『1番人気は今をときめく逃げウマ娘、サイレンススズカ。これまでの中山記念、小倉大賞典と2着に3バ身と差をつけて1着と圧倒的な成績を残しています。
2番人気は菊花賞バマチカネフクキタル。同距離で1度サイレンススズカの逃げ足を差したこともあるウマ娘です。怪我明け初戦となりますが、期待しましょう!
さて3番人気には──』
場内に響く実況の声を聞きながら、発走の時を待つばかりである中京レース場。ローカルレースの開催も多いためか平坦で坂の傾斜はなく、それだけに地力とスピードがものを言うレース場になりがちだ。それはまさにサイレンススズカにとっては絶好の条件が揃い踏み、しかも得意の左回りときたら向かう所敵なしだろう。
前走の小倉大賞典でも走り終わったあとまだ余裕そうだったところから見て、たった1ハロンで劇的に走りが変わることもない、それはフクキタルもしっかりと伝えてある。
とはいえ、だ。大逃げなんて付き合うだけ無駄というのはセオリー、しかしどうにもスズカはそれに当てはまらないから背中をしっかり距離を離されないように追いたい、かといって怪我明けのフクキタルにあれこれやらせれば負担になるだけ。
「......はぁ、難しいっすね対スズカ戦略。朝まで粘りましたがサッパリです、沖野さんならどうします?」
「ゴルシなら勝手になんとかするだろうさ。せいぜい追いつけない距離の見極めとそれを伝えるだけであいつはどうとでもなる」
「
「まーな。というかそれくらいしか思いつかん。特にココじゃあな。東京とか長い直線があるレース場なら差し切られる展開がひとつやふたつあってもおかしくないが」
沖野さんは舐め終わったらしい飴の棒を折ってポッケにしまい、新しいものの封を切って口に咥えた。
「
「足の調子を見つつ、自分のレースをと。先行策か差し追い込み型にするかは任せたよ」
「おいおい、秋の気合いっぷりはどうしたんだ。いつもギリギリまで話し合ってたじゃねえか、随分と弱気になったもんだな」
「......弱気にもなりますよ。練習試走じゃ秋の走りは見る影もありません。スペとやって気迫負けしてたくらいですよ」
「おいおい、皐月賞負けてやる気がみなぎってるスペと比較すんのかよ。そいつは酷ってもんだろ」
「それくらいの気持ちでないとスズカの影すら踏めませんよ」
ため息を吐かずにはいられなかった。
レッドキングダムもいまだに未勝利戦を抜けられてないのも頭痛の種だ。5月頭の芝2400mでは4着と掲示板だったが続く4日前のレースじゃ11着だ。本人の希望もあって過密日程だったけど、これを見るにしっかり休養期間を取れないとダメだということしかわからなかった。
彼女は芝の中距離に拘っているが、どこかで距離を短くしたりダートを走らせてみたりすることも考えなければ、となれば戦略の組み方や走り方も変えなければいけない。考えることが多すぎるが、フクキタルの秋戦線と違って勝てる希望がないまま考え込むのは辛い。
まるで終わりのないレースだ。ゴールラインはわからないのに、周りはどんどん彼女と私を追い越していく。私でこうなのだから、本人に至っては推して知るべし、だろうか。今はスピカの騒がしいメンツに囲まれてるからケアにはなってるだろうけど、いつ爆発するか。
......メイクデビュー、未勝利戦を勝ち抜けるウマ娘は2割といない。それはよく言い聞かされてきたことではあるがいざ担当してみれば、その理由がよくわかった。
例外を除いて誰しも同じだけの才能を持ち、同じだけの努力をし、同じだけ対策を積む。故に、差が生まれない。つまり......トレーナーのワンミス、ウマ娘のワンミスが勝敗を分ける。ウマ娘のミスはトレーナーの責任だ。
ウマ娘の一生に一度の競技人生、その3年間をひとえに背負う事になるのだ、心中覚悟でやってもらわねばウマ娘として困るが、トレーナーとしては重すぎる。
トレーナーは世間から花形職だとよく言われるが、成り手は驚くほど少ないのはこれが理由だ。まともな人間なら1年と精神がもたない。重責で押しつぶされて学園をさることも多いので回転率も高い。
