諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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ちょっとだけホラー。それとお勉強のお話。


第22話 合宿は鍛えるだけじゃない

 

 

「うう......難しいよう......ターボわかんない」

「じゃあ最初っからこのキングがゆっくり説明してあげるわ!」

「さっすがキング!」

「キングはやっぱり優しいですね!」

「「「キング! キング! キング!」」」

「今は勉強の時間ですわよお静かに!」

「キングヘイローっていいところのお嬢さんって聞いてたけど、あれで結構面倒見がいいのね」

「蓋を開けてみればただのお節介焼きだもの。お嬢様っていう割には庶民派なのよ、アレで」

「あらネイチャ」

 

 ここは合宿所の勉強部屋。といっても備え付けの机をくっつけただけなのだが、そういうことになっている。練習も終わり、夕飯もたっぷりと腹に入れ、温泉でしっかり汗を流した後にはこの勉強の時間だ。

 

「んで? ネイチャ君は勉強しなくてもええんかい?」

「あたしは合宿前に進めてたから余裕あるし、今日は疲れてるからいいかなーって。この後は軽くランニングの予定」

「んじゃウオッカあたりを誘ってくるといい。スカーレットもおまけでついてくると思うけど」

「あの騒がしい2人かぁ......ま、その案には乗っておきましょうかね」

 

 といってもネイチャが自主練でもするように強制でもない。この時間は要するに自由時間であるのだが、合宿にかこつけて勉強を投げ出すあんぽんたんが宿題を残さないために作った時間でもある。

 

 まずスカーレット、彼女は優等生で通っているゆえ宿題も日割りでやっている賢い子だからこんな時間を設ける必要もない。ただ、教師役には向いているのでたまにきてもらっている。

 次にウォッカには『宿題を残すなんてカッコ悪いよな』なんてトレーナーが焚き付けていたから大丈夫だろう。しかも隣にいるのは勤勉なスカーレットだ。勉強で1番を煽られるのも癪に触る事だろう。真面目にやってくれるはずだ。

 ゴルシは意外なことに成績は良好だ。というのも、地頭の回転が良く合宿前には課題を終わらせてきたと豪語するんだからこちらからは何もいうことはない、と長い付き合いのトレーナーが言うんだから間違いなかろう。間違ってても気にしないだろうしな。

 

次にカノープスだ。

 ナイスネイチャ、成績は上位をキープする彼女はスカーレットほどではないが勤勉らしい。休養日の昼や朝にコツコツと机に向かう姿を見た覚えがあるし、勉強については問題なかろう。

 キングヘイローは『キングは一流だから問題ないのだわ!』と言っていた。大丈夫なのかさっぱりわからないが、面倒見良くツインターボに教鞭を振るうあたり成績の心配は不要だろう。

 メジロライアンは勉強ができないなりに頑張っている、とは彼女自身の弁だ。反復を忘れず、新しい知識を覚える事も忘れず、間違いは根本まで正す。正確な形での反復練習は筋トレにも通ずる故だろうか?

さて、ここまでが勉強を真面目にやってくれる面々。学生の本分は勉学であるし、勉強は頭の回転を早める。頭の回転はレース展開の判断や奇跡のような逆転劇に力を貸してくれる最高の相棒になる。それを鍛えないのは愚か者だ。

 

 まずはツインターボについてだ。彼女は小柄でそれに比例するように子供っぽく飽きっぽいためか、あまり机に向かうことが得意ではないようだ。だが、今のキングのように話しながら勉強できれば、問題に取り組んでくれる。しっかりと勉強して知識を身につければまだ間に合うはずだ。

 

エアシャカール。彼女は頭が良い。というより()()()()。普段の資料収集や分析力からして、数学においては学園で習う範囲は抑えているに違いない。ただこんなくだらない数学の問題集やら英語の文法だとか歴史だとかをテキストに書き込む暇があったらイメージトレーニングしてた方がマシだ、とか考えてるからやらないだけだ。やってくれ。

 

マチカネフクキタル。夏休み前にあった試験のマークシートでは鉛筆を転がしていたらしく、ひどい有様だった。勉強はできるらしいが、迷った瞬間に占い始めるのはやめて思い出す努力を数秒でもして欲しいという話だ。

 

ステイゴールド。彼女なんだが......

 

「クソほどわかんねえクソが!」

 

この間窓の外に参考書を投げているのをみた。

どうやって学園に入ってきたかわからない。

勉強するやる気はあるらしいが......

 

 

 まあ、迷っていても仕方はない。休み明けのテストで赤点にでもなれば放課後の時間が補習や再テストになって練習時間が無くなっていく。フクキタルは9月10月とレースに出てもらうことになるからこそ、頑張って欲しいのだが......

