「7バ身も問題なしか。次8バ身いってみよう」
「む、無理ぃ......」
パタリ、とコースに倒れてしまったスカーレット。私の予想ではあと1、2回はいけると思ったんだがダメだったか。
「......にしてもやっぱり、フクキタルの末脚は才能だな。距離適性も考えないといけないけど歴代を見てもそうそういないんじゃないかってくらいの加速力、堪らんね」
「照れますねぇ!」
「余裕あるねフクキタル。んじゃ坂路走っといで。1本でいいよ」
「ギャーッ蛇足でしたーッ!」
「いってらっしゃい」
「やーだー!」
口では拒否しつつも、しっかりと坂路の方に向かってかけていくフクキタル。ああいうがやる気充分と言ったところ、期待が持てそうだ。
振り返ればふらふらとしているが、なんとか立てたらしいスカーレットにスポドリとタオルを渡すと、スカーレットがこんな事を言う。
「フクキタル先輩を怖いと思ったの初めてです......」
「たしかに普段はあんなだけど、後ろから追われたらそりゃ怖いよね」
「追われるのはウォッカで慣れてますけど、なんかこう、違うというか、なんというか?」
首を傾げるスカーレット。たしかに傍目で見る分にはわからないけれど走ってみるとわかることもある、か。
(......一回くらい走ってみたいな)
うず、と脚が疼いて、頭を振って考え直す。
いやいやいやいやもう現役は引退したし、何より私はトレーナーで人間を名乗ってる。ランニングの時は誤魔化せたけど、並走トレーニングやレース形式となれば流石に、ねぇ?
「......あ、わかったかも!」
「何が?」
「フクキタル先輩が怖い理由ですよ!」
「あんまり本人の前で言うと凹むから言わないでね。んで、その理由は?」
「ウオッカはほら、なんというか強い走りじゃないですか。バ群があっても突っ切って、こう、ギューンと!」
「ゴルシも似たような走りをするね。自分のスタイルを押し付けるというか、存在感のある走りをする」
「そうそう! だからこう、前にいても『居ること』がわかるんですよ! 後ろから迫ってくる感じで背中がひりつくというか!」
「わかるわかる」
頭の詰まりがすっきりしたのか尻尾と腕をブンブン振って嬉しそうに語るスカーレット。彼女のいう通りたしかにスカーレットにウオッカは自分を押し付ける走り方をするイメージがある。普段の言動もそうだが、自分の芯をしっかり持っている性格だからこそ走りにも反映される。
フクキタルは占いに頼ったり私に縋ったりするあたり真反対なタイプだろうか。芯がないといえばそれまでだが、状況に合わせて柔軟に対応できるタイプとも言える。
「けど、フクキタル先輩はそれがないというか、存在感が無いというか......」
「ん? それ怖いかい?」
「アタシもそう『思ってた』のよ」
「なんで過去形なのさ」
「いやほんと、途中まで怖くなかったの。だけど......今日は向こう正面からの練習だったでしょ? 3コーナー回って、最終直線で」
「うんうん」
「さっきの時だけ、3コーナーどころか、最終直線あたりまで背中で気配を感じなくて。でも振り向くわけにもいかないし、どこに居るんだろう、どこまで迫ってきてるんだろうって考えてたら。
もう前にいるの、怖いでしょ?!」
「足音で気がつかないものなの?」
「わかんないわよ。走ってみれば......って、トレーナーさんが走るわけにもいかないか」
スカーレットのいうことがさっぱりわからない。現役時代でもそんなウマ娘など体験したことも聞いたこともないから分析しようもないし、今でも見たことがない。
スカーレットの将来のためにも、何よりフクキタル自身のためにも謎は解いておきたい。さて、どうしたものか。
「それで相談、何か案ないかなトレーナー、ゴルシ」
「何言ってんだか......」
