諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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第40話 ハリボテエレジー、再び

 

 

 

「坂対策、ねぇ」

「皐月賞スペが失速した理由は多分そこだ。坂の走り方を知らないから加速がうまく行かずにセイウンスカイやキングヘイローに追いつけなかった。中山ほどじゃないが、府中でも坂対策はしないといけないからな」

「足捌きが上手くないからか、なるほど我流じゃ限界ということね」

「んで、お前かタイキシャトルに模擬レースを頼もうと思ってるんだがこれ以上おハナさんに貸しを作るのは頂けなくてなぁ」

 

 金鯱賞が終わり、夏合宿の練習予定を組んでいる頃の話、スペのダービー出走登録とスズカの宝塚記念選出が決まった頃、沖野さんがこう持ちかけてきた。なんでも、皐月賞でスペが最後伸びきらなかった理由がわかったらしく、その対策だそうだ。

 

「タイキシャトルはお前より坂が上手いんだが、なにせ距離適性もあってなぁ......なるべく条件は合わせたいんだ」

「彼女、マイラーですからね。2000m前後、芝ですか?」

「いや、ウッドチップの坂が長い練習コースを使う。あとスリップストリームの使い方も覚えてもらいたい。先行でスペがついていけるくらいに加減してくれ」

「注文が多いですね。いいですよ。ゴルシにも話を通してくださいね、彼女の手伝いがないと変装できませんし。

それはそれとしてスズカの宝塚の対策はしなくていいんですか?」

「ほっといても勝つさ」

 

 そう言う沖野さんを見て思い出した。基本的に沖野さんは放任主義、求めなければ助言は与えないタイプ。スペの件は勝ちたいと面と向かって宣言したらしいのでどうするかと考えているようだが、スズカには何も言われてないらしい。

 

「......了解です。じゃあしばらく時間を貰いたいので1週間後で」

「よしきた」

 

 

◇◇◇

 

 

「あの。この方は......」

『サイキョウムテキノテイオー様だぞ』

「それボクのセリフ!」

『冗談。チームOGのハリボテエレジーだ。今は会社員してる。今日はよろしく頼む』

「スペに経験を積んでもらいたくてな。無理言ってきてもらったんだ、すまんなエレジー」

『いえいえ、お気になさらず』

 

 商店街で買ったスケッチブックにマーカーで文字を書き込んでいく。声を出すと流石にバレてしまうが、黙り込むのも限界があるということだ。それにトレセン学園の従業員なので実質会社員、嘘は言ってない。

 

『......それでトレーナー、この観客の数は一体』

「誰かが嗅ぎつけたらしくてなぁ」

「人がたくさん......!」

 

 見上げれば、普段は数人ばかりが座っていたり休憩している観覧席はウマ娘でごった返していた。短距離マイル世代最強と名高いタイキシャトルなら納得だがなんで経歴が怪しい私とスペシャルウィークの対決でこうも人が集まるかと疑問に思わざるを得ない......十中八九ゴルシの仕業だろうけども。

 

「うーん、立会人としてリギルに頼んだのが不味かったか? やるって口滑らせたら一枚噛ませろっておハナさんが珍しく乗り気だったから二つ返事で受け入れたけど」

「おいスピカのトレーナー、スタートラインはここでいいのだな?」

「ああ。んでゴールラインはこっちだ」

「サンキューな。あー、めんどくせぇ......」

 

 スタート、ゴールとそれぞれ書かれた看板と旗を持っているのはリギルに所属するエアグルーヴにヒシアマゾン。かたや生徒会役員、かたや寮長とやる気の面では別として公平性という面では人選としてはこの上ないくらいだ。ついでにタイム計測はスカーレット、レース映像の録画はシャカールに任せて準備体操をする。とは言っても軽く足の腱を伸ばしたり、身体の軸を解したりするだけの簡単なものだ。あとはこのクソ狭い視界の走り方を思いださなきゃならないことだし。

 

「スピカ特製焼きそば、いらんーかねー?」

「ひとつ2百円から、どうぞどうぞ〜!」

 

