「ゴクリ......」
「なんで君らが緊張するのさ」
「ききき緊張なんてしてないわよ!」
「スカーレット、嘘が下手だぜ」
「アンタにだけは言われたくないわよ!」
「仲がいいねえ」
「「仲良くなんてない!」」
「ハッハッハ」
天気は若干雲の多い晴れ空、バ場状態は良の発表。
京都レース場2日目、第5R。
G1レース『菊花賞』。
コンディションとしてはバ場はウチが少し荒れている以外は完璧な、よくある最高のコンディション状態。
15時35分の発走まであと10分を切ったところだ。
「そういえばトレーナー、珍しく早いわね。いつもだったら直前までフクキタル先輩のところにいたのに」
「G1だから逆に長居するつもりはないし、1人にしてって言われちゃってね。
トレーナーとしても一生に一度の晴れ舞台とはいえ踏み台にしてほしいG1のひとつでもある。この緊張感に慣れてもらおうってことよ。ダービーだとあんなだったけど、ちゃんと成長してるからさ」
「......なぁ、あれ、大丈夫か?」
ゴルシが指さす方を見てみればパドックではフクキタルがパフォーマンスをかけらも見せる様子もなく、淡々と名前を呼ばれては半ば無視するような形で規定通りパドックを周るだけだった。
緊張しすぎて愛想をどこかに置いてきたのか、はたまた忘れてるだけなのか。実況も困惑している様子だ。
「声かけてきたほうがいいですかね」
「ほっとけほっとけ」
「沖野さんはスパルタな事を毎度毎度」
「別にお前が行ったってかける言葉もないだろうが。集中してるのは逆にいいことだろう」
「そうですけども」
「そんで? 調子の方はどうなんだ?」
「無視しないでくださいよ......大丈夫に決まってるじゃないですか。足を気にしたりなんて不穏なこともありませんし、体調も気力も万全です」
「なら勝つだろうさ。飴いるか?」
「もらいます。最近碌な飯食ってないもんで」
「お前が体調崩してどうすんだよ。終わったら飯屋に直行するからな」
「え、トレーナーメシ奢ってくれるってマジかよ!」
「フクキタルが勝ったらな」
「シャ! 頑張ってくださいセンパーイ!」
「アンタ現金よね、カッコ悪いわよ」
「んがっ?!」
ウオッカとスカーレットの掴み合いが始まるだろう流れになってきたので、被害を避けるためにスマホをいじるシャカールの方へ寄ったついでに話しかけた。
「フクキタルは勝てると思う?」
「勝てる確率は高ェよ。京都の内枠有利は統計データから見て明らか。人気順も3番人気、神戸新聞杯の勝ちウマ娘がそのまま勝ってる記録もまた多い。先行有利のレースだからこそフクキタルに前につけてレースするよう言ったのはテメェだろうが」
「そうだけど不安で堪らんのよ。何やっても不安で不安で」
「難儀な性格してんなァ。割り切れよ、レースなんてのはトレーナーには手出しできねえんだからな。出来ることといえば、トレーニングとお勉強の2つ。ソイツについては充分できてると思うぜ」
「そんなもんかな」
「そんなもんだロォ」
確かに策は講じた、応じたトレーニングも積ませた。それでも、不安なものは不安だ。
「南坂先輩のところのステイゴールドもいるしメジロの御令嬢もいるし、心配してもし足りないくらい。いっそのこと並走しながらアドバイスでもしてあげたいくらいには心配」
「それは色々とアウトだろうがよ」
「ダヨネー。ダートだけどウチラチ側は走れないこともなさそうだし。頑張れば......」
「免許持ってんのか?」
うっかり失言するところだった。シャカールはいい感じに勘違いしてくれてるようだし、ここはそれに乗っかっておこう。
「......ペーパー免許、初心者マークだってまだ外せない」
「そうかよ」
『ウマ娘達の枠入りが始まります!』
「お、はじまったか」
アナウンスが言うように、目の前では向正面のスタート地点へとウマ娘達が動いていた。
それぞれ小走りしたり、ストレッチするように大股で歩いているものもいれば、腕を動かしたりしながらと様々だ。フクキタルのように何をするでもなく、ゆっくりと歩くものもいるのだけれど、あそこまで落ち着いていられるだろうか。
私の知る限りでは、
集中しているからこそ別人に見えるということだろうけれど、果たしてフクキタルにそれほどのやる気があっただろうか......
「......やっぱり、おかしいよな」
一抹の不安をはらみつつ、大外シャコーテスコのゲートインが完了する。
『さあ今年もやってきました菊花賞、いざ、戦わん!』