9月といえば秋のレースシーズンの始まる時期ではあるが、それとは別に学園は浮かれ気分でソワソワし出す生徒が増える。主要なG1レースはないが、とっておきのビッグイベント......ファン感謝祭、もとい学園祭があるんだから当然だ。年に2回の羽目を大外しできるハレの日ともなればそれはもう大いに盛り上がる。
昔といえば学生身分ではお化け屋敷や簡単なカフェやらの模擬店舗くらいが精一杯だったが、理事長の代替わりから大きく様変わりしたようで、ライブだったり寄席だったりと学生主導のイベントごとも増えているらしい。去年がフクキタルのレースで忙しくすっぽかしてしまったもんだから私としては学園に来てから実質初参加。レッドのレースを抱えてはいるが日程には余裕があるため、息抜きにはちょうどいい。
と、思っていたんだが、トレーナーはトレーナーで学園職員としてこき使われるようで、学生よろしく一日中遊び倒すことは叶わないらしい。それも学祭の準備期間も含めて、だ。
「占い屋台......?」
「はい、占い小屋を開こうと思いまして!」
「ふーん」
フクキタルからこのような申請書を受け取った。書類としてはトレーナーがいなければ担任、いるのであればその担当トレーナーに申請書を書くらしい。
占い小屋。要は道ゆく人を占うということ。申請書曰くお金は取らないが差し入れは大歓迎、お菓子や屋台ご飯程度なら違法な金策にも引っかかることはあるまい、規約の許容範囲だろう。小屋についてはよく使われる木製フレームの組み立て式。組み立ては学園貸し出しの機材を借りる予定でもう手元にあるらしい。
「んで、助手役にはメイショウドトウさん......中等部の子なのか。親戚か何か?」
「この間駅で犬のリードにぐるぐる巻きになっているところを見かけまして、制服姿でしたし何かの縁と思って助けたのです。それ以来何かと仲良くさせてもらっているのですよ」
「犬のリードにぐるぐる巻き」
どうしたらそうなる、と思わずツッコミを入れたくなった。というかそんなに鈍臭い子がレースとは、全くもって先が思いやられる。
「んで、助手役に彼女を指名したと」
「シャカールさんやスカーレットさんに助手を頼もうかと思ったのですけど、あの様子では頼むに頼めませんよ」
「シャカールはオカルト否定派だし、スカーレットはウオッカと勝負するだろうしなぁ......」
『ああん? ンなもん興味無ェよ。占いなんてオカルトあり得ないな』
『スカーレット! どっちが全部の出店回るの速いか勝負しようぜ!』
『やってやろうじゃないの!』
断られる光景が容易に想像できる。うーん、うちのチームにお淑やかとか親切さを求めるのは酷だったか。
「ん? マックイーンやテイオー、スペはダメなのかい?」
「彼女たちは学祭は初めてでしょう?なら、存分に遊ばせてあげましょうよ。それくらいの気遣いはできます」
特にスペシャルウィークさんは
「レッドは?」
「ブレイクダンス選手権に出るからって断られちゃいましたよ」
「ブレイクダンス選手権か、見に行くとするか」
「おうサブトレ味見してくんな! フクも食えよ!」
「あいよー。んー、かなり濃いな、もう少し薄味でもいい気がするが」
「そうですか? かなり薄味ですけど」
「さてはしっかり混ざってないな?」
「がーん! やっぱいつもの鉄板と勝手が違うか、あんがとな!」
両手にコテを持って風のように去ってしまったゴールドシップ。彼女も出店するらしいな。焼きそばといえば祭りでは鉄板なだけに競合が多いだろうが、果たしてどうなることやら。
そして学園祭当日の朝。
「ゴルシ、キャベツ3箱、にんじん10箱、もやし5箱でいいな?」
「そこ置いといてくれ!」
「次は......おーい、そこのイカとにんじん焼屋台の責任者は」
「はーい!」
私は台車を押しながら、野菜を配り歩いていた。学園側に発注した野菜を屋台ごとに振り分ける大事なお仕事。前日仕込みが普通だろうが、寮生活ではなかなか難しく、朝7時頃には仕込み開始とだけあってこの忙しさだ。これ人間のトレーナーだったらしこたま大変だろうなぁ。私は往復数も少なくて済むけど、数百キロ分の野菜なんて簡単に運べるとは思えない。
「んでこの紅生姜とソースと鰹節ははたこ焼き屋台と。置いとくよ」
「おおきに! 今日は売り捌くデェ!」
凄い勢いでネギの微塵切りを披露する芦毛のウマ娘のいる屋台には紅生姜を置いてゆき、
