「着替えとタオルはこれでヨシ、と」
「すまんなぁ。流石に下着とかは俺は触るわけには行かないからな」
「トレーナーとは言えども男性ですからね。こればかりは仕方ないですよっと」
借りてきたミニバスの荷物入れに詰め込んだ着替えやらタオルやらを放り込み、額の汗を拭って一息つく。日帰りで荷物が少ないといえど、数が多いとやはり疲れるもの。最近は忙しくて自主トレもサボってるし、体力のなさを実感するよ。
しかしこの時期に旅館で慰労会とは、トレーナーはやっぱり息の抜き所をわかっている。行きは走らせる事でついでにランニングもできてトレーニングにもなって一石二鳥、距離はあるけど途中で軽いランニング程度のペースで走れば間に合うこともわかるいい設定距離だ。
「今は緊張を切らさない方がいいと思うんですけどいいんですか? この時期に遊んでるのはウチくらいなもんですよ」
「天皇賞秋に菊花賞、JC有馬。今年は中長距離G1に出ずっぱりだ。サポートやら応援やらでフラストレーションが溜まってるだろうし、ここで息抜きしとかねえどっかで爆発しかねる」
「なるほど......そういえば
「こんなにメンバーが増えると思ってなかったから新しく取ったんだよ。ったく、嬉しいやら悲しいやら」
所属ウマ娘は9人、トレーナー2人の11人。その中で現役かつG1勝利を飾ったウマ娘が4人、そう考えれば1年前の春は人数不足で廃部寸前だったチームがなんと強くなったことだろうか。成績を見ても一流、強豪チームと言っても過言ではないうえ、しかもそのうち1つは私の功績。少し鼻が高いが、トレーナーの手腕を見ているとまだまだだと実感したくもなる。
準備も終わったし後は授業終わりのチームメンバーを待つばかりというところで、トレーナーがこんな事を言った。
「本当に来なくていいのか?」
「? ああ、温泉旅館だと帽子の被りっぱなしは流石に不審に思われちゃいますからね。秘密のためには行けません。でも羨ましいので同期と別の温泉に行きますよ」
「同期というと、あの桐生院家の御令嬢か。同期とはしっかり情報交換しとけよ、ツテはあると便利だからな」
「おハナさんのこと有効活用してますからね。たまに酒代たかってることも知ってますよ」
私がたまに建て替えてるんですからねと付け加えると、トレーナーさんはあははと誤魔化すように笑った。全く昔から世話のかかる人だが、何も変わっていない。どこか抜けてたり、自分のお金を惜しむ事なくチームにつぎ込んで見るたびに金欠だったり。G1勝利や入着するたびに機材や靴も良くなるのは、トレーナーの財布からって事だろうね。言ってないけど。
「んで、慰労ついでにスズカの
「......俺の口から言うつもりだったが、なんでも本人から伝えたいらしい。だったら俺はスズカの意思を尊重するさ」
「しかしアメリカから声がかかるとは。スズカの走りが認められたってことですかねぇ?」
「スズカの親御さんがアメリカのレース関係者に縁があって、レースを見せたら是非来てくれと言われたんだらしくてな。正直国内じゃ敵なしだと思っているし、もっと大きい場所で走らせるべきだろうと思ったんだ。本人とも相談して了承はとったしな」
「スズカならひとりで大丈夫でしょうしね」
「ほっといても走るだろうけど、トレセン学園でも初めての試みになる。そこで、お前に頼みたいことがあるんだ。海外に行くつもりはないか?」
「行きませんが?」
「だよなぁ......」
深々とため息をつくトレーナー。そのあんまりにも落胆したような様子に疑問を持った私は質問をした。
「なんで私なんです?」
「お前の方が話しやすいから」
「雑ですねぇ」
「担当でもないウマ娘と海外に行ってとやかく言わずにレース日程だけ組んでこい、ついでに相手方の交渉もよろしくなんて赤の他人に言えるか?」
「それこそおハナさんに投げればいいじゃないですか。スズカは元リギルですし、なにかと融通効きますよ?」
「これ以上おハナさんに貸しを作りたくないんだよ〜。エルコンドルパサーの欧州遠征もあるから乗ってくるだろうけどさぁ〜」
「ダメな大人ですねぇ」
「お前時々キツい物言いするよな」
「正直に胸の内を話しているだけなのですが?」
「自覚は無しか......」
