諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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第36話 皇帝の渇望

 

 

 

 

 

「死ぬほど疲れた......疲れた......」

「おーう、お疲れさん。どうにもダンスは専門外で助かるわ」

「勉強してくださいよ沖野さんッ!」

「悪い悪い」

 

スペシャルウィークのデビューからひと月ほど。そろそろ年の瀬も暮れようかという頃、私はひいひい言いながら学園ダンススタジオで倒れていた。

 

 というのもまず沖野さんはダンスを教えるのが下手くそだ。というか私の現役時代も学園の同級生やらダンス講師やらチームメイトに頼っていたくらいで、てんでだめだったのだ。ウマ娘を見初める能力は一級品でトレーナーとして教えるのは上手いが、こればかりはどうにもならんらしい。おハナさんはというとキレキレに踊れるからリギル脱退後ですらおハナさんにダンスの教えを請うたものだった。

 

スペシャルウィークのデビュー戦から程なくして、チームの問題に浮かび上がったのがダンスの下手くそさだ。

 

スズカは元リギルとだけあって及第点以上には踊れるし、フクキタルもたまに間違えることもあるが基礎基本はしっかりこなせる。しかし問題はそれ以外の面子だ。

 ゴルシはまずやる気がない、いくら練習で上手く踊ろうが本番にやる気出しすぎてブレイクダンスを踊っていた前科がある。

 スカーレットは空回りすることが多くてすっ転ぶことがしばしばで、ウオッカは人前でかわいい仕草を見せるのが小っ恥ずかしく、シャカールは踊れはするが嫌そうな顔で笑顔のひとつも見せられないし、スペシャルウィークはまず基礎がてんでなってない。

 

 ちなみにだが、1番の新人のレッドキングダム。彼女はしっかり授業で習った基礎基本ができており1番手がかからないが、アレンジが多すぎて逆に矯正するのに時間がかかりそうだ。アレンジが下手の横好きクラスであればよかったのだが、サマになっているだけなおたちが悪い。

 

「先輩方、こうっスよ! こう!」

「こ、こうかしら?」

「こうだろ」

「ちーがーいーまーすー!」

「正確に説明しねえテメェが悪いだろうがよォ」

「先輩は鏡に向かってもう少し笑顔の練習をですね......」

「こォかよ」

「食い殺さんばかりの表情なんですが?!」

 

 ......馴染んでいるようで何よりだ。

 

「ところで彼女、見込みの方はどうですか?」

「わからん。ただ......うちの中じゃちっとばかり見劣りするな」

「デスヨネー」

 

 スペシャルウィークと同様にすぐにデビュー戦となったレッドキングダムだが1着に1/2バ身離される4着、スペシャルウィークのように順当に勝ち進むとはいかなかった。

 

「とはいえ熱意は人一倍だ。クヨクヨしないで練習にも出てくるし、態度も真面目。ダンスも上手いしな......まあ、教え方が上手いというわけでは無さそうだが」

「沖野さんよかマシですけどね」

 

小さい身体を振り回して身振り手振りをするレッドキングダム。必死に何かを支えようとしているようだが、幾分語彙が足りないようだ。

 

「だからもうガッとやってビャッとしてババーンと!」

「「「全然伝わらない(わよ)!」」」

「うわーん!」

「......助っ人呼んだほうがいいかなぁ」

 

その時ウマホの通知が鳴った。その連絡した人物の名前を見て、ため息を吐かずにはいられない。

 

だが、さりとて無視するわけにもいかない。

 

「このまま自主練続けてて、私は少し外すから」

「「「はーい」」」

「助けてくださいようトレーナーさぁん!」

「......ファイト!」

「うわーーーーーん!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「と、いうわけでダンスに強い新人いないかな?」

「私に聞くのか......」

「全校生徒のデータ頭に入ってるのはルドルフだけでしょうに。いい奴なんかいないのかい?」

「買ってくれているのは嬉しいが、私とて全能でもないよ」

 

 場所を移して生徒会室。無駄に立派なこの部屋は今日はやけに静かだった。ふかふかのソファーで茶菓子をポリポリと齧りつつ、書類にペンを走らせるルドルフに声をかける。

 

「ブライアンにエアグルーヴは?」

「エアグルーヴは練習だ。リギルには有望株が2人も入ったからな。彼女たちの教導役としてしばらく面倒を見るそうだ」

「律儀だねぇ。んでブライアンは?」

「姉が最近口煩くて逃げ回っているそうだ」

「大丈夫なのか生徒会は」

「なに、彼女は広報役のようなものさ。別段仕事は多くないよ」

「嘘つけ。彼女の分の仕事を勝手にやってるだけでしょ?」

「......鋭いな」

「同じチームの仲間だったもの。それで、私を呼びつけた理由は?」

 