三人寄れば文殊の知恵、ちょっとウマ娘が混じっていてもそれは変わらないだろう。というわけで時と場所を移した私はチーム室に鍵をかけ、事情を知る2人にぶっちゃけると露骨に呆れられた。
「素直に名前を公開すれば走ってくれるだろうに。お前の足は現役時代そのままなんだぞ? いい機会じゃねえか」
「嫌です墓の下まで持っていきますよーだ」
「頑固なのは変わらねえなぁ......」
「気性ですから」
「いいこと思いついたぞ!」
トレーナー呆れ顔は変わらずだが、ゴルシが何か閃いたように指を鳴らす。そしてチーム室に放置されていたゴミやらありがたい置物やらの雑貨の中から抱え込むくらいの段ボール箱を引っ張り出して、何やら工作を始めた。
「目の穴を開けて、耳を作って。できた!」
彼女が自信満々に取り出したのは......段ボールに目を書いて耳を張り付けた、ウマ娘っぽい被り物。
「出来たぜ、ハリボテエレジーが!」
「なにこれ」
「こいつを被ればどんなレースに乱入してもバレない優れものって奴! 昔試したらすぐバレたけどな!」
「バレてんじゃねーか」
「トレーナーみたいなちょっと見えたところで黒鹿毛だったらバレねえって。あたしは芦毛だしすぐとっちめられたけどまあなんとかなるなる!」
「服はどうする? 私のジャージじゃバレちまうぞ」
「誰かの借りれば?」
そう言われても、長身の私じゃウオッカもフクキタルの服も袖が短いし、タッパのあるやつのジャージが欲しい。
「よし、ゴルシ。脱げ。それ着る」
「ぱっぱらぱー! これでハリボエレジー完全体の完成だぜ......なんて?」
「お前の着ている服が欲しい。トレーナー、ちょっと外出てて」
「はいはい」
「ちょっ、は、はぁっ?!」
「目潰しをブスッとな」
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
◇◇◇
「今日のトレーニングは模擬レースだ。お前らのために、OBの先輩ウマ娘が協力してくれることになったぞ!」
「OB?」
「引退した先輩方ってことだろ」
「......そんな話ついさっきまで無かっただろうが」
「急な申し出があってな、サプライズって訳。ハリボテエレジー、挨拶してくれ」
トレーナーの言葉に合わせてペコリと頭を下げる。
段ボールに穴を開けた狭い視界の中からでもヒソヒソと話すことくらいは伺える。しかし、私とはバレてはないようだ。
「今日はトレーナーさんは居ないのですね。珍しいこともあるものです」
「アイツなら風邪を引いて休みだ。この時期夜は冷えるから、あいつみたいに体調管理を疎かにするなよ。特にレースを控えてるフクキタルはな」
「わかってますってば」
ぶいぶい、とジェスチャーするフクキタル。こっちも完全にバレてない、よしよし、ゴルシなかなかやるじゃないか。
「だりぃ......」
当の本人はこないだ服を追い剥ぎされたせいで気乗りしないらしいが些細な問題。ゴルシのやる気がなかろうが関係ない、なんたって今日はフクキタルのためのレースだからね。
「と、いうわけで準備体操しっかり済ませてるな?
未デビュー組の3人も含めて、6人でレースだ。2000mの右回り、芝コース。ウォーミングアップしっかりしとけよ!」
「「「「はーい」」」」
「エレジーもしっかりやってくれ。手加減は要らないからな」
グッ、とサムズアップを返しておく。
しかしマークされて逃げるなんて久しぶりだ、あれほどの圧力が来ることはまずないし、リハビリには丁度いい。
23度飛んで、芝の状態と脚の蹄鉄の状態を確かめる。緩みもなし、芝もいい感じに固い良バ場って感じだ。ちゃんと身体もあっためてきたしあとは走るだけ。
今回は仮想スズカって事で大逃げ寄りに逃げるが、被り物のせいで視界が狭くてたまらん。ラチにぶつかるのもなかなか怖いくらいだな......
