諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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第6章 不屈の緋色『レッドキングダム』
第42話 いつか訪れるもの


 

 

「トレーナー、レース出してくれや! 1ヶ月も休んじゃなまっちまう!」

 

 7月も始まった頃、いつもの如くチーム室の扉を蹴破って一番乗りして来たのはレットキングダム。未勝利戦3回を5着、4着、11着と戦績は振るわないものの、腐ることもなく練習に励みハッスルしている。同期たるスペシャルウィークのダービー勝利に触発されたかそのハッスル度合いにも磨きがかかり、熱血キャラ程度がどこぞの熱血元テニスプロプレイヤーを彷彿とさせるほどに燃え上がっていた、なんだが......

 

「しばらくはレース出させないよ」

「ヴェ?! 斜行も審議も何もくらっちゃいないのにどーゆーことですトレーナーさぁん! テストだって順位は上から数えたほうが早いんですよ!」

「だって張り切りすぎなんだもん」

「なんと!」

 

 そう、ハッスルし過ぎなのである。身体付きを見る限り小柄ではあるが筋肉は十分、スペさながらに怪我には強いと見ていいだろう。しかし、短いスパンの出走が重なれば当然怪我をしやすくなる。5月は過密スケジュールだったし、何より今は自分を見つめ直す時だ。それに数撃ちゃ当たると言いながら沢山のレースに出すのは御法度だし、実力不相応の勝利になってしまう。

 

「次は8月頭の小倉未勝利戦かな。7月いっぱいはゆっくり身体と頭を鍛える! 合宿もあるしね」

「むむむ......トレーナーさんがいうなら間違いはないや! んで今日の練習は!」

「みんなが来てからだよ」

「ガッテン承知!」

 

 フンスフンスと鼻息荒く椅子に座ったはいいものの、ソワソワと落ち着きなく当たりを見渡したり背を伸ばしたり。見ているだけで疲れてしまうほど身体を動かしたくてたまらないらしい。

 

「......軽くランニングするくらいならいいよ。時間までに戻ってくれば何にも言わないから」

「いやっほう!」

 

 見かねて指示を出すと空いた窓から飛び出していきおった。うーん、やる気はあるんだが実力は伴わんねぇ......

 

「キングダムがすごい勢いで走って行ったけど」

「ああトレーナー。アイツソワソワし過ぎて見てらんないから走ってこいって言ったらあの様子なんだよ」

「はっはっは、気合は十分ってことだな」

 

 いつものように棒付きキャンディーを加えて笑ってたトレーナー、しかしその後すぐに真剣な表情になり、ひとつ、こう問いかけて来た。

 

「9月までだからな。伝えたのか?」

「授業でもやること。とはいえ、間に合うかどうか......」

 

 クラシック級の9月末といえばセントライト記念や神戸新聞杯、新潟記念に京成杯などのG2G3が目白押しだが、それより優先されるべき死活問題がある。

 

未勝利戦の期限、だ。

 

 ジュニア級6月からクラシック級8月末から9月頭までが未勝利戦を開催する期間と決まっている。要はこれまでに一勝すればレーディングを確保でき、それに則ったレースに出走できるようになるというわけだ。

 

......では勝てなかったらどうなるか、という話だ。

 

 G1に勝てる才能の持ち主は遅くとも2〜3戦で未勝利戦を抜ける。遅咲きと世間では言われるタマモクロスもメイクデビューは足踏みしたが未勝利戦は1戦で突破しているように、才能があれば片鱗さえ見せれば未勝利戦は抜けられるのだ。未勝利戦を抜けられないのは才能が足りない、それでも諦めきれないタチの悪いウマ娘達でその実力差は殆どない。皆同じだけ努力し、同じだけ結果がついてこないだけで知識やレース運びは重賞ウマ娘に劣らない。

 

未勝利戦を抜けられなかった場合、どの道に進むかについては大きく分けて3パターンある。

 

格上挑戦。1勝以上のレースに飛び込む。

よっぽど遅咲きの才能の持ち主か、怪我に泣いたウマ娘が選ぶ道だ。しかし、一歩間違えば茨の道、そもそも格が違うレースに挑むのだから、不利は否めない。

 

地方転籍。ローカールシリーズに場所を移す。

大井などの関東圏ローカールシリーズでは帝王賞などのURA主催重賞が開催されたり、中央との交流戦があったりと日が当たることもあるが、多くのローカルは環境も悪く、観客も少ないと聞く。

 

引退。レースの道を諦める。

退学し地元に戻る、普通科、サポート科に転科するなどでレースウマ娘としての道を断つ。学園に所属した生徒の多くはこの道を選ぶという。

 

 

 他にも色々ないことはないが、学校から多く示されるのはこの3つだ。諦めないか、場所を移すか、諦めるか。

 

 私は経緯は違うが3つ目の引退を選んだ。そんでもって今でも選択を後悔してるし、後悔してるからここにいる。だとしても、私は彼女に3つ目の選択肢を提示するだろう。彼女の実力でレースを続けることは地獄以外の何者でもない。トゥインクルシリーズは確かに花形だ。有記念ともなれば詰め掛ける人は15万人を超え、他のG1レースも最低でも7〜8万人を動員する一大エンターテイメント。G2、G3などの重賞でも出走ウマ娘によって動員人数はばらけるがそれでも3万人ほどが平均値といったところだ。

 