 本題はそれだ。要件もなくただ『生徒会室に来い』と言われれば警戒したくもなろう。彼女が世間話をするためだけに人を呼びつけるんなら皇帝とは呼ばれまい。

 

「本来ならば彼女も一緒に呼ぶつもりではあったが、忙しそうだったのでね。彼女のトレーナーたる君に単刀直入に聞こう。

 

()()()()()()()()()はこれから全力で走れるか?」

 

「......わからない」

 

 私はルドルフの問いかけに首を横に振った。

 

 普段の様子は少し沈みがちになり、占いにまた傾倒するようになったフクキタル。占いについては後輩も増えたことだし、相談されることも多くなっている以上悪いこととは思わないが、1人でいる時にため息をつく回数は明らかに増えている。

 

「怪我の療養中というのは私はどんな心境かは理解できない。けど、走れないという焦燥感と、走ったらまた同じ痛みを味わうことになるかという恐怖は耐え難い。

 脚にいつ爆発するかわからない爆弾がある以上、トレーナーとして全力を出せとは言い難い。脚を縫い合わせた影響も傷が完全に塞がってみないことにはわからない。

 けど同時に、彼女の全力を出してくれれば勝てないわけじゃない。フクキタルの末脚はあんたにだって届く。それは確信してるよ」

「ああ。彼女の末脚、並びかけて味わってみたいものだ。

だが......それは叶わないだろう。前と同じだ」

「彼女のことかい?」

「ああ。出来ることならもう一度先輩と、ミスターシービーともっと競い合いたかった。あの人ほど真正面から私に迫り続けたウマ娘は後にも先にもいなかった。もう少し、競い合えると思ったんだがな」

「負けたいなら素直にいえばいいのに」

「だから君には戻ってきて欲しかったんだぞ。いつの間にトレーナー資格なんて取ったんだ」

 

 ぷく、と子供っぽく頬を膨れさせる皇帝がかわいくて思わず笑ってしまった。この冷静に見えて子供っぽいレースジャンキー性分は相変わらずらしい。WDT4連覇、トゥインクル引退から負けなしの皇帝は相変わらず後輩の中じゃ背伸びが好きなちびっ子のままだ。

 

「ウチに移籍したサイレンススズカもお前に届くさ。心配するな、2400以下だったら勝負できるよ」

「......とはいうものの、彼女はここまで来れるかな」

「無理かなー! スズカはまともに競い合うつもりがない!

スペシャルウィークの世代で誰かが届くかなって感じだねぇ」

 

 私は彼女のことを笑い飛ばすのと同時に、スズカの可能性を否定した。スズカが全力で戦える世代に、おそらく2000前後なら敵はいない。フクキタルが一度届いたが、本格化する彼女と怪我したフクキタルでは勝負にならない。上の世代ではエアグルーヴなどもいるが、おそらく力不足だろう。

 それだけの潜在能力を秘めていただけに、競い合う相手が不在なのが悲しいところだ。それがあれば彼女はきっと『領域』に手が届いたことだろう。

 

「......つくづく、恵まれないねぇ」

 

 彼女はいずれ破滅する。WDTの舞台にあがることもないだろう。もし、競い合う相手、サニーブライアンがいたのならば彼女は変われたんだろうかとも思ってしまう。

 

「私も同じだとは言わないよ。君やシービー先輩、数々の同輩たちとも鎬を削った。世界の名ウマ娘達と少しの間戦うこともできた。彼女らを私は弱いと思わない、等しく強者だった。

恵まれているが......私がもう1人いたらな」

「ブライアンはいけそうだろう? あと4年はかかるだろうけど」

「そこまで学校に居残るつもりはないさ。流石に私もそろそろ卒業を考えてるんだ。とはいえ、成長を見届けたい相手が1人だけいるからな。それまでいるつもりだ」

 

 いるんだろう、テイオー。彼女がそう声をどこかにかけると、彼女の手元からぴょっこりと栗毛の耳が覗く。

 

「バレてないと思ったのにー!」

「テイオーならそこにいると思ってな」

「むー」

 

 机の下に潜り込んでいたらしいその小柄なウマ娘が不満げに尻尾を振る。中等部くらいだろうか、言動や所作がかなり子供っぽい。

 彼女は私を見つけると、うわあっと驚いたように声を上げた。もしかして私のファンとか? 名前バレはしたくなかったが褒められるなら悪い気はしない。さあ褒めるんだったら美辞麗句で褒め讃えてくれてもいいのよ?

