諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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というわけでどうぞ。

菊花賞は手堅く200円勝ちました。複勝に甘えていけ。


第53話 ある日の出来事

 

 

 

 

『聞いてくださいっすトレーナーさん岩手県は蕎麦よりうどんの方が美味いっすよ!』

「そうかそうか。んで、地方のレースはどうだったよ」

『いつもより人が多くて楽しかったですよ!』

「そりゃよかった。で、何着だっけ」

『2着っすよ2着今までの最高順位です! 次は必ず勝って見せますよ、見ててくださいねトレーナーっ!』

「あはははは......風邪ひかないように」

『わかっていますとも!』

「その声はレッドさんですか?」

「ん? ああ、元気だってさ。たまに電話してるんだ。レッド、スペが来てるよ」

『なんと!』

 

 声に反応して振り返れば、ランニングを終えて来たのであろう汗ばんだスペシャルウィークがこちらを見ていた。せっかくなのでとスピーカーモードのままレッドに声をかけ、スペにも話すように促すと彼女は意外そうな顔をした。

 

「......サブトレーナーさんってもっと薄情だと思ってました」

「急にぐさっと来る言葉を。経緯はともあれ、私がスカウトしたんだもの。引退するまでは面倒見るつもりでいるよ」

『こう見えて情には厚いですからね。そうそうこっちに来てから佐々木部さんにイロイロと聞きましたよトレーナーさん!』

「あの人も口が軽い......」

「おつかれさまです」

「おや、スズカも一緒か」

「はい、一緒に軽くランニングをしていました」

『スズカ先輩もいるようですね! 聞きましたよ春の破竹の勢いでの連勝に毎日王冠の激戦! 凄いです!』

「ありがとう」

『秋の天皇賞はテレビから応援させてもらいます、頑張ってくださいね! スペ先輩も菊花賞、頑張ってください!』

「ええ」

「うん!」

『ではトレーナーさんが呼んでいますので、これで!』

 

 そう言ってレッドは電話を切った。から元気かもしれないが、いつも通りの明るいムードメーカーは変わらないようだ。

 

「元気そうでよかったですね!」

「最近はトレーニングの時間が減って雪かきの時間が増えたってボヤいてたけどね」

「北海道はもう冬ですね。おかあちゃん元気かな」

「手紙は書いてるんだろう?」

「はい!」

「夜遅くまで悩んでいることもあって。かわいいんですよ」

「ちょ、スズカさん!?」

 

 スペの微笑ましい一面も見られたところで、水分補給する2人に座るように促した。

 

「お二人さん、ちょいと脚を触らせてもらってもいいかな?」

「トレーナーさんみたいなこと言わないでください!」

「......私のはストレッチとか怪我を見る奴だよ」

「だったらいいですけど」

「ええ」

「んじゃ座って。靴下はそのままでいいけど靴は脱いでね」

 

 スペシャルウィークの脚をモミモミと。うーむ、柔らかさと硬さのバランスを見るにやはり2400m前後が適正か。反応を見る限り前回のレースの疲労はしっかりと抜けてるし、菊花賞はほぼ万全の態勢で臨めるかな。

 

「やっぱり若い子の脚は美しいねぇ......」

「トレーナーさんみたいなこと言わないでくださいよう!?」

「ごめんごめん。でも不思議だよねー」

「不思議?」

「常々思ってるんだけどさ。人間とウマ娘の脚の太さってそう変わらないのよ。体格や体重も似たり寄ったりで、走る速度だけが段違い」

 

 ウマ娘の身体の基本構造は、人間のソレと大きく変わらない。ウマ娘についての研究が進まなかった理由の一つでもあるが、多くの人間医学はウマ娘に転用できる。その観点から見れば、フクキタルの脚はほぼ万全に近い診断結果が出ている。その筈なのに、あの日の末脚には遠く及ばないタイムしか刻めない。

 

「羨ましいね、全く」

「......トレーナーさん?」

「ああごめん考え事してた。痛むとか違和感あるところはないね?」

「元気バッチリです!」

「それは良かった。んじゃ次はスズカ、脚見せて」

「わかりました」

 