それ以下はどうだ。

オープン戦、条件戦、未勝利戦。

物好きや重度のオタクくらいしか足を運ばないこのレースの観客は日によっては1000人を下回る。それも殆どが次に控える重賞レースの観客で、モノのついでだ。

 

 レッドの実力なら主戦場はおそらくここになる。日の当たらない暗い陰で勝利を掴めず走り続けることの苦痛と恐怖は、想像を絶するものがある。

しかも同期にスペがいる。押しも押されぬ『最強世代』。

その下にもテイオー、マックイーン、スカーレットにウオッカにシャカール。彼女らの才能はG1勝利に絶対手が届くし、テイオー、シャカールに至っては三冠にも手が届くだろう。

 

それを間近に見続けて根が曲がらないわけがない。

心に影が差さないハズがない。

 

「あの明るい子には、明るいままでいて欲しいんですよ。悪いですけどこのチームは眩しすぎる」

「......伝えるんならちゃんと伝えろよ」

 

 ため息をついてそう答えたトレーナー。そういう時は大抵言いたいことがあるけど黙ってた方がいいだろうと思ってる。悪い癖だけど、いざ同じ立場になってみれば言えないことが多すぎるから何もいえない。

 

「トレーナーってしんどいっすね」

「そうか? 楽しいだろ」

「私は辛いことばっかりですよ」

「おはようございまーす!」

「戻りましたー! ふぃ、ざっと5キロは走ってきましたよう!」

 

 そのタイミングでスズカを連れたスペシャルウィークがドアを開け、汗だくのレッドキングダムが窓から戻ってきた。

 

「......お前なぁ」

「えへへ」

「お疲れ様ですトレーナーさん、今日の練習は!」

「今日は坂路、坂の練習だ。ダービーだけでモノにできてるわけじゃないからな、しっかり鍛えるぞ!」

「はいっ! 一緒に頑張ろうねレッドちゃん!」

「ガッテン承知!」

 

 打てば響くと言わんばかりに気合を入れればお互いおんなじようにグッと握り拳に力入れて気合を入れ直す。妬み嫉みとは無縁そうなバ鹿2人だことで......そのまま綺麗な君達でいてくれよ。

 

「シャカールから連絡だ。データ収集のために練習を休みます、ってまたか! はぁ、最近多いねぇ」

「シャカールは理論を組み立てないと走れないタイプだ。大目に見てやれ」

「それはそれ、これはこれですよ。内容をおしえてもらおうにもはぐらかされてばかりですし、信頼されてないんですかねぇ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「いっくし!」

「おや、誰か噂してるのかい?」

「テメェの部屋が埃っぽいだけだろうが、換気しろ」

「掃除は苦手でねェ」

 

 同時刻、トレセン学園の空き教室の一室、もといアグネスタキオンが桐生院トレーナーの名声と権利を振りかざし合法的に占拠している研究室にエアシャカールはいた。薄暗い部屋で器具やら資料やらが積もりに積もったデスクの上で、部屋の主人と共にモニターひとつに顔を寄せ合っている。

 

「しかし、フンフン。君の行動力には舌を巻かざるを得ない。ただの思いつきをここまで具体的な行動に昇華出来るとは」

「疑問は解決するべきだと思っただけだ。ッチ、こいつもハズレだ」

「フゥン、年齢的にはそろそろアタリだと思うんだがね。20代〜30代の間、そう睨んでいるんだろう?」

「アァ、少なくとも沖野トレーナーの教え子だ。10年以内いや、もっと短ェのか?」

「なら卒業5年以内だな。となると......」

「これ?」

「ああ。ありがとうミーク君」

 

 資料の山からいくつかの冊子を抜き出してタキオンに手渡したハッピーミーク。目にクマを作りながら画面にかじりつく2人の共通の友人ではあるが、やっていることは知らされていない。

 

「何してるの?」

「ちょっと鏑木トレーナーの本名を突き止めようと思ってね?」

「トレーナーはトレーナーだよ?」

「どうにもウチのトレーナーはただの人間じゃ無ェと思ってな。使えるものはなんでも使う主義だ」

「これもハズレだね」

「チッ......」

 

 積み上がっているのは資料室から持ち出した卒業文集の山、卒業生の顔と名前が載っているそれを片っ端からスキャナにかけて鏑木トレーナーの顔写真と照合するという古き良きローラー戦法にてその名前をあらためようという作戦だ。そもそも卒業していなければ文集にも載らないために穴が多い、というのは2徹している彼女らの頭には無い。

 

「地方トレセン出身の可能性はあるかもしれないな」

「ああクソ、こんなだったらトレーナーの財布を改めておくんだった!」

「......」

 

 変なことしてるなぁ、なんて他人事のように思いながらもさりとてオフの日なので練習をしようとも思わないので、暇つぶしにハッピーミークは適当に積み上がっていた資料の上にあった本を開いていた。

 それはこの部屋に入り浸っていたエアシャカールがたまたま置いていった彼女の収集したデータが集まったスクラップブック。その中でも数々の三冠ウマ娘が走ったレースのデータをまとめたそれには、ミスターシービー、シンボリルドルフをはじめとする三冠ウマ娘のデータではなく同じレースに出走した面々の記録が残っている。とはいえダート路線に進むことになりそうな自分には無縁な話、と適当にページをめくっていて......

 

「......!」

 

 驚きのあまり耳と尻尾をピンと立たせたまんま椅子から転げ落ち、そのままノートを握りしめたまま部屋から飛び出していった。

 

その向かう先は自分のトレーナー、件の鏑木トレーナーと仲がいい、桐生院葵のところへ。

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