がっくり項垂れるトレーナーを見て首を傾げずにはいられなかった。正直に話すことはトレーナーとして資格の一つだと思うんだけど、何か隠し事するよりは100倍いいでしょうに。
「それに、お前とスズカは相性がいいだろうと思ってな。お互いレースの走り方は違ったが考え方はよく似てるからいいコンビになれるはずだ。スズカに惚れ込んでなきゃ、お前に任せるつもりでいたくらいには合うと思ってるんだよ」
「買い被りすぎです。まだまだ2年目のペーペーですよ? 才能を潰すだけでしたよ。トレーナーの力あってこその快進撃です」
「そうでもないさ」
海外遠征のこと、もし気が変わったら教えてくれよとだけ最後に言ってトレーナーは荷物を取りに行ってしまった。
凱旋門や香港、ドバイ、アメリカ。数々の入着実績はあれども未だに海外の地で日本出身のウマ娘が1着になった試しはない。あの『皇帝』シンボリルドルフでさえアメリカ遠征では散々かつ怪我までして帰ってきたというのだから、その壁の高さが窺える。だが、もしその先駆けになることができたらと思うと興奮する自分を抑えきれない。
スズカとのコンビなら、慣れさえすればアメリカのG1のひとつやふたつ取れる自信がある。なにせスズカはまだ伸びしろを残している。例え海外の強豪とのレースだろうとフィールドが合わないであろうとも、彼女は先頭を走り続けるだろう。
それだけに、この提案は魅力的だ。栄光が約束されているようなものな上に、初めてという免罪符がある。この遠征が成功か失敗かにかかわらずその後の人生は順風満帆に違いない。
でも、それは不義理が過ぎる。
1番を取らせることを約束したダイワスカーレット。
夢に真っ直ぐな姿勢に惚れ込んでスカウトしたエアシャカール。
偶然か奇跡かはともかく私を信じて、応えてくれたマチカネフクキタル。
......彼女たちは私をトレーナーとして認めてくれた。
なら、精一杯応えるのが筋ってものだろうて。
何より、仕事を放り出すのは私の性に合わない。
「さて、今日がオフ日なのは知ってるし連絡しとくか。今日温泉にでも行きませんか、っと」
「なんでミークがいるの?」
「断れなくて......」
「おんせん」
「しょうがないなぁ。余裕あるしいいよ」
スピカの面々が元気に旅立っていったのを見送ったのち、学園正門近くに集合と言って時間に集まれば何故か白毛のウマ娘が桐生院の隣にいた。ついてきてしまったものは仕方ない。1人くらいだったら回避し切れるだろうと腹を括って、それはそれとしてだ、
「ちょいちょい桐生院ちゃん」
「なんでしょう?」
「なんでミークがいるわけ?」
小声で本人には聞こえないように話すと、桐生院は諦めたようなため息を漏らしてから、話し出した。
「話せば長くなります。とりあえず、温泉に行けば全部わかりますよ」
「?」
いつもハキハキとした彼女には珍しいどもった物言い、何か裏があるな。ミークの様子といえば......植木の花を見ていていつものごとく掴みどころがないというかなんというか。聞き出す機会はまたご飯でも食べている時にだな。
「んじゃあ車用意してるから乗った乗った、すぐ着くよ」
「ありがとうございます」
行くのは今日うちのスピカが行ってるような予約必須のそこそこ豪華な温泉宿ではなくスーパー銭湯。一応天然温泉で、軽くでもガッツリ(人間基準)でもご飯が食べられるというなかなか穴場なスポットだ。
「温泉なんて久しぶりですね。特に家族以外で行くのは」
「そうなの?」
「学生時代は勉強ばかりで、鏑木さんとは変なことしてばかりでしたから」
「変なこととは失礼な。カラオケで童謡しか歌ってなかった時ドン引きしたから色々教えたんだよ」
「あの頃は歌なんて知らなかったんですよう!」
「今はウマ娘の楽曲以外の持ち歌は増えた?」
「最近は......最近は、ひ、光G◯NJIとか!」
「最新のアイドルソングを聴きなさいよ!」
「......えーけーびー?」
「それも若干古いかなぁ。欅とか乃木とか、色々ない?」
「知らない名前ですね......勉強しないと」
相変わらず優等生ぶりは変わらずだが、こう言い回しが俗っぽいあたりだいぶ染まってきた様にも見える。ただチョイスが古いのは何故だろうか、マルゼンスキーあたりの入れ知恵か?
