諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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ここ数話を書き上げてしまいたくて小説を書き始めたという。
もう1箇所やりたいこともあるので、ガンガン突っ走って行きますよう!


第33話 栄光の代償

 

 

 

「やりました〜トレーナーさーん!」

「良かったよー、いいダンスだった」

 

 汗だくになって、勝負服姿でステージ脇で待っていた私の胸元に飛び込んできたフクキタル。ウイニングライブでしっかりと歌もステージもこなし、満足そうな顔で自信満々に尻尾を振っている。

 

「よし、ちゃっちゃか着替えて反省会と祝勝会だ! 早くしないと風邪ひいちゃうからな」

「わかりました! おっとと......」

 

 いざ離れようとすると、脚に力が入らないのかふらついた様子のフクキタル。しょうがないな、と私は彼女に背中を向けてしゃがみ込んだ。

 

「乗ってきな」

「あはは......お言葉に甘えて」

 

 私に身を預けたフクキタル。ジャージ越しに伝わってくる熱気と汗の香り、現役時代を思い出すようで少し昔を思い出した。センターなんて滅多に踊れるもんじゃなかったしなぁ。とくに、クラシックのライブなんて私は端からずっと見てるだけだったし、羨ましいや。

 

「センターのライブ、どうだった」

「すごかったですねぇ」

 

 控室までの通路を歩く中、まるで小さな子供みたいに彼女は話してくれた。

 

「サイリウムがキラキラと輝いて、星空みたいでした。私が中央に出てきた時の歓声といったら、耳が震えるくらいでしたもの。たくさんの人たちが私の勝利を喜んでくれる、それだけでもう、私は嬉しかったです」

「うんうん」

「思い残すことはあり......ありますね」

「うんうん......」

「フクキタルのこれからのレース人生はまだ続く訳ですし、それからの余生もありますからね」

「......うん、うん?」

 

 ゆっくりと振り向く。そこにいたのは、目を細めてニコニコとこちらを見ているフクキタルだった。なにもおかしなところはないな。

 

「トレーナーさんが男性だったら既成事実でも作ったのに」

「そんな強引なこと言わんでくれよ『シラオキ様』」

「あら、バレてました?」

「バレバレだよ」

 

 ふふ、とニコニコと笑うフクキタルもとい『シラオキ様』。

表情豊かにではなく、お淑やかに、物静かに笑う様子はふと見ればわからないかもしれないが、私にとっちゃ一目瞭然よ。

 

「......それで、どうして今日はこんな事したんだい」

「私の夢が叶えば、成仏できるかな、と思いまして」

「夢って?」

「『フクキタルの幸福』です。G1という晴れ舞台、私が果たすことができなかった偉業。

 何より、あなたのような『運命の人』に逢える事。

 学園は厳しいというのはわかっていました。だからこそ、あの子のことがどうしても放っておけなくて」

「お節介だねえ」

「ええ、家族ですから。今回私がちょっと頑張りすぎたせいであんなことになってはしまいましたが」

「頑張りすぎだよ。それに、そんな事しなくてもフクキタルは勝てた、そうでしょ?」

「......ええ、そうですね」

 

 最終直線。彼女から立ち昇る黄金色のオーラはまさしく『領域(ゾーン)』のそれだった。選ばれた才能の持ち主が、その全てを振り絞り、最高を発揮するときに見えるという現象。学園では都市伝説とまことしやかに囁かれるそれはかの『皇帝』や『魔術師』、『芦毛の怪物』らが見せたとも言われるものだ。

 フクキタルは彼女たちの背中に届きうる。

それは、あなたもわかってるはずだろう。

 

「もう余計なことせんといて下さいよ? 今度やったら塩かけますからね。たっぷりと」

「しませんよ。するとしても、ちょっぴり占いの時に手助けしてあげるくらいです。それに私がいなくてもあの子の占いはピカイチですから。迷った時に背中さえ押してあげれば、道を見つけ出すこともできます。

あの子のことを、これからもどうぞよろしくお願いします」

 

 フ、と首元に風が吹く。

 

「ん......あわわ寝てしまっていました! 大丈夫ですかトレーナーさん!」

「耳元で大声出さないの。もう、眠いんだったら祝勝会は明日にするかい?」

「いえ、みなさんが勝利を祝ってくれるのならばそれに応えなければ! 先延ばしにすると幸運が逃げてしまいそうな気がしますもの」

 

 お腹ぺこぺこですし、と彼女が言ったところで可愛らしい腹の音が。耳を真っ赤にしていることだし、こっちが本音らしい。

 

「きゅ、きゅう〜」

「アハハハハハ! そうかいそうかいお腹減ってるもんね!」

「しょうがないなぁフクキタルは」

「大声で言わないでくださいよ、モウッ!」

 

控室の扉を開けて、椅子に優しく彼女を下ろす。

 

「まず靴から脱ごっか。自分で脱げそう?」

「ちょっぴり足が痛いのでお願いできますか? 優しくお願いしますよ?」

「はいはい。わかりましたよお姫さま」

 

 フクキタルの勝負服の靴はローファーのようなデザインだ。靴紐はデザイン重視で隠れるようになっているので少しばかり複雑な構造をしている。こういう時ブーツデザインの靴だとどんなに楽なんだろうか......あれはあれで面倒か。

 

「ん? なんか妙に鉄臭い気が......?」

「蹄鉄の匂いじゃないんですか」

「もっとこう生臭いというかなんというか......」

 