 スズカの脚はスペと比べて少しだけ細い。その分締まっているとも言えるが、マイラー気質なウマ娘と比較すると少し細すぎでもある。あの速度とスタミナを両立するにはこれがベストなのかもしれないが、トレーナーとしては不安材料だ。だが、今更太くしろと言われてもどうにでもなるものでもあるまい。

 足首の力を抜くように言って、いろいろな角度にゆっくりと動かしてみる。あの走り方は脚にダメージが大きそうだししっかり調べとかないと。

 

「痛みや違和感は? 走った後に最近何か変わったことは?」

「全く」

「じゃあ左脚も見るよ。なんかあったら言うように」

 

 同じような作業と質問をすれば返ってくる答えも同じく違和感なし。怪我の予兆もなく健康体と見ていいだろう。

 

「よし。ただ、これから冷えることが増えるから準備体操と身体のあっためはしっかりやるように。いきなり全力疾走はもってのほか、ランニングも軽めに。いいね?」

「もっと走りたいですよトレーナーさん!」

「ダーメ。スペはJCがあるし、有もあるかもしれないんだから秋レース期間は無茶をしないで大人しくすること。スズカもだからね、JCはダービー以来の2400m。走りたい気分はわかるけどもまずは目先のレースから、いいね」

「そんなぁ」

「........................わかりました」

 

 2人に釘を刺すがこんな正論効果があるとは思っていない。2人のやる気を上げつつしっかりと走りを抑制できる一言はこっちだ。

 

「JC、全力で戦いたいでしょう? だったら、怪我なんてしてらんないよね」

「ですねっ!」

「ええ!」

 

 完璧。我ながらこの天然コンビの操縦法もわかってきたな。

 

「ところでスズカ、秋天の出走メンバーが決まったけど......対策案聞く?」

「いりません」

「デスヨネー。とはいえ、登録ギリギリで何名かが登録してるのが気になるんだ。そこだけでも聞いといてくれないかな、トレーナーさんに頼まれてるんだよ」

「......トレーナーさんが言うなら」

 

 実際は言ってない。けど、バレなきゃセーフ。耳が出てるならともかくこの状態の時についたウソはバレた試しがないんでね。可愛げなポニーちゃんをだまくらかすのはお茶の子さいさいってわけよ。

 

「要注意としてはシニア3年目のオフサイドトラップや中距離重賞で結果を出してるローゼンカバリー。それと毎日王冠にも出走してたサンライズフラッグも侮れないしメジロブライト、ステイゴールドは言わずもがな。

だが、それ以上に追加メンバーが怪しいんだな。

リギルからエルコンドルパサーとヒシアマゾン、カノープスからはメジロライアン、いずれもG1勝利経験者になる。

 特に2000mという距離。毎日王冠はスズカの舞台だったかもしれんがエルコンドルパサーの適性はおそらくこっちの方が高い。ヒシアマゾンの追い込みも短距離マイル中距離問わずによくキレるから決して侮らないことって聞いてない!」

「?」

「? じゃなくて。なに考えてるのさもー」

「逃げる人がいないからいいかな、と」

 

 髪の毛をいじってたので問いただしてみれば案の定だ。しかし細かい作戦を弄すれば自滅するタイプでもあるし、ある意味無駄な情報を入れて混乱させるよりなにも聞かせない方がいいのかもしれない。

 

 というか大逃げするにも息を入れるタイミングとか追い付かせるようなペースの落とし方とかそこら辺は展開と出走メンツで変わるんだし夜なべして一人で作戦案を練っていた私の学生時代をナメくさっているのかこの天才スットコドッコイと言いたくなるが、

 

私は、大人なので、何も言わない。

 

「心の声全部漏れてますよトレーナーさん」

「私は、大人なので、何も、言ってない。いいね?」

「え、でも」

「い、い、ね?」

「あ、はい。ごめんなさい」

「なればよし」

 

 

 

 

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