アニメウマ娘√を語る上では欠かせないレースが来てしまいました。
閲覧注意......かなぁ?
11月1日、天皇賞(秋)。
中距離G1の最高峰のひとつであり、勝者にはトロフィーではなく名誉ある盾が授与される。ダービーを至高と考える者もいれば、メジロ家のような天皇賞の勝利を目標とする名家もあるようにこのレースを目標に頑張るウマ娘も少なくはない。
「凄まじい人ですねぇ」
「ああ。なんせ今回のレースはドリームトロフィー入り待ったなしのウマ娘が4人も出てる。何より、サイレンススズカ......10年、いや30年に一度の大逃げで安定して勝てるウマ娘だ。これを生で見られるなんて幸運だからな」
「そうなんですか? てっきりスズカさんみたいなことをする人は毎年いると思ってたんですけど」
「あんなん毎年やられたら胃に穴が開くわ。対策できん」
大逃げはついてくだけアホらしく、無視すれば2回に1回くらいは負けるという、戦略を考えるトレーナー側からすれば目の上のたんこぶ以上に厄介な何かだ。しかもスズカという最後までへばらない逃げウマと来ればどうすれば勝てるかいまだにイメージが湧かない。あの毎日王冠も上がり3ハロンは全体で2位であり、最終直線で捕まえることは不可能に近いだろう。
同じチームでトレーナーとウマ娘という立場でもなければ、コンプレックスで爆発しているところだ。これと戦えるとウキウキしているスペシャルウィークの無神経さを疑いたくなる。
「スズカさんも絶好調だし、レコードタイムなんて出ちゃうかもね!」
「オイオイ、そこまではねぇだろスカーレット......」
「なによ、先輩のことが信じられないっての?」
「ハァ?! 負けるとは言ってねーし!」
「うるせェ」
「お、スズカが出てきたぞ!」
バ道から白と緑の勝負服を着たウマ娘が姿を現した途端、観客席から大歓声が上がった。先程とは比べ物にならないくらいの声に思わず頭を抑えた。
「す、すごい歓声......耳がおかしくなりそう」
「あ、スズカさーん!」
芝の感触を踏み締めるように軽く走るスズカだったが手を振ったスペを見つけたのか、こちらに駆け寄ってきた。
「みんな、応援に来てくれたんだ」
「当然ですとも。同じレースを走った仲間じゃないですか」
「大舞台での活躍、拝見させてもらいますわ」
「スズカさん、これ、持っていってください!」
「コレは......?」
スペが懐から取り出したのは、四つ葉のクローバーを挟んだ栞。スペのダービーの時に作ったやつだったか?
「確か、スペちゃんのダービーの」
「何か御利益があると思いますから!」
「御利益といえば今日のラッキーアイテムのお守りも持っていってくださいな! ラッキーカラーの緑をあしらった健康御守りですよ!」
「レース前の物品受け渡しは禁止だよお二方......まぁ見逃すけど」
「ありがとう。みんな、期待していて」
「スズカ」
トレーナーが無言で手を挙げると、スズカがハイタッチするように柔らかくその手に重ねた。
「楽しんで来ます」
「ああ。行ってこい」
そして彼女はターフへと戻っていった。
トレーナーが飴の封を破りながら聞こえるように呟く。
「今のスズカを支えているのは、レースを楽しむという心だろうな」
「そういえばレース前は必ず『楽しんできて』って」
「レースは勝つことが大事だが、まずは楽しく。あいつのことを見習っていかないとな」
「......むむむ」
「どったのフクキタル? この舞台に立てないのが悔しい?」
皆が期待を胸に楽しそうにしている中、1人だけ眉間に皺を寄せていたフクキタルに思わず声をかけた。
「確かにこの舞台に勝てないことは悔しいですが、なんというか嫌な気配が抜けないんです」
「もしかしてスズカの牡牛座が最下位だったからと言わないだろうね?」
「朝のニュース全部で牡牛座が悉く最下位ともなれば不安にもなりますよ。足元に注意、怪我するかも、理不尽なことが起きると。レース中に何か起きなければ良いのですが」
「取り越し苦労だよ。どうせフクキタルの占いなんて3割も当たらないんだし」
「むむむっ! 失礼な、25%は当たりますよ!」
「自覚はあるのか」
「当たるも八卦当たらぬも八卦と言いますからね。悉く当たったらそれはそれで恐ろしい限りですが」
なむほうれん草......と不吉にも手を合わせ出したフクキタルの頭を軽く小突きながら、昔のことを思い出した。
『あなたならわかっているでしょう? 逃げがどれだけ身体に負担を強いることになるか。何故逃げ戦略を選ぶウマ娘が多くないのか』
おハナさんの言っていた言葉が何故か引っかかった。スズカの限界、彼女が目指す先頭の更にその先。もしかすれば夢の代償にいつか彼女もフクキタルのように怪我で走れなくなる日が来るというのだろうか。
......私は、それを見たくはない。
G1特有のファンファーレが鳴り響く。
出走の時は、もう目の前にまで迫っていた。
荘厳なファンファーレの元枠入りが進みスズカは最内枠の1枠1番に収まった。他の有力バは中段、外枠にバラけている。
今回の出走メンバーでは先行は多くても逃げ策を主戦にするのはスズカを除いては1人だけだ。前後自在のヒシアマゾンが序盤競りかけてくるかもしれないが、おそらくスズカの一人旅になるか、スズカに集団が追いすがるハイペースなレースになるだろう。
どちらにせよスズカがレースメイクをするのは明らか。
