「......んー、レース日程をどうしたものか」
「おや、考え事ですかトレーナー」
「やあフクキタル。いや、脚も良くなったことだしフクキタルの復帰時期とか、レッドキングダムの次のレースとか色々考えていて」
「おおっ、ついに復帰ですか! ワクワク!」
身体を揺らして喜びをあらわにしたフクキタル。足元にテーピングがわりのバンテージがまだ巻かれているが、抜糸もすみ傷も塞がり、リハビリももうすぐ終わりかけ。となれば、復帰レースを組んでもいい頃合いだし、時期もちょうどいい。
なにせ今は2月末、そろそろ春のG1前哨戦が始まる季節だ。
フクキタルは菊花賞、G1レースを勝っているからG1レースの枠は優先して取れる。とはいえ、怪我の影響が判らない以上ぶっつけ本番ではなく、ステップレースをいくつかこなしたいところだ。
「G3、いやG2......」
本来ならOP戦くらいでもいいんだけど、G1ウマ娘がそんな格下レースに出走となるとスピカが干されかねない。G2、G3のレース、かつ怪我の具合も相談しつつじっくり次のレースの対策も取れるレースとなると数は多くない。G1を目指すことは前提としてそのステップレースを考えるとすると、大阪杯、天皇賞、宝塚記念の3つか。
大阪杯を目指せば期間が短い。それにステップレースの中山記念は1800m、フクキタルには距離が足りない。
天皇賞春は怪我明けには厳しい。阪神大賞典も含めて3000mを2回も走らせるのはさすがに身体がもたないだろう。
となると、うーむ。宝塚は人気投票という特殊な選出条件。直近のG3以上で距離も適性なのは3月末の日経賞、5月半ばの新潟大賞典、5月末の金鯱賞、6月半ばの目黒記念。宝塚まで十分休養期間を確保したい事を考えると目黒記念は選びにくいし、新潟大賞典の開催場所は新潟、データがない。
となると、自ずと選択肢は限られる。
「日経賞、金鯱賞踏んで宝塚記念か」
「おお......でも日経賞は申し込みが終わっているのでは? 確かこの間出バ表を見た覚えが」
「なんですとっ?!」
パソコンを立ち上げ日経賞で検索をかけると、フクキタルの言った通りだった。思わず椅子にもたれかかってしまい天を仰ぐ、学生時代の宿題の締め切りを破るよりひどくタチが悪い。
「やらかしたなぁ......」
「調整にじっくり時間をかけられると思えばいいじゃないですか。それに、スペシャルウィークさんの弥生賞と、スズカさんの中山記念もあります。レッドキングダムさんの未勝利戦もまだ期間は十分ありますしね」
ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべるフクキタル。出会った時とは何も変わらないその様に思わず笑ってしまった。
「な、なんで笑っちゃうんですか! 何もおかしなことは言っていませんよ!」
「なーんかフクキタルを見てるとうじうじ考えてることがアホらしくなっちゃって」
「おお〜、まさに皆目その通り。笑う門には福来る、悩んだら笑うことが大切ですとも! 気分が良くなるなら気にしませぬ!」
ふふん、と胸を張るフクキタル。
から元気か、励ましてくれているのかは判らないが、沈んだ顔をしてしょぼくれているよりはよっぽどいい。
「ついでに今日の運勢を占ってしんぜましょう!
タロットに水晶玉、ルーン文字占いに
「そのジャラジャラする竹の棒そんな名前だったんだねぇ......」
◇◇◇
「と、トレーナーさんには胸を張ったものの、不安で仕方ありませんので今日のラッキーパーソンに化学に強い人と出たのでこちらを訪れた次第なのです」
「それでタキオンさんを頼りにきたと。しかしタキオンさんを頼るとその、愉快なことになりますよ?」
「見れば十分わかりますとも」
「なんだいなんだい、ちょっとばかり髪の毛が光ることのどこが愉快なんだい」
「ペカペカして面白い。この前行った歌舞伎町みたい」
「ひとりでなんてところに行ってたんですかミーク!」
また考え事してたら迷い込んでしまったのか。しっかり注意しとかないと心にメモしつつ、目の前のぺたんと耳を畳んでしょんぼりとしているウマ娘に目を向ける。
マチカネフクキタル。鏑木さんが担当しているウマ娘で、今年からシニア級になる。彼女がG1を取った時にはトレーナーを経由して祝福のメールを送ったし、彼女の怪我が公になった時はお見舞いの花束を持っていった。とはいえ私は彼女のことをG1含む4勝を成し遂げたウマ娘という情報でしか知らない、パーソナルデータはまた別の話だ。
「フンフン、それで君は何故私のところにやってきたのかな? もしかして実験体の志願かな?」
「そんなところですかね」
「......フゥン」
興味深そうに彼女を覗き込んでいたが、回答が意外だったのか意味ありげにいつものうなり声とも取れる返事をするタキオンさん。彼女はフクキタルさんに歩み寄りこんな事を言った。
「君、私の研究内容を知っているかな? 」
「確か『ウマ娘の可能性の果て』でしたっけ。学校新聞で見たことがあります」
