『成績通知書 競走Aクラス レッドキングダム
1/23 メイクデビュー戦 京都 芝2000m 4着
2/19 クラシック級未勝利戦 同 芝2000m 5着
5/5 同 同 芝2400m 4着
5/26 同 同 芝2200m 11着
8/11 同 小倉 ダ1700m 10着
9/23 クラシック級以上1勝クラス 阪神 芝1700m 3着
9/27 同 阪神 芝2400m 8着
中央成績 7戦0勝
成績不振によりレッドキングダムを競走クラスから除籍。
岩手ウマ娘盛岡トレーニングセンター学園に転校とする。
トレセン学園 理事長 秋川やよい
担当トレーナー 鏑木
生徒会長 シンボリルドルフ』
「残念至極この上ない。君が育てたウマ娘が卒業を待たずこのような形で学園を去ることになってしまうとは」
「こんな書類にも目を通しているとは思わなかった、随分と仕事熱心なんだな」
「半ば義務感のようなものだ」
華やかな女子校らしい香りとウマ娘らしい汗臭さと芝と土の香りが同居する学園ではほとんど縁のないであろう、生徒会室独特の革とインクの香り。華美な装飾とは無縁なこの部屋で私はシンボリルドルフと2人きりで向き合っていた。珍しく眼鏡なんてかけながら、彼女はペンを動かしている。
「全てのウマ娘が幸福になる世界を。それを掲げて私は生徒会長となった。だからこそ道行半ばで学園を去るウマ娘の背中を見届けることは義務であると思っている」
「無駄に背負いすぎだよ。9割勝てない残酷な世界なのに」
「だとしても、だ。物事には光と影がある。私は、光として歩み続けているが為に影を知らなすぎた。1人が勝者となれば、そのほか全員が敗者となる。
「他の
「夢想は掲げなければ叶わぬ願いと散る。夢を抱く事を正しいと示すために、私は無敗の三冠バになった」
「たまには好き勝手走ればいいのに。野良レースは意外と楽しいもんだよ?」
「私はそれを楽しむ立場にいないよ」
彼女は寂しげに笑った。立場と理想で雁字搦めになった自分を受け入れる様はある種の修行僧に近い。自分のことを後進に道を示す生贄と勘違いしているらしい。つまんないな。
「私は栄光を掴んだ光側の存在であり、闇には触れてこなかった。それを正す為でもある。影に消えていったものにも道は続くのだから。全てのウマ娘の幸福を願うなら、彼女たちが歩む道を知らなければならない」
「......レースに絶対はないが、シンボリルドルフには絶対がある」
悲しげに俯いて悲観的にモノを語る生徒会長に対して、私は机を叩いて顔を上げさせ口角を釣り上げて見せつけた。
「この言葉は知ってるよな? 耳にタコが出来るほど聞いた言葉、覚えてないはずがない。
だから証明してやったのさ。レースに絶対はない、ってな。
証明する。ウマ娘にも絶対はない事を。
私と、彼女で」
「期待しよう」
彼女は短く笑うと、ペンを置いた。
「私のレースに絶対がない事を証明した、君がそう言うのだから」
◇◇◇
「転籍ですか」
「ああ。そういうことだ」
ちょうどスピカのチーム室に全員が揃っていた。
だから、呼びつける必要もなかった。
説明もウマ娘であるならば知っていることだ。
覚悟は出来ていたかどうかは、本人が1番知っている。
「レッドは今日の練習には来なくていい。フジキセキ寮長には話は通してあるから荷物をまとめてくれ。ゴルシ、手伝ってやれるか」
「おう」
「レッド。明後日から岩手だ。新幹線のチケットはもう取ってあるから確認しといてくれ。盛岡駅まで行ったらあちらさんが案内してくれる。荷物は後で送られてくるから心配しなくていい。2、3日分の着替えと日用品だけ持てるようにしてくれ」
「......っす」
「え、え、どういうことですか......?」
唯一転校して半年ばかりのスペシャルウィークが情報を飲み込めないらしく、オロオロとあたりを見渡していた。それを見かねたシャカールが気を利かせていつものぶっきらぼうな口調で告げる。
「レッドはもう
「も、もう少し、もう少し頑張ってみましょうよサブトレーナーさん! もしかしたら、もう少しで勝てるかも」
「......それは無理っすよ、スペ先輩」
「そういう決まりなんです。こればかりは......」
「なんとかならないんですか、トレーナーさぁん!」
「なんともならない」
縋りつこうとしたスペを、トレーナーが突き放す。
「お前がここにいるのも、枠が一つ空いたからだ。スペシャルウィーク」
「えっ......?」
「なんでスズカと相部屋になれたと思う? 競争が激しいこのトレセン学園で」
「そ、それはたまたまスズカさんの部屋が1人部屋で」
「それはありえない。編入組のスペはあまりわからないだろうが、トレセン学園は試験で入ろうとすれば倍率は10を超える。
