第34話 新風の予感
「今日はどこにいくんですか?」
「府中。なんでもスズカが出るみたいだし、沖野さんが偵察に行くからそのついで」
「ほほーう、せっかくですしグルメも満喫しましょうか!」
「太るよ」
「今日は屋台がラッキーアイテムなのでセーフです!」
「そっかー」
「ハロー、フクキタルにトレーナーさーん!」
「タイキさんどうも! 今日はオフですか?」
「ノンノン、スズカの応援ネー!」
「おや、私達も行く予定だったんだ。なんだったら一緒に行かないか?」
「イェース! 大人数の方がスズカも喜ぶネー!」
ちょうど寮の廊下ですれ違ったタイキシャトルと目的地は同じらしい。これも何かの縁だと誘ってみると快く快諾してくれた。
さてトレーナーたる私がこっそりトレーナー立ち入り禁止の寮に潜り込んでいるわけだが、これにはちょっとした訳がある。というよりフクキタルのヘルパー役として寮に入らせて欲しいと生徒会の扉を蹴破ったのち、エアグルーヴと1時間にもわたる交渉とちょっとしたジョーク談義の末に立ち入る権利を獲得したわけ。
生徒会には私の正体の話は通っているので一般トレーナーよりは立ち入っても問題ないという判断だろう。実際のところ数年前まであそこで寝起きしてたわけなんだし、勝手知ったる庭だもの。
「はー、重い重い」
「ワオ! トレーナーさんはパワフルデスネー」
「そりゃ鍛えてますから」
残念ながらトレーニングの一環と称した経費削減案により寮にエレベーターなんてあるはずもなく、フクキタルと車椅子を担いで階段を降りなきゃいけないのだけが難点だけど。寮長のフジキセキとはどうにか部屋を1階に持ってこれないかと交渉しているが、難航しているらしい。
『転入生も来るからね。彼女の希望もあるだろうししばらくは無理かな』
とのこと。この時期の転入生も珍しいが、地方からだろうか。
そんな噂はトレーナー間でも聞いたことはないが、実に楽しみだ。
「んじゃ最寄りまでゆっくり行かせてもらおうかね。目的のレースは午後なんだし、ゆっくり行こうや」
「はい!」
「食べアルーキー! 楽しみデース!」
「食べ過ぎで怒られるのは私になるんだからね? セーブしてよ」
「ンー、OK!」
「大丈夫なのか......?」
◇◇◇
「やっぱり食べた方が大きくなるんですかね?」
「ンー?」
「羨むな羨むな。フクキタルもそこそこある方だろうに」
フランクフルトやら牛串やら、ジャンキーな屋台らしいグルメを嗜みつつレース場の方へと足を運ぶ。
出バ表によれば、スズカが走る11レースはあと30分ほど。今日はG1やG2の大きいレースがない事もあってか、人はいつもよりまばらなせいもあり、家族連れや個性的な人が目立つ。
例えばそう、目の前で食べ物を山ほど抱えてあっちこっちする人影とか。
「は〜! あれは! ほえ〜! はぁ〜!」
「......目立つなあ、あの子」
「我々と同じくらいですかね?」
「田舎から来たなら案内してあげまショー!」
「ま、暇だしね。フクキタルもそれでいい?」
「ええ、構いませんよ」
「んじゃ。おーい、そこのはしゃいでるお嬢ちゃん」
「んひゃあっ?!」
声をかけられたのにびっくりして手に持ったたこ焼きやらたい焼きやらを取り落としそうになったその『ウマ娘』。なんとか落とさずに済んだようで深々と安堵の息を吐きながら、こちらに振り向いた途端、尻尾をピンと立てて叫んだ。
「う、ウマ娘さんだ!」
「はい、ウマ娘ですが?」
「す、すごい!」
「そんなに珍しいかい?」
「実は、自分以外のウマ娘って見たことがなくて......」
「どんだけ田舎にいたんだい君は?」
えへえへ、と恥ずかしそうに頭をかくそのウマ娘。格好は落ち着いたような、安っぽいブランドで固められた服装に年季の入った実用的な鞄やリュックサック、そして頑丈そうなスニーカー。やはり田舎育ちに見える。この時期にとは珍しいが、学生か就職か......この様子だと転校生といったところか。
「その様子ならここには初めて来るんだろう。折角だからレース場を案内してあげようか? 広いからねここは」
「いいんですか?」
「私たちも観戦にきたわけだからね」
「わぁ〜! やった!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜びをあらわにするウマ娘。まずはどこに向かったものかと考えようとしたところで、大きな歓声が奥の方から聞こえて来る。時間的にはもうそろそろか。
「まずはパドックだな」
「パドック?」
「次に走るレースに出場するウマ娘を教えてくれるのさ。ついてきて」
「ハイ!」
フクキタルの車椅子を押し、パドックの方向へ。パドック観覧席の空いていたところから見下ろせば、やはり歓声の中心にいるのは彼女だった。
『東京第11レース。続いてパドックに登場するのはこのウマ娘。8枠12番、サイレンススズカです!』
パドック中央のお立ち台でジャージの上着を脱ぎ捨てるサイレンススズカ。同時に吹いた冬の風が彼女の髪を美しくなびかせる。
『ファン投票1番人気です!』
「綺麗......」
「バッチグーデース! 今日もカワイイネー!」
「スズカーさん、頑張ってくださーい!」
2人がそれぞれに応援の声をかける中、彼女はスズカに見惚れたのか口を大きく開けて目をキラキラと輝かせている。すると、後ろに見知ったような人の気配を感じた。