そこに誰が喰らいつけるか、実に楽しみだ。
『さあ、スタートしました! やはり行きますサイレンススズカ! ハナを切って先頭に立ちます!』
「とは言ったものの、東京は逃げには不利なレース場だからなぁ」
「そうなんですか?」
「なんたって最終直線が長いですからね! 後ろからスパートをかけるにはもってこいです」
「なるほど」
「スペ、君ダービーの時直線で後続ぶっちぎってたよね?」
「そうでしたっけ? 必死で何も覚えてなくて」
「あのなぁ......」
「でも、東京2000mは内枠有利ですからトントンでは?」
「逃げに限ってはそんな事はないかな」
「???」
「ということでお勉強タイムですよ諸君。
東京2000mはスタート地点が特殊でコース外の行き止まりからスタート。スタートから130mで緩やかながら大きな2コーナーがありスピードが出しにくい。そのため東京2000mはスタート位置取りが難しくハナを切らなければいけない逃げはコーナーを大きく回り距離をロスしがちなので不利、かつ外枠配置は外を走る時間が他条件よりも長くなるため不利なんです分かりましたか?」
「な、なんとか......?」
「スズカとか規格外には通じない話だけどね」
セオリーをガン無視する奴は専用の対策案をしなければ勝てないし、そもそもそういう天才は逆立ちしたって勝てないからどうしようもない。一回しか走ったことないけど、あれはどうしろと言うんだろうか。
ストップウォッチを握っていたエアシャカールが驚き声を上げ、釣られて覗き込んだフクキタルが叫ぶ。
「このままいけば1000m57秒ペース、レコードが出るぞオイ!」
「こないだの毎日王冠より早いじゃあないですか?!」
「誰もついていかない、いえ、ついていけていないのですか」
「スンゲー......」
向正面では2番手集団の逃げウマのはずのサイレントハンターとスズカをマークするはずだったエルコンドルパサーを10バ身をゆうにぶっちぎり、3番手は更にその6、7バ身離して本来の先行バ集団が続く。中継してるであろうカメラも望遠目一杯に画角を広くしなければ全員が映らない異常事態。
『出ました、1000m通過タイムは......ご、57秒4!』
「57秒4?!」
「っは、マジかよぉ!」
例年より1秒、いやそれ以上は早いであろうタイムに場内がどよめき、沸き立った。
『もう何バ身離しているのか! 会場の盛り上がりは最っ高潮に達しております!』
風を切って先頭をひた走るサイレンススズカ。
もう1着はどうあがいてもスズカで決まり、注目すべきは記録するタイムがレコードかどうか、後続をどれだけ突き放すか、そう、全員が胸に期待を膨らませていたことだろう。
「スズカさんは......やっぱり、すごいですぅ!」
ただ、1人を除いて。
「......けませんいけませんいけません! スズカさん、止まってくださぁい!」
「フクキタル?」
「こ、これ以上は、これ以上はぁっ!」
頭を抱えて、身体を震わせ始めたフクキタル。その尋常ならざる様子にスピカと近くにいたファンが静まり返った。落ち着けと肩に手を当てようとしたが、彼女が逆に私を押し倒すばかりの勢いで私の肩を掴んだ。
「トレーナーさん何とかしてスズカさんを止めてくださいっ! 3コーナーを越えさせては行けません!」
「レース中は誰だってターフに入れないんだ。それにレース中のウマ娘を止めるなんて無理だよ、まぁまぁ落ち着いて」
「そこを何とか! このままではスズカさんがスズカさんでなくなってしまいます!」
「スズカがスズカでなくなってしまう?」
「スズカさんとスズカさんが混ざってしまいます!」
「......何が言いたんだ? まるで意味が......」
要領を得ないフクキタルの言葉に返そうとするが、こちらを覗き込んでくるフクキタルの瞳は闇のように真っ暗だった。
「......フクキタルのいう事は本当です、急いでください。25%を引いてしまいました」
「おい、何してるんだお前ら、スズカの応援を」
「トレーナー。これから起きることも、私がすることも。......全部、私の責任ですので」
トレーナーの言葉を途中でかぶせ、覚悟を決めるように帽子を取った。
スズカから立ち昇る白い焔。ソニックブームのように彼女の周りを渦巻いて流れるソレは『領域』のそれに間違いない。だがそれが諸刃の剣だと言うことを、私は知っている。他ならぬそれで、フクキタルは脚を壊したんだから。
あれは勝利の代償に脚を喰う魔物だ。あれを御し切れる勝利の執念があればこそ『領域』の使い手足りうる資格がある。
スズカにはその怪物をねじ伏せる執念はない。
ただ真っ直ぐに先頭を、という信念のみが彼女を走らせる。いやそれ以上に、スズカは。
「サブトレーナーさん、それって!」
「......ごめんね、スペ」
「え?」
「シャカール、それにスカーレット。何があってもスペをターフに上げないで」
スペシャルウィークに、ただ己の走りを見せたいのだろう。
それを焚き付けたのは唯ならぬ私だ。全ての原因は、私にある。
スペに帽子を押し付け、柵を掴む。
『まだまだ加速していくサイレンススズカ! そして先頭で大欅を通過して──』
これはきっと幻聴だろうが、私は確かに聞いた。
何かが砕けてしまうような音。
サイレンススズカの、全てを打ち砕く音だ。
「スズカァ!」
そして私は、観客席とターフを隔てる柵を飛び越えた。