 

「うわっ、いんちきやろーだ!」

「んだとこのクソガキ」

「ぴえーっ!」

 

初対面に向かってインチキやろうとはなんだ貴様蹴り飛ばすぞ。

 

「すまない、テイオーはまだ人付き合いが得意ではなくてな」

「カイチョー怖いよー!」

「いつもはこうではないんだ。テイオーも初対面の人にそんなこと言っちゃいけないよ」

「でもインチキでもしないとカイチョーが負けるわけないじゃん!」

「おっと、君はルドルフのファンなのか」

「むー......」

 

 むくれ面がその答えだろう。なるほど、彼女に憧れてこの学園を志したと。となると例のあのレースも見てたってわけになるし、私の正体に行き着くのも無理はないか。

それはそれとしてどれくらいポテンシャルがあるのかは気になるな。

 

「ルドルフ、ちょっと押さえ込んどいてくれる?」

「ふむ、こうだろうか」

「え、カイチョー?」

「ちょっと脚を触らしてもらうね......」

 

がっちりとルドルフが彼女を拘束したのを見計らい、わきわきと指を軽くほぐしながらテイオーに近づく。

 

「ちょっと、何してるのさ!」

「脚を触るだけ」

「へ、ヘンタイじゃないか!」

「無断でさわれば変態、だからちゃんと確認は取るさ。

ルドルフ、この子の脚触っていいかな?」

「かまわない」

「カイチョー!? もうどうなってるんだよー!」

「では失礼して」

「ワケワカンナイヨー!」

 

もみもみ、ぷにぷに、ふむふむ、ふむ。彼女の脚はかなりしなやかで軟らかい。物理的にではなく、可動域が広い。

 それに、程よく硬い。元来筋肉というものは速度を出すためには重く硬く、長く走るには軽く柔らかくある必要がある。三冠を目指すのであればその中間、程よく剛柔併せ持つ必要があるわけだ。

 それを彼女は持っているということになる。小柄な体格が少しだけネックだが、それは長い距離を走るには困らないということだ。彼女の適性は2400m前後、クラシック路線を走るには理想的な適性の持ち主だ。

 

「......三冠狙えるな」

「君がいうなら間違いはないだろう。よかったな、テイオー」

「トーゼンでしょ! だってボクは無敵のテイオーなんだから!」

「あっそう。じゃあ口調も改めてから無敵の帝王とやらを名乗ってくれ」

「イダダダダ!!!」

 

 フフンとこっちを見下されたのでふくらはぎ付近のツボを思いっきり押し込んでやった。

 

 しばらく押し込んでから解放してやると、彼女はルドルフではなく出口の扉の方へ飛ぶように走っていった。そして彼女は扉を乱雑に開けると、顔だけ出してこっちに向かって舌を出した。

 

「ぜっっっっっっっったいお前のチームなんかに入ってやるもんか! あっかんべー! ボクはスペちゃんのチームに入るんだい!」

「あっそ」

「あーほあーほ、おたんこなす! ばいばーい! あ、カイチョー、カラオケの割引券貰っとくね! あとスピカの人に駅前のカラオケに集まるように連絡しといてー!」

 

彼女は早口で捲し立ててすぐに駆け出していった。やれやれ、とかぶりを振るルドルフ。どうにも苦労しているのが見てわかる。

 

「見ての通りワガママな子なんだが、実力は確かなんだ。早くチームを決めて年上のウマ娘と交流をして立ち振る舞いを身につけて欲しかったんだが、どうにも上手くいかなくてな」

「見ての通りマナーがなってないお子様だね全く」

「というわけで君に......いや、スピカに任せてみようと考えているんだ。トレーナーは自由な気風でテイオーにも合う、それに、いろんな面白いウマ娘達がいるからな。いい刺激になる、切磋琢磨して私のところまで早く来てくれないものだろうか」

「期待しすぎるとこっちが折れちゃうからやめて欲しいんだけど」

「君が期待に応えなかったことはないだろう?」

「ルドルフさぁ......しょうがないなぁ」

 

 

 

 

 

「でね、そのヘンタイが......」

「それ多分うちのトレーナーじゃない?」

「えっ?」

「初対面で脚揉んでくるのはうちのトレーナーくらいだもの。ねえ?」

「おう」

「......えっ?」

「まァ、頑張れよ、トレーナー」

「............ええっ?」

「まずは敬語の使い方から勉強しようねぇテイオー。目上の人には敬意を払うことを身体にわからせてやる」

「......ピエッ。イマカラデスカ?」

「ちょっと借りるね、いいよねスペシャルウィーク」

「えっと、その」

「スペチャン、タスケテ......」

「い い よ ね ?」

「......はい」

「スペちゃあああああああああん!」

 

 

 




詳細は省くがテイオーは死んだ。自分の言葉がブーメランになって帰ってきたのだ。
ついでにマックイーンの体重は増加した。
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