 

「......フクキタル見なかった?」

「窓から脱走してました」

「まったく、もう!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「まっさか寝落ちしてるとはね......」

 

 部屋にノックしたら、2人とも敷いた布団に突っ伏して「もう食べられないよ」なんてベタな寝言呟いてんだもの。ああなったらもう布団かけて電気消す以外にやる事もないでしょうが。

 

「いやあ、海の風が涼しくて、夜はやっぱり走りやすそう。それに誰も走ってないしねえ」

「おや、ナイスネイチャさんじゃないですか。こんな深夜にランニングですか?」

「? ああ、はい、まあ。って勉強時間のはずじゃなかったでしたっけ」

「逃げてきちゃいました」

「逃げてきちゃいましたって......」

 

 いざ走ろうと準備運動をしていたら、後ろから声をかけてきたのはスピカのフクキタルさんだった。ニコニコと目を細めてはいるが、鏑木トレーナーさんがカンカンに怒らないだろうか。まあ、ここで突き返すってことを思いつかないあたしもあたしか。

 

「見逃したネイチャさんも同罪ってことで」

「うわー、エスパーですか?」

「エスパーではなくとも、優秀な占い師ではありますので」

 

 水晶玉を覗き込むような仕草をしていたかと思えば、先に行きますよと走り出した。びっくりして少し出遅れたが、かけ足程度の速さだからすぐに横につけられる。

 

「どれくらい走るつもりですか?」

「軽く30分くらいですかね。あまり長いとトレーナーさんがカンカンになってしまいますから。息抜き程度に」

「あたしもそれくらいにしますか......って、アレ? こんなところに分かれ道なんてありましたっけ?」

 

 目の前にはまっすぐ伸びる道と右に分かれる道があった。どちらも同じくらい踏みしめられていて、脇道が判別できない。懐中電灯で照らしてみても真っ暗、どちらが正しい道なのかなんて分かりもしない程の闇。一瞬引き返そうか、なんて思った時に誰かが私の肩に手を置いた。

 

「ネイチャさんには早いよ。こっちに来る運命じゃない」

「え?」

「......まさか、あの子の趣味が役に立つなんてことがあるなんてね」

 

 私の前に出たフクキタルさんが取り出したのは安っぽい紙切れ。実家の神棚に飾ってあるような墨で何かかが書かれた、お札? それを指先で挟み、何か文字を空中で描くような仕草をするように指を切った。

 

「天照大御神よ、力を授けたまへ。祓え給い、清め給え、(かむ)ながら守り給い、(さきわ)え給え。

 迷いしものよ、遺されしものよ、彼女らは其方でなく、其方は彼女らでない。その無念、その慚愧、私が昇華する」

「い、いったい何を......」

「我が祖先、名代シラオキの名に於いて」

「う、わっ?!」

 

 彼女が言い終わった途端、猛烈な突風が吹いた。真夏なのに冬のように冷え切った風に思わず目を瞑って手で顔を覆う。こんな非常識な出来事はあたしの仕事じゃないでしょ!

 

「な、なんなのよもう!?」

「もう大丈夫ですよ」

「ふえ?」

 

 気がつけば、知っている通りの一本道に戻っていた。言葉が出ない私に対し、フクキタルさんが目を細めたまま説明してくれるように言った。

 

「......なんだかよくないものが溜まっていたようですね、右に行ったら何が起きていたことやら」

「へ、あ、どうも」

「世は事もなし。これもまた御導きというものでしょう」

「その、あ、あれ、なんなんですか? 幽霊とかそういうやつですか?」

「さあ?」

「さあ?!」

「この世ならざるもの、幽霊かもしれませんし、怨霊かもしれない、はたまた私の勘違いかもしれないし、夏の暑さが見せた幻覚かもしれません。もしくはウマ娘の悔恨、とか」

 

 彼女が目を開く。そこにあったのはいつものしいたけめいた不思議な瞳じゃなくて、底無しのような、ぐるぐると何かが渦巻くような黒い瞳。

 

フクキタルさんではない誰かは、私に続けた。

 

「このことは、内密に。特に、()()()には」

 

 有無を言わさぬ態度に、わたしは首を縦に何度も振った。

 

「ではランニングを続けましょう。今日は走りやすいですからね」

 

 気がついたら布団の上だった。服はランニングの時のジャージ姿で、合宿所で同じ部屋のヘイローには『いつ帰ってきたのよ』と驚かれた。

 

朝ごはんを食べるために食堂に向かう。

 

昨日のことは悪い夢だと思うことにした。

 

フクキタルさんはあんなに優しく話すことはないし、もうちょっと耳に残る個性的な喋り方で話すし、何より胡散臭いし。

 

「ゔぁーっ! それは私のお稲荷さんですよ!」

「腹減ってンだよ」

「だからってそんなご無体な! ああっ、もう口の中に! シャカールさん酷いですう!」

「ん、やっぱり悪い夢だね」

「何か言ったかしら?」

「なんでもないですよ」

 

 ひらひらと手を振ってヘイローさんをあしらう。私のような凡人は妙な問題に首を突っ込まないに限るね。

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