「ちょいと失礼......」
その気配はウマ娘の後ろにしゃがみ込むと、両手で彼女の太腿をベタベタと触り、撫で始めた。
「ほぉ〜、トモの作りも良いじゃないか。まさに『肥えウマ娘に難なし』という」
「キャアアああああああっ!」
「ふげっ!?」
ウマ娘の脚力は人間のそれを遥かに凌駕する。つまり、なんのことはない後ろ蹴りも人間を数メートル吹っ飛ばすには訳はないわけで、コンクリートに叩きつけられた男性は力無く手足を伸ばしてしまっていた。
「ななななんてことするんですか! って、あれ?」
ピクリとも動かない男性を心配してか、ジリジリとにじり寄り顔を覗き込んだウマ娘。
「あの......大丈夫ですか? 生きてますか?」
「ああ大丈夫大丈夫、ヘーキヘーキ。慣れてるから」
「慣れてる?!」
飛び起きたかと思えば、赤く腫らした顔と鼻血も厭わずに顔をぐいっと寄せ、にじり寄る。
「ところで君どこの出身? 年齢は、出身は、体重は?」
「わわわっ!」
普段だったら私もいたいけなウマ娘にこんなセクハラ行為をする奴を蹴っ飛ばすのになんの良心の呵責もないのだが、今回ばかりはちょっとだけ訳が違う。
「止めなくて良いんですカ?」
「ウチのトレーナーの悪い癖だよ。蹴っても治らないし放っておいて」
「なんだか私が入ってきてすぐの頃を思い出しますね」
「Oh、クレイジー......」
「それに、沖野さんの目利きに狂いはない。あの子はきっと大成する」
「フーム......」
興味ありげに腕を組み、彼女を見つめるタイキシャトル。その彼女といえば、失礼しますと啖呵を切ってこの場を後にしようとしていた。彼女の背中を見送りつつ、フラれた沖野さんにポケットティッシュを手渡す。
「沖野さん、鼻血出てるよ。冷たい飲み物もいる?」
「おおすまねえな。つい興奮しちまってよ。あんだけ素質があるウマ娘は学園にもそういない」
ティッシュを割いて鼻に詰める様子はなかなかに間抜けだが、私もああやってスカウトされた以上なんとも言えない。というより一言一句同じ台詞を吐いた上に後ろ蹴りまで決めたからね、まさに昔の私そのまんまだ。
「そんで沖野さん、今日はスズカを見に来たんでしょ?」
「ああ、近々うちに移籍するからな。直近の走りは生で見ておかねえと」
「ええっ?! スズカさんがスピカにもがっ」
「シーッ、声が大きい。まだ秘密なんだよ。ね、沖野さん」
「神戸新聞杯の後におハナさんから連絡が来てな。ウチの方が伸ばせるって判断したそうだ。今月一杯はリギルらしいが、12月からはウチのチームだ」
「プハーッ! な、成る程......ところでタイキさんは知ってたんですか?」
「Of course! 相談もされたネー」
「私だけ蚊帳の外ということじゃないですかー!」
「別に伝える必要もないだろ? そんじゃ、レース場の方に向かうとするか。ついでにあの子の名前も聞いとかねえと」
掘り出し物を見つけて足取りが軽い沖野さんについていく。しかし私もスズカについては気になるところだ。中距離路線を走るなら、スズカは必ずフクキタルのライバルになる。金鯱賞、大阪杯、宝塚記念、そして秋の天皇賞。全て走ることはないだろうが、ひとつくらいは必ず対決する事になろう。
「さて、9月と比べてどれだけ伸びてる事やら......」
99%逃げ策を取るだろうが、リギル所属の逃げウマ娘といえば『マルゼンスキー』。しかし彼女のトゥインクル時代は「出力が高すぎるだけで結果的に逃げている」とまで言わしめるポテンシャルだった。今でこそドリームシリーズで本領発揮しているが、彼女の本来の脚質は先行好位差し型。本格的な逃げ戦法はハナさんにはまだ未開拓な分野になるわけか。
「確かにリギルじゃ難しいというわけか」
「着いたぞ。じゃ、俺は最前列に行くから」
考え事をしているうちにレース場に着いたらしい。普段の柵近くの最前列ではなく、広くレース場を見渡せる観客席。フクキタルが見やすいようにいつのまにか沖野さんが気を利かせてくれたようだ。
場内にファンファーレが鳴り響く。
ゲート前では準備体操を終えたウマ娘たちが次々にゲート入りし、実況と解説の声が場内のボルテージをさらに高めていく。
「お、始まるか。誰が勝つと思う?」
「「スズカさん(デース!)」」
「だろうね」
OP特別、クラシック、シニア混合『タウラス
出バ表を見ても、スズカに敵いそうなウマ娘は見当たらない。彼女らには悪いが今日のレースはスズカと後続が何バ身離れるかの勝負になるだろう。
「さて、ラップタイムを測ってと」
ストップウオッチを取り出し、ゲートが開くのを待つ。
その瞬間は、すぐに訪れた。そして──
「門限ギリギリだよ、キミたち。スズカの応援に行ってたのはわかるけど、時間にも気を配ってくれよ」
「はい〜」
「ソ、ソーリー」
「それに、そこのトレーナー君もだ。トレーナーならこういう事にも気を配るのが役目だろう?」
「す、すみませんでした」
「全くもう。転入生も時間通りにやってこないし、おおかたスズカのウイニングライブに見惚れてるんだろう。全くもう......」
寮の門限ギリギリに帰ってきたおかげで、寮長フジキセキにコッテリ絞られるハメになった。寮の門限をぶっちぎった転入生にはお悔やみ申し上げる。彼女、なかなか怒ると怖いじゃないか......