第50話 秋空は曇り空
「そろそろスズカの毎日王冠か」
秋も深まる9月末。トレセン学園周りの樹木も紅く色付いてきた頃行われるレースといえば、スペの菊花賞と共にスズカが出走するG1『天皇賞秋』。その選考レースがG2毎日王冠だ。
この季節といえば、菊花賞に出るか天皇賞秋にでるか悩ましいクラシック級の岐路でもある。三冠に見切りをつけ自分の適正にあった道を選ぶか、適正外だろうと三冠の夢と名誉を追い求めるか。
スペの方は長距離適性もバッチリ、2冠を目指してとのことで三冠路線へ進むとのことだ。
スズカの方は天皇賞秋、のちJCへ。スペの方は菊花賞の後はJC、投票の結果次第で有馬記念を目指すようだ。絶賛休養中のフクキタルも有馬には出るつもりだが、人気投票で選ばれる確率は低いだろうて。今年は黄金世代をシニア世代が迎え撃つ形になるだろうし、最近調子の悪いフクキタルより成績を残してる面々が選ばれるはずだ。ステイゴールドとか。
「スペシャルウィークさん、調整お手伝いしますよ。長丁場のレースは今のタイムを自分の中でしっかり刻むことが勝つ秘訣です。私もレース感を取り戻さないといけないですし」
「はい!」
「だったらゴルシも連れてけ」
「やだよ。今ベーゴマ磨きで忙しいんだ」
「行け」
「今日のラッキーカラーは白なので一緒に行きましょうゴールドシップさん」
「引き摺るなよぉ〜。サブトレに似てきたなお前〜」
とはいえ本人も後ろ向きってわけでもなさそうだ。併せウマを買って出るくらいには調子も戻ってきてる。2500m以上のレースは少ないし、私も出走を打診されたら断るつもりはない。
2人きりになったことを確認したところで、私は姿勢を崩して背を伸ばした。
「でもスペJC行くんですかぁ沖野さん? 流石に出走スパンが短すぎです、クラシック級じゃ身体壊しちゃいますよ」
「あいつの頑丈さと回復能力は並以上だ。それに、『日本一のウマ娘』ともなれば、JCは外せない。それに、順調にいけばスズカとのレース初対決になる。楽しみだ」
「日本総大将、ですか」
「ああ。世界相手に戦う、まさに日本一のウマ娘だろう?」
「私の時はなーーーーんにも言われませんでしたけどね」
「あれはなぁ」
普段は大歓声で盛り上がるG1の観客席がしんと静まり返ったのは初めてだった。私が手を振ってやっとこさ誰かが喜んでくれたが、あんな事しなかったらずっと静かなままだったかもわからん。一面もルドルフの新聞少なく無かったし。あー嫌になりそうなこと思い出して気分がムカムカする。
「シャカールの仕上がり具合は順調そのもの。あとは本格化を待つばかり、もどかしいですね」
「ウオッカとスカーレットもそうだろうな。最近は成長も打ち止め、1番の耐えどきだ」
本格化。ウマ娘としてのある種の才能開花であり、デビュー目安でもある。
スペは本格化したのを拾ってきたしスズカ、フクキタルは他所のデビュー。実質、トレーナーとして向き合うのはこれが初めてになる。ゴルシ? あれはもう知らん。
「でもシャカール、最近はデータを分析するのに忙しいってトレーナー室やらタキオンの研究室やらに入り浸ってるんですよ。練習に声をかければ来ますが、あんまり乗り気ではなさそうですね」
「じゃあほっとけ。アイツは自分でしっかり練習して、しっかりレースを学べるタイプだ。好きにやらせて、出走レースだけ決めてやればいいさ」
「相変わらず放任主義ですねぇ」
「トレーナーの仕事はレースの時の名義貸しとレース日程を組むことだけ。あとはウマ娘達をよく見てその不足を補う。簡単だろ?」
「そこまでの観察眼とセンスがないから苦労してるんですよ」
見て触るだけで脚質言い当てられる変態に勝てるかっての。
「スズカの仕上がり具合は?」
「今が本格化ってくらいだ。測るたびにタイムが伸びてる。恐ろしいウマ娘だよ」
「心底同期にいなくてよかったって思います」
嬉しそうに笑うトレーナー。ただ、急激な成長には少しばかりの不安がつきまとう。
「......食事量は?」
「伸びてないんだ。体重も横ばい気味」
「うーむ、少食は変わらずですか」
「スペくらい食って欲しいんだがな」
「ステイヤーかってくらい細いですからね彼女。マイラーならもうちっと太って欲しいんですけど」