「ああ。ウマ娘というのは時速60km前後のが最高速度だと言われている、君が走った中長距離のレースならばもっと遅いだろう。
だが、理論上ウマ娘は70km以上で走ることは可能だという研究成果がある。不可能なことは私は追求するつもりはないが、そこの一%でも叶う可能性があるのならば、追いかけずにはいられないのさ。だからこの身で可能性の果てを、ウマ娘の最速を叶えたいと思っているのだよ」
「ということはタキオンさんはスプリンターなのですね。私はお恥ずかしながらマイル以下は少し苦手で......」
「いや、私は君と同じ三冠路線を走るつもりさ。主戦場は2000m前後になるだろうね」
「ええっ?」
フクキタルさんは驚いたように耳をピンと立てた。
「最速を目指しているなら、てっきりスプリンターなのかと」
「勿論そうしたかったさ。私はこれでも将来を期待された身だが、最速を目指す才能には恵まれなかったのさ」
彼女はぶかぶかの白衣の裾で自分の脚を2、3度叩きさもなんでもないように言い放った。
「私の脚がレースに耐えられないのだよ」
「......えっ」
「生まれつき脚が弱いんだ。トレーニングも細心の注意を払わねばならない。何度もレースを走れば、そのうち足の腱や筋肉が断裂し全力を出すことは叶わなくなるだろう。君のように血が噴き出すかもしれないな。こればかりは壊れてみないことには分からない」
サラッと述べたが、彼女のいうことは本当だ。自分で測定した精密検査のデータを私の知識、そして彼女が知る限りの知識を組み合わせ導き出した結論、彼女の脚はいずれ壊れる。
「多くのウマ娘の夢を絶ってきたクッケン炎かもしれないし、君のような裂脚症か、はたまた骨折か。私の脚はウマ娘でありながら人間クラスの強度の脚なんだ。だからこそ克服し、可能であればより強靭にしたい。そうでなくては可能性の果ては目指せないのだからね」
偶然か奇跡か、私を頼ることは限りなく正解に近いだろうと彼女はまた付け加えた。
「だからこそ、私は君の脚が欲しい」
「あ、あげませんしあげられませんよ?!」
「データという意味でだよ勿論。君は貴重なサンプルだ。普通足にかかわる怪我をしたウマ娘は転科するか退学してしまうからねぇ、貴重なんだよ。それにG1ウマ娘ともなればさらに貴重だ。
なぁに、こちらとて君に与えられるものはある。ケガの復帰サポートをしようじゃないか。どうせ私のデビューはまだ先だからね」
彼女はそのいつもほの暗い虹彩の目で彼女の顔を覗き、下手くそで不気味な笑みを浮かべてこう言った。
「取引と行こうじゃないか。もう一度、全力を出して走ってみたくはないかい?」
「......もとよりそのつもりで来ましたよ。ですが、ひとつお願いしたいことがあります」
「なんだい?」
「トレーナーさんには、黙っておいて下さい」
彼女はそう言った。
「今でこそ迷惑をおかけしています。怪我をしてしまったことが悪だとは思いませんが、トレーナーさんに負担を強いることは良くないと思います」
「そんなことはありません。トレーナーとウマ娘は持ちつ持たれつ、互いに寄り添っていくものです、そう悲観することはありませんよ」
「......例えもう勝つ気がなくとも、ですか?」
「それは......」
ウマ娘の意思を尊重する。それが桐生院家1番のモットーだった。どんなに突飛な夢を、どんなに非現実的な目標を、彼女たちが望むなら可能な限り叶えること。私はそう教えられてきたのだから、彼女の言葉に返す言葉がない。
見ればわかる。もう既に彼女は燃え尽きてしまっているのだ。
「G2、G1という大舞台で勝つことができました。例え1勝でも学園の中では一握り。多くの人たち叶えられない夢を叶えてもらったんです。それに」
彼女は優しく脚を撫でる。まだ真っ白で痛々しい包帯とサポーターが巻かれた両脚はレース場で見たものより幾分か細く見えた。
「踏み込むことが、恐怖でしかありません。レース中は幸か不幸か痛みを感じる事はありませんでした。だからこそ、よく覚えているんです。
トレーナーのあんなに苦しそうな顔はもう見たくありません。怪我が再発したらと思うと、あの時のように」
「......それ以上は言わなくとも大丈夫です」
「桐生院さん?」
「言いたいことはわかりました。データの提供についてはこちらからも是非お願いします。鏑木トレーナーにはこちらから合同練習ということで時間を作るよう話をつけておきましょう」
「ありがとうございます。えへへ、レースでは勝てなくとも、それ以外で何かお力になれるなら頼ってください。
トレーナーさんは『スピカ』を夢を叶える場所だと言っていました。であれば、私は夢を叶えるための道を敷きましょう。
占い師とはそもそも道に迷っている人に手を差し伸べ、道を示す存在なのですからね」
恥ずかしそうに頬をかいたマチカネフクキタル。
競走人生を諦めたウマ娘とは、こうもつまらない存在になってしまうのか。
そう思わずには、いられなかった。