら平地でタイムがよかろうが、高低差のある実戦のレース場でタイムを刻めないことに意味はなし、と養成学校では教えられたモノだ。

 

「というわけで学ぶのはコーナリングとスピードの抑え方、息の入れ方です。特に長帳場のレースになる以上、スタミナ管理もしっかりとしていかないとね」

「別にぶっ飛ばして勝てばいいんだよ勝てば。アタシはできたしいけるいける!」

「うん。やるなって言った事全部やって勝ったゴルシを助手にしたのが間違いだった。それに、3、4コーナーのカーブ全速力でかっ飛ばしてたわけじゃないでしょ?」

「まーな。アタシがやった時は......どんなだったっけなぁ」

 

 マーカーを手渡せば、当時のことを思い出しつつあーでもないこーでもないと言いながら何かを写真に書き込んでいくゴルシ。数分もせずに、ゴルシが写真の前から離れた。

 

「まず2週目の向こう正面でケツについてたから、そろそろ捲らねえとなーって追いあげたわけよ。そんでみんな坂でスピードが落ちたから、アタシは速度を落とさずにかっ飛ばして外につける。で、坂のカーブが緩くなったところで一息ついて、最後坂を速度上げつつ外にぶっ飛ばして、あとはウチに入りつつ走るだけ。な、簡単だろ?」

「普通できないから」

 

 ゴルシの大柄なガタイとストライド、そして天性のスタミナとコーナーセンスがなせる『ゴルシだけの』勝ち方だ。1人知り合いで似たようなことをしたウマ娘がいるが、どれもこれも参考にならないだろう。

 

「ゴルシの例は脇に投げといて、これを踏まえて菊花賞の勝ち方はどんなだと思う?」

「「「直線勝負」」」

「そうだね。ほとんどの勝負は直線で決まると言ってもおかしくはない。多少の例外があると言っても、幸か不幸かそれができるウマ娘はフクキタルの世代にはいないよ」

 

 京都レース場の直線300mでどれだけ全力を振り絞れるかの末脚勝負になるだろう。技も駆け引きもない、原初のレース。

 

「おや? サイレンススズカさんのことは考えないんですね」

「彼女に3000は無理でしょう。適性がない」

「適性?」

「そういえばその話もしないとね」

 

適性、とホワイトボードに書き加える。

その下に一本線を引き、4等分になるように線を引いて、短距離、マイル、中距離、長距離と書きこむ。

 

「さてスカーレット君。これらレースの区分を分ける4つの指標だが、それらの区切り方は?」

「短距離が1000〜1500m、マイルが1600〜1800m、中距離が2000〜2400、長距離が2500m以上、ですよね」

「正解だ。だが、今回は古い言い方をさせてもらうと」

 

と、中距離と長距離との間に線を引き『中長距離』と書き加えてからその下に2400〜2500mと数字も書き込んでおく。

 

「これも含めて5つだ。では、適性の話に移ろう。ゴルシ」

「ああん?」

「1400m走れる?」

「それくらいヨユーよ」

「じゃあも一つ質問。1400mのレースで走れる? メイクデビュー戦でだ」

「無理だな」

「理由は?」

「アタシの足が短距離に向いてる訳ねーだろ。マイルだって間に合うか怪しいんだぞ?」

「......と、クラシック2冠ウマ娘だろうが勝てるレースじゃないと言う。これが適正だ」

 

 スプリンターの走り、マイラーの走り、中距離の走り、長距離の走り。どれも別の才能、持ち味を求められる。それを努力で埋めることも不可能ではないが、決定づけるのは残酷なまでの『天性の才能』だ。

 

「特にフクキタル、ナイスネイチャ。クラス分け上、君ら2人は菊花賞を目指す事にはなると思う。だが菊花賞は才能がなくちゃ勝てない、と言わなきゃいけない。夏合宿ではそれを見極めるトレーニングもする」

「才能、ねえ」

「うーん、たった5,600mでそんなに変わるモノなのでしょうか?」

「3000mはそう言う距離なの。2500m負けなしでも3000mになればズタボロ、そんなウマ娘は沢山いる。

それにフクキタル、500mってのは東京レース上の直線と同じ長さだけど、アレの長さを思い出せない?」

「それでもペース配分とか、スタミナをつけるとかすればいいじゃないですか」

「長距離の才能がある同じレースに参加したウマ娘は同じ時間を使ってスピードを上げるトレーニングをする。3000mを走り切ることを求めてるんじゃない、3000mのレースで勝つことを求められるの」

 

 フクキタルの中ば屁理屈めいた疑問を切り捨てる。この才能はとても残酷なのは、私自身がよく知っている。あの京都の坂の苦しみも、最終直線の遥か先で歓声を受けるウマ娘の背中を追いかける辛さも知っている。それがどれだけ心に傷を残し、自分の非才を恨む事になるかということも。

 

 夢を阻むなと、才能を覆すためのトレーニングを提示するトレーナーもいるだろうが、私はそうはさせたくない。どんなウマ娘だろうと自分の才能を磨けば光り輝くものは必ずある。

 

 「厳しい言い方をすると、このレースは出走しなくてもいい。同じ時期には2000mの天皇賞秋だってある。その両方に出せるような出走レースの登録だってできる。無理にこのレースを出走する必要はないし、こちらも強制はしない」

 

とはいうものの、目の前にいるウマ娘に「できない」「諦めろ」といって素直に諦めるバカなんているはずもなかろう。

 

「と、いうわけで要するに7月いっぱいスタミナ強化月間ということで、死ぬほど砂浜を走ったり泳いだりしてもらう事になるよってこと。クラシック組は特に頑張ろうね」

「......ちっ」

「南坂先輩この子どうやって制御してるんです?!」

「根はいい子ですから」

 

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