「この角を曲がれば直ぐだね。駐車場に車を停めとくから、2人は先に降りちゃいな」
「わかりました。行きますよミーク」
「ん」
ハッピーミークがちょこちょことトレーナーについてく様子は小ガモに似ていた。とはいえ、慕われてる証拠でもある。と、なぜか踵を返してミークがこちらに駆け寄ってきた。
「お、どうした。忘れ物か?」
「ん」
助手席のドアを開けたミーク。おかしいな、そこには私の荷物しか無いはずだが......?
「ん」
「あ、ちょ、帽子はダメだって!」
「ん!」
「んぎぎぎぎ力強いな!」
急に帽子のツバを引っ掴んで引っぺがそうとするミーク。反射的に帽子を抑えるのに成功したが私はパワータイプじゃないんだぞう!
「桐生院ちょっとミーク引っぺがして! 君のでしょ!」
「えっと......その、ごめんなさい!」
「は?」
彼女は一言謝ると、私に加勢するどころか反対側の扉を開けて私を羽交締めにした。
「ちょ、やめ、やめろ、やめろーっ!?」
「んーーーーー!」
◇◇◇
「......実は先日、現役時代のあなたを見つけられまして。やっぱり無理があったんですよあんな簡単な変装で」
「今までバレてないが?」
「多分バレてると思いますよ......」
風呂から上がってしばらく、食事どころでそれぞれの頼んだ料理を待っているところ。唯一特筆すべきところがあるとすれば、ハッピーミークに私の帽子を取られてしまったところだろうか、頭がスースーして落ち着かない。
すると彼女が一冊のノートを取り出し、ページをめくってからこちらに見せてきた。スクラップのように写真が貼られ、数字が羅列されたノート。
「この文字はシャカールか。しっかり写り込んじゃってまぁ」
「そっくり。すぐわかった」
写真はミスターシービーのダービーのゴール時の写真だ。中央でガッツポーズするシービー。その影で粘り損ねた私が悔しそうに走っている姿が小さく映り込んでいた。
「良く見つけたもんでまぁ......」
「それで、これからどうするんですか?」
帽子を直そうとした指が空を切ったところで、帽子をかぶっていないことを思い出す。癖になるほど被っていた帽子だったが、案外最後はあっけない。
気を取り直して、まずは本人に聞いてみたいことがある。
「ハッピーミーク、なんで私の正体を調べようと思ったわけ?」
「こうきしん?」
「そっかー」
なんも考えてないのかよちくせう。予想外なところからなんでもない秘密ってバレるもんだとはよく言われるが、身をもって知る事になろうとはね。
「でも、タキオンさんとシャカールさんは知りたがってた」
「詳しく」
「つかえるものは、なんでもつかう? って」
「タキオンは実験材料、シャカールは......三冠の目撃者としてか」
「あの世代はもう学校に在籍していませんからね」
「まだ走ってるのはルドルフだけ、私も籍だけは置いてるけど他はみんないなくなっちゃったよ」
「せき?」
「実は私まだ生徒なんだ。休学中」
「の割にはトレーナーなんてやってますけどね」
「一言多い」
「思ったことを正直にいったまでですよ」
「コイツ......」
するとミークがひとつ、首を傾げた。
「なんで、はしらないの?」
ウマ娘は100%が走りたがりだ。だが、走りに対する理由は千差万別。レースが好き、ライブが好き、ライバルと走るのが好き、タイムと勝負するのが好き。色々ある。
「私は勝つのが好きなんだ」
誰にも追い抜かれることなくゴール番を駆け抜けて、掲示板の1番上に自分の数字が光っていることが好きだった。そして、その喜びを誰かと分かち合う事が。
「だから、勝てないレースはしない主義なんでね」
負け続けるのはひどく辛い。だから私は勝負の舞台を降りた。
「まぁ......金輪際、ターフを走る予定はないかなぁ」
舞台を降りた負け犬には、二度目のチャンスは存在しない。
最近1期7話をマラソンしています。
つらい。