欠員があるなんて、入学の時はありえないんだ」
「じゃ、じゃあ、私は......」
「誰かが去って、枠が一つ空いた」
レースの残酷さを能天気で朗らかなスペには本来ならば伝える気はなかったんだろう。トレーナーも苦しそうな顔をしていた。だからこそ悪役は、私でないとね。
トレーナーの前に一歩出て、スペの正面に立つ。
「この学校のモットーは言えるね、スズカ?」
「......唯一抜きん出て並ぶもの無し」
「そう。この学園で求められるのは『レースに勝つこと』だ。君のように日本一を目指すにも、最速を目指すにも、夢を叶えるにも、何よりも。勝たなければ、意味はない」
「勝たなければ......」
「別に入着することが悪いわけじゃない。負けることが悪とは言わない。だけど、舞台に立つためには、まず勝たないとダメなんだ。ライバルと競い合うにも勝たなければレースに出る資格さえ与えられない場所。レッドは勝てなかった。それだけの話なんだ」
「じゃあ、じゃあ勝つまで、勝つまで走ればいいじゃないですか! 諦めなければ夢は叶うって」
「残念だが、現実はそうはいかない。その言葉の正しい意味は『諦めたやつに夢は叶えられない』だ。
諦めなければ夢は叶う、確かにその通り。私は諦めなかったからトレーナーになれたし、フクキタルも諦めなかったからG1に勝てた。
だけど、私は諦めなくても
だけど、それが報われるかどうかは、わからない」
「報われるかどうか......」
「日本一のウマ娘という夢、諦めるなよ」
今まで感じたことのない感情が湧いたのだろう、怒りと悲しみがないまぜになったような顔を一瞬見せて、どうしたらいいのか分からないのか彼女は私のことをポカポカと叩き出しだ。
「おかしいじゃ、ないですか。人一倍早く練習に来て、人一倍遅く練習を切り上げて、私よりたくさん努力して、いっぱいレースに出てたレッドさんが、どうして報われないんですか」
「......運命ってのは残酷だからだよ」
私だって同じだ。三冠バ2人に挟まれ、クラシックもシニアも泣かず飛ばずで勝ったレースもケチが付いた。あの2人さえいなければもっと私は勝てたかもしれない。ダービーウマ娘だって夢じゃなかった。
......私だって三冠は取りたかった。それがG1勝利になって、そして勝つことになっていった。大きな夢を諦めていって、それでも食らいついたから結果を残すことができた。わたしは運がいい方だ。なんせ最後の最後に夢が叶ったから。だけどレッドは多分そうではないだろう。わたしがねじ伏せてきたような名前も覚えていないウマ娘のように、学園から去っていくのだろう。
「スペさん、いいんすよ」
「レッドさん......」
「実力不足なのはわかってたっす。デビューも遅かったですし、スペさんには遠く及ばないのはわかってたっす」
「そんなことありません! レッドちゃんは速くて、凄くて、えっと」
「速かったら、一緒にダービーを走ってますよ」
「っ......」
「だから、いいんすよ」
優しく肩に手を置いたレッドに気持ちが切れたか、レッドの胸でスペは泣いた。
「今日は練習は休みでいいですか、トレーナー」
「......これじゃ身も入らんだろう。今日は自主練にする。やったメニューはしっかり報告しとけよ」
気を遣ってか、トレーナーはそう言ってその場を後にした。
だけど、私は最後にひとつやるべきことがある。
私はレッドに向き合った。泣いているスペを抱き抱える彼女の赤い瞳が真っ直ぐにこちらを捉えていた。
「......悔しいか?」
「......はい」
「自分が弱いと思う?」
「......はい」
「情けないと思う?」
「はい」
「才能がないと思う?」
「はい」
「それでも。それでも、勝ちたい?」
「はい!」
この子は、まだ折れていない。ならば道を示そう。
「その前向きさと諦めの悪さは他にはない才能だね。貴方をこのチームに入れられてよかった。
......1年以内に2勝すれば、中央に戻る権利が与えられる」
「!」
ぴん。と驚くように耳が立った。
諦めなければ夢は叶うというが、それは誰でもじゃない。
でも諦めた誰かは、諦めないことの大切さを知っている。だから、夢への道を敷く。
諦めなければ夢が叶うと信じている。この制度はそんな誰かの願いだ。
「戻っても戻らなくてもいい。統計的には、この制度で戻ってきたウマ娘はほぼ勝てずに地方に戻ってしまう。
けど、この部屋のロッカーは空けておく」
何か言いたいのかわかったのだろう。彼女は泣いていた。
「待ってるからね」
「......はい!」
この日、レッドキングダムはトレセン学園を退学した。
......けど、少しの別れさ。寂しくは無かった。