「よーし、準備できたな?」
トレーナーの掛け声の元ライン上に脚を合わせる。今回はハンデの意味も込めて大外、あとは内からスカーレット、フクキタル、ウオッカ、シャカール、ゴルシ、んで私。
さて、さて、久方のレースだ、楽しまなくっちゃ損だよね。
「位置について、よーい、ドン!」
手が振り下ろされるのと同時に踏み込んでスパート。
全力全開、ぶつからないくらいに距離をとって2コーナーまでぶっ飛ばす! 全力疾走なんていつぶりだろうか、この風を切る感覚、もう今すぐにでも被り物を取っ払って最高って叫びたいくらい!
いかんいかん、今はレース中、今はレース中。やっぱ模擬レースだと緊張感が、ね、うんうん。
そろそろ第2コーナーも終わりがけ。足音を聞くにスカーレットが一バ身後ろで、あとは団子気味。うーん、1番前がフクキタルあたりか? 最後尾はゴルシなのは確定で、その前はシャカールだろう、となれば後ろから3番目がウオッカで決まりだ。
向こう正面なので若干ペースを落としつつ様子を伺う。振り向いちゃうと被り物が落ちるかもしれないし、スピードがガクッと落ちるしいいことなんてなんにもない。逃げウマは耳と気配で後ろを探るものだ。さてさて。
うーん、このままだと最後までトップなんじゃない私?
だってほら、もうすぐ最終直線、300mで10バ身はデビュー前の面子には酷というもの。スカーレットは余力が足りないだろうし、ウオッカもシャカールもキツかろうて。
「速すぎンだろォ?!」
「「む、むーりー!」」
あらま。言っちゃったか。
トップ争いは残り2人。しっかり後ろにつけてきてるフクキタルに外からスパートをかけ始めたゴルシ。
「オラオラオラ! この前の恨みいま晴らしてやんぜ!」
ゴルシ特有のロングスパート、ロングストライドの重く間隔の長い足音。地響きのように身体に響くソレ、この恐怖に負けてはいけない、自分のできる全力でやれば届かないことはよく知っているはずだ。ここはもう、ゴルシの射程外だ。
(......あれ?)
何か忘れてはいないだろうか。
もう1人いたはずだ。
足音はゴルシの重いそれと、へばり始めた後続3人のもの。
1人足りない、1人。
(フクキタルは、どこに行った?)
「はしゃぎ過ぎですよ、
誰かが耳元で囁いて、白い炎がきらめいて。
明るい栗毛のウマ娘がゴールを駆け抜けていった。
「ぶ、へっ!? や、やりましたよぉ〜......」
「はぁ、はぁ、おい、大丈夫か?」
「にゃ、にゃんとか......へへ」
ゴールしてから唖然として地面にへばって倒れたフクキタルを見る。確かに途中までは確実に後ろにいたのを肌で、気配で感じていたはずだ。ゴールドシップがスパートをかけて一瞬注意が逸れたからといっても......見落とすはずがない、この私が? レース中に後ろの気配を感じられないと?
「オイオイ、最後手加減したのか? それとも鈍ったか?」
「......ちょっと、こっち」
冷やかしてくるトレーナーの首根っこを引っ掴み物陰に引き摺り込み小声で問いただす。
「最終直線、フクキタルはどこにいた?」
「どこって、お前、普通に後ろにいたぞ。若干外側で最後お前が速度を緩めたところにスパートをかけて抜かしてっただけだ。一バ身差ってところだな」
「......なにをされたかわからなかった」
「なに?」
「最終直線、手加減した覚えも、スピードを緩めた覚えも、勝たせるつもりも一切なかった。なのに......フクキタルはいったい私になにをしたってわけ?」
手を抜いたつもりもない、今できる全力を私は発揮したはずだ。だがあれは、もしかすれば皇帝とも比肩して恐ろしい何かかもしれない。
「最終直線に耳元で囁かれた、おかしいと思わない。全力疾走中に囁いて、抜かしていくなんて」
「オイオイ、それは不可能ってもんだろ。ただの聞き間違いか思い違いさ」
「思い違いなんてもんじゃない。確かに聞いた」
マチカネフクキタル。
......底が知れない。
貴女は一体、なにを持ってるってわけ?