「カノープスは手堅く焼き鳥か。ネギ2箱お待ち」
「楽しさ最優先ってことで」
「一流の焼き鳥を焼いてあげるわ!」
「じゃあ昼ごろに来ることにしようかな、期待してるよ」
ナイスネイチャとキングヘイローにいる屋台にはネギを手渡し。
「なんかひとつだけ屋台の方向性が違うねぇ。これ動かすタイプじゃん」
「屋台って全部がこうじゃないんですか?」
「世間知らずのお嬢様なんだよ。もやし2箱、キクラゲ1箱、紅生姜は4パック」
「あいよ......ふむ、スープの香りから察するに豚骨か」
「こっちの方が回転率がいいからな」
「お疲れでしょうしご馳走しますよ!」
ふんす、と胸を張っているのはシャカールと同室のファインモーション。前掛けと手ぬぐいと黒いTシャツがよく似合うが、シャカールがつけるとチャラチャラしたバイトに見える。
「アアン? 真面目にやるよ。手ェ抜いて非効率なのは気持ち悪りィからな」
「あら、バレてた?」
「顔に出てるぜ、トレーナーって熱ゥ!」
手伝いだろうシャカールに湯切りで思いっきり熱湯を引っ掛けたあたり、一人で運営してたら見てる分にも不安になろう。 不注意を問いただすお説教タイムに入ったシャカールには手を振ってその場を後にした。仲良きことは羨ましかな。
「これで配達物は全部と。あとは暇だな」
折角だし、トレーナー室で昼過ぎまで仮眠と洒落込むか。ブレイクダンス選手権は午後からだし、トレーナー室でゆっくりとしたいところだ。と蹴伸びをしていたら、誰かの気配を背中に感じた。振り向いてみれば、予想通りの人物だったわけだが。
「朝から精が出るな」
「仕事振っておいてそれ言う? ってなにそのカッコ」
「執事喫茶というやつだ。どう見えるかな、お嬢様」
「......怖気がする」
「酷い言い草だな」
眉尻を下げて笑うシンボリルドルフ。その格好はタキシードと見慣れないもので、思わず皮肉混じりに答えたくなるほどには似合っていた。そもそも凛々しい顔立ちのルドルフは女性人気が高く男装姿がよく似合うだろうとは思っていた。いつもは流している髪をしっかりと纏めてしまえば宝塚で見るような男装の麗人の出来上がりだ。
「執事喫茶ねぇ。ウチはテンでバラバラ、チームでは何もするつもりはないらしいよ」
「スピカの特徴は自由奔放。君の所属するチームらしいよ」
「問題児集団の集まりって言いたい訳?」
「ははっ、そう言い換えることも不可能ではないな」
軽く笑ってから彼女はあたりを見渡した。朝だというのに多くのウマ娘が走り回っている。中には眠そうに目を擦っているウマ娘もいるが誰も彼も。
「わくわくしてるな」
「ああ。願わくばこの時間がずっと続けばと願わずにはいられない」
「......案外、子供っぽい事を言うんだな」
「大人になり過ぎると疲れるんだ」
「だろうな」
理想を語るときは実現可能かどうかをまず考え、小難しい理論を並べて現実的かどうかを悲観し、立ちはだかる障害は突破できるかどうかを恐れて立ち向かう事をしない。
大人になってしまうと、ひどくレースに向かない。
「昔の頭がイカれたくらいにギラギラした方が好きだったよ。SDTのあのヘニャヘニャした走りっぷりはなにさ」
「今の全力を尽くしたつもりだったのだがな。しかしあれほどレースに熱中できた時期はない。皆には悪いが、あの時の君の方が強かったと思うくらいだ」
「かの皇帝様が酷い言い草だねえ。先輩方もいたってのに」
「タイム的には比較して遅かったのは認めるところだ、だがあの気迫を忘れることなど出来ない」
「ボコボコにしたくせによく言う」
「実力伯仲のレースだったと記憶している」
「褒め方が下手だねぇ。トレーナー向いてないよ」
「お互い様だろう?」
「んだとこの」
「自覚がないからタチが悪いな、ハッハッハ」
高笑いするルドルフに思わずため息が出る。いつも達観している様はあいつとそっくりだがルドルフのは可愛げがないし笑いのツボがよくわからん。
「独りよがりは君の悪い癖じゃないか。直した方がいいと思うぞ、ではな」
ルドルフは言うだけ言って私に背中を向けた。遠くからは焦ったようにかけてくるエアグルーヴの姿が見える。オイオイ、こんな話をするためだけに抜け出してきたってわけなのかい。
「よくわからんねぇ......」
さて、あと3時間もすれば開場だ。朝早かったし、トレーナー室で仮眠でも取るとするかね。