 不安になってフクキタルの方を見上げる。どこも怪我はしていない。脚の方も汗でじっとりと濡れてはいるけど、怪我や傷はどこにも見当たらない。

 

「気のせいか」

 

かぽ、とはめていたパーツを取るように靴を脱がせて。

 

「URA京都レース場救護チームに繋いでください救急班をお願いします!」

 

靴を放り投げ、部屋の内線に飛び付いで叫んだ。

 

「あわ、あわわ、あわわわわ......」

「フクキタル落ち着け、死ぬ訳じゃない。ただちょっとかなり血が出てるだけだ。ゆっくり深呼吸して」

「あう、あうあう、トレーナーさん......」

 

 靴を脱がせようとした体勢のまま固まり、ガチガチと歯を震わせて青い顔のフクキタル。顔が白いのは恐怖からか血が抜けているせいなのか。

 

震える彼女を抱きしめる。

 

「大丈夫、大丈夫。大丈夫だから......」

「あうあう、あうあう......」

「大丈夫だ、大丈夫。大丈夫」

 

 怪我の具合も何もわからない。脚先から血が出るなんてのは私は知らない。靴の中はぐっしょりと血で濡れていた。足首から下に酷い傷があるのか。怪我はいつ? レース中? ライブ中、それともレース前から?

 

 変な事ばかりを考える。競争能力にはどれだけ影響を受けることになるのか。そもそもどんな怪我なのか、どれだけの時間で治るのか、リハビリの必要性は。

 有る事無い事ばかりが頭の中を駆け巡る。

 

何も考えるな。今はただ、フクキタルの不安を取り除いてやる事がやるべきこと。

 

「大丈夫、大丈夫だから......」

 

 彼女の身体を抱きしめる。

 ライブのセンターではあれだけ輝いて見えていたフクキタルなのに、今はとても細く、冷たく、頼りなかった。

 

 

禍福は糾える縄の如し。

 

福がくれば、(わざわい)もまた訪れる。

それはより合わせて一本になった縄のように。

コインの裏と表のように。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「裂脚ですね」

 

 担ぎ込まれた京都のウマ娘も見ることができるという総合病院の医師は私にそう告げた。

 

「裂脚、ですか?」

「人間だと裂足病という生まれつき指が多かったり関節が深く裂けて生まれてくる子供のことを指す例がありますが、これはウマ娘固有の『症例』です。

 

簡潔にいうと、脚が『裂けて』います」

「脚が裂けるってんなアホな!」

「人間では絶対にありえないことですが、なにせウマ娘ですからね。かかる力というのは遥かに大きい。だからこそ、筋肉が『裂ける』事がままあります」

「......」

「全治1ヶ月。その間は絶対に歩かせてはいけませんよ」

「それじゃ、有記念には......」

 

 医師は無言で首を横に振った。

 クラシック最後の一冠と派手な捲り。ファン人気投票で選ばれる夢の祭典に、今のフクキタルなら選ばれる可能性もあったというのに。

 

「カルテは渡しておきます。トレセン学園の生徒ということであれば府中にある総合病院がいいでしょう、紹介状を書いておきます。そちらで治療を継続してください」

「......わかりました」

 

部屋を後にする。

どうすれば良かったのだろうかと考えずには言われない。

練習メニューがいけなかったのか。

休養が不十分だったのか。

 

もしあの時だったら......私は彼女の勝利を願うべきでは、いけなかったのだろうか。

 

弱気な考えを、自分の頬を叩いて追い出した。

勝利しなければ良かったとかアホなことは考えるな。

 

ウマ娘の勝利を喜ばないなんてそんなことあってたまるか。

 

「あ、トレーナーさん!」

「フクキタル......」

「いやはやいやはや、気がついたら手術って終わっているんですね! ボケっと天井眺めてたらあっという間でした!

これはむしろ貴重な体験、災い転じて福となすとはこのことなのかもしれません! 今日は大吉と大凶が一度にやってきてむしろめでたい日ですね!」 

 

 看護師さんに車椅子を押されてやってきたフクキタル。彼女は勝負服のままだったが、菊の勝利を掴んだ脚先は痛々しいくらい真っ白な包帯が巻かれていた。

 

「元気出してください、トレーナーさん! ほらほら、笑顔です! 笑う門には福きたるですよ!」

 

ニコニコと口角に指を当てて笑うフクキタル。いつもと変わらない満面の笑みに思わず私も頬が緩んでしまった。

 

「......そうだね。改めて、おめでとう」

「ハイッ!」

 

資料を鞄に収め、看護師さんと場所を交代する。

車椅子を押して、出口へと向かった。元々有記念に出られなければ休養期間にするつもりだったし、春レースの3月までじっくりと身体と心を休めてもらおう。

 

「京都観光はお預けだけどもうすぐ年末、沖野トレーナーのお金でご馳走をたくさん食べようじゃないか」

「ええーっ! 食べすぎたら太ってしまいますよう!」

「ウマ娘はちょっとくらい太い方が可愛げがあるじゃないか。それとモチモチしてた方がしごきがいがある」

「後半が本音じゃないですかー! ヤダー!」

 

冬の空に、騒がしい声が溶けていく。

 

 

 

そして新しい風が吹かんとしていた。

 

「わぁ! ここが都会......! すごい!」

 

 

 

 

 

 





競走馬マチカネフクキタルはこれ以降、裂蹄や球節炎など蹄周りの病気に悩まされることとなります。
その後2年ほど競走馬を続けるものの屈腱炎を発症し引退。

......かくも頑丈な競走馬とはいないものです。というか人間が頑丈すぎる説があります。
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