「増やしすぎてもパワーが追いつかないしな。これからのために体重は増やすように言うが、秋戦線はこのまま走る」
ウマ娘の体格というのはアテにならないが、体重と見た目はアテにしていい。ここ最近の不安材料はスズカの食事量が標準少し下をこのところずっとキープしているところだ。
マックイーンのように太りやすいから節制しないといけないならともかくスズカの太りやすさはおハナさんのデータによれば標準少し下、なおさらもう少し食べて欲しいところなのだ。
「......怪我が怖いですねぇ」
「ポッキリ折れちまいそうだよ。アレだけの才能、練習中にでも怪我させたら俺の首が飛ぶ」
「やめてくださいよそんな不安なこと言うの!」
「冗談だよ。しっかり休むように指示すれば大丈夫だ。軽いと言っても体重は許容範囲ではあるし、春までにゆっくりと増やせばいい」
トレーナーが笑い飛ばしている中、窓の外ではスズカが相変わらず先頭を追い抜かすようにハイペースなランニングをしていた。アレほどの先頭ジャンキーっぷりはオーバーワークを誘発しかねない。スペたちとのランニングでその欲を消費しているようだが、校内を黙々と1人でランニングしてる時に追い越そうとしてくるのは恐怖すら感じる。
トレーナーがいうには先頭というか誰もいない景色を見るのが好きなんだそうだが、もう本能レベルまで染み付いてるらしい。
「にしてもスズカの走りたがりは異常ですよね。矯正はできませんし、なんだかんだ問題児ですよねぇ」
「本当なら秋天には直行する予定だったんだが、レースに出せとせがまれちまってなぁ......」
「無言でしばらくずっと後ろをついて回ってたアレですか」
「甘え方が下手なんだよなぁ。そこも可愛らしいといえばそうなんだが」
「手ェ出したら出るとこ出ますからね」
「俺の好みはもうちょっとオトナな女だよ」
「どこ見て言ってるんですか蹴っ飛ばしますよ。顔じゃなくて股座でどうでしょう」
「死ぬわ! 男として!」
トレーナーを少しからかったところで、私はスポドリの入った箱を持ち上げる。
「んじゃ、スペたちの様子見てきますわ。アドバイスは?」
「任せる」
「らじゃ」
◇◇◇
「毎日王冠の出走者が決まったか」
「どうしたんですか?」
「ああスズカ。次のレースの相手が決まったぞ、見てけ見てけ」
「はい」
ちょいちょいと靴紐を結んでいたスズカを呼び止め、パソコンの画面を一緒に見るようなジェスチャーを送る。素直に指示に従ってくれたようで、画面を覗き込んだ。
「エルコンドルパサーにグラスワンダーと来た。リギルも本気でスズカとやりに来たようだな」
「人数が少ないですね。私も入れて8人だけ」
「負けるとわかってて出るやつはそう多くない。逆にいえばこのレースに勝ちにきてる8人しかいないんだ、厳しくなるぞ」
「......?」
「......うーん、この」
私が勝つから別に、と言いたいようなまるで興味ありませんという顔。この子に闘争心や根性を求めるのはお門違いなのだろうか。競り合えそうな面子は見つからないし、タイキシャトルも海外遠征帰り前後は短距離路線、フクキタルも適性は2400前後な上怪我持ちでダメ、2000mで強いシニア世代も多くない上パッとしない。宝塚で格付けも済んでしまったし、スズカに挑戦権があるのは下の世代になる。
「エルコンドルパサー、スペちゃんとよく一緒にいる子。スペちゃんと同じくらい早い......」
「ダービーは同着だしな。中距離戦ならどっちが勝ってもおかしくないだろうて」
「......ふふ」
「なに?」
「楽しみです」
思わず目を見開いた。ああまで他人に興味がないと言わんばかりのスズカが、ほかのウマ娘の名前を意識してるのである。
「スズカどこか悪いんじゃないか? 頭が痛むとか足が痒いとか関節が硬いとか、何か不調はないよな?」
「な、何でしょう......?」
「バカタレ」
「あだっ!?」
スパコーンとトレーナーさんに頭を叩かれたがこう思ってしまうのも無理はない、ハズ......
「ともかく、怪我のないように。何か違和感があったらレース直前だろうと私かトレーナーに言うんだぞ」
「......はい」