......それはそれとして焼きそばを売っているゴルシと手伝うウオッカ。時間帯は放課後と育ち盛りのウマ娘にとっては小腹が空いてくる時間帯ゆえなかなかに稼いでいるようで、計算尽くなゴルシの仕込みと思わずにはいられない。レース場じゃ無断で屋台は立てられないがこと学園ではそんな校則はないし、代替わりした子供っぽい理事長はそんな自由さが好みだと聞く。それを織り込み済みだろうが、スタート位置にいるエアグルーヴの顔が怖いあたり......無許可なんだろうなぁ。また怒られる羽目になりそうだ。

 

「きょ、今日はよろしくお願いします!」

 

 こわばった顔で挨拶してくるスペシャルウィークに気にしなさんなという意を込めてひらひらと手を振ると、エアグルーヴもそれを察したかこちらに声をかけた。

 

「双方準備は良いか?」

「は、はい、大丈夫です!」

「そちらは?」

 

グッ、と親指を立てる。了解の意と受け取ったか、彼女は沖野トレーナーの方を一瞥してから、旗を水平に構えた。

 

「これより、模擬レースを開催する! 旗が上がった瞬間にスタートだ、位置について」

 

 今回はハンデなし。

 内側に私、外にスペシャルウィークが構えている。

 

息を止め、スタートの合図を待つ。

 

「用意、スタートッ!」

 

スタートの良さは現役の時からの誇りだ。スタートダッシュでついた差は1バ身。

差しと先行両方こなせるスペシャルウィークは私の後ろで様子を伺うことだろうが......逃げで突き放せないのがもどかしいが今回私は当てウマだ、先行策でじっくりといこう。

 

 コーナーを抜け向こう正面へ。差は若干スペが落ちて2〜3バ身か。ここのコースは向こう正面入り口から3コーナーにかけて登り、4コーナーから下がる変則的な坂路を持つコース。坂を学ばせるならそこになるだろう。

 

息遣いはやはり整っているが、風が苦しいようだな。だったら、息を入れて背中にピッタリとつけさせる。

スリップストリームってコマテクのような物だけど、覚えておいて損はない。スペシャルウィークはこれも知らないんだからね。

 

さて、そろそろ坂の入り口。脚の歩幅を若干狭めて、ストライドからピッチ、細かく刻んだほうが性質上登り坂は強い。何より、私は刻んだほうが速度が出しやすい。

 

「う、わっ」

 

スペシャルウィークの驚くような声と一瞬乱れた足音。うまく突き放せたようだが、沖野さんが見込んだだけはある。

 

たったの数秒。聞こえてくる音が変わった。

刻む足音の間隔は短く、吐く息が少し鋭くなった。

あの数秒でピッチ走法を覚えてスパートをかけてきたってこと、なるほど勝負根性も満点、闘志はメラメラに燃えてるってことだ、皐月賞3着で拗ねてる訳でもない。

 

「はっ、はっ、はっ......」

 

何より。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ......!」

 

圧倒的実力者を前に競走を楽しむ、それも才能だ!

 

「さあ、ついておいで......!」

「えっ?」

 

 だったら、最後まで私を楽しませてよね。

脚を回し、姿勢を低く、手を振って推力に変えて、1秒でも早く、前に。それでも食らい付いてくるように、ピッタリとついてくる気配は変わらないまま、いやむしろその存在感は増して私を追い抜かんと並びかけてくる!

 

楽しい。

 

やっぱり、レースってのはこうでなくちゃな!

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「で、ランナーズハイでゴール前4バ身ぶっちぎったと」

「申し訳ない......」

「手加減しろって言ったよなぁ!?」

 

 流石に、ちょっとやりすぎたか......

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「むぅ......」

「あら、どうしたのスペちゃん?」

「どこかで聞いた声だったと思うんですけど、ってスズカさんいつの前に!?」

「さっきからいたわよ? ずーっと考え事してて気が付かないんだもの、何かあったの?」

「実は、今日のレースのこと考えていて」

「あれは惜しかったわね。もう少しで勝てそうだったのに」

「だいぶ離されちゃいましたしまだまだですよ。ですけど、ハリボテエレジーさんの声をどこかで聞いたことがあったんですよ。レース中に独り言のように言ってただけなんですけど、なんだったか......昔聞いたような......」

「OGだそうだから、昔見ていたレースにいたんじゃないかしら?」

「多分そうなんですけど......どこで見たんだったっけなぁ......?」

「今日は早く寝ましょう? もしかしたら、夢の中で思い出せるかもしれないわ」

「そうですね、お休みなさいスズカさん!」

 

 

 

 

 

 

 

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