沖野さんのように長年と続けられるトレーナーは、ごく少数だ。
「......持つかねぇ」
最近胃が痛む。そろそろシャカール経由でタキオンあたりに胃薬を作ってもらおうか。
そう私が上の空になっているウチに枠入りが済んだようだ。ファンファーレがなり旗が振られ、レースは今か今かと場内が静まり返っている。
単枠指定5枠5番がスズカ、大外8枠9番フクキタル。
さて、勝つのはどっちだ。
ゲートが開いた。
ゴール前の一週目ホームストレッチ、位置取りと牽制合戦が見える中、サイレンススズカがスッと前に出て先頭を取った。フクキタルは後ろに下げ先行争いには加わらず後方3番手へ。
「予定通り、だな」
「喧嘩を売りにいくウマ娘はなしか」
先行策を取るウマ娘が若干スズカを気にしたが、位置はキープする様子。そのまま1コーナーまでには3バ身の差をつけて、コーナーを抜ける頃には5バ身差とさらに差が開く。
そのまま逃げるスズカ、距離をキープする先行バが2人、それ以外は後方策にて自分の得意位置をキープという形だろうか。後方3番手、すぐ前を走るウマ娘を捉えようと若干ペースを上げ始めたフクキタルとスズカの差は15バ身、先行しているウマ娘からも7、8バ身は離れている。
向こう正面を表情も変えずに爆進するスズカに対してフクキタルの顔はかなり苦しそうだ、いつもだったらもっと周りを見渡す余裕綽々なのだが、今日は歯を食いしばって前ばかりを見つめていて余裕がないように見える。そのまま3コーナーまで独走体制のスズカ。後続はペースを上げてスズカを捲れると信じる位置まで上げてきている。そのまま平坦なカーブで速度が下がったように見えるスズカに一気に集団が詰め寄った。
4コーナーを回って残り約400m。マチカネフクキタルが若干ふらつきながらも外に出してまくる体勢へ。
「フクキタル、いけ、そこだっ! お前なら行けるだろうっ!」
コーナーに向かって声を張り上げるのと殆ど時を同じくして巻き起こった場内のざわめきが私の目をスズカへと否応無しに注目させ......その理由はすぐに分かった。スズカはまだ後続と5バ身差のまま最終直線へ差し掛かり、あっという間に200m標識を通過した。
そして、ここでスズカは
懸命に追いすがる後続を嘲笑うかのように突き放す。
『サイレンススズカこれはもう4連勝は間違いなし、大差がついております! サイレンススズカだサイレンススズカ!』
ゴール前1ハロンで実況すらもう1着はスズカで間違いないと断言するほどの『大差』。そのままスズカは2着以下を10バ身以上引き離す大差勝ちを収め、1分57秒8のレコードタイムを記録した。
最終直線、フクキタルは伸びきらず掲示板外に沈む6着。
タイムは2分とコンマ5秒。あがり3ハロンは37秒ちょうど。
スズカを差し切ったあの神戸新聞杯よりコンマ5秒も遅く、傾斜の有無を考えればあの時のコンディションであれば1分58秒は切っていただろう。
「......脚は、大丈夫なのか」
「問題ありませんが、入院生活でだいぶ鈍ってしまっているようで、これは夏合宿で鍛え直しですかね」
悔しいという素振りを見せるでもなく、申し訳ないと頭をかくフクキタル。
トレーナーの言葉はなるほど、そういうことらしい。
『これもトレーナーなら、いつかは通る道だ』。
......いや、まだフクキタルは頑張れるはずだ。
足に負担のかからない走り。フクキタルのポテンシャルをフルに使い切って、せめてもう一勝だけでも勝たしてやんないと。
怪我に負けたなんて、そんな悲しい競技人生で終わらせてたまるか。せめて、悔いのないレースを最後にして欲しい。
私のように、未練がましい最後になっちゃいけない。
「ああ。今年の夏合宿は去年の倍はビシバシ鍛えてやるさ」
「藪蛇でしたなんと不幸な! にぎゃーっ!」
「あっはっはっは。そんだけ声が出るなら行けるな」
「そ、そんなことありませんよう!」